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残滓

 無事、誰にも見つかることなく城を脱出する。


 裏通路を出ると、木影に隠れて待機していたリーゼが俺に気づいて立ち上がる。


「……アルベルト!」


 近寄ってきて色んな角度から俺を見回すリーゼ。

 一しきり確認して、安堵の表情を浮かべる。


「……ん、怪我とかの問題はないみたいね」


「大丈夫だ。てか、もしもの時は共振石が震える手はずになってたろ?」


「アクシデントで壊れたりして、発動できないケースもあり得るでしょ。もし突然ベリアと遭遇したら、アンタでも余裕がないかもしれないし」


 ま、それもそうか。

 彼女なりに心配してくれていたようだ。

 少しだけ気持ちが暖かくなり、侵入で張りつめて気持ちが解けていく。


「……で、どうだった?」


「クライフには会えなかったが収穫はあったよ。詳しいことはメーテルさんの家で話す。ベリアがそろそろ城に戻るみたいだから、近くにいて見つかるとまずい」


「……わかったわ」




 家へ戻ると、すぐに出迎えてくれるメーテルさん。


 テーブルに付き、早速先ほどの侵入で得た情報を共有する。

 予想通りベリアが城を留守にしていたことや、六階、七階フロアの詳細などについて。侵入した時の状況を丁寧に説明していく。


「六階から上は事前情報通りコルルナイトの大量に徘徊するフロアだったが、指輪を使うことで問題なく移動できた。だが途中で問題が生じた、最上階に繋がる階段扉が封鎖されていたんだ」


「扉が封鎖?」


「そうだ、七階までは順調に進めたんだがな」


 フロアを徘徊する大量のコルルナイト、加えて階段扉まで塞ぐという徹底ぶり。

 六階から上は通常の方法ではまず突破できないフロアだった。

 だが、徹底した守りの反面として生じる城の利便性や居住性の悪さなどの点から城の構造に違和感を感じた俺は、他の移動手段があると推測して探索を続けた。

 そしてどうにか最上階に繋がる転移魔法陣を発見した。


「なるほど……コルルナイトに、転移魔法陣、二段構えの守りだったのね」


「ああ」


 俺は頷く。


「転移魔方陣が最上階に近い七階ではなく、六階にあるのがまた……でもさすがアンタね。あの短時間でよく魔法陣を見つけられたわ」


「まぁ、ちょっとだけ無茶したけどな。下に降りて来たコルルを追跡してどうにか発見できた」


「えっ!」


「なっ! ア、アンタ魔王コルルに会ったの?」


 俺の発言に唖然とするリーゼとメーテルさん。


「ああ、七階で探索中にコルルナイトが突然動きを止めたから何事かと思ったら、そのあと一斉に下の大部屋に移動を始めてな。ほら、魅了は定期的に欠けないと効果が弱まるだろ? 丁度コルルがコルルナイトを集めて、定期的な魅了を掛けるタイミングだったみたいだ」


「「……」」


「時間を使っても、最上階への移動手段が見つからなかったからな。このまま探してもうまくいく気がしなかったし、コルルナイトの後ろに付いていったんだ」


「む、無茶しますね」


「……本当にもう」


「無茶でもねえさ、コルルナイトは沢山いたから一人くらい増えてもわかりゃしないだろうと思ったんだ、一部を除いて全身鎧の種類はバラバラだったしな。あの時の俺は完全にコルルナイトの一員だった。我ながら完璧に環境に溶け込んでいたと自負している」


