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旅路3

「くそ、せっかくいい夢を見てたのに……馬鹿リーゼ。いくらなんでもあの起こしかたはないだろう?」


 リーゼのボディブローで目が覚めた俺。

 当然だが、寝起きの気分は最悪だ。

 リーゼに文句を言うことにする。


「俺お前になにかしたか? してないよな? お前は夢の世界でさえ自由にさせてくれないのか?」


「あのまま放置したら、夢の私が酷い目にあっていたのは間違いないからね。知った以上は助けないと……たとえ別の世界の私だとしてもね」


 リーゼとそんなやり取りをしながら、朝食を食べる。

 食べながら揉める俺たちの仲裁をするナイカさんが印象的だった。

 ナイカさんの顔を立てるために、この件は一先ず保留にすることにした。



 俺たちは腹を満たし目的地へと進んでいく。

 なお、今日のリーゼはちゃんと俺の後ろに座っている。


 二日目の旅も順調に進んでいく。

 俺たちに味方するように天気も快晴だ。

 本を読んだり、リーゼと雑談しながら目的地へと近づいてく。


「なぁ、リーゼはお姫様なんだよな?」


「またそれ? もしかして馬鹿にしてる?」


「ああ悪い……そういうつもりじゃなくてさ」


 ムッとした顔をするリーゼに謝罪する。

 今のは俺の切り出し方が悪かったな。

 リーゼが城でキッチリと兄の代わりに仕事をしているのを俺は見ている。

 出会った時はともかく、今は彼女が立場だけのお飾りの姫だと考えていない。


「ほら、お前の立場ならベリアと面識があるんじゃないかと思ってな」


「ああ……そういうことね」


 昨日話していた変装の件でも、ベリアがリーゼの顔を知っているのかは結構大事だ。

 それによって街の活動での安全の度合いが違ってくる。


「あるわよ、一度だけ……」


「あるのか、じゃあ向こうはお前の顔を見ればすぐわかるのか?」


「う~ん、どうかな? 百五十年くらい前に派閥の件でベリアがメナルドに来た時に一度会っただけだから案外忘れてるかもよ。当時の私は髪も短かったからね、印象も大分違うだろうし」


「そうか」


「ベリアは二度メナルドを訪れたことがあるのよ。一度目は兄様が変異種を倒した後、兄様の顔を見るだけの挨拶みたいなものね、当時は私も小さかったし同席はしなかったけど」


「ふむ」


「二度目はさっき話した百五十年前。この時、ベリアは兄様に派閥に入るよう正式に誘いにきたのよ。変異種の爪痕が残った街を見事に復興、発展させた兄様の手腕を欲しくなったみたい。誘いは兄様ができるだけ角が立たないように断ったけれども……」


