街侵入
メナルドを出発してから四日。
ついにリドムドーラに到着した俺たち。
眼前に映るのはリドムドーラの東門。
そして街を一周するように囲む高さ二十メートル以上はある分厚い石壁だ。
上空にはサキュバスたちが飛んでおり、門以外から入るのは許さないとばかりに、俺たちの行く道を塞ぐ。
とはいえ、俺たちは認識阻害の効果を得るミラージュリングを装備している。
正門から堂々と入っても気づかれる心配はないし、大丈夫だろう。
……と、来る前に予測していたのだが考えが甘かったことが発覚する。
ここまで順調に来た反動か街に侵入する段階で大きな問題が生じた。
「ど、どうしよう……あれ」
「ったく、聞いてないぞ、あんな奴がいるなんて」
隣のリーゼから戸惑いの声が聞こえてくる。
俺とリーゼは城門から十五メートルくらい離れた道脇の木陰に隠れて、門の様子を覗っている。
当然だが門の前には守衛の兵士が立っている。
まぁそれはいい、そこまではいいのだ。
防衛の要となる門に兵士が居ないわけがないからな。
問題なのは城門に立っているのがサキュバスではなく……二人の巨人だということ。
「……近くで見ると本当にでけえなオイ」
「間違いなく巨人族ね」
眼前の巨人の男たちを見て頷き合う俺たち。
彼らの身長は五メートル以上はあるだろう。
魔物の革を何枚も重ね合わせて、サイズを調整しながら造られた革鎧が彼らの膝から肩までを覆っている。
大きな手には俺の身体ぐらいの大きさの斧が握られている。
斧の刃は切れ味悪そうだが、あの巨体があれば切れ味など重要ではない。
衝撃と重さで潰す使い方だろうしな。
あの高さから斧を振り下ろされたら大体はイチコロだろう。
「ん~~?」
巨人の低音ボイスが空に響く。
図体がでかいせいか、声も大きい。
巨人の一人が急に顔を左右に動かしはじめたので、大急ぎで身を隠す俺たち。
(くそ……本当に面倒だな)
当然だが、俺たちは好きでこそこそしているわけではない。
俺なら仮に巨人と戦ったとしても楽勝だ。
巨人の十倍以上あるサイズの変異種と肉弾戦を繰り広げたくらいだしな。
だが、事はそう単純ではない。
そんな無理矢理侵入するような真似をすれば間違いなく騒ぎになる。
今回は隠密行動が優先されるため、それじゃあ駄目なのだ。
ゆえにミラージュリングが侵入成功の鍵になるのだが、問題は巨人に指輪の効果が通じないということだ。
認識阻害効果を持つミラージュリングも万能ではない。
高位の種族相手では効果が発動しない。
巨人族はハイエルフ、アークデーモン、グリフォンのように高位の種族である。
巨人族の魔王もいるしな。
「なんであんな奴が門にいるんだよ、勘弁してくれ」
まぁ、門番に適役の存在ではあるが。
あんな見るからに危険な奴がいれば、普通は強行突破しようとは思わないからな。
でかい図体だし、こっちが発見される前に気づけたからよかったが……。
引き続き巨人たちを様子見していると。
「……んん? なんか妙な気配がするぞ」
げげ、まじかよ。
俺もリーゼも気配は抑えているつもりなんだが……。
「そうかぁ? 俺には感じないがな」
「いや、邪な気配が漂っている気がする……」
巨人の一人が訝し気な顔を浮かべる。
ちくしょう、妙に鋭いな巨人。
俺の魔力感知とは違う、巨人族特有の勘みたいなものなのだろうが。
「ア、アルベルト……邪悪な気配が零れてるわよ、早く隠しなさい」
お前、俺のせいにするなよ。
そういう決めつけはよくないぞ。
「邪悪な気配、二つある……」
「……だとよ、聞いたかお姫様?」
「…………」
「そういう責任逃れというか、すぐ他人のせいにしようとする、悪しき人間性に巨人は反応したんじゃないですかね?」
俺はボソボソ声でリーゼに文句を言う。
リーゼに視線を送ると顔を逸らされた。
ちゃんとこっち見ろよ。謝罪の言葉がまだだぞ。
まぁ今はリーゼにちょっかい出している場合でもない。
文句はあとにしょう。
(さて、どうする?)
この状況、下手にここから動いたらすぐにバレそうだ。
巨人を倒すのは簡単だが……何の情報も得ていない今の段階で目立ちたくない。
まだ街で指名手配になるわけにもいかない。
どうにか巨人の隙を見てここから離れたいところだ。
手にジワリと汗が浮かび、緊迫した空気が漂う。
「はは……なんてな、冗談で言ってみただけだ。今の台詞、仕事ができる門番ぽかったろ?」
「お前、紛らわしい真似するなよ」
「悪い悪い、暇でさ」
ああもう、本当に迷惑だわ! ビビらせやがって!
発言がドンピシャ過ぎるんだよ!