「……一歩間違えば溶け込むどころか、生態系を滅茶苦茶に破壊する外来種みたいになってたろうけどね」


 まぁ……否定はしねえけどさ。納得できない様子の二人。

 いいんだよ、成功したんだからな。


「コルルが魅了を掛けるタイミングと一致したのがラッキーだったな」


「ラ、ラッキーかなぁ? 普通は魔王の所に自分から突っ込んでいかないと思うけど。アンタのことだから切り抜けられる自信があったんだろうけどさ」


「ああ、勿論だ」


 失敗して見つかったパターンも考えて動いたつもりだ。

 解決方法は九割方、物理頼りだったけど。

 その場合は事態が更にややこしくなっただろうな。

 そう考えるとラッキーだったのは案外コルルの方かもしれない。


 俺は一通りの説明を終える。



「とりあえず今夜はお疲れ様。その、できたら明日も侵入してもらいたいんだけど、大丈夫?」


「問題ない。明日はクライフに会える可能性が高いと思っていてくれ」


「了解、こっちもそれを踏まえて準備しておくわ。今日はゆっくり休んで頂戴」


「おう」


 リーゼの言葉に甘えることにしよう。

 体力的にはそうでもないが、一時間に及ぶ侵入で気持ちちょっとお疲れだ。

 気が抜けたのか、グ~とお腹の音が響く。


「あ……すみません。今、お食事を用意しますね」


 メーテルさんが奥のキッチンへと向かう。

 侵入準備に忙しかったから、しっかり夕飯を食べる時間がなかった。

 城中を歩き回ったし腹も減るわな。


「待ってる間紅茶でも入れてあげる」


「おう……サンキュ」


 立ち上がるリーゼ、動きに合わせてフワリとローブが翻る。

 紅茶を入れる際、髪が邪魔しないように広がった黒髪カツラを紐で纏め上げるリーゼ。

 ポニーテールというやつだ。リーゼは普段サイドテールにしている。

 髪を束ねる場所が真ん中になっただけ、些細な違いなのに妙に新鮮に感じる。


 棚扉を開けて、ティーカップとポットを探すリーゼ。

 ふふ、こうやって美少女に世話をしてもらうのはやっぱりいいものだ。

 頑張った自分へのご褒美というやつだな。


 リーゼの後ろ姿を俺はジッと見つめる。


 さっきまで、髪で隠れていたリーゼのうなじ。

 露になった細く白いうなじに俺の視線は自然と釘付けになる。


(……あ、れ?)


 不思議だ、裸を見ているわけでもないのにどうしてこんなに魅かれるのか。

 俺は首フェチではないはずなんだが。



 ……じゅるり。


「……ひっ!」


 ぶるりと背中を震わせるリーゼさん。

 奥にいたメーテルさんがリーゼの声を聞いて戻ってくる。


「ど、どうしました姫様?」


「な、なんだろう、強烈な悪寒が……」


 キョロキョロと周りを見るリーゼさん。


 あ……やべ。


 首筋から下へと伝っていく液体に遅れて気づく。

 はしたないことに、いつの間にか涎が出ていたらしい。

 幸いまだ鎧を外しておらず、ヘルムで口元を隠していたため外からは見えていないが。


「ずっと、外にいたから身体が冷えたのでは? お召し物をご用意しますか?」


「……い、いや、大丈夫」


 そう言い、再び紅茶を入れる作業に戻るリーゼ。


「はい、アルベルト」


「サンキュ」


 そっと、リーゼが俺の脇から紅茶をテーブルに置く。

 隣を見れば、かなり近くにリーゼの顔がある。


「なっ、なになにっ?」


「な、なんだリーゼ? どうかしたか?」


 突然、慌てたような声を出すリーゼ。

 ど、どうした? まさかここに敵襲か?


「な、なんで手を重ねるの?」


「……え?」


 言われて気づく、下を見るといつの間にか前に伸びたマイハンド。

 するりと重ねられた手を抜いたあと、警戒した表情で俺を見るリーゼ。


「ね、ねぇ……あんたなんか変じゃない?」


「いや、これぐらいのボディタッチはいつも通りだろ?」


「まぁ……そうなんだけど」


「これ、いつも通りなんですか?」


 メーテルさんの疑問を余所に、考え込むリーゼ。


「なんだろう、なんかこう、いつも以上に触り方がネチッコイ感じっていうか。視線を強烈に感じるというか」


 ヘルムの中に隠れた俺の顔を覗きこむリーゼ。

 自然と上目遣いの姿勢になる。

 リーゼの綺麗な顔が眼前にあり、心配そうに俺を見つめている。


 なんか普段の倍以上にリーゼが可愛く思える。


 急激に愛しさが湧き出る。手を彼女の腰に回してギュっと抱きしめたくなる。

 とはいえ、真面目に心配してくれているリーゼに対し、そんな真似をするわけにはいかない。


「きゃあああっ!」


 悲鳴をあげて、バッと後ろに下がるリーゼ。

 見れば彼女の腰に回されていた俺の両腕。

 またも無意識に動いてしまったようだ。


 い、一体どうしたのだろうか俺の腕は?