 リーゼの話を聞くに、クライフに対するベリアの評価は俺の想定より高いようだ。

 ベリアは魔王としての戦闘力以外でもクライフのことを認めている。

 これなら呪いの容疑が晴れれば悪いようにはしないだろう。

 むしろ勘違いで捕えられたと判明すれば、クライフはベリアに対し優位にことを進められるかもしれない。

 ベリアの協力が得られればメナルドも安泰に近づくだろう。


 これは……本当に俺の行動次第で国の命運が決まるな。


「……っし!」


「どっ、どうしたの突然」


「なに、気にするな」


「そ、そう?」


 大声を出した俺を訝し気な顔で見つめるリーゼ。

 ちょっと気合を入れただけだ。


 まぁ、まだベリアとの交渉や救出法についてはノープランなんだけどな。

 今も考えている途中……だが、下手に出るつもりはない。

 イモータルフォーで自分と同レベルの相手。

 翼がない今は俺のほうがやや不利だが、それでも俺と最後まで戦ったらどうなるか、一度戦ったベリアはよく想像できるはずだ。


 どっちが勝ったとしてもその被害は計り知れないだろう。

 今回、ベリアと会っても素直に謝る気は俺にはない。

 ある程度は強気でいくつもりだ。


 ビジネスライクなお話に持っていき、うまく落としどころを見つける。

 呪いについてはお互い様……俺も今回のことは忘れてやるから、お前も忘れろよ。

 過去の遺恨を忘れ、お互いに利益のある選択をしようぜ……とそんな感じに切り出して大人の余裕を見せつける感じで行こう。


 今日の旅も特にアクシデントはなく順調だ。

 時々、空を飛ぶ魔物に遭遇することもあったが、グリフォンのナイカさんを警戒して近づいてこなかった。


 まぁ、近づいても撃ち落とせばいいだけなんだけど。

 ルミナリアの海中移動の時も思ったが、やっぱ見た目は抑止力になるよな。

 水龍にグリフォン、どちらも外見だけで強そうな雰囲気が伝わってくる。

 俺はガーゴイルだから強く見えない。

 だがまぁ、翼を取り戻せばマシになるだろうし、相手に舐められることもそうなくなるだろう。


 二日目も初日同様、日暮れで移動を切り上げて野営の準備に入る。

 リーゼが持参した食料に、俺が適当に狩った魔物を合わせて食べて眠った。




 眠りから覚めてリドムドーラへの旅路は三日目に入る。

 朝食をとり、また空の旅へ。

 旅は三日目だが皆の体調は問題ない様子。


 今日も順調に進む空の旅……になるはずだったが。

 残念なことに、昼食を食べて二時間が過ぎた頃に雨が降ってきた。

 一応、荷物類には魔法による防水処理がされているので問題はないんだけど。

 雨に晒されて、俺たちは水に濡れてしまう。

風膜結界(ウインドバリア)』で風を遮断しているとはいえ、雨は防げない。


「ふ、ふえっくしゃっ!」


「おいおい、大丈夫か?」


 相変わらず特徴的なくしゃみをするな、この女。


「ん、平気平気。ちょっと体が冷えたみたい」


「下についたら、火を起こして温まるといい」


「ええ……」


 雨は一時的なモノで今は止んでいる。

 雨の影響で移動も遅れ気味なため、夜になった今もナイカさんが頑張ってくれている。


「姫様、もうそろそろですので……」


「お疲れ様、どうにか予定通りに着けそうでよかったわ」


 辺りは既に山だらけ……リドムドーラの街がある山脈地帯に入っている。

 ナイカさんの速度ならあと四、五時間も飛ばせばリドムドーラに着くが……。


「明日は途中から徒歩移動よ」


「ああ、わかってる」


 今日の移動はここまでとなる。

 リドムドーラが近いここから先の旅。

 ナイカさんに乗って上空を移動するのはリスクが高い。

 ミラージュリングが三人分あればよかったんだけどな。

 まぁナイカさんの腕のサイズだと装備できないか。

 そんなわけでナイカさんとは明日でお別れとなる。


 俺たちは明日夕方にリドムドーラに入る予定だが、会談でクライフを送り届けたナイカさんは、ベリアやコルルに顔を覚えられているかもしれないため、街中まで入るわけにはいかない。

