魔王会談3
おまたせしました。
本日二話更新 一話目です
兄様の話を聞いて今回の事件の全容を理解した。
まさか私も騒動の一因に絡んでいたなんて。
これじゃ、アルベルトのことをどうこう言えないじゃないの……。
「うぅ、あああああああっ、ぬあああああああっ!」
「マ、マリーゼル?」
ドンドン! ドンドン! と、しゃがんで床を叩く私。
激しい後悔から思わず呻き声が零れる。
私の馬鹿! どうして気づかなかったのか?
あの時、兄様に知らせておけば、こんなことには……。
「ああああああっ……あ、わたっ、わたしがっ!」
「マリーゼル、落ち着け。この部屋が防音だからいいようなものの……」
肩に兄様の手が触れる。
見上げると、状況が把握できずに困惑している兄様の顔があった。
「お前が今何を悔やんでいるのかは知らないが……まずは説明してくれ。そうしないとどうしようもない」
「……に、兄様」
「話してくれ、このままだと俺が呪いの犯人扱いされるかもしれないんだろう?」
そうだ、反省や後悔は後でゆっくりすればいい。
今はわずかな時間も惜しい時だ。
私は兄様に重要な要点を絞って説明していく。
呪いをかけられたのはベリアの配下ではなく、ベリア本人であること。
呪いの犯人がアルベルトであること(呪いの内容については伏せておく)。
翼に呪いをかけられた復讐でアルベルトがベリアに呪いをかけたこと。
本来ガーゴイルは呪魔法を使えないが、ファラの街にいる錬金術師の協力とベリアの髪の毛という媒体を得ることで呪いを成功させたこと。
マジックバッグの髪の毛はアルベルトに会った時にプレゼントされたもので、中にしまっておいたこと。
兄様は真剣に私の話を聞いていた。
「要するに……今回の件の根本にはアルベルトとベリアの因縁的なものがあって、そこから問題が大きくなっていったんだな。アルベルトは翼の呪い、ベリアはアルベルトの呪い。そして彼らの因縁に俺は巻き込まれたと……」
「そ、そうなります」
「……か、勘弁してくれ」
話を聞き終えた兄様は、ため息を吐いて天を仰いでいた。
「世界最強クラスの喧嘩なんかに巻き込まれたりしたら、こっちはたまったものじゃないぞ。だがまぁ……事態は理解した。想像した以上にややこしい状況だということもな」
「も、申し訳ありませんっ。せめて髪の毛のことを私が伝えていれば……」
「確かにバッグから事前に髪の毛を取り出しておけば、ベリアに気づかれることもなく、何の問題も生じなかった。事件が表面化したのはお前が原因かもしれない」
「うぅ」
「だが、アルベルトとベリアの二人の間にそんな背景があるなんて、斜め上過ぎて推測できるわけがないだろう」
「……」
兄様の言う通り想像ではできない。
それでも、あの時軽率な行動をしなければ、用心深く慎重になれていたら……と考えてしまう。
「だが、マリーゼルはともかく、何故アルベルトはそんな大事なことを俺に黙っていたんだ?」
私がアルベルトにしたのと同じ質問をする兄様。
少し厳しい声色だ。
「わ、忘れていたそうです……呪いをかけたことを」
「……わ、忘れてた、だと?」
あまりに幼稚な理由に兄様の頬がピクピクと引きつる。
そのせいで兄様の身に起きたことを思えば、怒るのも無理はない……だけど。
「た、ただその、アイツはアイツで私たちのために頑張ってくれていたというか」
「マリーゼル、自身の負い目でアルベルトの失敗を庇おうとしているのかもしれないが……これは多少の頑張りで許容されるラインを超えているぞ」
「……多少なんてものじゃないです。アイツがいなかったらメナルドの街が消えていたかもしれません」
「どういうことだ?」
訝し気な顔を浮かべる兄様。
「後で丁寧に説明するつもりでしたが、兄様が留守の間に街で襲撃事件が起きたんです」
「……ラボラスの陣営か?」
「はい、城に上級悪魔の二人が襲撃を仕掛けてきました」
私は兄様が留守の時に街で起きたことを伝える。
「やはりこの隙に来たか……それで、アルベルトが上級悪魔からお前を守ってくれたということか?」
「はい。ラザファムさんがルミナリアちゃんを探して城に来たのも悪魔と交戦していた時です」
「アルベルトにラザファムまで戦線に、それはまた……悪魔たちに同情するな」
「え、ええ、まぁ……ちなみに、捕まえた悪魔たちは城の牢屋に拘束してあります」
正直、ラザファムさんは戦いが終わった後で来たので、ちょっと事情が違うんだけど。
今はややこしくなるので黙っておこう。
「成程。しかし、それで街が消えるというのは大げさだと思うが」
