街、初日夜4
メンタルが少し回復したリーゼさんと風俗街を歩く。
リーゼの顔はまだ赤いが、気づかないフリをするのが優しさだろう。
さて……と。俺は後ろを振り返る。
今も追跡者のように巨人たちがついてきているのでいい加減に彼らを撒かないとな。
アイツらいつまで後ろにいるんだよ。どっかいけよ。
まさか俺たちが店に入るまで見届けるつもりだろうか?
どうするかね、ずっとこうして歩いているだけだとまた怪しまれそうだしな。
「そんなわけで、適当な店に入ろうと思うんだが……」
「どんなわけよ? いいわけないでしょ」
そんな怖い顔するなってば。
眉間に皺が寄って美少女が台無しですよ。
「いや、さすがの俺もできるだけ健全な店を選ぶつもりだぞ」
「だからって……あ、いや待って」
俺の提案に考えるそぶりを見せるリーゼさん。
「うん……いいわ、一度店に入りましょ」
「え! マジで? 本当にいいの?」
態度を一変させるリーゼさん。
自分で言っといてなんだけど、半分は冗談だったのに。
まさかオーケーが出るとはな。
最早どうにでもなれと、ヤケになってるのだろうか?
「ただし、店は私が決めるわよ、いいわね?」
「あ、ああ……そりゃあ構わねえけど」
彼女はいくつかの条件を出したが当然だろう。
歩きながら店定めをしていくリーゼ。
やべえ、ちょっと緊張してきたぞ。
落ち着け俺、店を選ぶのはリーゼだしな。
そんなに過激な店を選ぶことはないだろう。
せいぜいキャバクラとか、そんな感じのはず。
少し歩きリーゼの脚が止まった。どうやら気になる店を見つけたようだ。
木造の平屋建てで、通りから見える階段がある。
見た感じ地下にあるお店に繋がっているようだ。
「よし、ここにしましょう!」
「お、おう」
なるほど、巨人のサイズでは地下空間は狭いから入れないもんな。
建物前の看板には魔王コルルの魔法印らしきものが押された紙が掲示されていた。
看板の下には店の提供するサービスの内容が書かれており……。
「……うぇあ?」
し、しまった。
店の内容が予想外過ぎて思わず変な声が出てしまった。
リーゼが選んだ店は胸などのお触りアリと書いてあった。
本番はないが……ボディタッチありのお店。
お酒を飲み、女の子との会話を楽しみながらもベタベタと触ることを許可された店。
セクキャバとかいう、キャバクラをちょっと過激にした感じサービスを提供する場所。
お、おいおい、選ぶにしても、もっとマイルドな感じの店じゃないの?
「ちょっ、ちょっと待て! 本当にここでいいのか?」
「いいのよ」
思わず確認する俺だったが。
なにコイツ、まったく迷いが感じられない。
どうして躊躇しないの? 俺がおかしいのか?
「お、おう……い、いや、お前がいいならいいんだけどよ、マジか、これマジか」
「ほら、いつまで突っ立ってんの……さっさと行くわよ」
俺の手を掴んでリーゼが引っ張っていく。
「な、なんかお前さん、男らし過ぎない? ……なんでそんなに平然としていられるの?」
リーゼの手にひかれて建物の中へ、地下へと繋がる階段を降りていく。
薄暗い空間の中、階段横で揺らめく灯が妙な雰囲気が出ているな。
地下に降りてすぐ正面に受付が見える。
受付では客の男たちが会計をしているところだった。
彼らが終わるまで備え付けられた椅子に座ってソワソワしながら待つ。
客を見送ったあと店員さんはこちらに向き直る。
リーゼの姿を見てほんの一瞬表情が止まったが、すぐに元に戻る。
店にまさかの女性が来たことに少し吃驚した様子だ。
「いらっしゃいませ。その、当店のサービスは……」
「ええ、わかっているわよ……女は駄目?」
「いえ、そのようなことはございませんが」
念のために確認をとる店員さんに、威風堂々と答えるリーゼ。
リーゼさん本当にどうしたの? ぶっ壊れた?
