魔王4
永らくおまたせしました
不定期更新ですが、少しずつ進めていければと思います
「……ガー、ゴイル」
「……な、に?」
私の言葉にガーゴイルがビクリと肩を震わせる。
キョトンとした様子で、何故バレたのか疑問に思っているようだ。
「ヘルムから覗く特徴的な灰色の肌、君の種族はガーゴイル」
「……」
「そして君が……ベリア様が話していた、ずっと探していたガーゴイルだ」
「し、種族がガーゴイルってだけで俺だと断定するのは早計かと思うが、例え九十九パーセントそうだとしても」
「こ、こんな異常なガーゴイルが他にいる確率が、一パーセントだってあってたまるかっ!」
このガーゴイルがふざけた性格なのは素らしい。
り、理不尽だ。
なんでこんな男が、あんな馬鹿げた戦闘力を所有しているのか。
「……ま、いいか。どうせ最後には正体を明かす必要があったしな」
ベリア様が話していた超危険人物と私が戦っていたとは。
自然と体が強張ってしまう。
まさか件のガーゴイルがここに来ていたなんて……。
「はは……怖がらなくていいぜ。お前を殺したりするつもりは今のところはないからな」
「……っ、どうだかね」
身体に力が入っているのが、密着しているガーゴイルに伝わってしまったらしい。
ガーゴイルの拘束する力は強く抜け出せそうにない。
魔王と呼ばれた自分がここまで無力になるなんて、本当に情けない。
「……こ、ここに君が来た目的は何? まさかベリア様への復讐なの?」
「復讐?」
「ランヌとの戦争、ベリア様との戦いで翼を失ったと聞いたよ。背中にはベリア様の呪い『血の誓い』がかけられていると……」
「それは事実だが……俺がそのことでベリアに恨みに感じて襲撃に来たと?」
「ち、違うの? そのための過程でクライフの協力を得たとかじゃなくて?」
「……ふむ」
少し考える素振りを見せてガーゴイルが口を開く。
「なんて答えるべきかね。まぁ復讐はさておき『血の誓い』の解呪はここに来た目的の一つではあるが」
「君はこれだけ派手に暴れたんだ。話をしてもベリア様が『血の誓い』を解除して危険人物を強化することないと思うけどね。仮に私を人質にして交渉をしてもベリア様は絶対に解呪なんかしないよ」
「別にそこまですんなりいくとは考えていないさ。そりゃお前を無条件解放とはいかないがな」
「…………」
「ま、復讐はともかく、この後戦闘になるかはベリアの判断次第だろうな。こっちにも色々と事情があるんだよ。細かいことはべリアが来たら教えてやるさ。だから……その前にと」
「ひゃうあ!」
文字通り会話に水を差すように、頭上から水が降ってくる。
その冷たさに驚き、思わず変な声が出てしまった。
「いっ、いきなり、何するんだよっ!」
「お互い泥まみれでベリアと会うわけにはいかねえだろ。水魔法で泥くらいは落とさねえと……身だしなみは大事だぜ」
「せ、せめて使う前に言ってよ!」
私が文句を言ってもガーゴイルは気にもとめない。
「だったら……自分で綺麗にするから一度離してくれない?」
「嫌だ離さねえ、お前は絶対離さない……永遠に」
「え、永遠にじゃないよ! もう転移する魔力はないし、逃げられないのはわかっているでしょ。まだ服の中に泥とか入って気持ち悪いんだよ」
「服の中がなんだってんだ、贅沢言うな……俺なんて鎧の中に溜まった水のせいで、動くたびにビチャビチャ音が聞こえるんだぞ。不快度半端ないぜ」
「し、知らないよ、そんなの……」
ほとんど自業自得じゃないか。
後先考えず、馬鹿みたいな規模の魔法を乱発するからだ。
「とにかく我慢しろ。さて、今のうちに少しでもベリアが来た時の対応を考えておかねえとな」
「…………」
私を置いて思考に耽るガーゴイルを見て考える。
(この男をこのままべリア様と会わせてもいいのだろうか?)
もし、ベリア様とガーゴイルが戦いになった場合を想定する。
聞いた話では以前戦った時のベリア様とガーゴイルの戦闘力は五分。
だけど、ガーゴイルは闘いでレベル六魔法の連発により魔力を消費しており、加えてベリア様の呪いで弱体化しているはずだ。
(じゃ、弱体化している……よね?)
