別行動2
患者の元へ走って行ったメーテルを見送り、一人道を歩く。
適当に店で昼食を取ることにする。
家に戻って昼食をとることも考えたが、外で食べることにした。
アルベルトは今頃家で寝ているかもしれない。
物音で起こしてしまったら悪いし、もう一、二時間すれば夕方だ。
お店でご飯を食べて少し時間を潰して戻ろう。
選んだのは木造平屋の飾りっ気の少ない、素朴な雰囲気のお店。
扉を開けると来客を知らせるベルが鳴る。
「……つっ!」
「……おっと」
同時、店の中から男が勢いよく走ってきてぶつかる。
私はぶつかってきた男を睨み付ける。
「あぶないわね! ちゃんと前見て動きなさいよ」
「へへ……ゴメンな、嬢ちゃん」
軽く手を上げ、形だけの謝罪をして逃げるように去っていく男。
少し嫌な気持ちになったが気を取り直す。
空いている席に座ると店員はすぐにやってきた。
適当にサンドイッチと飲み物を注文する。
お昼時を大分過ぎたせいか、店内に客の姿はほとんどない。
何人か、男たちが集まって話している姿が見えるだけ。
十分ほどして料理がテーブルに届き、遅くなった昼食を食べる。
(……ん?)
食べている途中、ふと視線を感じて顔を上げる。
前のテーブルにいた男たちと目が合った。
目が合うと、視線を逸らす男たち。
私は周囲を見回す。なんか見られているような気がする。
自意識過剰ではなく、周囲の視線が妙に気になる。
観察されているような……とても嫌な感じだ。
中には露骨にニヤニヤとこっちを見て笑っている男もいた。
遠慮して視線を切ろうともしない。
店内を見渡すと女性は私一人だけだ。
この店で食べるようにしたのは失敗したかな、と。居心地の悪さを覚える、
早く食べて外に出よう。これなら別の店に移ったほうがいい。
店員を呼んで会計を済ませることにする。
「……合計で千五百ゴールドになります」
「ん……あ、あれ?」
ポケットの中の財布を取り出そうとするも、違和感に気づく。
ゴソゴソと手を動かして、ポケットを探るも財布が見つからない。
「どうしましたお客さん?」
「いや……ちょっと財布が見つからなくて」
「……え?」
おかしいな、もしかしてどこかで落とした?
店に入るまでは確かにあったはずなのに。
その様子を見て、カウンター奥にいた店主らしき男がこちらにやって来る。
「おいおい……無銭飲食は困るぜ、お客さん」
「ご、ごめんなさい」
私は店主に謝罪する。
「申し訳ないんだけど、家にお金を取りに行くからちょっとだけ支払いを待ってもらえない?」
「そう言われてもな、そのまま逃げられちゃ困るからな」
「……逃げないってば」
説得しようとしても店主は納得しようとしない。
迷惑料で倍の金額を払うと言っても、まったく聞く耳持たない店主。
店主と話していると、いつの間にか出入り口が塞がれていた。
先ほど私を見ていた男たちが回りを取り囲む。
絶対に逃がさないといった様子だ。
不穏な空気が店内に蔓延している。
「……じゃあ、どうすればいいのよ?」
「なに、ちょっと中で仕事をしてもらえればそれでいい」
「仕事? 皿洗いでもすればいいの?」
「はは……とりあえず奥の部屋に来てくれよ、説明するからよ」
「……」
店主の口元に浮かぶ下卑た笑み。
この雰囲気、どう見ても普通に働いて済むような感じではない。
男たちの舐め回すような視線が自分の身体に向かっているのがわかる。
ああ、寒気がする。
「……あ、あいつ」
窓の外を見れば、先ほど扉でぶつかった男がいた。
男は口元に笑みを浮かべでこっちを一瞥し、どこかに消えた。
男が消える時、その手には私の財布があるのが一瞬見えた。
さっきぶつかった時に財布をすられたようだ。
「へへ……」
私の様子を楽し気に観察する店主。
