魔王会談1
ベリアに会うために、リドムドーラへと発った俺。
空を旅して四日目の夕方、街に着いた俺たちをベリアたちは出迎えてくれた。
友好的な様子で、その日は晩餐会を開いてもらい歓待を受けた。
夕食の席ではベリアやコルルと話をした。
この時の内容はほとんど雑談のようなもので、ここ数百年お互いの街でどんな出来事があったかなど当たり障りのない内容だったが、晩餐会は会話の内容よりもお互いの人となりを少しでも知ることが目的だ。
ベリアはともかく魔王コルルとは初対面だ。
協力関係を築いていく上で明日の会談前にとベリアが場を設けてくれた。
晩餐会を終え今夜はゆっくりと休んで旅の疲れを癒して欲しいと言われ、その日は過ぎていった。
翌朝、これから先のメナルドの命運を左右する会談へと向かう。
部屋を出て外で待機していたメイドの案内に従い会議室の中へ。
完全防音の会議室に入室し、数分と待たず二人が来て円卓につく。
部屋の外にはお互いの従者が待機しているが魔王以外の同席は許されていない。
「おはようクライフ、よく休めた?」
「おかげさまでな」
朝の挨拶をし、気を利かしてくれたベリアに礼を言う。
昨日の顔合わせのおかげか、空気も穏やかなものだ。
「始める前に一つ言わせてくれ……今回は呼びかけに応えてくれてありがとう、感謝する」
「アナタの気が変わるのをずっと待っていたわ。それじゃあ、はじめるとしましょう……コルル」
「はいっ!」
コルルの元気な声で会談は始まった。
この場はお互いの正式な合意確認をするのがメインだ。
リドムドーラに来る前に傘下に入りたいという意は手紙で伝えてある。
「手紙に同封された資料も読んだけど……大きな問題はなかった。細かい部分はあとで詰めていけばいい。それと、私たちのほうからもいくつか合意前に伝えておきたい。後々になって揉めても困るしね」
「ああ、頼む」
「まず、そちらの緊急時における対応について。たぶんクライフが一番知りたい内容ね。基本はコルルが援軍に向かうことになると思う」
「コルルが?」
「私は比較的メナルドに近いし、飛んで行けるから山脈越えもそれほど苦にしない。悪魔たちが飛べたって同じ土俵で戦えるでしょ」
コルルが引き継いで説明をする。
俺は考える……彼女たちの話は予測していた範疇だ。
イモータルフォーであるベリア本人来てくれれば文句はないが、ベリアの本拠地アスタニアからメナルドまでは、リドムドーラからの倍以上の距離がある。
ベリアが相対する魔王はナゼンハイムだけではないため、自治領の端から端まで軽々と移動することはできない。
それでも……魔王一人分の増援が期待できるというのは相当に大きい。
個人の戦闘力では劣るにしても、能力面など状況によってはコルルはベリアよりも心強い。
ナゼンハイム傘下のもう一人の魔王が出てきた場合でもコルルがいれば脅威は半減する。
「緊急性の高い場合は状況を見て……ね」
ベリア本人が直接出向けるかはその時の状況次第。
援軍に間に合わない場合もあるかもしれない。
それでも本当に問題ないか? ……と、念を押して確認してくるベリア。
「……心強い。助かる」
俺はベリアに頷く。
ベリア自身の行動について言質は得られなかったが、向こうの最高戦力であるナゼンハイム本人が出てこなければそれで凌げる。
ナゼンハイムが来た場合も俺とコルルで時間を稼ぐことができれば、ベリアが救援に来てくれる可能性は十分ある。
「二つ目。戦力の提供と引き換えに、魔王ランヌが死んで空白となった領土を幾分かクライフに任せたいと思ってる」
「ランヌの領土を?」
「ええ……主にファラ山脈から西側。広大な土地だから、コルル一人じゃとても手が回らない」
これまでランヌのモノだった土地をコルルと二人で統治して欲しい。
最終的にはランヌの領土をコルルと俺で半分ずつ管理する形にしたいとベリアは言う。
魔王ランヌは俺やベリアのようにしっかりとした土地管理をしていたわけではない。
いくつか砦や小さな集落などは残っているも、あの周辺はほとんど未開拓だ。