正直あの戦いぶりだと判断に迷うところではあるけれど。
今戦えばおそらくベリア様が有利……のはず。
ただ、一つ大きな不安材料がある。
万全の状態でないガーゴイルはベリア様と正面から戦いたくないはず。
ガーゴイルが追い詰められた時にどう動くか予想がつかない。
ベリア様は冷徹な決断ができる人ではあるけど、基本身内に優しい方でもある。
さっきガーゴイルにベリア様は交渉に乗らないと言ったが……実際私を人質に交渉(脅迫)された場合、本当にベリア様は私を見捨ててくれるだろうか?
勿論、私だって好んで死にたくはない。
だけど、共倒れになるくらいなら捨ててくれた方がいい。
「やっぱこの状況見てベリア怒るかな? いきなり攻撃してくることはねえと信じたいが……ま、なるようになると思うしかねえか」
「……」
「しっかしお前の体、抱きしめるたびにむにむに、ぽにょぽにょ、ぷにぷに変形しやがって……考え事に集中できなかった。鎧越しだってのになんか変な感じになるぜ。サキュバスってのはみんなこうなのかよ」
「……あっ、あんまりきつく抱きしめないでってば」
ガーゴイルの欲情の臭いがすぐ傍から伝わってくる。
サキュバスの私だけど、好きでもない男に抱きしめられて喜ぶ趣味はない。
体が拒否反応を起こし、肌にブツブツが……。
「おいコルル、なんか肌にブツブツできてんぞ。寒いなら温めてやろうか?」
「ブツブツは寒いんじゃなくて、君に抱きしめられてるからだよっ!」
それと水をかけられたからだ。
ああ、もう……こんなとこをベリア様に見られたら、なんて言われるだろう。
でも……悔しいけど、今は耐えることしかないわけで。
魔力はほとんど空っぽ、転移する魔力もない。
後、今の私にできることと言えば固有能力『誘惑』ぐらい。
「おい、だからもぞもぞ動くんじゃねえって……余計落ち着かない気分になるだろうが」
「だったら離せばいいじゃないかっ!」
「それは拒否する」
そんな不毛なやり取りをガーゴイルとする。
「ったく、この街来てからこんなのばっかりだ。モヤモヤ、モヤモヤしてしょうがねえ」
「……」
「どいつもこいつも人を刺激するだけしてお預けだ。これはもう全部片付いたらマジでご褒美もらってもいいよな」
ガーゴイルはかなりイライラした様子だ。
戦いが一区切りして、別のことを考える余裕が出てきたせいなのか。
少しずつ欲情の気配が強くなっていくのを感じる。
戦闘後で興奮し、気持ちが高まっているのもあるのだろう。
戦いのあとに娼婦を抱いて気を鎮める男もいるぐらいだし。
(これなら、もしかすると……)
私の魔力は残りわずか。
だけど『誘惑』はまだ使える。
『誘惑』は対象に私の魔力を流して発動する。
昨日、集会でコルルナイト相手に『誘惑』を掛けた時のように、遠距離や複数の相手に同時に『誘惑』をかける場合は、空間全体を私の魔力で包み込む必要があるため相応の魔力が必要となる。
でも今はガーゴイルと密着状態。
残りわずかな魔力でも直接触れられるこの距離なら『誘惑』が使える。
(本気の誘惑……試してみる価値はあるかもしれない)
相手は自分よりも格上。
これまで誘惑の支配下には置けないと思っていたけど、ガーゴイルはかなり興奮気味だ。
これなら、もしかしたらいけるかもしれない。
(このまま座して待つくらいなら……賭けに出よう)
私は体をガーゴイルにくっつける。
自分から押し付けるようにして積極的に身を寄せる。
ガーゴイルの首後ろへ腕を伸ばし、全身を密着させていく。
顔はヘルムに近づけ、お互いの顔が触れる寸前まで。
「なんだよ? ……言っておくが俺に誘惑は通じっ」
零れ出す吐息、肌に浮かぶ汗から漂う甘い匂いのフェロモン、柔らかな女の肌の感触など。
持てる限りの女の武器を駆使して行う全力の『誘惑』でガーゴイルの欲望を刺激していく。
鎧越しで肌の感触が伝わりにくく、幾分か効果は減少するが、この距離ならかなりの効果はあるはず。
「…………っ」
ガーゴイルの腕の力が緩んでいき、するりと私の体が抜け落ちる。
拘束が解かれたあと、急ぎガーゴイルから距離を取り、十メートルほど離れたところで振り向いて様子を見る。
「…………」
ガーゴイルは微動だにしない。
沈黙したままだ。
手をダラリと下げてボ~ッと虚空を眺めている。
いきなり近づくのは怖いので、手頃な石を拾ってガーゴイルに向かって投げる。
コツンと鎧にぶつかる音がしただけで、反応はない。
「これは……き、きいたのかな?」
詳しい様子を確認するため、慎重にガーゴイルの元に近づいて行く。
手の届く位置まで来ても、動く気配はない。
ヘルムの奥の目を下から覗いてみる。
目は虚ろで焦点が定まっていない。
本当に『誘惑』が効いた?
