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魔王1

本日二話更新 二話目です

 リーゼとクライフが再会を果たした時から、少し時間は遡る。


 俺はメーテルさんの家を出て、リーゼたちに会うために城への再侵入を決行する。

 前回同様一階の食料搬入路から城の内部へ。もたついている時間はない。


 もし昨日と同じ状況なら今の時間、ベリアは城の外に出ている。

 だが、仮にベリアが留守だとしても時間の余裕はない。

 今回の侵入では最悪の場合に魔王連中と戦うことまで想定している。

 クライフたちと少しでも早く合流できるよう、急いで最上階を目指す。


 一度来た道なので見取り図を見る必要もない。小走りでテンポよく移動していく。

 厨房を通り、連続階段を昇って、前回の半分程度の時間でコルルナイトのいる六階に着く。


 ここまでは城の内部に変わった様子はなく、警戒されている感じはしない。

 リーゼの正体がバレていたなら、もっと警戒は厳しくなるはずだが……まぁいい。

 考えても答えが出ないことはもう考えないことにしたのだ。


 基本方針だけ決めて出たとこ勝負、この先罠があろうが強行突破するまでだ。

 指輪の認識阻害効果を発動させながら、フロアを徘徊する大量のコルルナイトの隙間をすり抜けるように動き、前回の侵入で最後に確認した転移魔法陣のある部屋へ。


 この先はいよいよ魔王コルルとクライフがいるフロア、完全に未知のゾーンだ。


「……ふぅ」


 深く深呼吸をして気を落ち着ける。


 ここからが本番。焦るなよ俺……気持ちは冷静に行動は迅速に。

 何かあっても動じないよう自分に言い聞かせ、覚悟を決めておく。


(よし、行くぜ!)


 足を一歩踏み出して魔法陣の上へ。


 魔法陣の中央に立つと同時、足元の床が淡く光りだす。

 かすかな浮遊感を感じたあと、一瞬で視界が切り替わる。

 転移前の部屋と似たような部屋だが、壁にシミなどがあり別の部屋であることがわかる。


 無事転移に成功したようだ……そして。


「……うん?」


「……あ?」


 やっべ……い、いきなりかよ。


 部屋の扉の前には、ご立派な鎧を着た赤鎧のコルルナイトが直立していた。

 以前、誘惑をかける集会の場で見た赤鎧コルルナイト、確か精鋭だった記憶がある。


「「……」」


 見つめ合う俺たち、上位個体だけあってか認識阻害が通じないようだ。

 だが、俺の全身鎧姿はコルルナイトの中のコルルナイトと言っていい。

 前回の侵入で集会に混じっていても判別できなかったのだ。

 認識阻害が通じずとも堂々と歩けばいい。そうすればバレやしないだろう。


 俺は部屋の扉へと向かう。


「おい……待てお前、合言葉はどうした?」


「あ?」


「下から上がって来た者は必ず合言葉を言う決まりだろうが」


 何気なく部屋を出ようとした俺を制止するコルルナイトの声。

 合言葉だと? 馬鹿が……そんなの必要なんて知るわけねえだろ。


「「……」」


 答えられるわけもなく、生じる沈黙の時間。

 適当な言葉を早口で言えば誤魔化せねえかな? 無理か。


 残念なことにこうなった場合、俺の取れる選択肢は多くない。



「……いくら欲しいんだ?」


「しっ、侵入者だあああああああああああああっ!」


「……くそったれが」


 正面にいきなりコルルナイトが現れるとは……おのれ。

 考えてみれば出入り口を見張るのは当たり前だが、今更言ってもしょうがない。

 ここまで、認識阻害の便利さに慣れ過ぎていたのかもしれない。


「者共こっちにっ、がぶぁっ!」


 これ以上騒がれる前にコルルナイトを急襲し、頭を掴んで壁に叩きつける。

 床でピクピク痙攣しながら気絶するコルルナイト。

 多少他のコルルナイトより強かろうが俺の相手にはならない。

 割と不意打ち気味だったけど気にしない。


 人の予定をいきなり台無しにしやがって、大人しく眠っていろ……ボケが。


 周囲から聞こえてくる足音は大きくなっている。

 間も無く他のコルルナイトが騒ぎを聞きつけてここに来るのだろう。


(最悪だぜ、いきなりバレるなんて……)


 俺は急ぎ転移部屋を出て走りだす。

 早くこの場を離れなければ……。





「おい、いたぞ! こっちだ!」、「絶対に逃がすなっ!」


 現在、最上階フロアを逃亡中。

 走る俺の前方に二人のコルルナイトが立ち塞がる。


「止まっ、ぐふっ!」、「おとなしっ、っごがぁっ!」


 最後まで台詞を言い切ることなく気絶するコルルナイト。

 発見と同時、石弾丸(ストーンバレット)を飛ばして一瞬で仕留める。


 もう何体倒しただろうか? さっきからこの繰り返しだ。


「どこだっ、どこにいるっ!」、「いないっ、そっちはどうだ?」、「おい! こっちで倒れている奴がいるぞ、急げっ!」


 次から次へと沸いてくるコルルナイト。

 どこから来てるんだろうか? こっちに階段はないはずだが……。

 もしかすると、転移魔法陣は別の場所にも設置されているのかもしれない。


 鬱陶しいな……困ったことに最上階のコルルナイトは全員赤鎧の精鋭個体らしく、認識阻害が通じない。

 なんかもう、迎え撃って全滅させてしまったほうが楽な気がしてきた。


(にしても、クライフとリーゼはどこだよ?)


