魔王3
ガーゴイル三巻、発売中です
書き下ろしや特典もございますので、是非よろしくお願いします
誤字、脱字修正しました
ご報告ありがとうざいます。
※一部、解釈次第では誤字じゃないようなのもありましたが一応
コルル視点になります
戦闘再開と同時に上空へ、高さ二十メートルまで上昇する。
地上の鎧男はまだジッとしたまま動く様子はない。
「いいのかな? 早く攻めてこなくて? ボーッとしていると貴重な時間がどんどん減っていくよ。ベリア様が来るよ」
「うるせえな……少し考えてんだよ」
男はこちらの挑発に乗らず、平然とした声で答える。
ヘルムのせいで表情は見えないが、その雰囲気からはまだ余裕が伝わってくる。
(……イライラさせる男だよ)
あと数分すればベリア様もここに来る。
下手すれば魔王二人を相手するかもしれないというのに、あの男……恐怖の感情がないの?
何故動じない? どうして体が震えない? 焦らない? 精神が壊れているの?
怖がらせて喜ぶ趣味はないが……あそこまで平然としていると気味が悪い。
(ただの狂人か、それとも……)
私の心には一抹の不安が生まれていた。
開戦時にはほとんど感じなかった嫌な感覚。
それは時間の経過とともに増していく。
(もし……あの態度が強がりでも何でもないとしたら?)
余裕とは強者が持つものだ。
あの強気な態度がハッタリなどではなく……本気で言ってるとしたら?
ここまで戦い、主導権はこちらが握っていたが、男がまだ力の底を見せていないのは理解している。
レベル六魔法を受けて平然としているなんて……あり得ない。
用心に用心を重ねて男の挙動を窺う。
(もしかしたら……男の実力は自分に匹敵するか、それ以上かもしれない)
今、私は男を格下だと考えていない。警戒を持って同格以上と見て戦う。
そう考えれば、男が何をしてきても動じない自信があった。
だって私はベリア様を知っているから……。
だから、この世界の頂上に位置する人の強さをよくわかっている。
私の実力はベリア様にはまだ及ばないけど、ベリア様相手でも逃げに徹すれば時間を稼ぐことくらいはできる。
転移を駆使すれば五分なら逃げられると思う。
それなのに……空も飛べない、地上しか動けない奴が私を五分で捕まえる?
(馬鹿にするにも程がある! やれるものなら、やってみろ!)
やがて戦いの方針が決まったらしく、男が動きを見せる。
その姿は自然体、体の調子を一つ一つ確認するように手足をゆっくりと動かす。
現時点で男からは魔力をほとんど感じない。
「「……」」
会話一つない無音の時間。
その静けさ、落ち着きは……嵐の前触れ、噴火寸前の火山のように思えた。
「……全力で行くぜ」
男がポツリと呟き、スゥ……と大きく息を飲み込む。
(……来る)
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
空を見あげると同時、響き渡る咆哮が空間を激しく振るわせる。
同時、全身からほとばしる強烈な魔力の波動。
男の魔力は際限などないかのように急激に、飛躍的に上昇していく。
「…………え」
男の温存していた力は、私の想定をあっという間に超えていく。
現実を十分に認識する間もなく、私の魔力量を軽々と超えてしまう。
「いっ、一体どこまでっ……ま、まだ魔力が増えていくっ」
上昇は全然止まる気配がない。
解放された膨大な魔力が大地を揺らす。
男の周囲から巻き起こる砂嵐が大気中を暴れまわる。
『アアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「……これ……は、これは……」
私は知っている……イモータルフォーを知っている。
ベリア様を、最強の一人をとてもよく知っている。
だから嫌でも……理解してしまう。
「……じょっ、冗談やめてよっ」
『フウウウウウッ! ……ふぅ』
力の解放を終えた男が、戦闘準備万端と言った様子でゆっくりと顔を上げる。
(あ、あり得ない……なんでこんな奴が、ここまで馬鹿げた魔力を?)
