魔王6
ベリアと完全に敵対モードへ。
コルルを再び奪われ人質を失い、大切な交渉材料が消えた。
気絶したコルルを胸に大切そうに抱えるベリア。
ベリアは俺を見逃さないように目を光らせている。
実に嫌な空気だ。
(くそ、やはりベリアと戦うしかないのか?)
時刻は夜、吸血鬼の力が増すとされる時間。
もしかしたら、以前戦った時以上に手強いかもしれない。
一応、吸血鬼には日光以外にも銀の武器とか弱点が存在するが、相手はイモータルフォーで真祖のベリア。
そんな明確な弱点なんて期待できないだろう。
つうか、俺が以前ランヌの城で戦った時も真昼間なのに元気に動き回ってたしな。
万全のベリアに対して、コルル戦を経て俺の魔力残量は七割ってところだ。
(正直……キツイぜ)
それに……全身に絡みついた赤黒い影も動きを阻害する。
右に動こうとすれば左に引っ張られ、上に飛ぼうとすれば地面に縫い付けられ、その逆も然り。
「……ベリア様」
飛んで来た部下のサキュバスにコルルを預けるベリア。
どうにかコルルを奪還しようと考えたが、そうはさせまいとベリアも俺から目を離さない。警戒していて隙がない。
「コルルを連れて急いでここから離れなさい」
「え? も、もう侵入者は動けないのでは」
変わらず真剣な声のベリアに、キョトンとした顔のサキュバス。
「まだ魔法は使える。アレは影で動きを封じたくらいで安心できる相手じゃない。理解したら早くいきなさい」
「ベリア様……は、はいっ!」
ベリアの命を聞き、サキュバスはそのまま遠くに飛んでいった。
「さて……と」
コルルを見送り、ベリアの意識が百パーセントこちらに向く。
まずい……とにかくこの邪魔な影をどうにかしねえと。
このままじゃ戦うどころか、逃げることもできないぞ。
とりあえず、全身に思いっきり身体強化魔法をかけて動いてみる。
「んがああああああっ!」
「無駄よ、影の拘束からは逃れられない。月が消えるまで、朝、太陽が出るまではどこに逃げようが……え?」
重たいながらも一歩、二歩とどうにか動き出す足。
その光景を見て、目を見開くベリア。
「ば、馬鹿な……まだそれだけ動けるのか」
頑張ればどうにか動けないことはない……が。
出せる速度は通常時の半分以下、戦うのにこれは厳しいな。
いきなり大きいハンデを背負っちまった。
「あ~ベリア」
「なに?」
そんなわけで、俺は駄目元でベリアに提案してみる。
「さっきの今で信じられねえかもしれねえけど、一応言っておく。俺は積極的に敵対するつもりはねえぞ。話し合いで済むならそれでいいと思っている」
「煙に巻こうとしても無駄よ。劣勢に立っている貴様が言っても、その場凌ぎの嘘にしか聞こえない」
劣勢なのは確かだが、嘘じゃないんだけどな。
誰がお前みたいな面倒で危険な女と好んで戦うか。
「それに先ほど、城でコルルに覆いかぶさって襲っているのを見た。どう見てもあきらかな敵対行動よ」
まぁ素直に信じてくれるとは思わねえけどさ。
くそ、コルルの馬鹿女が……。
こうなるのが嫌だから話し合いで済ませたかったってのに。
話は終わりと、周囲に人気がないことを確認したベリアが動き出す。
ベリアの手から生み出される火炎。
どう来ても対応できるように身構える俺だったが、ここでベリアが不可思議な行動を見せる。
炎を纏った手を下げ、ギュッと拳を握る。
血が出るほどに強く爪を掌に食い込ませる。
掌から下にゆっくり伝っていくベリアの血液。
血液が火炎に混ざり合い、炎が変色していく。
(黒い……炎だと?)
黒炎はぶわりと大気中に広がり、家一軒余裕で飲み込むサイズに。
勢いを増して燃えさかる黒炎は凄まじい高温になっている。
黒炎に秘めたエネルギーはまともに触れればただでは済まない。
まさか、アレをここでぶっ放す気か。
「『血手炎』」
ベリアが呟くと同時。
空から地上目掛けて解き放たれる、黒炎。
「ちっ!」
影で重たい身体に鞭を打ち、急ぎ横飛びして緊急回避。
どうにか避けられたが、かすった鎧の一部は高温でドロリと溶解してしまっている。
(あ、あっぶねぇ……)
「し、正気かてめえ、こんな街中で……人がいないったって、部下の街だろうが!」
「そんなこと、言われなくてもわかっているわ」
「……なに?」
周囲の建築物などに飛び散ったはずの黒煙だが、建物を見れば焦げたあと一つ見当たらない。
だが地面にも黒炎が着弾した跡は何一つ見えない。
「まさか……その黒炎、燃やす対象を選べるのか」
「ご名答」
ベリアの血液を火魔法と混合させて生成した炎。
普通の炎と違う、異質な炎。
黒炎はあれだけの高温なのに煙の一つも発生していない。
「正体を隠している邪魔な鎧を剥ぎ取ってあげるわ」
辺り一帯に霧散したはずの黒煙が再びベリアの手元に集まっていく。
悩んでいる暇もなく、攻勢をかけるベリア。
今度は黒煙を四つに分散させ、逃げ道を塞ぐように前後左右から俺に襲いかかる。
(あのサイズの炎を完璧に制御してやがる!)
