街、初日夜2
本日二話目、ご注意を
目的の酒場へとリーゼの案内に従って歩く。
宿から大通りを西側に十五分ほど歩いた場所にその店はあった。
店は木造二階建てのちょっと洒落た酒場という感じ。
「「「「いらっしゃいませ~」」」」
開きっぱなしにされた扉から店に入ると同時、複数の女の声が聞こえてくる。
店の従業員が笑顔で俺たちを出迎えてくれた。
客層が男ばかりのせいか、彼らが喜ぶように従業員は全員女の子のようだ。
華やかな雰囲気が伝わってくる。
サキュバス、吸血鬼、エルフ、フェアリーまで、種族がいるな。
入り口で数秒待つと、フェアリーの女の子が透明な羽をパタパタと動かして飛んでくる。
「お二人様ですか~?」
「ええ」
「その、只今店内席が一杯でして、屋外の席になってしまうのですが」
「構わないわ」
「申し訳ありません、それではこちらへ」
俺たちに一礼し、外に出て席へと案内するフェアリー。
外の席も七割方埋まっており、なかなか繁盛している店のようだ。
ふと、ガラス向こうの店内の様子を見ると、バーテンダーの女の子とカウンター席に座った客の男たちが楽しそうに会話をしている。
向こうが満席なのはそういう理由か。
まぁ今回はリーゼと二人だし、店内である必要はない。
「とりあえず適当にサラダと飲み物だけ頼むけど、いい?」
「ああ」
俺はリーゼの提案に同意する。また後で注文すればいいだろう。
テーブルに備え付けられた呼び鈴を鳴らすと、間を置かずウェイトレスの女の子がやってくる。
「とりあえずエールを二つ」
「はい」
「それと、えっとサラダで、ネギシ、ローカル、クコ草のせ、カープル抜き、セリパを刻んで入れてくれるかな、あとドレッシングはねチコローヌとレヌアを混ぜたもので」
どこが適当なんだよ……ず、随分細かい注文だな。
店員への嫌がらせにすら思える。
「畏まりました。繰り返しますね、エール二、オーダーサラダ。ネギシ、ローカル、クコのせ、カープル抜き、セリパを刻んで、ドレッシングはチコローヌとレヌアのミックス! 注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「ええ」
おおすげえ、長い注文を間違えずに言い切ったぞ。
仕事に慣れていることが伺える。
俺ならマスターを連れてきて丸投げするところだぜ。
注文から五分ほどして、サラダとエールがテーブルに届く。
ついでに、テーブルに来たウエイトレスに追加の注文をしておく。
二人で乾杯したあと。
「しかし、お前サラダに拘りとか持ってたっけ?」
「そんなのないわよ」
「あん?」
あんだけ細かい注文しといて、何言ってんだこいつ。
周囲に声が聞こえないように、リーゼが顔を近づけてくる。
「あれは……配下の諜報員とコンタクトをとるために必要なのよ。ちょっとした合言葉みたいなものね」
「諜報員?」
「ええ……世界中、ほとんどの街に兄様が派遣した間者がいるわ。明日午後に直接会って話を聞く予定。そのあと本格的に動くわよ」
その時にできる限りの情報を得るってことか。
さすがに通行人を捕まえて聞き回るわけにもいかないしな。
話題を変えるようにリーゼの口が開く。
「ところで鎧大丈夫? 食べる時邪魔じゃない?」
「なに……そのうち慣れるだろうさ」
一応、ヘルムの口元は空いているので食事には問題ない。
正直言えば脱ぎたいけど、ここで素顔を晒すわけにもいかないしな。
適当にサラダをツマミながら雑談していると、追加した注文が届いた。
「ポンポンタートルの照り焼き、ネメリケ草他、ネバネバ食材の盛り合わせ……精がつきそうな料理が多いよな」
「そりゃあリドムドーラだもの……」
眼前に並ぶ料理を見てそんな感想が零れる。
まぁ食べて風俗街に繰り出す奴も多いだろうしな。
ここで精をつけて長い夜を楽しむのだろう。
「でも店自体は結構健全な感じだよな、せいぜい女の子と会話を楽しむぐらいだし」
「中央区画の店はそうよ、南西区画の店はちょっと過激だけど」
「そうなのか」
「……ええ」
「……ふ~ん、そうなのか、ふ~ん、だからなんだって話だけど……」
リーゼの台詞に興味がない風に返答する俺。
平常心、平常心だ……こういうのは考えれば考えるほどと行きたくなるからな。
「……リーゼ」
「ええ」
二人で食事をしていると、足元から振動が伝わってくる。
振動はどんどん大きなっているが、これは地震などではなく原因は人為的なものだ。
ち、どうにも今日は運が悪いな。
「ふい~」
「ようやく、仕事が終わったぜ」
俺の後ろから巨人が歩いて近づいてきている。
先ほど門番をしていた巨人たちだ。
いくらなんでも、ちょっと遭遇率高すぎないか?