一目見た時から得体の知れない男だと思っていた。
それでも、ここまでだとは思わなかった。
正直、軽口を叩く男からは王者の貫禄のようなものは一切感じられなかった。
勿論、だからって油断していたわけじゃない。
最初、わざわざ異空間に移動したのも万全の状態で戦うためだ。
それでも……どこかに私の中に驕りが残っていたのだろう。
相手は同格以上? ……何を温いこと言っているんだっ!
「最強格じゃないかっ!」
あの絶対的な余裕は実力に裏打ちされたものだった。
暴力的な魔力は、ただそこに存在するだけで周囲を威圧し戦う心をへし折る。
正確な魔力感知ができるせいで、莫大な魔力が恐怖に変換されて心に直接伝わってくる。
近づくな、あれは危険だと本能が警鐘を鳴らす。
無防備に背中を向けて逃げ出したくなるが……そんなことをすれば狙い撃ちにされる。
苦しくなる呼吸、自分を奮い立たせて平時の呼吸のリズムを取り戻す。
落ち着け、落ち着け……と心に語り掛ける。
もし、最初から全力で男が来たのなら、私は男を置き去りにして迷うことなく逃げていた。
(それがわかっていたから……実力を隠して、警戒される前にペンダントを破壊したんだ)
格下扱いされ、胸に湧いた屈辱的な気持ちには蓋をする。
私が最優先すべきことは反省じゃない。
ベリア様が来るまで一分一秒でも長く持ちこたえること。
勝てるなどとはもう考えない。情けなかろうが不格好だろうがもう関係ない。
「……覚悟はいいか?」
「……っ!」
全力モードに入った男と視線が合う。
戦いに集中……男の能力についてこれまでの戦い方から考察、分析する。
男に空中戦はない。地上に降りなければ格闘戦は避けられる。
最も警戒すべきは地上から空への魔法一斉斉射だ。
種族が絞れれば使用魔法が推測できるけど、鎧で姿が見えないせいでわからない。
ここまで確認できた魔法は土属性だけだが、それもベリア様クラスなら最高位まで使用可能と考えたほうがいい。
私が思考していると、男を囲むようにボコボコと展開されていく黒い球体。
「これは……重力魔法っ!」
「その通りだ。ま、威力は小さいが……まずは動きを封じないとな」
初手から予想を裏切る展開となる。
球体は十、二十、三十……とあっという間に増えていく。
百を超え、数えるのも馬鹿らしい数になったところで、猛スピードで射出される無数の『重力弾』。
全神経を回避に集中。重力魔法の何よりやっかいなところは追加効果だ。
攻撃を受けると身体に重力が増し、移動の負担が増す。
男はああ言ったが、弾の一つ一つが直径一メートル以上、秘められた破壊力は並の術者の高レベル魔法を軽く凌駕する。
立て続けに連続でくらえば、私でも身動きがとれなくなり封殺されるだろう。
極力無駄の少ない動きで『重力弾』をひたすら避け続ける。
減少した分はすぐ男の周りに補充されていくため、発射される『重力弾』が減る気配はない。
だが、この程度であればどれだけ打たれても問題ない。
弾の速度も速いがまだ見切れる。
『風の盾』などでのガードも十分に可能。
ここは上空三十メートル、この位置、距離なら余裕で対処できる。
ひたすら高度を上げて逃げることも考えたが相手は未知数。何をしてくるかわからない。
男の行動がしっかりと把握でき、素早い対応が可能な、付かず離れずのこの位置がベストだと判断。
時折捕まりそうになったとしても転移魔法を使えば逃げられる。
「ったく、ちょこまかちょこまかと……本当によく動くな」
「それが私の武器だからねっ!」
魔力量も魔法展開速度も私が劣るが、機動力だけは確実に私が上。
そのアドバンテージだけは絶対に譲らない。
「だよなぁ、魔王の一人だもんな……こんなもんで、どうにかなるはずがねえよな」
「……なら、諦めてくれてると助かるんだけどな」
「そうだな……潔く諦めるか」
「……え?」
「色々試す時間もねえしな、このままじゃ五分ではマジで無理だ」
予想外の返事。こちらを油断させて急襲するつもり?