そ、そういうことだよね? いいよね、いいんだよね?
私……喜んでいいんだよね?
「やったああああああああああああっ!」
敗北からの大逆転、得られた勝利の解放感。
ああ! 心が軽いっ!
腕を振り上げて思いっ切り、勝利のジャンプなんかしてみる。
「いやったあああああっ! うぐっ」
重力魔法の影響でズシンと地面に落下する。
着地で態勢を崩したせいで、ちょっとだけ足が痛い。
でも……いいんだ。これは勝利の痛みだ。
「やったよおおぉ! ざまぁみろガーゴイルめ! ああもぅ……よかった、よかったよお」
戦いに負けて捕まって本当に生きた心地がしなかった。
ピンチをチャンスに変えた自分を褒めてあげたい。
私よく頑張った。すごく頑張った。
「油断したねっ! ……私を甘くみるからこうなるんだよ!」
これならベリア様に素晴らしい報告ができる。
このガーゴイルを支配下に置いたなら、世界統一だって夢じゃない。
実力的には、味方にイモータルフォーが二人いるのと同義だ。
(苦しめられた分、精々こき使ってやるんだから!)
さて……ベリア様がくるまでに、と。
迷惑をかけられた憂さ晴らしをさせてもらおう。
それくらいは許されていいはずだ。
私は突っ立っているガーゴイルへと向き合う。
「ふふふ、命令だよ『コルル様、ご迷惑をおかけしてすみませんでした』と言いなさい」
「……」
「どうしたの? ボケッとしてないで謝罪の言葉を言うんだよ、なんなら代わりに土下座でも可だよ?」
先ほどまでの反撃とばかりにガーゴイルの足元を蹴っ飛ばす。
「……ウゥ」
「うん?」
妙な呼吸音が上から聞こえてきたので、顔を上げる。
「……な、何かな、今のは?」
「ウウウッ」
「……あ、あれ? なんかガーゴイルの様子がおかしいような?」
「シュウウウウッ!」
荒い息遣い、まるで発情期のオークのような。
とても危険な雰囲気が伝わってくる。
動き出しこちらに一歩、二歩と近づいてくるガーゴイル。
な、なんか物凄く嫌な予感がする。
「う、うん……お、落ち着こうね? さ、さっきのはちょっと私も言いすぎたかもしれないしね。ほら……後ろに下がって下がって」
「フシュウウウッ!」
「さ、下がって! 下がれってば! わ、私の声が聞こえないのっ!」
め、命令がまったく効かない……どうして?
『誘惑』によりガーゴイルの性欲は限界まで引き上げられた。
強くなった欲情の臭いがするしそれは間違いない。
性欲でできる心の隙を狙うのが『誘惑』。
だけど……これだけ欲情して心は隙だらけなのに精神を支配できていない。
「…………コ、ルル」
ポツリと呟き、私にねっとりとした視線を送るガーゴイル。
(こ、これって、暴走してるんじゃ?)
今のガーゴイルはとてつもなく強力な媚薬を使われた状態。
この空間には私と興奮状態のガーゴイルの二人だけ。
このままだと何が起きるか……簡単に想像がつく。
(ちょっ、ちょっと、ちょっとおぉ……うそでしょお)
ダラダラと冷や汗が流れていく。
さっきの戦闘とは別の意味での恐怖が湧いてくる。
「あ……う、あ」
「コルルルルアアアアアアアッ!」
「ひいいいいっ!」
吼えるガーゴイル。
興奮して自分を律する精神的余裕がなくなったのか。
先ほどの戦闘で見せたのと同等か、それ以上の魔力がガーゴイルから迸る。
そして……。
「……く、空間に亀裂が」
空に切れ目が走り、白い光が差し込む。
異空間がピシピシと音をたてて崩壊していく。
空間の崩壊は、先ほどの激しい戦闘が影響しているのだろう。
そこに再びガーゴイルの力が解放され、空間の許容キャパシティを完全に超えた。
と、とにかく、なんにせよ……。
(に、逃げろおおおおおおおっ!)