手つかずの理由はワーウルフたちの領土だったことも一因だろう。
街道などを整備せずとも、彼らは森、山での移動を苦にしない。
ベリアの提案は戦争の後始末の手伝いのようなものだがそう悪い話ではない。
領土拡張には興味がなかった、これまでは自治領で精一杯だったからな。
とはいえ最近はクラーケン変異種が街に残した爪痕も消え、多少の余裕も出てきた。
土地を得たからといっても今すぐ何か……という話ではないし、利益が出るには時間もかかるだろうが、将来的にできることは一気に広がる。
「……確認するが、本当にいいのか? いきなり俺に土地を任すなど? 聞いていてこちらにはデメリットが少なすぎる気が」
「構わない、どうせこのままだと人手不足で土地を腐らせることになりそうだから。好きにしてくれていい」
「……なるほど」
「正直、私がクライフに期待しているのは戦力的な話より内政的な面が強い。クラーケン変異種襲撃のあと、メナルドを見事に復興させたその手腕に期待しているのよ」
笑みを浮かべてこちらを見るベリア。
どこまでが彼女の本心かはわからないが、その顔から嘘は感じられない。
こうして必要とされるのは悪くない気分だ。
そういう相手と仕事をしたほうがやりがいも出るし、応えたいと感じる。
「いいタイミングでクライフが来てくれて助かった。森、山を切り拓いて道、街を作って……となると数十年、数百年の計画になるだろうから、コルルと相談しながらリドムドーラとメナルドの双方がより発展するための土壌にして欲しい」
「ああ、期待に添えられるように尽力しよう」
先の未来、いい関係が築けていそうだ。
順調に会談は進んでいき、意志確認を終え別の話題に移る。
傘下に入ったことを大々的にメナルドの民に伝えるために、約二か月後メナルドで行われる五百年目の祭典に出席して欲しいとベリアに頼む。
どうにか時間を作ろう……と、ベリアから前向きな回答も得た。
「悪いわね、確約まではできなくて……」
「いや、そちらの事情は理解しているつもりだ」
「こういう時こそ、縛られず自由に動き回れる戦力が欲しいのだけどね、そうすれば私も……」
「そうそう見つからないだろう、魔王級の実力者など」
「…………そうね。でも案外、私たちが知らないだけで、とんでもない存在が隠れているかもしれないわよ?」
一拍置いて返事するベリア。
ほんの微かだが、彼女の額に皺が寄っているのに気づく。
「これも、あとで話しておいたほうがいいか……」
「……」
ポツリとベリアが呟く。彼女が誰を想像しているのか? それはおそらく……ランヌとの戦争最後で遭遇したアイツのことだろう。
今、ベリアはアルベルトについてどう考えているのか?
その心証などについてもうまく聞きださないとな。
アイツも今頃はメナルドで妹を護ってくれているだろうし、忘れたりしたら怒るだろう。
「大丈夫ですよベリア様、わたしがいますから。地理的にもランヌが死んだから近くに魔王はいませんし、以前よりも自由に動けます」
「ええ、頼りにしているわ」
「……えへへ」
頭を撫でられて、コルルがベリアに甘えるように身を寄せる。
コルルの髪に優しく触れるベリア。
こうして見ていると二人は主従ながらも姉妹のように見える。
無論、二人は種族も異なるし雰囲気が……という話ではあるが。
確かな信頼関係をその光景から感じる。
会談は進み、昼食後の休憩に入る。
ベリアと二人、和やかな空気が漂う中、雑談しながら紅茶を飲む。
コルルはその間に城で片付けねばならない仕事があると言い、一時的に退出していった。
三十分ほどしたら戻ってくるそうで、その後に魔王三名で調印を行う予定だ。
その前に調印で使う魔法印をマジックバッグから取り出しておく。
「クライフ、マジックバッグを持っていたのね」
「……ん? ああ」
ベリアの視線が俺の隣にいたマジックバッグに注がれていた。
少し興味深そうな顔を浮かべるベリア。
「そちらもマジックバッグは持っているだろう?」
希少なアイテムではあるが、イモータルフォーのベリアなら持っているはず。