囲むように浮かんでいた『重力弾』が消え、霧散していく。
まさか、本当に諦めた? ……い、いや、そんなわけがない。
男が「はぁ」と大きく溜息を吐く。
「……真っ当な手段で捕まえるのは諦めた。『重力場』」
男が両手を上にかざすと、薄透明の黒靄が全身から空へと昇っていく。
霧はみるみるうちに空に広がり支配していく。
「……これ……は」
(か、身体が……重いっ! 地面に引っ張られる!)
レベル六重力魔法『重力場』。
数十倍以上に増幅した重力が体に襲いかかる。
体が地面へと引っ張られ、ガクンと態勢を崩すも、身体強化魔法をかけてどうにか持ち直す。
下を見れば『重力場』のせいか、男を中心に複数の亀裂が伸びている。
偶然なのか、亀裂は上空からだと蜘蛛の巣のように見える。
男がまるで私が巣にかかるのを待っているように。
効果範囲は黒霧内部。
即時霧からの脱出を考えるが、霧は空高くまで、平面では辺り数キロメートル見渡す限りに広がっている。
一体、どれだけの魔力を使っているのか。
これでは転移魔法を使っても逃れるのは難しい。だけど……。
(まさか、これだけで機動力を封じたつもり?)
十倍以上の重力となれば、通常は身動きとれなくなる。
でもそれはあくまで一般的なレベルの話。私には該当しない。
長時間効果範囲にいれば確実にスタミナを奪われるが、五分やそこらなら移動に問題はなく、致命傷にならない。
身体強化魔法を使えば影響なく素早く動ける。
それに……。
(男の足元がひび割れているのを見るに、おそらく自分自身も『重力場』の影響化にある)
互いに足に重りがついた状態、形勢が不利になったわけではない。
むしろ相手は『重力場』を制御しつつ、戦うことになるわけだからこちらが有利なのに。
(……どうして?)
「転移に翼での空中高速移動……お前は機動力だけならべリア以上だろうな。加えて魔力量も相当な物、転移が使えなくなる魔力切れまで小技でチマチマやってたら絶対に間に合わない」
……まるで、ベリア様と戦ったことがあるような口ぶりだ。
「だから、許せよ……俺はここから乱暴な手段を取る」
「……は?」
「さぁ……我慢比べと行こうか」
そう言って男が上を指差す。
気づけば夕焼け空の半分が灰色へと染まっていた。
色の変化した理由はすぐに判明。
「う、そ……でしょ。今の状況で普通ソレやる?」
上を見た瞬間、ツツと流れていく冷や汗。
空にはとてつもない数の石が浮かんでいた。
石、石、石、上空どこを見ても石だらけ……その数は万にも届きうる。
膨大な数の石が空を埋め尽くしていた。
(なんてことを考えるんだ、コイツ!)
男が大量展開したのは『石豪雨』。
『石豪雨』は難しい魔法ではないし、目の前の男なら使えて当然。
驚くような魔法ではない……が、それはあくまで通常の状況に限る。
ここには『重力場』が展開されている……その意味を、引き起こす惨状を理解した上でやっているのか?