『水盾』を複数高速展開。
『水盾』と黒炎が接触し、互いに相殺しあう。
蒸発してサイズが一回り小さくなった黒炎がベリアの元に戻る。
よかった。燃やす対象が選べても、さすがに防御魔法を透過できるわけじゃないのか。
「なるほど……水魔法、か」
目を細め、鋭い視線を送ってくるベリア。
ベリアが色々と考えている間に俺の方も迎撃態勢を整える。
周囲に『重力弾』を大量展開していく。
重力魔法は飛行対策としては最高に便利だ。
翼を失くして空中戦のできない俺にとっては特にな。
コルル戦でも大活躍だった。
再びベリアの血液により、黒炎が元のサイズを取り戻す。
黒炎は半分ずつ攻撃用と防御用に分散。
防御用の黒炎はベリアを守るようにグルグルと回転をはじめる。
攻撃用の黒炎は更に分散し、複数の黒炎の球体となる。
攻防一体の黒炎を見てふと、以前ルミナリアと模擬戦した時のことを思い出す。
彼女は大量の水球を自由自在に操り飛ばして攻撃をしてきた。
まぁベリアの黒炎は破壊力が比べ物にならないんだが。
土魔法で黒炎を防いだらどうなるんだろ? 溶岩みたいになって降って来そうだな……とか色々考えている間も、うねうね、くねくねと軌道を変えて俺を警戒させる黒炎。
来そうで来ないのがとても嫌な感じ。
「……の、アマ」
「ふん」
近づこうとすると離れる、離れようとすれば近づいてくる感じ。
とにかく、変則的な軌道で動く黒炎は動きが読めない。
まるでかかってこいよと、眼前で挑発するように動く。
ふん、馬鹿にしやがって……いいだろう、乗ったぜ!
「らあああああああっ!」
「……っ」
展開した『重力弾』を一斉発射する。
考えて導き出した俺の最適解……それは考えないこと。
『重力弾』を高速展開、黒炎に打ち消されたら、また展開……ごちゃごちゃ考えず、限界までベリアに撃ちまくれ。
直感に従うのが俺のスタイルだ。
コルルと違いベリアに転移魔法はない……はず。
緊急回避ができなければ、魔法展開速度の勝負で勝れば優位に立てる。
ベリアとの撃ち合い。
『重力弾』を迎撃するベリアだが、黒炎は攻防が進むごとに徐々に体積を減らしていく。
少しずつ守勢へと回っていくベリア。
「わ、私が力勝負で押し切られるのかっ……」
焦り、驚愕の表情を浮かべるベリア。
「ちっ!」
ベリアの体を包むように追加展開された『火膜結界』。
だが……。
「はっ! そんな魔法で防げるかよっ!」
バリア系の魔法は全体を防御できる分、点での直線的な攻撃に脆い。
黒炎を使った防御に比べればあまりにも脆い。
まさかの押し負けに焦ったか?