「その上級悪魔だけならまだよかったのですが、悪魔たちが捕まったあと……」
「まだあるのか?」
「はい、クラーケン変異種が出現したんです」
「…………お前、今何と言った?」
その言葉に兄様の目が見開く。
変異種に関して、四百年前に戦った兄様は誰よりもよく知っている。
強い反応を示すのは当然だろう。
「変異種が出現した、と申しました。兄様の聞き間違いではありません。変異種の出現がラボラスの策略なのかは現時点で判明していませんが……アルベルトが変異種を討伐してくれたおかげで街が無事に済んだんです」
「どっ、どうやってアルベルトはあの変異種を倒した? 街で迎え撃ったのか?」
話を聞いて興奮した兄様が、私に疑問を投げかける。
「いえ、水龍形態のルミナリアちゃんと一緒に変異種に海中戦を挑んで……」
「海中戦だと……ルミナリアの助けがあるとはいえ、完全に相手有利なフィールドでの戦いじゃないか、それでよくあの化け物に勝てたな。変異種の再生能力は尋常じゃないぞ、当時の俺だって討伐に相当な準備を要したし、長期戦に持ち込んでの辛勝だった」
「事実、変異種が暴走してしまい、超速再生を繰り返してと、手がつけられなくなるところだったそうです。ですが……アルベルトがレベル七魔法『全ては塵に』を変異種に放って」
「重力属性最強の攻撃魔法か……それで変異種を一気に叩き潰したってわけか。つくづく規格外な存在だな。不死身に近い再生能力を前に、自前の攻撃力だけで押し切るとは、絶対的な攻撃手段を保持していなければできない勝ち方だ」
兄様が驚愕の声をあげる。
「帰ったらルミナリアにもしっかり礼を言わないとな」
「はい。彼女がアルベルトと組んだからこその勝利ですから」
「わかってるさ、それがどれほど勇気の必要な選択なのかもな。しかしあの男は、素直に感謝させて欲しいところなのに……まぁ、そうさせないのがアルベルトらしいというか」
「あ、ははは」
クシャリと髪をかき乱したあと、苦笑する兄様。
話を終えたあと、気を引き締めて今後のことを兄様と相談する。
「兄様、この後はどうしますか?」
「事情がすべて分かった以上この部屋に閉じこもっていても仕方ない。迅速にアルベルトと合流しよう。そしてベリアに会って話をしなければなるまい」
「魔王ベリアに呪い、アルベルトのこと、すべてを話すと?」
「とにかくベリアを納得させないと何も進まないからな。ここまで大事になった後で、嘘をついてこの場を上手に収めたとしても、後で発覚した時が怖すぎる。味方が敵に変わるかもしれないだろう」
「た、確かにそうですが……大丈夫ですかね?」
私は兄様の問いかける。
「勿論、俺たちでできる限りアルベルトのフォローに回るぞ。まぁベリアは己の感情よりキッチリと利をとるタイプだ。素直に伝えれば話し合いには持ち込めると俺は考えているが……」
「兄様?」
「マリーゼル、もう一度聞く。やはり俺にベリアの呪いの内容は言えないんだよな」
「は、はい。兄様は話を聞かない方がいいと思います」
極力、男性には伝えないほうがいい。
下手をすると、ベリアの攻撃の矛先が増えるかもしれないしね。
少なくともベリアと付き合っていく上での関係性に狂いは生じると思う。
知ってしまったら……なんかぎこちない空気が生まれそう。
「正直、その呪いの内容の程度にも影響すると思うんだが……ベリアは話を聞いてくれそうなのか? お前の考えを聞かせてくれ」
「そ、それは、その……本当にその人の考えによると思うんですが……ただ、命に関わるような類ではないので……十分可能性はあるかな、と」
「ふむ」
私の言葉に兄様が思案する。
「よし、とにかく急いでアルベルトと合流するぞ。詳しい話は移動しながらでもできるしな」
「はい」
アルベルトたちは戻らない私のことを不安に感じているだろう。
早く安心させてあげたい。
それに時間を空けるとアルベルトが強行策を取るかもしれない……その前に合流しないと。
兄様曰くこの部屋の壁、床などは特殊な素材でできており、室内の魔力が外部に漏れない構造になっているそうだ。
そのため、部屋の中に誰がいるのか外から魔力感知を使っても発見できない。
アルベルトといえど誰にも見つからずにここまで来るのは不可能に近いとのこと。
行動指針を決定し、部屋の扉へと向かう。
すると……足元からグラグラと大きな揺れを感じた。
不規則な揺れはいつになっても止まらない。
ふつふつと湧き上がる嫌な予感。
「に、兄様……」
「ああ……これは」
ただの地震かもしれない。だけど……胸騒ぎがする。
「急いで出るぞ! マリーゼル!」
「はっ、はい!」