「どうよ? これなら転移を使っても逃げられねえだろ?」
「き、君はっ……君は狂ってるっ!」
「ふははははっ……褒め言葉と受けとっておくぜ!」
「褒めてないよっ! 自虐主義にも限度があるっ!」
無数の石が空から降り注ぐ。
十倍以上に増幅された重力という強烈な味方を得て。
『石豪雨』が『流星雨』へ。
大地を破壊し、途切れることなく響き渡る轟音。
元は小粒な石だが、そのすべてが凶悪な速度と破壊力を獲得する。
「あああああああっ!」
超高速で降りそそぐ石の弾幕、無数の石が空に点在して障害物となり転移も不可能。
回避もできずどこにも逃げ場はない。防御魔法で受け止めるしかない。
掌を上にかざし『風の盾』を頭上に高速展開。
防御魔法越しにも伝わってくる衝撃、相当な魔力を込めなければこの攻撃は防げない。
(くっ……魔力がゴリゴリと削られてく)
まともに衝撃を受け止めちゃ駄目だ、流すんだ。
『風の盾』の形状を凸型にして、超スピードで降り注ぐ『石豪雨』の石の軌道を体を避けるようにそらす。
防御魔法に必要な魔力消費が減り、幾分か楽になる。
(これなら……まだ、どうにかなる。五分は耐えられる)
確かにとんでもない広範囲攻撃だが、上空一方向だけ……防げる。
加えてこれだけの数の『石豪雨』、『重力場』が展開されているこの状況。
これなら向こうも私に攻撃する余裕はない。
自身の身を守る魔法だけで精一杯だろう。
「……ひっ!」
そう考えていたところに、顔をかすめる『重力弾』。
ツツ、と頬から血が流れていく。
地上を一瞥すると、そこには目を疑うような光景があった。
「ち、惜しい……ごふぁっ! い、痛ってえええっ!」
「い、いいっ、命知らずにもほどがあるよっ!」
地上にいる男の身にも同様に落石が降り注ぐ……だというのに。
信じられないことに男は防御魔法を一切展開していなかったのだ。
「ぐおおおおおおおおおっ!」
男の鎧にボゴンボゴンと石が激しくぶつかる。
落石で姿勢を崩し、時折悲鳴をあげているが、それでも私への攻撃は止まらない。
被弾してなお『重力弾』を発射してくる。
以前、ベリア様が戦いでレベル六魔法を二発同時に展開しているのは見たことがある。
同格なら抜群の魔力制御能力だろうし、複数の魔法展開も簡単にこなす。
そう思っていたが……これはあまりにも酷い。
『重力場』を展開しつつ『石豪雨』、『重力弾』、魔法制御のリソースをすべて攻撃魔法へ。
防御は身体強化魔法だけ、ほぼノーガードで攻撃魔法を乱射してくる。
「はぁっ、はぁっ……アレは本当に頭がおかしいっ!」
ま、まずい、もっと距離を取らないと……捕まってしまう。
移動中も『重力弾』ひたすら追撃してくる。
とにかく全速で飛ぶ。回避に移動にと大忙しだ。
魔力切れ以前にこれでは先にスタミナ切れになってしまうかもしれない。
飛びつつも、頭上の『風の盾』の意識を疎かにできない。
油断すれば、落石の衝撃で押され必然高度は下がっていく。
(……いっそ地上に降りるべき?)
でもそうなると格闘戦になるかもしれない。
あんな奴相手に正面からの接近戦はまず無理だし、捕まるリスクも確実に高まる。
「待てやおらあああっ!」
「くううっ!」
膨大な石が世界の終わりのように降り注ぎ、地上を破壊する。
この酷すぎる状況で男はなお追撃を止めない。
魔法を射撃しながら『重力場』の中を一心不乱に走る鎧男。
「はあっ、ふぅっ……はっ!」
まだ開始数分ではあるが、常に体はフルスロットル。
ここまで攻撃が苛烈だと短時間でも息切れしてしまう。
男の術中に嵌まっている……どうにかしないと。
ふと下を見ると、男の足が地面の裂け目に引っ掛かり頭から転倒していた。
強く体を地面に打ち付けるも、男はめげずに起き上がって走り出す。
(た、戦い方が……滅茶苦茶過ぎるよっ)
自爆覚悟の特攻、向こうが先に降参してくれればいいがその気配はない。
自身の耐久力に余程の自信がなければまずできない戦い方。
このままだと捕まるのは時間の問題だ。
少しずつではあるが、確実に距離を詰められている。
やはり転移魔法が自由に使えないのは何よりも痛い。
「がはっ!」
背中に大きな衝撃、ついに重力弾をもらってしまう。グンと体に重しが加わった感覚。
衝撃で前傾姿勢となり地面に叩きつけられそうになるが、どうにか立て直す。
ダメージは耐えられるが、追加効果の重力はまずい。
「うおおおおおおおおおおおっ」
「ぜっ、絶対に捕まってたまるもんかああああっ!」
この機を逃すものかとばかりに男が『重力弾』を一斉に私へ放つ。
空からは『石豪雨』、横からは『重力弾』。
(受けたら駄目だ。身動きがとれなくなって捕まる……そうだっ!)