 こうして移動中、走りながらも魔力感知で探しているのだが反応が見つからない。

 同じフロアまでくれば二人の反応は探せると思ったのだが……。


「しかし侵入者め、どうやってこのフロアに?」、「とにかく捕まえるぞっ、コルル様に申し訳が立たんっ!」


 廊下の奥から聞こえてくるコルルナイトの怒声。

 少し落ち着いて考える時間が欲しいな。





 俺は一先ず、適当な部屋に入って身を隠すことにした。

 これで多少時間は稼げるだろう。


 部屋の中にはなんか高そうな感じの調度品が並んでいる。

 お偉いさんとかを迎える客室とか、そんな感じの部屋かね。


「……ん?」


 部屋を見回していると……気になるものが視界に入った。


 ベッドに乱雑に置かれていた黒い布地。

 布地を広げてみると、黒いローブであることが判明。

 温かい……先ほどまで誰かが着ていたのだろうと推測される。


「なんか……どっかで見たことあるよなぁ、この服」


 いや……つ~かさ。これ、どう見てもリーゼの服だよな。


 なんでこんなとこに脱ぎ捨ててあるの? ……意味がわかんねえんだけど。

 しかもリーゼの汗なのか、全体的にちょっと湿っているし……。


 脱ぎ捨てられた汗(体液?)の付着した服、城主のサキュバスのコルル、風俗業の盛んなこの街。

 リーゼの身に何が起きたのか? 良からぬ想像が働く。


(だ、大丈夫かリーゼ)


 湧き上がる不安。


 まさかリーゼ、正体がバレてコルルに性的拷問的なことをされているとかじゃねえよな?

 くそっ、だとしたらマジで急がねえと……。


 こうなったら仕方ねえ、しらみ潰しになるが急いで探すしかないか。



「……その服が気になるのかな?」


 俺が思考していると後ろから聞こえてきた女の声。


 女は普通に言葉を喋っただけ……だというのにその声は妙に甘ったるく、体に染み渡り、頭の中で残響する。


(……ちっ)