 まさかここにきて独立した自我を獲得したというのか?


「このっ!」


 真っ赤な顔でキッと俺を睨み付けてくるリーゼさん。

 怒って、拳をふり抜こうとするが……。


「……あ、あれ? おかしいな」


 俺の戸惑った様子を見て触れる直前で拳が静止する。

 まぁ鎧を殴るのは痛いと思っただけって可能性もあるが。


「……絶対変よ、アンタ」


「これ……まさか、アルベルトさん」


 一転して、また心配そうな顔に戻るリーゼ。

 メーテルさんが俺の様子を見て何かに気づいたようだ。


「もしかして、魔王コルルの誘惑(テンプテーション)の影響を受けているんじゃないですか?」


「……え?」


 さっき魔王コルルがコルルナイトにかけた誘惑(テンプテーション)

 その場にいた俺も誘惑を受けていた可能性があるとメーテルさんが告げる。


「たぶん今、アルベルトさんは普段に増して興奮しやすい状態になっているんだと思います」


「いや、待て。確かにコルルが誘惑(テンプテーション)を使った時は一時的に興奮したが耐えきったぞ。城を出た時は気持ちも落ち着いていたしな」


「何かの切っ掛けでスイッチが入ったのでしょう。何か思い当たる節はありませんか?」


「……あるな。俺はリーゼの」


「いいい、言わなくていいっ、言わなくていいわ、聞きたくないから」


 慌てて俺の口を塞ごうとするリーゼ。


 一先ず、落ち着いて自身の状態を把握しよう。


 俺が誘惑(テンプテーション)の影響を受けているという話だが、俺の心にコルルを崇めるとかそういった感情は一切ない。

 それでも……違和感はある。

 確かにこれまでもセクハラ紛いの行為をすることはあったが、理性と欲望をギリギリコントロールした上での計画的なものだったはずだ……たぶん。


 今の俺はいつも通りに理性と欲望のバランスを取ろうとしても、うまく取れない感じだ。


「症状を見るに誘惑の残滓のようなものだと思います」


 魅了は相手の魔力を介してかけるため、体内魔力を一気にかき回せば解除が可能。

 ただ、解除してもコルルの魔力の残滓が体内に残っており、後遺症としていつもより興奮しやすい状態になるとのことだ。

 メーテルさん曰く、見た感じ俺の状態はソレに近い症状だという。


「……ち、俺としたことがなんたる不覚だ」


「でも、この程度なら時間経過で消えますから……一日あれば元に戻るはずです」


 明日の侵入時間には元に戻っているとのこと。

 よかった、その言葉を聞いて安心した。


「ですが念のため、症状が収まるまでは外に出ずジッとしていた方がいいかもしれません。女性との接触も極力避けた方が賢明です。興奮すると治りも遅くなりますので」


「いや……んなこと言ったって、二人もいるし無理だろ?」


「……今夜はメーテルと二人で宿に泊まることにするわ。アンタの部屋が空いてたしね。ごめんね、朝になったら戻ってくるから」


 リーゼが申し訳なさそうに提案する。

 女性陣が外で泊まり、俺は一人でこの家に泊まれってことらしい。

 まぁ風俗街があり、際どい衣装のサキュバスが上空を徘徊するこの街だ。

 この状態で外に出たら、どうなるかは自明の理だろう。


「ごめんアルベルト、一日だけだから我慢して」


「……くそ」


 俺は渋々頷く。

 せっかく用意してもらった食事も、俺は別室で壁越しに飯を食うことになった。

 壁越しなのは、顔を見なければ興奮することもないだろうというメーテルさんの判断だ。

 会話はできるけど、隔離患者のような扱いをされて気分よくない。


 なんだこの惨めな感じは。



 ちくしょう、覚えていろよ……魔王コルル。



 


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