状況を理解する。どうやら私は彼らにはめられたらしい。
スリの男と店主はおそらくグルだったのだろう。
財布に紐ぐらいつけておけばよかった。
北東区画は風俗街のある南西区画と比べて治安も悪くない。
普通のお店の外見で、日中の時間帯だったこともあり油断しきっていた。
「……はぁ、どうしよ」
感情に任せて怒りのまま暴れたいけど、現時点で目立つことは避けたい。
大きな溜息が自然と出る……ついてない。
どうしよう? なんとか穏便に済ませたいところなんだけど。
だからって彼らの欲求を満足させるつもりもないけど……。
「……ひひっ」
私が黙っているのを諦めととったのか、男の一人が下卑た顔をして横から腰に手を回す。
その手が触れる直前。
「……触るな」
「ごふぁっ!」
触れられた気持ち悪さから反射的に動いてしまう手。
鳩尾に裏拳を受け、テーブルや椅子を巻き込んで後ろに吹っ飛んでいく男。
ドゴォォン! と男が壁にぶつかる音が店内に響く。
床には椅子やテーブルの木片が散らばっている。
「……や、やっちゃった」
白目をむいて床に気絶している男。
その光景を見た店主や他の男たちは唖然としている。
や、やってしまった……力を大分入れ過ぎた。
ちょっと警告するくらいのつもりで、ここまでするつもりはなかった。
「……」
床に倒れている男を見て考える。
う、うん、これはたぶん、あれね。
アルベルトと一緒にいるせいで力加減がおかしくなっているせいだ。
アイツは防御力が高すぎて、身体強化をかけて全力で殴らないと効果がない。
いや……別に好きで殴っているわけじゃないんだけどね。
まぁ、この状況でアイツに責任転嫁してもしょうがないけど。
「……な、なんだこの女っ! 滅茶苦茶やべえぞ!」
「ジ、ジョルジュ! おい、しっかりしろジョルジュ!」
「く、くそ、完全にのびてやがる」
当初の目論見と大きく異なり、激しく動揺する男たち。
「こ、このアマ、よくもやってくれたな!」
「こんなことして、ただで済むと思うなよ!」
「娼館で働かせるだけじゃ許さねえ!」
……娼館って。
まぁ想像はついていたけど、やっぱりそういうつもりだったのね。
仲間をやられて、お決まりの台詞を吐く男たち。
畏怖を怒りで誤魔化すように、大声を出す。
「……素直に外に出してくれれば、それでいいんだけどな」
頑張って会話を試みるも、熱くなった彼らは話を聞いてくれない。
もう、こうなったらしょうがないか。
せめて、できるだけ戦いが外から目立たないように戦おう。
迎え撃つことを決め、気持ちを切り替える。
……だが。待てども動き出そうとしない男たち。
「うん?」
様子が変だ。私のことを警戒しているのかと思ったがどうにも違う。
数秒後、男の一人がフッと糸が切れたようにバタッと床に崩れ落ちる。
それを皮切りに、連鎖的に一人、二人と倒れていく男たち。
(…………え?)
一体何が起きているのか?
眼前の光景に理解が追い付かない。
直後、自身の身体に感じる異変。
ぐにゃりと景色が歪み、強力な睡魔が襲ってくる。
(こ、れは……睡眠、魔法?)
瞼が……重い。
全身から力が抜けていき足元がおぼつかなくなってくる。
唇を噛んで意識を強引に覚醒させようとするが、まどろみは消えない。
駄目だ、抗えない……下手をうった。ごめん、アルベルト。
「……う、あっ……あああっ!」
薄れていく意識の中、男の狼狽した声が耳に入ってくる。
扉のほうから、小さな足音が聞こえてくる。
「まっ……ま、ままま、まっ……まおっ……コルッ」
男たちの集団を割り込むように堂々と歩く赤髪のサキュバス。
「…………おっと」
意識を保つ限界を迎え、フラッと倒れ込む私の身体は少女に抱きしめられる。
少女の温もりを感じながら……私の意識は消えていった。