空間が壊れて、転移前の城の客室へと私たちは戻る。
部屋を出て、城の廊下を全力疾走。
今度は城内でガーゴイルからの逃走劇が始まる。
「ガアアアアアアアッ!」
「なんでまたこんなことになるんだよおっ! もうヤダ、コイツ!」
雄叫びを上げながら背後を追跡してくるガーゴイル。
うまくいったと思ったら、さっきの逃走劇のやり直しだ。
既に『誘惑』は解除しているが、数秒で元通りとはいかない。
(わ、私の馬鹿あああああっ!)
ピンチを大ピンチに変えた過去の自分を罵倒してやりたい。
「はぁ、はぁっ、ふっ……」
魔力切れで転移魔法を使えない私は、息を切らせながら廊下を走る。
重力の枷で動きにくい体に鞭を打つ。
「コ、コルル様っ?」、「先ほどから、一体なにが起きて?」
「とめてっ! 後ろの奴をとめてえええっ!」
まだ城に残っているコルルナイトたちに、ガーゴイルを止めるように大声で指示を出すが……。
「オオオオオオオッ!」
「と、とまっ!」、「うげっ!」、「ぐふううっ!」
彼らにガーゴイルを止められるはずもない。
あっさりと突進で吹き飛ばされる。
な、何の役にも立たない。
「コ、コルル?」
「あれってまさか……アルベ――?」
必死で廊下を走っている途中。
クライフとマリーちゃんっぽい人影を見た気もするけど、逃げることで精一杯の私に深く考える余裕はない。
全力疾走しつつとある部屋へと駆け込む。
ここは城に点在する転移魔法陣がある部屋の一つだ。
急ぎ転移してガーゴイルから身を隠そうとするが……。
「な、なんで? 魔法陣が起動しないっ!」
ど、どうして? 陣の上に立っても魔法陣が起動しない。
大きな揺れで陣の機構に狂いが生じたのか?
それとも……い、いや、とにかく早くここを離れないとっ!
ドカアアアアアアアアアンッ!
「ウウウウウウウウウッ!」
「ひいいっ! もう来たああああっ!」
壁を派手に破壊して部屋に現れるガーゴイル。
悲鳴をあげながら再び廊下に飛び出す。
汗だくになりながら、無我夢中で走り続ける。
だが、先ほどの戦いで魔力も体力も消費した私ではガーゴイルを振り切れるわけもなかった。
城に戻って数分も経過しないうちに逃げ道はなくなる。
追い詰められて辿り着いたのは最上階の大広間だった。
「はぁっ、ふぅ……ひっ」
一つしかない出入り口はガーゴイルに塞がれている。
今の重たい体では外を飛んで逃げることもできない。
「ウウウウウウウッ!」
「…………く、来るなっ、来るなああああっ!」
それでも、少しでも距離を取ろうと重たい足をひきずるようにして走る。
だがそれは申し訳程度の時間稼ぎにしかならず、距離を詰めてくるガーゴイル。
ガーゴイルは私を凝視しており、逃げる隙が一切見つからない。
着実に確実に壁際へと追いやられていく。
「ひっ!」
湧き上がる恐怖。
退路がなくなり壁を背にしてしゃがみこむ。
私の身体に覆いかぶさってくるガーゴイル。
硬い金属の手が肩に触れ、ゆっくりと床に押し倒される。
「フシュウウウウ!」
「い、やああぁ……」
滅茶苦茶に手を振り回し、鎧を叩いて抵抗するもガーゴイルは意に介さない。
(そんな……私、このままガーゴイルに……)
もう駄目だと、諦めかけたその時だった。
パリンと、窓ガラスが派手に砕け散る音が耳に入る。
「……ぐっ、があああっ!」
刹那、目にも止まらない速度で飛来した赤い光がガーゴイルを私の上から弾き飛ばす。
赤光の正体は轟々と燃え盛る灼熱の炎『火炎砲』。
床を引きずりながら抵抗するガーゴイルだが、そのまま光に押し出されていく。
後退していき壁際へ、そのまま壁を破壊して外へと落下していく。
「がああああああああああっ!」
遠ざかっていくガーゴイルの叫び声。
ズウウウウンと派手な落下音が聞こてきた。
(……も、もしかして、た、助かった……の?)
そう、呆然としていると。
聞こえて来たのは誰よりも敬愛する女性の声。
「強力な魔力の波動を感じたから、何事かと急いで戻ってみたら……」
「あ、ああぁっ……」
安堵の涙がポロポロと零れ落ちていく。
私の前に姿を現したのは。
「ベ、ベリア様ああああああああああっ!」
「いまいち状況が理解できないのだけれど……間一髪だったようね、コルル」
ギリギリのところで……ベリア様が戻ってきてくれた!