無事だったことで、思わず安堵のため息が零れる。
巨人たちは本当に俺たちに気づいていないようで二人で呑気に雑談を始める。
「巨人さ~ん! 頑張ってる~?」
不真面目な彼らの会話を中断するように、空から小さな影が差した。
空から降りて来たのはサキュバスの女の子だ。
巨人たちはサキュバスを見てビシッと姿勢を整える。
「あ、ははは、はいっ!」
「も、勿論です!」
サキュバスの声に、キョドリながら返事をする巨人。
「もう、給料分はちゃんと働いてね~」
「「す、すみませんっ!」」
へこへこと謝る巨人たち。
「頼りにしてるんだからねっ。ほらこれ、差し入れのお菓子だよ。二人で食べてね。ちょっと少ないかもしれないけど……」
「い、いいんですかっ?」
「ありがとうございます!」
サキュバスにお菓子を渡された巨人たちは、でれでれと鼻を伸ばしている。
だらしない締まりのない顔してんなぁ……。
巨人がサキュバスに気を取られている隙に門から離れることにする。
「あんなのがいるなら事前に情報を入手しておいて欲しかったぜ」
「い、一応必要な情報は集めたつもりだったんだけど……」
ゴニョゴニョと小声で言い訳するリーゼさん。
まぁ情報収集を人任せにした俺にどうこう言う資格はないし、責める気はないが。
「とにかく東門は駄目ね。別の侵入方法を考えないと」
「それなら……一つ簡単な方法があるぞ」
「何? 別の門から入るとか? もしくは裏道や隠し通路を探すってこと?」
「いや、他の門にも巨人みたいなのがいたらどうしようもないだろ」
事前にリーゼに街の地図を見せてもらったが、門は西側にもある。
だが、西門は魔王コルルがいるリドムドーラ城が近い。
出来る限り避けたほうが無難だ。
人気の少ない東門に比べ警備もしってかりしてそうだしな。
「……もっと簡単な話だ。跳んで壁を乗り越えるんだよ」
「……は?」
俺の台詞に唖然とするリーゼさん。
シンプルに行く。隠し通路のような存在するかも分からない道を探す必要もない。
問題は認識阻害の通じない巨人だけなのだ。
サキュバスについてはミラージュリングがあれば気づかれない。
だから単純に巨人の視界に入らない場所に回り込んで侵入すれば問題ない。
重要箇所ならともかく、あんな種族が街全体に配置されているはずがないからな。
「高さ二十メートル、いけるだろ?」
「い、いや、アンタはよくても、私はギリギリの高さなんだけど……」
「マジか……」
俺は翼はなくても、この程度の高さならジャンプすれば余裕で越えられる。
だが、リーゼはこの高さだと身体強化魔法を使っても届くかどうからしい。
「じゃあ俺がお姫様抱っこしてやるよ」
「……」
俺の提案に黙り込むリーゼさん。
色々と考えている彼女に俺は告げる。
「今回は仕方ねえだろ。背中には大剣と荷物があるんだから。触られるのが嫌だとか贅沢言ってる場合じゃねえぞ」
「いや、そっちはこの状況だし我慢するけどね。ちょっと身を任せるのに勇気がいるというか」
悩んだリーゼだが最終的に俺の提案に同意する。
俺たちは東門から外壁沿い左周りに移動していく。
よし……この辺でいいか。
魔力感知で壁の向こう側を確認したところ、人の気配も少ないしな。
「ね、ねえ大丈夫なのよね? し、信じていいのよね?」
「ああ任せろ」
不安気なリーゼに安心するように言う。
俺の身体能力ならなんの問題もない。
俺はリーゼを両腕で抱きかかえる。
ちくしょう、鎧を着ているせいでリーゼの感触が伝わってこない。
「着地点に人がいないのは確認済だが、今のうちに防音魔法を展開してくれると助かる。着地音とかで周りに気づかれると面倒だからな」
「わ、わかった」
「それじゃ、準備はいいか? 舌をかまないように注意しろよ」
「う、うん」
「よし、行くぞ!」
脚に強く力を込めて、壁の上へと大ジャンプ。
地面がみるみるうちに遠くなり、あっという間に壁の高さの二十メートルを超える……が。
「……あ」
脚が壁の頂部にひっかかってしまう。
衝撃で壁が少しだけ欠けて、破片が空から落ちていく。
俺は壁と接触して態勢を崩してしまう。
上下半回転して、頭が下のほうへと……空中で不安定な姿勢となる。
「えと、先に謝っておく……すいませんね、悪気はないんだよ」
「ひっ、あ」
下を見て涙目を浮かべるリーゼ。
普段は着ない鎧のせいで目測をミスった。
リーゼの懸念が現実になってしまう。
「だ、から、嫌だったのよ……う……ああああああっ!」
彼女の悲鳴を聞きながら、頭から地上へと落下していく。
事前に防音魔法を展開してなかったら面倒なことになっていたな。
と、冷静に分析している場合ではなかった。
この高さから下手に落ちると着地の衝撃で鎧も破損するし、リーゼも危ない。
「も、もう信じないっ! 絶対に信じないんだからっ!」
「文句はあとで聞くから、しっかり掴まってろ!」
「っ!」
涙を流すリーゼを胸に抱え強く抱きしめると、抱きしめ返してくれる。
間違ってもリーゼにバックドロップするわけにはいかないからな。
俺は落下方向に向けて、何度も水球を展開してブレーキ替わりにする。
水球が身体にぶつかる度に激しく振動が伝わってくるも、減速し態勢を整えて着地する。
アクシデントもあったが、どうにか壁を飛び越えることに成功。
ついに俺たちはリドムドーラの街に入ることができた。