「『極大化』」
ベリアがそう叫ぶと同時。
『火膜結界』が一瞬にして巨大化する。
幾重にも多層化されて、結界は膜どころか一種のシェルターと化す。
分厚く強固になった火の結界が、迫る『重力弾』をすべて防ぎきる。
「ふぅ、やるわね……必要以上に身を削る戦い方はしたくなかったのだけど」
「……くそぅ」
無傷で悠然と空に浮かぶ魔王ベリア。
そうだ……そういや、それがあったんだ。
ベリアと俺、魔法展開速度では俺が上のようだが、ベリアは自身の身体、髪や血液などを魔法の触媒にして魔法の威力を瞬間的に高めることができる。
低レベル魔法も高レベルの魔法へと激変する。
吸血鬼真祖の彼女の体そのものが魔法増幅装置みたいなものだ。
ランヌの城で俺の『大津波』に対し、ベリアの反応が遅れても止められたのは、あの瞬間的な超火力による速攻だ。
ああ……本当にめんどくせえ相手だ。
「強い……想像以上に強い、コルルが負けるのも納得できる……でも、戦い方が既視感あるような。それにこの魔力の感じも……」
「…………」
訝しげな顔のベリア。
ぼちぼち正体が気づかれるかもしれないが、そん時はそん時だ。
中途半端にセーブしてどうにかできる相手じゃねえ。
「やれやれ、できるだけ街を破壊したくないから『血手炎』だけでどうにかしたかったけれど……そうも言ってられないわね」
「???」
「多少の被害は仕方ない……か。下手に手加減すればこっちが危なそう」
空から俺に向けて手を下ろすベリア。
ベリアの掌が赤く光りだし、『炎の雨』が発動。
ベリアの足元に、俺の上空に固定された数えきれない数の小さな炎塊。
炎を空に固定させたまま、ベリアが自分の銀髪をぷつっと数本抜いた。
(……すげえ嫌な予感がするんだけど)
ベリアの考えていることを察してしまう。
ゆっくりと銀の髪がベリアの手から落ちていき、消える。
炎に秘められたエネルギーがブースト、超高温となり白い輝きを発し始めた。
あれ、何度くらいあんのかな? あんま考えたくないな。
キィィンと嫌な音も聞こえてくる。
マグマの中にダイブしたほうがマシな気がするよ。
「……死なないことを祈ってるわ」
「……じ、冗談じゃねえぞ」
解き放たれる強化された『炎の雨』。
『水盾』を展開しても数秒持たずに霧散する。
炎に触れた地面や建物は燃えるどころか、ドロリと溶解している。
小粒の炎ながら秘めた熱量はそれぞれ、高レベル魔法の『火炎砲』にすら匹敵する。
俺を『炎の雨』の攻撃範囲の中心に収め、俺が逃げられない程度に範囲を最小限まで絞っている。
その分、面積あたりの炎の密度がとんでもないことになっているが。
動きを封じられたあとの範囲攻撃、奇しくも異空間で俺がコルルにしたことを、そのまま主人のベリアにやり返された形になる。
範囲外に逃れようとするも、円を描くように降る紅蓮の雨が俺の逃げ道を塞ぐ。
影で動きの鈍い今の状況じゃ回避なんて望めない。
範囲外に逃げられない。
かといって、迎撃しようにも火力負けする。
制御を捨て、破壊力に特化させたベリアの攻撃。
どうする? 冷静になって、突破口を探れ。
俺にできること、それは……。
「さすがに、今度は無理そうね」
「ああ、やべえよ……」
集中しろ。大急ぎで掌に魔力を溜めていく。
炎に被弾し鎧が溶けていき、原型をどんどん失っていくが構わない。
鎧の中に入りこんだ炎が皮膚を焼くが堪えろ。
どうせそのうち再生する。
痛みは無理やり遮断して封じ込めろ。
「だが……まだ絶体絶命ではねえな」
炎は後回し、まずは動きを封じる邪魔な影をどうにかする。
そうすりゃ、仕切り直せる。
俺は月に向かって手を伸ばし、魔法を解き放つ。
「いい加減、鬱陶しいんだよ! 消えちまえっ!」
『ブラックホール』
レベル六の大規模重力魔法を発動させる。
光を吸い込む巨大な重力の渦で空の『血染めの月』をまるごと呑み込む。
「つ、月ごと消しただとっ!」
太陽が出る、朝まで待ってられるか!
狙い通り『血染めの月』が消えて、月光から生じる影がすべて消滅。
夕空から通常通りの夜空へと戻る。
俺は元の身軽さを取り戻す。
あとは……炎の雨をどうにかするだけだ。
空も陸も、炎からは逃げられねえ、ならば。
俺は急ぎ、土魔法で一人分通れる程度の穴を地面にあける。
多少地面は熱いだろうが、そこは我慢だ。
「まさか……地中から逃げる気かっ!」
そうはさせないと、空から猛スピードで急降下してくるベリア。
潜る寸前、ベリアはもうすぐそこに。
追撃しようとするベリアの掌には黒いモヤのようなモノが見えた。
黒いモヤは酷く悍ましく、禍々しい気配がする。
得体の知れない何か。有害物質を詰め合わせた感じというか、触れたら体が汚染されそうというか。
(な、なんだアレ……)
ベリアの手が俺の背中に触れ、黒い靄を叩きつけようとする。
くそ、ベリアの方が俺が地中に逃げるよりも一瞬だけ早い。
回避が間に合わない、そう思っていたのだが……。
「……え? の、呪いが消えていくっ!」
「???」
俺に触れる直前、何故か空へと消えていく靄。
予想外の事態が起きたようで、困惑するベリア。
なにが起きた? 俺は何もしてないのに。
まぁ……いい。なんだかわからねえが……チャンス。
今のうちに全速力で一時退避だぜ。