「ま、まぁ普通にしていたら問題ないわよ」
「そ、そうだな」
「「どっこらせ!!」」
俺たちの隣のスペースに胡坐をかいて座る巨人たち。
(……ち、近えよ、馬鹿)
彼らは武器を持っておらず、仕事上がりに飲みに来た様子。
まぁあの巨体じゃ店の中には入れないけど。
「ったく、今日も疲れたぜ。いつまでこんなことしなきゃなんねえんだろ」
「そりゃお店で使っちまったお金が溜まるまでだろ。まぁ愚痴を言いたくなる気持ちもわかるけどな。給料はいいけど門番の仕事は退屈だからな」
適当に料理を注文して、愚痴を言いあう巨人たち。
「最初はちょっと観光して遊ぶだけのつもりだったのにな、この街は魅力的過ぎる……サキュバスの女の子可愛すぎるよ」
「いい匂いするし反則だよな。クラミーちゃんとジーアちゃん、三人で過ごしたあの時間が忘れらない」
なんか合体技で病気になりそうだな。
巨人の声は大きいため、ここまではっきりと会話が聞こえてくる。
「しかし、風俗って終わったあとで悲しくなるよな、夢のような幸せな時間との落差っていうか、なんでこんな馬鹿なことしたんだろうって……たった二時間で十万ゴールドとか冷静になってみるとあり得ないんだが、金銭感覚が麻痺するというか」
「気づけば交通費に残しておいた二十万ゴールドまで使い込んじまったしな」
「「でも、やめられないんだよなぁ……」」
完全にドはまりしてんじゃねえか。
俺はそうならないように気をつけよう。
巨人たちはいい反面教師だ。
「な、なんだろう、モヤモヤするわ」
「まぁ、その気持ちはわからんでもない」
リーゼは複雑そうな顔を浮かべている。
あんな奴らに行動を妨害されてることが、ちょっと腹立たしい。
「ああ、もっと街で遊びてえけど、お金がいくらあっても足らないぜ」
「そうだな、でっかい収入が欲しいぜ。どっかに高額賞金首とかいねえかな」
「賞金首かぁ……そういや、隣の全身鎧のアイツちょっと怪しくないか?」
「勤務時間外だがイチかバチかで確認してみるか? うまくいけば特別ボーナスも出るかもしれないしな」
「そうだな、お二人さん、少しいいか?」
「「……」」
しかも突然絡んできたしな。
こいつらの行動の一つ一つが的確に俺たちの邪魔をしてきやがる。
俺は何でもない風に巨人のほうを振り向く。
落ち着け俺、変に焦ると……怪しまれる。
堂々とすればいい、挙動不審にならないようにしよう。
「な、なんだ? 手短に済ませてもらえると助かる」
「時間は取らせない。俺たちはこの街で兵士をしている者だ」
ああ、十分過ぎるくらいに知ってるよ。
「その恰好……兄さんは流れの傭兵か?」
「ああ……まぁな」
「この街にはなにしに来たんだ?」
「そ、そりゃあ……風俗目的に決まってんだろ」
「ほう、女連れでか? 嘘をついたらわかるぜ」
「……ち」
黙る俺たちを見て巨人が疑いの顔を向ける。
急転直下の大ピンチ。
どうこの場面を切り抜けるか思考をフル回転させる俺。
「お、おいどうする?」
「ど、どうするったって……」
二人でボソボソ声で相談するも、突然過ぎて良案が浮かばない。
(くそ、こんな風俗馬鹿のせいで……ん? 待て、風俗?)