 もし、見つかったら怪しまれること間違いなしだ。

 ゆえにナイカさんは明日もう少しだけ飛んでもらったあとでメナルドに帰還する。


 野営するのによさそうな場所を上空から探していると……。


「……うん?」


「どうしたリーゼ?」


「いや、今なんか、ちょっともわっとしたような……」


 コイツ何言ってんだ? と言いかけた俺の肌を生暖かい空気が通り過ぎる。

 うん……確かにもわっとしたな。


「あ! あれ見てっ! アルベルト!」


 興奮気味に真っ暗な山を指差すリーゼ。

 指差した方角を辿っていくと、微かな灯りを発見。

 灯りの元をよく観察すると煙が空へと昇っているのがわかる。

 さっき感じた生暖かい感覚はこれか……。

 なんだろアレ? 山火事……ではないな。


「お、温泉じゃないの? あれ?」


「まじか!」


 もし温泉なら、冷えた体を温めるのに最適な場所じゃねえか。

 温泉であることを願い、俺たちは煙の元へと降り立つ。


「うお、マジで温泉だ!」


「やった!」


 リーゼが興奮気味に声をあげる。 

 天然温泉を発見とは……運がいいな。

 この辺は火山帯になっていると聞いていた。

 もしかしたらと思ってたけど。


 湯煙と天然温泉の独特の香りが鼻を刺激する。

 いやまぁ……俺は温泉に入るのは初めてなので、これが温泉の香りなのかはわからんのだけど。


 俺はさっそく、お湯に手を入れて温度を確かめる。

 温度も人肌よりちょっと熱い程度……かけ流しでも問題はなさそうだ。

 もうちょっと熱くてもいい気はするけどもこれはこれでいい。

 まぁ、俺ならマグマの中でも入れそうな気もするけど。

 湯船は結構広く幅十五メートル程度、深さ六十センチくらい。

 巨体のナイカさんの場合足湯みたいになってしまうが、ちょっと土魔法で窪みを造って深さを調整してやれば入れるだろう。


 さっそく俺たちは温泉に入ることにする。


「そんじゃ先どうぞ。レディファーストってやつだ。体も冷えてるだろう?」


 リーゼに提案する俺。

 さすがに一緒には入ってはくれないだろう。

 それぐらいはわかってる。


 そう告げて、リーゼに背を向けることにする。


「俺たちはあとでいいから。覗きが出ないようにここから三百六十度見張っているから」


「……三百六十度?」


 細かいことは気にしなくていいんだよ。

 遠慮無く存分に脱ぐといい。ほれ、脱ぐといい。


「う、後ろ向いた意味ないじゃないの……まぁ、なんにせよ、その必要はないわ」


「……え?」


 もしかして、今回は特別に一緒に入ろうとかそんなパターンか。

 旅の解放感から混浴を許してくれるのだろうか?


「そこの柵の向こう側にも煙が上がっていたからソッチにいくわ。降りる時、木の小屋も見えたしね。温泉で間違いないでしょ」


「……は?」


 リーゼの示した方向には木の柵が見える。


「アンタはここでナイカさんとのんびり温泉を楽しむといいわ」


「……」


 な、なんだよソレ、なんだよソレ。

 リーゼめ、期待させて落とすとか鬼畜の所業にも程がある。


 くそ、本気で覗いてやろうかな。

 俺が全力で気配をコントロールしたらバレない自信がある。


「あ、ナイカさん。ここから離れたら魔法かなにかで合図してくれる?」


「わ、わかりました」


 ちくしょう、ガード超固え!

 荷袋からタオル、石鹸など、入浴に必要な道具を出してリーゼは去っていった。


「仕方ない……ナイカさん、一緒に温泉でお酒でも飲もうぜ」


「ええ、付き合いましょう」


 ま、混浴は無理でもそれぐらいの贅沢はいいだろ。

 俺の提案にナイカさんもちょっと嬉しそうだ。




 温泉に入る準備をしている途中。

 ナイカさんが訝しげな顔で地面を見ていることに気づく。


「……?」


「どうした? ナイカさん」


 疑問に思った俺はナイカさんに問いかける。

 湯船の外側に生える草を見つめるナイカさん。

 何か気になる点でもあったのだろうか?