空に向かって『乱嵐』を放つ。
上空の石の弾幕を破壊し、強引に逃げ道をこじ開ける。
頭上の『石豪雨』は粉々に砕かれ、ようやく見える夕焼け空。
元通りの空気だけの空間が生まれ、上を目掛けて即座に『空間転移』。
地上五十メートルまで転移。
「……はぁっ、ふぅ……くううううっ!」
空で必死に息を整えようとしても、間髪入れずに飛んでくる『重力弾』。
怒涛の攻撃で、体力を回復させる時間は一瞬も与えられない。
(しつこいっ、本当にしつこいっ!)
私の動きが鈍くなったのを感じ、もう必要ないと判断したのか、男はここで『石豪雨』を解除する。
代わりに、数百個規模に大増量して展開された『重力弾』。
『重力弾』が縦横無尽に空を飛び交い私を襲う。
風魔法で相殺したり、転移魔法を使用することで致命傷だけは避けているが……。
『重力弾』は掠るだけでも確実に負荷を蓄積していく。
重力の枷が大きくなれば回避のリズムも狂い、集中力も乱れてきてしまう。
執拗に何度も繰り返される攻撃でスタミナを魔力を奪われ確実に追い込まれていく。
追加効果の重力により空を飛ぶことすらしんどくなってきた。
まだ五分は経過していない。
(……じ、時間が経過するのがこんなに遅く感じるなんて)
そして私は、気づけば地上に降り立っていた。
地に足をつけることで空よりは幾分楽に感じる。
「なかなか足掻いてくれたが……ようやく終わりが見えてきたな」
「ふぅ、はぁっ……ま、まだだよ……」
男がズシン、ズシンと足音を響かせて近づいてくる。
男との距離は約十メートル。もうすぐそこだ。
大丈夫、まだ魔力は半分近く残っている。転移魔法は使える。
もう少し……一分か、二分なら凌げるはずだ。
べリア様も間もなくここに来る……耐えるんだ。それしかない。
希望はある。持ちこたえれば形勢は完全に逆転する。
「お前には魔力が残っていても体力がねえ……『重力場』の中であんだけ高速で激しく動き回ったんだからな。加えて『重力弾』を受けて体が重くなったお前はもう空を自由に飛べない。空中に転移しても上昇できずに落下するだけ、地上戦は避けられねえ……こうなったら終わりだよ」
「……ど、どうかな、だったら私の魔力が尽きるまで試してみればいいよ」
精一杯の強がり、挑発……だけど男は意にも介さない。
男の行動に躊躇はなく、時間稼ぎとはならない。
可視化できるほどの強力な魔力が男の鎧を覆う。
「……今のお前にこれを逃れる術はねぇ」
直後、足元を襲う強烈な振動。
男が展開したのは土属性レベル六魔法『大地震』。
破砕する大地、轟音を立てながら広がっていく亀裂……激震により身動きは封じられる。
なんとか離脱しようと翼を動かすも、重力の枷により空を自由に飛べず地上へ落下。
地裂に飲み込まれないようにするのが限界だ。
『大地震』、『重力場』、二つのレベル六魔法により逃げ道を失ってしまう。
最早、地上も空も既に安息の場所はない。
だけど、それでも……効果範囲にいるのは男も同じだ。
向こうも揺れに巻き込まれ、ふらつき、立っているのがやっとの状況だ。
「な、なんで? ……このままでは君だって満足に動けない……は、ず」
「戦略を見せるって言ったろ……キチンと考えてるから心配するな」
「……え?」