道中、もう少し優しくしてあげるべきだっただろうか。
確かに自分が結構なストレスを与えている自覚もないことはないのだけど。
「失礼しました、それでは少し手を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
リーゼが店員に両手を差し出す。
「爪は……ええと、大丈夫ですね」
リーゼの手を従業員の男が丁寧に確認していく。
爪が伸びていないかなど、リーゼの身なりをチェックしている。
なるほど、店のお嬢さんに触ってもいいように確認しているってわけか。
不衛生な手で乱暴に触られたりしたら肌に傷がついてしまうからな。
安全管理は大事だよな、わかるわかる。
だが……待てよ、そうなると俺は。
「ええと、鎧を脱いで預けて頂けると……」
「……」
こう、なるよなぁ。
装備品を脱いで預からせてもらえないかと、申し訳なさそうに話す店員さん。
普通の飲食店ならともかく、こういう客と一対一で接触する店でフルプレートメイルを着た顔も見えない不審な男をそのまま店に通すわけがない。
「いや、これはその……色々とあって、脱ぐことができないのだが」
「申し訳ありません、そうなると、当店では入店をお断りするしか……」
ど、どうする?
想定外の事態に俺は、リーゼに助けを求めるように語り掛ける。
「お、おいリーゼ」
「ふふふ、仕方ないわね、出ましょう。無理を言ってお店に迷惑をかけるのはよくないわ」
「あ、てめぇ……そういうことか」
フードの下のリーゼの頬が緩んでいる。
そうかい、そうかい、計画通りってわけかいちくしょうが。
最初から変だとは思っていた、リーゼの様子が違和感だらけだった。
道を歩くだけで恥ずかしがっていたくせに、急に堂々としてたから妙だと思ったんだ。
確かによく考えてみたら、無理して入店する理由もなかった。
巨人の目から一時的に逃れるために店に入ったんだもんな。
少し時間が稼げたのならそれで十分だ。
目的を果たし、結果としては良好といえる……が、なんだろうこの気持ちは。
(リーゼめ、こうなることがわかっていやがったな……やってくれたぜ)
そう、俺はリーゼとの騙し合い(?)に負けたのだ。
事前にこうなることを言わなかったのは、先ほどのちょっとした仕返しのつもりかもしれねえ……が。
おのれ、よくも俺の心を弄んでくれたな。
俺がこの店に入る時にどんな気持ちだったかお前にはわからないだろう?
お前は既に所々汚くて穢れている俺の気持ちを更に踏みにじったんだ。
許されることじゃねえ。
だが、こんな場所で鎧を脱いで素顔を晒すわけにはいかない。
そうなると、俺が店に入るには鎧を装備したままでもオーケーという許可を店員さんから得るしかない。
大剣を背負い全身鎧で完全武装状態の俺、危険人物まっしぐらだ。
店員さんを説得するのはほぼ不可能だろう。
それでも……それでもだ。このまま諦めていいのか俺。
リーゼに騙されたまま終わってもいいのか? 悔しくないのか?
屈したくないなら考えろ、思考しろ、何か店員さんを言いくるめる方法はないか?
今日の俺は抜群に頭が冴えているはずだ。
さっきの巨人たちの詰問を切り抜けた時の冴えを取り戻せ!