 考え事をしていたせいか、声の主が気配を消していたせいか、あるいはその両方か。

 存在に気づくのが遅れてしまう。


 俺はゆっくりと背後を振り向く。


 そこには想像した通りの存在、露出の激しい服を着た小柄なサキュバスの女がいた。


「おおっ! これは、これは……コルル様」


「…………」


「ただいま賊が侵入したようで、我らコルルナイトが一同総出で捜索中です。もうしばしご辛抱いただけたらと」


「あはは……演技は結構だよ」


 ビシッと敬礼した俺を見ながら、ニコリと微笑む魔王コルル。


「え、演技? コルル様が何をおっしゃっているのか、言葉の意味が理解できないのですが? それより本日のコルル様におかれましては、ご機嫌……」


「君、わたしの魅了にかかっていないでしょ? この距離だと間違えようもないよ、侵入者は君しかいない」


「ごごごご機嫌、ごごご……ゴミ虫がっ、調子に乗ってんじゃねえぞ……偉そうに」


「……お、おぉう。ず、随分と口が悪くなったよ」


 俺の低音ボイスを聞いて、その変貌ぶりにコルルの頬がひきつる。


「ねぇ君、誰と話しているのかわかってる?」


「魔王コルルだろ、何度も言ってんだろうが……耳が悪いのか」


「あはっ、はははは……ははははははっ!」


 何がおかしいのか、お腹を抱えて笑うコルル。


 リーゼに対する懸念もあり、自然と口調も荒くなっているのだろう。

 まぁこうなったら、俺も下手に出る必要もない。


 事前に魔王に遭遇した場合の方針くらいは決めてある。

 コルル一人なら強気に行け、ベリア一人なら場の状況で適切に判断する、ベリアとコルル二人なら迷わず退却だ。


「まぁヤケになっているのかもしれないけど……うん、わかりやすいのは嫌いじゃないよ~」


「そうかい?」


「けど……とても利口じゃあないよね」


 だからって舐めるなよと、言わんばかりの魔王コルルの声。

 コルルの身体から威圧するように濃密な魔力が溢れ出し、室内の温度が急激に下がったような感覚を受ける。


 まぁその程度でビビったりする俺ではないが。


「コルル、率直に聞くぜ。クライフはどこにいる? この服を着ていた女はどこにいる?」


「…………マリーちゃんはともかく、どうしてクライフのことを知っているの?」


 俺の発言にコルルの笑みがピタリと止まる。

 にしてもマリーちゃんだと? ああ、マリーゼルが本名だからマリーか。


「ふむふむ、なるほど。君はクライフとマリーちゃんの関係者でここまで来る存在か」


「……」


「誰かな? 心当たりがないけど」


 探るような視線で俺を見るコルルだが、これ以上は言うつもりはない。

 既にかなり際どい発言をしている気もするけどな。


「あれ? というか、君の口振りだとマリーちゃんとクライフは関係があることになるね?」


「せ、生物の祖先は元々一つだったという説もある。そう考えれば誰もが何かしらの関係を持つといっても過言ではない……そう思わないか?」


「……ふむ、まさか彼女の名前(マリー)から連想して、正体はクライフの妹のマリーゼルって安直なオチじゃないよね?」


「……ははははは」


 そのまさか、ドンピシャで正解だよ……馬鹿野郎。


 俺の言い訳はスルーされ、速攻で色々とばれた。

 ダイナミックなヒントを与えた俺のせいだけど、リーゼはもっとわかりにくい偽名を使うべきだと思うんだ。


 ま、まぁいいさ。

 自爆した感が半端ないが得られたこともある。


 それに今の口ぶりではコルルはリーゼが妹だと気づいていなかった……ってことは、城の中は昨日と同じ状況で、ベリアが城を留守にしている可能性は高い。


「なんだ、さっきのクライフの妙な反応はそういう理由だったのか……だけど、兄妹揃ってこっちに来ている今、メナルドはどうなって?」


「……」


「あれ? ていうか、二人を会わせてしまった私は大ポカした? い、いや……まぁ、うん、この場に妹がいるのは考えようによっては悪くないし、それはそれで使えそうだし……うん、大丈夫、大丈夫、修正できるはず、ポジティブ大事……それに」


 小声でブツブツと呟いている魔王コルル。


「おいおい、無視するなよ……いい加減に俺の質問に答えろ」


「ああ……ごめんごめん。君が心配しているマリーちゃんは無事だよ、怪我一つないし、ちょっと諸事情で着替えてもらっただけだから。まぁ、クライフの妹と知った以上は素直に解放するつもりはないけど」


「うん? 随分、素直に答えてくれるんだな」


 それが本当かどうかはわからんが。


「ふふっ、せめてものお礼だよ、わざわざ来てくれた君へのね」


「……お礼?」


「おかげで面白そうなことがわかりそうだし、ね。君からはたっぷりと話を聞かせてもらおうかな」


「こっちもお前に聞きたいことがたくさんある。今更だけど、腹を割って話し合いをしようってんならそれでもいいぜ? これでも俺は話が通じるほうだと自負している」


 リーゼが無事だってんなら、まだ友好的な対応をする選択肢はある。


「いや~それはないでしょ。ここまで暴れられて侮られて、君に遠慮をする理由が見当たらないよ。嘘つかれるかもしれないし、君から魔王クライフが抱えている秘密を知ることができるかもしれないんだから、さ」


「……」


「ふふっ、君を捕まえて完全無力化したあとで、強引に聞き出すからいいよ。知っていること全部ね」


 無邪気な笑みを浮かべるコルル。交渉は決裂のようだ。

 そしてコルルの台詞と同時、ドタバタと部屋の中に駆けつけて来るコルルナイト。

 気づけば周囲を包囲されて逃げられなくなる。


 一対多数、味方は誰もいない孤立した状況に陥る……が。


「そうかい、なら俺もお前をとっ捕まえて聞き出すからいいわ」


「…………言ってくれるじゃないか」


 コルルを挑発するように不敵に笑みを返す。

 まったく怯まない俺の態度に、コルルの眉間に一瞬だけ皺が寄る。


 それにしても、最近の俺の運勢はどうなっているのかね?


 雷真龍、クラーケン変異種に続いて今度は魔王との戦いか。

 ランヌが死んで自由を得てからまだ二カ月も経過してないのによ。

 この短期間で大物たちと戦いすぎだろ。


 しかし……なんだろうな、こんな時だってのに。


「ふははははっ!」


「??? た、戦いを前に何を笑っているのかな? 狂った?」


「馬鹿、狂ってねえよ」


 突然の俺の笑い声にコルルが訝しげな顔を浮かべる。


 別に大したことじゃない。

 眼前の魔王を見て少し感慨が湧いてきただけだ。


 相手はイモータルフォーでなくとも名の知れた魔王の一人。

 ガーゴイルの自分が堂々と相対しているのは強大で、本来は雲の上にいるはずの存在だ。

 今の自分の力の立ち位置を再認識し実感する。


 こんな考えが浮かんだのは、単独で正面から戦いを挑もうとしているからだろうか?

 ラザファムの時は望まぬ不意打ちの戦いだったし、変異種の時はルミナリアがいたからな。


「ま、こっちのことだから気にするな」


「なんか君、やな感じだなぁ……」


 コルルの表情にほんのかすかに警戒が浮かぶ。


 俺が笑ったのは別に相手を舐めているからじゃない。

 この非常時だってのに、あまりに自然体な自分に笑みが零れただけだ。


 魔王と向かい合っても視線は前を向いている。

 身体に一切の震えもない、心には怯えも余分な緊張もない。


 こうして見ても、俺なら絶対に勝てると確信している。



「……さぁて、と」



 いっちょ、やるとしようか!


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