不安定な足場で二つの高レベル魔法を制御、展開しながらなお平然と男が告げる。
「……三発目だ」
瞬間、夕焼けの赤が青へと染まる。
膨大な量の水が空に、男の魔力により召喚される。
「ふっ、ふ……ふざけるなあああああああっ!」
『大渦潮』
大地が激しく揺れ、大渦が生まれ、土と水が一瞬で攪拌されていく。
発生した泥の濁流、大地が一瞬で沼へと変貌する天変地異の発生。
地獄絵図のようなその状況から抜け出す手段などない。
『大渦潮』、『大地震』の複合。
更に『重力場』により完成したのはすべてを引きずり込み、地に飲み込む沼。
半径一キロメートルにも及ぶ巨大な底なし沼が完成する。
流砂、蟻地獄と現象的には類似しているが、その規模、脅威、凶悪さは桁違い。
土、水、重力、レベル六魔法の三属性同時展開。
(ふざけるなっ! ふざけるなっ! ふざけるなっ!)
何が、何がっ……戦略だ、頭脳的な戦い方を見せるだ!
これのどこが老獪な戦略だ! どこが知略だ!
強い魔法と強い魔法と強い魔法を足し合わせたら超強い魔法が完成した。
確かに凄まじい相乗効果はあるだろう。
不可避の脅威的な攻撃ではある、敗北も認める。
でも、これを戦略とは絶対に認めたくない……圧倒的な力業じゃないか!
「……ば、化け物めっ」
こんなの、どうやったって……逃げられるわけが……。
渦に飲まれる直前、残り魔力を注ぎ込み自身を『風膜結界』で包み込む。
せめてもの抵抗、窒息しないようにわずかでも空気を確保する。
できたのはそれだけ……私は男と共に泥の濁流に飲まれていく。
そして、渦の中心にいる術者の元へと流れて行く。
「ぷはあっ!」
やがて魔法現象が止まったあと、地下に沈んでいた私は男の手により引っ張りあげられる。
「ふはははっ……コルル、捕まえたっ……と」
「ごほっ、かはっ……うぅっ、ぐっ……」
体は泥まみれ。口に少し入ってしまった泥を吐き出す。
「さて、とりあえず目標達成と……べリアが来るまで大人しくしていろよ」
絶対に逃さないようにと、背中に両腕を回され、抱きしめられる。
ベリア様、ごめんなさい。
わたしは、わたしは……こんな訳の分からないやつに!
「ううううううっ! ああああっ!」
「やめとけ、暴れても無駄なのはお前ならわかっているだろ?」
何もできなくたって、素直に従ってなんてやるもんか!
私は顔を上げ、ヘルム越しに男の顔をキッと睨みつける。
(…………えっ?)
「お? なんだ? 急に大人しくなって……ようやく諦めたか」
「あ、ああっ……」
私の反応を勘違いする男。
思わず動きが止まったのは、抵抗を諦めたからじゃない。
別の理由……目に映った光景を見て驚愕したせいだ。
「ああっ、ああああああっ!」
男に抱きしめられ体が密着する距離になったことで、不明だったヘルムの奥が確認できた。
「そ、うか、そういうことだったのか……ようやくわかったよ。君が……君がっ!」
「???」
ヘルムから覗くのは石のような灰色の肌。
土、水の高レベル魔法を操り、重力魔法まで使いこなす理不尽存在。
重力は別として使用する魔法属性も種族的に一致する。
勝てないわけだ。だってこいつは……。
(絶対に刺激するなとベリア様にアレだけ言われていたのに、私は……)
「……ガー、ゴイル」