店員さんをどう説得し、誤魔化し、騙すかを必死で考える。
そして……。
「店員さん、俺の話を聞いて欲しい。実はこの鎧は呪いが掛けられていて脱げないのだ」
「呪い……ですか?」
「あ、ああ、呪いだ。凶悪な呪いなんだ」
案の定、訝し気な顔を浮かべる店員さん。
リーゼがちょっと驚いた顔をしている。
まさか、俺が抵抗するとは思わなかったらしい。
見てろよ、俺の話術ってやつをな。
しかし、この街来てから嘘ついてばっかりだわ。
ちょっとだけ嫌になるぜ。嘘というのは癖になるとまずい。
嘘を守るために新しい嘘をつき、さらにその嘘が嘘だとばれないように別の嘘をつく。
そうして嘘が増え連鎖していく。
最終的には自分がどんな嘘をついたのか、自分ですら把握できなくなって、他者に矛盾をつかれて露見する。
まぁ、そうとわかっていても嘘が必要な時もあるのだ。
とにかくだ、このまま押し通すしかない。
「今も旅をしながら防具の解呪方法を模索しているのだが、呪いが特殊らしく中々発見できずに俺は困っている、嘆き悲しんでいるのだ。こんな鎧を装備したままでは女も抱けない。女に話しかけても当然警戒される……それならせめて女性とコミュニケーション諸々を楽しむだけでもとこの店に来たわけだ。この心にポカっと大きく空いた穴を誰かに埋めて欲しくてな。あ、一応補足を……隣のローブを着た女性は色々と事情があって、そういう対象の女性の範疇に入らないことを言っておく」
「は、はぁ……」
「ああ、だからって俺に対する同情は結構だぞ……そんなのは望んでいない。ただそんな俺の気持ちを少しでも汲んでいただけるのであれば店に入れて欲しいなと考えている。いや、勿論あれだ、駄目なら駄目とはっきり言って貰えれば引き下がることもやぶさかではない。俺を客として迎えて貰えるならばこれに勝る喜びはないというだけなので、この件で俺の入店を断ったとしても店員さんの優しさが欠けているとか、そんな風に人間性にけちつけるつもりは微塵もない。だが、それでもできることならば……」
「えぇ……と」
店員さんはすげえ戸惑った様子だ。
俺が逆の立場でも、こんな面倒臭え奴が店に来たらこういう反応するわ。
必死過ぎんだろ。
脳内要注意人物リストに一発で入る。
店員さんの肩にポンと手を置いて、聞かれてもいないのに怒涛の勢いで話す俺。
俺と店員さん、二人の温度差が半端ない。
それでも、ひたすら店員さんに語り続ける。
「君は今、俺がこの鋼の手で女性を触ったとしても温もりなど伝わってこないから店に入る意味などないだろう……と、考えているかもしれないが、そんなことはないのだ。身体に直接伝わらなくても、俺の心には伝わる、伝わるのだ、わかるか?」
「……いえ、その」
「そう、金属越しでも想い、温もりは伝わるのだよ……優しさは芯まで届くのだ。君ならわかるよな? 俺の言っていることが……。正直俺にはさっぱりわからんけど、君ならわかるよな?」
「あ……えぇ、と」
自分でも何言ってんのかマジでわかんなくなってきたな。
嘘をつくときって異常に饒舌になる時があるよな。
それでも一応俺は客なので、話を聞いてくれる店員さん。
俺が不気味過ぎて強く出れないだけかもしれないけど。
接客業って大変だと思います。
店員さんが黙っているのをいいことに、自分の気持ち、感情を全力で叩きつける。
最終的にわかってくれると、伝わると信じて……。
「とにかく、そんなわけなんだ……頼む、頼むぜ!」
「なるほど……大体の事情はわかりました」
「おおっ!」
諦めたように微笑む店員さん。
マジで! 本当にわかってくれたのか?