 ただの雑草に見えるけど……。


「いえ、先ほど思い切り草を踏みつけたはずなのに、跡が残っていないなぁと……」


「ふむ」


 確かに、言われてみれば変だな。

 ナイカさんの体重なら間違いなく、地面に大きな跡ができているはずだ。

 試しに俺は雑草を引き抜いてみる……すると。


「……おおぅ」


 抜いて数秒も経たないうちに抜けた穴に変化が見えた。

 なんと、草が生えてきたのだ。

 ミルミルうちに成長し、十秒ほどで元の大きさに戻る。


「この雑草……すげえな。引っこ抜いてもすぐに生えてきた。なんて草だろ?」


「雑草はそこらのものと同じに見えますけどね。もしかして、温泉の成分とかが関係してるんですかね?」


「かもしれないな」


 雑草は上から押してもすぐに元の形状に戻る。

 ちょっと面白いが……今優先すべきは温泉に入ることだ。

 興味はあるが、ほどほどで中断して湯の方へ。


「「……ふぃ~~」」


 ナイカさんと二人で湯に浸かる。

 全身を湯に包まれ、余りの心地よさに思わず声をあげてしまう。

 いいものだ、これはとてもいいものだ。

 先ほどのリーゼへの不満も、温泉に入ると一瞬で吹き飛んでしまう。


「……あ」


 マナーを守るなら体を流してから湯に浸かるべきだった。

 ま、まぁ……あとで洗えばでいいか。

 公衆の場でもないし、今はナイカさんと二人だしな。

 それをいったら巨体のナイカさんなんて、全身を洗うのも大変だ。

 入る前に時間を消費してしまう。


「ア、アルベルトさん……どうぞ」


「お、ありがと」


 ナイカさんが大きな腕で器用に酒瓶を挟んでお酌してくれる。

 俺の手元の白陶器の器に注がれる透明なお酒。

 ナイカさんの腕がプルプル震えているのが気にかかるが黙っておく。

 話しかけて焦らせないようにしよう。

 俺もお返しにナイカさんのお酒をつぎ、彼が落とさないように慎重に渡してあげる。


「それじゃあ……乾杯!」


「乾杯!」


 表面張力ギリギリまで注がれたお酒を喉に流し込む。


「……か~っ、これはたまらんな」


 飲んだことのないタイプのお酒だ。

 喉が焼けるような感覚……だが、悪くない。


「結構強めのお酒だな」


「なんでも、蒸留という過程を組み込んで製造したお酒とか……でも、強さの割りには、二日酔いになりにくいそうですよ」


「なるほどな……」


 よくわからんけど、頷いておく。

 美味いものは美味いでいい。


 ナイカさんと一緒の最後の夜、男同士で一杯やりながら温泉を満喫していく。

 まぁ、酔ってもリーゼに治癒魔法をかけてもらえばいいしな。

 今はこの心地よい感覚に身を任せて、どんどん飲むとしよう。






 アルベルトと別れたあと、リーゼは……。


「……はぁ」


 思わず、ため息が零れる。

 まったくあの馬鹿は……もう結構一緒にいるけど出会った時からずっとこんな調子だ。

 緊張感の欠片も感じられない。

 もしかしたら、イモータルフォーと戦うことになるかもしれないっていうのに……。

 こんな時にも自由奔放でいい加減な男だ。


(だけど……)


 こんな時でも変わらないアイツのおかげで、いつも通りの私でいられてるわけで……ちょっとだけ複雑な気持ちだ。

 もしかしたらアイツは、私が緊張しないようにわざと振る舞って……。

 なんてことは百パーセントないだろうけど。


 ああ……無駄な考えだったわね。

 大体、アイツのせいでこんな面倒な事態になっているわけだしね。



 そんなことを考えながら草をかき分けて歩き、露天風呂に併設された小屋に辿り着く。

 こっちのお風呂は向こうよりも整備されていそうな感じだ。


 小屋の中に入り、服を脱いでいく。


 当然だけど、この三日間お風呂に入ることができなかった。

 アルベルトが寝ている間にこっそり体を布で拭いただけ。

 早く湯船に浸かりたいという気持ちが強くなる。


 裸になった私は小屋から出て露天風呂に向かう。

 小屋を出て、開放的なその空間に踏み入れた。


 その瞬間のこと。




「だ、誰だっ!」 



 湯煙の中から突如聞こえてきた女の声。


 後に私は知る。


 これが私と彼女の百五十年振りの再会であったことを……。

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