ここで俺はあることを思い出し袋の中を漁る。
「ほ、ほれ、これを見ろよ」
「こ、これは……」
取り出したのは一枚の紙だ。
「俺は友人に話を聞いて、ここにやってきたんだ」
紙を広げて彼らからよく見えるようにする。
ギンが丁寧に書いてくれたこの街の風俗情報の紙だ。
「す、すごい細かいな」
「店ごとに点数までついてるじゃないか、兄さんの本気度が窺える」
「だ、だろう! もう夜が楽しみで楽しみで……これから繰り出すところなんだ」
こんな紙を持っていれば風俗目的で来たという風に見てくれるだろう。
「おいおい、てことはもしかして、こっちの清楚な感じの姉さんも特殊な趣味をお持ちってことか?」
「ま、まぁな。彼女は一緒にいる俺ですら手が付けられねえ。男も女もどっちもいけるオールラウンダーだ」
「……うえ?」
キョトンとした顔を浮かべるリーゼ。
「み、見た目に反して淫乱なんだな……嫌いじゃないが」
「ち、ちがっ! 違うからっ! あんたさっきから何言ってんのよ!」
「気にすんな姉さん。人の趣味にケチをつけるような真似は無粋ってもんだからな」
ちょっと巻き込み事故も発生してしまったが……我慢していただきたい。
俺は軽くテーブル下のリーゼの足を蹴る。
反論するとややこしくなるから、ここは話を合わせておけよ。
「……ぐっ、うう」
リーゼは血が出るんじゃないかと、心配になるくらい唇を噛みしめていた。
あとが怖いのであまり彼女のほうを見ないようにしよう。
まずは目先の危機を乗り切ることが大事だ。
後のことは後で考えればいい。
「そうだコレ、よかったらお前らにやるよ」
「うお! これは高級娼館『フランソワ』の半額チケットじゃねえか」
「ほ、他にもこんなに……い、いいのか? 本当に貰っちまって?」
「ああ、持ってけ持ってけ、これもなにかの縁だ」
ギンの手紙に同封されていた割引券をいくつか渡すと破顔する巨人たち。
割引券くらいなんてことない、タダでくれてやる。
それよりお願いですから、もう俺たちに関わらないでください。
「なんか、その……疑って悪かったな」
「せっかくの食事を不味くしちまってすまなかった」
巨人の表情が柔らかくなる。
どうやら疑いが晴れたようだ。
「気にするな。仕事なんだから仕方ねえさ」
「まぁ、この街を楽しんでいってくれ」
「……おう」
ギンありがとう! おかげで切り抜けられたぜ!
人生、ホントに何が役に立つかわからんものだ。
適当に巨人たちと話をして、会計を済ませて店を出る。
巨人の二人も食事を終え、後ろで会計をしている最中だ。
「ねぇ……あの巨人、私たちを監視するようにこっちを見てるんだけど」
「そうだな」
背中に強い視線を感じる。
視線は俺達の今後の行動に関する疑いというよりは、興味本位からって感じだけど。
振り返ると会計を終えて、後ろをついてくる巨人たちがいる。
あいつらはこの後予定変更して風俗街に行くって話だったしな。
割引券をあげたことは失敗だっただろうか?
うわ、目があうとサムズアップしてきた。
「ね、ねぇ……もしかしてこれ、私たちも風俗街に行かなきゃ駄目な流れ、じゃないよね?」
「……」
俺は沈黙でリーゼに返事をする。
これでもし、行かなかったことがバレたら怪しまれるわな。
巨人たちの疑念を晴らした意味がなくなる。
「う、嘘でしょ? 嘘って言いなさいよ!」
「諦めろ。今回は仕方ねえだろ。咄嗟のことであれしか誤魔化す方法がなかったんだからよ」
「……」
頭を抱え、葛藤するリーゼさん。
まあ、俺も女連れで風俗街なんてさすがに考えもしなかったよ。
羞恥プレイに巻き込まれた彼女にちょっとだけ同情する。
一応、一国の姫なのにな……。
「でも、本当に無理だったら最悪俺一人でも……」
「あんた一人にしたらどうなるかわかったもんじゃないでしょうがっ! い、行くわよっ! 行けばいいんでしょ! 行けば!」
「お、おう」
涙目で掴みかかってくるリーゼ。
ヤケになっている感がよく伝わってくる。
「ああ……もう……着いて早々なんでこんなことになるのか」
「まぁ、店に入らずとも、適当に歩いてアイツらを撒いて戻ってくればいいさ」
それに、本腰入れて動き始めるのは明日の午後以降という話だしな。
今のうちに色々と歩いて、街の地理や雰囲気を少しでも把握するとか、そんな感じの理由で一つお願いしたい。