「……あるわよ、ここにね」
ベリアがテーブルの下から取り出したのは黒いバッグ。
どうやら、これが彼女のマジックバッグらしい。
「まぁ希少な代物だからこれを含めて全部で三つしかないけどね。作成素材がなかなか揃わないし、空間魔法をバッグに付与できる錬金術師がほとんど存在しないから」
マジックバッグはこうした遠出の際にとても役に立つ便利なアイテムだ。
空間魔法で内部空間を拡張することで、多くの荷が詰め込める。
輸送効率が劇的に向上するため商人などにとって憧れの品だが、希少性は高く量産はできない。
バッグを作成するには古龍の鱗や心臓などが必要。多数ある鱗ならともかく、心臓となると分けてもらうわけにもいかず、最強種の一角である古龍と戦うことになる。
そういった背景もあり力も未熟な幼い古龍は狙われやすい。
ラザファムが用心深くルミナリアを護っていたのはそういった理由がある。
魔王クラスなら真龍相手でなければ素材を入手できるだろうが、そんな真似をして古龍たちの恨みを買ってまで……ということを考えるとデメリットのほうが格段に大きい。
そもそも、ラザファムやミナリエと友人の俺は強引な素材入手など考えたこともないが。
マジックバッグのメリットとしては他にも中の荷を取られる心配がないことが挙げられる。
所有者の魔力を鍵として、バッグの中の荷がロックされるイメージといおうか。
マジックバッグは基本、魔力を持つものなら誰でも使える。
普通の荷物入れと違うのは、バッグに物を入れる際に荷の所有者の魔力の目印が物に付与されること。
出す時はバッグの近くで自分の魔力を放てばいい。
すると、バッグ内部空間にある荷がそれに反応して引き寄せられる。
この時、内部の目印の魔力とバッグの外で放たれる魔力が違うと荷が反応しない。
どのようにしてそういった仕掛けを施すのか、細かい理論はわからないが……。
だからもし仮に盗難されても、俺たちの荷物を盗みだすことはできない。
「私も準備しておこう」
そう言い、俺と同じようにバッグから魔法印を取り出そうとするベリア。
ベリアが黒いマジックバッグに魔力をかざす。
彼女の強力な魔力が俺のほうまで伝わってくる。
と、そこで……予期せぬことが起きる。
マジックバッグは所有者でない他人の魔力では中の物は反応はしない。
そのはず、だったのだが……。
「……え?」
「あ?」
ポトリ……と、何かが落ちる音がした。
ベリアのバッグではなく、俺のマジックバッグから茶色の袋が引っ張り出されたのだ。
テーブルに出て来た袋を見て、俺たちは思わず顔を見合わせる。
「…………な、何故そちらから出てくるの?」
「お、俺にもわからない……ど、どういうことだ?」
訝し気な顔でこちらを見るベリア。不可思議な現象に戸惑う。
俺のマジックバッグに何か不具合でも生じているのか?
生憎と作成者はここにはいないのでわからない。
まぁ……誰かがバッグの中に入れたのは間違いないはずだが。
一先ず俺は茶色の袋を手に取って見ることにする。
黒い紐で閉じられた袋はとても軽い。
中に何も入っていないのではないかと勘違いするほどに。
「……ふむ」
やはり見覚えがない。この袋は少なくとも俺のものではないと思う。
紐を解き、中に何が入っているのか確認のために指を入れる。
すると、袋の底から妙な感触が伝わってくる。とても細い糸のような感触だ。
「……なんだ、これは?」
それを袋から出して眼前に持ってくる。
指先から垂れるゆるやかな曲線、ソレをジックリと観察する。
……何となく匂いを嗅ごうとしたところで。
「ま、待てっ!」
「……な、なんだ?」
隣からベリアの腕が伸びて俺の腕をガッシリと掴む。
爪が腕に食い込み、その手の力強さに驚いてしまう。
「……こ、これって、まさか」
ベリアがその物体を横から観察している。
「…………ねぇクライフ。一つ聞きたいのだけれど」
「あ、ああ」
「……どうして、私の髪の毛を持っているのかしら?」
おかげさまで、書籍三巻でることが決まりました。
活動報告を更新しました。