ああ、やはり諦めなければ道は開けるのだ。
熱意は伝わるのだ、初対面でも俺たちはわかりあうことができたのだ。
「ありがとう、ありがとうっ……あんたと出会えてよかった」
俺は感謝の言葉を彼に何度も繰り返し告げる。
店員さんは微笑みながら俺の右手を優しく取ってくれた。
これは男同士の深い絆を結ぶ握手だ。
「それではこちらへ……」
「ああ!」
そのまま店員さんに連れられて別空間へと踏み出していく俺。
一歩進むごとに心が高揚していく。
店員さんの案内の元歩き続けると、視界が開け、灯が目に差し込む。
そう、俺は辿り着いたのだ。
…………店の出口にな。
やっぱり駄目だったわ……うん、わかってた。
「ちくしょうが! この恨み忘れねえからな」
「わ、悪かったわよ」
リーゼにぶつくさ文句を言いながら、風俗街の出口へと歩く。
店を出ると、想定通りに巨人たちの姿はなかった。
どこか別の場所に行った模様。
まぁそれはよかったが……ちくしょう、モヤモヤした気分のままだ。
今度来た時はこの無念を晴らしたいところだ。
期待してたのに、落とされたから余計にそうお預けくらった感がある。
「機嫌を直してよ。あ、あんなに抵抗するとは思わなかったのよ」
「はぁ……もういいよ。クライフを助け終わったら飲みに行くぞ、それぐらい付き合えよ」
「わ、わかったわよ」
まぁお互い様な部分もあるので、怒りを忘れることにした。
さて、気分を切り替えるついでに、ここらでちょっとは真面目な話もしておこうかね。
俺だって遊んでばかりいるわけじゃないぞ。
俺はリーゼに問いかける。
「大分街を歩いたけど、ここまででリーゼから見て街の様子におかしな点とかあるか?」
「以前来た時と変わらない……かな。平常通りに見える。人口は少し増えたみたいだけどね」
リーゼが前に来たのは五年前という話だ、そう昔ではない。
城を出て一人旅していた時に寄ったとか。
さすがに、風俗街のほうには行かなかったようだけど。
「ちょっとだけ、武装している兵士が前より多い気もするけどね」
「でも空気はピリピリしてないよな」
「ええ」
街を歩く人々の様子からは活気を感じる。
戦いが始まる前とかに感じるギスギスした雰囲気はない。
歓楽街だとハメを外して暴れる者も多いが、治安も悪くないしな。
アクシデントにすぐ対応できるようにと、巡回する兵士を頻繁に見かける。
まぁ裏路地の奥の方だと治安も悪くなるが、そういう場所は自然とできてしまうものだ。
リーゼ曰く、街には定期的にコルルやその配下の視察が入るそうだが、全域をカバーするのは不可能だし、その点を踏まえてもコルルが治安維持に力を入れているのがわかる。
少し話は戻るが、先ほどの店の看板にあった魔法印もコルルの政策の一環だ。
魔法印が示すのはコルルに認められた優良店だということ。
優良店はお客さんが安心して遊べる店という証明である。
リーゼは優良店なら、まず入店を断られるだろうと踏んだらしい。
値は少し張るが安全管理、客に対するアフターケアもキッチリしている。
性病にかかる心配もなく、客が何の心配もせずとも楽しめる。
逆に言えばそういった店をキッチリと用意しているのに、安いだけの店で遊んで騙されても客の自業自得ってことだ。
ギンの手紙にも注意しろと書いてあった。
店の中にはぼったくりバー的な高額請求をする店もあるそうだ。
サキュバスの魅了能力は色々と悪用が可能だしな。
例えば客に高いお酒を沢山頼むように魅了をかけて、お金を巻き上げるような真似もできる……と、話が逸れたな。
(しっかし……平常通り、ね)
メナルドに戻ってきたクライフの補佐役の男の話では、ベリアはクライフをそれなりに派手に出迎えたって話だから、市井の人たちが誰も知らないということはないはずだが。
この様子だと、城で引き続き会談が行われているとか思われている感じか?
少なくともクライフが拘束されていることは知らなそうだ。
「詳しいことは明日、諜報員と打ち合った時にね」
「了解だ」
俺はリーゼに頷く。
風俗街を出て、適当に街を歩いたあと俺たちは宿に戻る。
部屋で日付の変わる頃まで適当に話をして別れ、それぞれの部屋で眠りに入る。
こうしてリドムドーラ初日の夜は過ぎていった。




