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旅路2

 雑談をしながら空の旅を続けていく。

 山を越え森を超え、平和な時間が続く。


 だが……空の上でお弁当を食べたあとのことだった。


「…………はっ!」


「な、なんだリーゼ?」


 突然大きな声を上げるリーゼ。

 お昼を食べ終わり、せっかく空中で優雅な読書タイムを楽しんでいたのにこいつは……。


「いきなりびっくりさせんなよ」


「ご、ごめん」


「ったく、奇声を上げて……はしたないぞ」


 俺がリーゼを睨むとリーゼが謝罪する。

 再び読書に興じようとした俺だが、ソワソワした様子のリーゼが気になってしまう。


「なぁ、もしかして、なんか忘れ物でもしたのか?」


「ううん、そうじゃないの……なんでもないから」


 リーゼを観察する俺。

 ワタワタと手を左右に動かし、挙動不審な様子。


「……なんでもないったら、なんでもないの! ほら、読書に戻るといいわ!」


 あきらかになんでもない感じじゃないぞ。

 そういうのを見ると俺まで不安になってくる。


「……」


 声を上げたあと、何故かリーゼが動き出す。


「……お前、なんで俺から離れようとするんだ」


「べ、べつに……」


「……?」


 ズリズリと前方に移動して、俺から距離を取ろうするリーゼ。

 さっきまで手を伸ばせば届く位置だったのに、一メートル近く離れてしまう。


 なんか気分悪いな、こういうの。


「さっきからお前不自然だぞ、マジでどうした?」


「ふ、深い意味はないわよ、気にしないで」


「いや、気にするわ。急によそよそくなったというか」


「ほ、ほら、スペースを有効活用する的な感じの……あれよ」


「あれって、なんだよ……」


 はっきりしねえな。


「おいおい、これから一緒にクライフを助けにいこうってのに、そんなんで俺たちやっていけんのか?」


「ぐっ、ここぞとばかりに正論を……」


「こんなんじゃ、身体だけじゃなくお互いの心の距離まで開……あぁ、そういうことか」


「っ!」


 思い出した、思い出した……なるほどね。

 前にメナルドに向かう途中のこと。

 リーゼに空中セクハラした時の記憶を思い出したようだ。


 さっき「はっ!」と言ったのはおそらくそれだろう。


 今、リーゼが焦っているのは座る位置を間違えたからだ。

 後ろから襲われないように俺が前に座ることになったはずなのに、彼女は前に座ってしまった。

 今回は荷物があるから、二人の距離はあの時よりもかなり近い。

 リーゼが警戒するのも無理はない。


 まるで女の敵を見るような視線で俺を見るリーゼ。

 だが……。


「そう警戒すんな、今回は悪戯しないとキッチリ約束してやる。……俺が女性の嫌がることをするわけがないだろ?」


「ぜ、前科だらけで、説得力がこれっぽっちもないんだけど!」


「俺はここから近づきはしないよ。嘘とか気持ち悪いし、吐き気すんだよ俺」


「……」


 安心するようにリーゼに言っても、後ろをチラチラと振り向き気にする素振りを見せる。

 心配せずとも、俺からそんな真似はしないってのに……。


「……ナイカさん」


「はい?」


「ちょっと急ブレーキかけて貰えませんか?」


「こ、こんの男は!」


「冗談だってば……」


 そんな他愛のないやりとりをしながらリーゼと空の旅を続けていく。




「今日はここらへんで一泊しましょ」


「おう」


 順調にリドムドーラへの旅は進み、初日の夕方。

 日暮れ前に俺たちは森の中に降りることにする。

 今日はこの森の中で一夜を過ごすことになる。


 ナイカさんの体力を考慮して移動は日中だけ、夜間の移動は避ける。

 急ぎの旅ではあるがナイカさんに何かあると移動ができなくなるしな。


 俺たちは役割分担を決めて野営の準備に入る。

 作業中、ギギギッと周りの木々から虫の鳴き声が聞こえてくる。

 最近外で寝泊まりしていなかったせいか、こういう音も旅の風情があっていいなと思う。


 一時間後には飽きて、不快なだけになっているかもしれんけど。


「ふふ~ん♪ ふ~ん♪」


 料理を担当するリーゼは陽気に鼻歌を歌いながら作業している。

 荷袋の中から調理器具をゴソゴソと取り出す。


 最近はメナルドでずっと執務にあたっていたリーゼ。

 久しぶりの野外活動が楽しいご様子。


 見ていてなんだか微笑ましいが、自分の仕事もせねばならない。

 俺は『石壁(ストーンウォール)』で家を造ることにする。

 天井と柱と壁だけ、箱型のシンプルな家だが一時的なものだし問題ないだろう。

 あまり目立つのもなんなので、高さ三メートルくらいの小型の家だ。

 グリフォンで身体の大きいナイカさんには少し窮屈かもしれないが我慢してもらおう。


 そうだ、身体が大きいとなると……。


「なぁリーゼ」


「なに?」


 家を五分で造り終わったあと。

 ナイフで手際よく食材を捌いているリーゼに話しかける。


「ナイカさんの夕食って、手持ちで足りるのか?」


「……え? あっ!」


「ああ……その返事でよくわかった」


 ナイカさんは体長五メートルと、でかい図体だし、食べる量は俺たちの倍じゃきかないだろう。


 リーゼめ、そこまで考えていなかったようだ。

 どうも旅をしている時のリーゼは抜けているイメージがあるな。

 旅の解放感みたいなのがそうさせるのだろうか。


「いえ、適当にその辺にいる魔物を捕まえて食べるので大丈夫ですよ。最初からそのつもりでしたしね……」


「ナイカさん」


「それでは、私はちょっと魔物を探しに森のほうへ行ってきますね」


 背中を向けて森へと歩みを進めるナイカさん。


「「……」」


 な、なんだろうコレ、微妙に罪悪感があるな。

 連勤続きで、今日も朝から半日移動を任せた上で、疲れているのに飯を自力で調達させるとか……。


「ナイカさん、ちょっと待ってくれ!」


「はい?」


 俺の呼びかけにナイカさんが振り向く。


「リーゼ……俺、家を造り終わって暇だし適当に魔物狩ってくるわ」


「ごめん……悪いけど、お願いできる」


「ああ、任せとけ」


 申し訳なさそうに謝るリーゼ。

 俺はリーゼに強く頷く。


「え、ええと?」


「ナイカさんは明日の移動もあるんだから、のんびり休んでいてくれ……」


 キョトンとした顔のナイカさんに、そう言い残し俺は森へと狩りにでかける。


「だ、大丈夫ですかアルベルトさん? ここの森にどんな魔物がいるかもわからないのに……」


「平気平気、むしろ森で迷子になることのほうが怖いわ」




 三分後。


「ほれ、適当に近くにいたのを獲ってきたぞ!」


「「早っ!」」


 俺は狩ってきた獲物を二人にお披露目する。


「あら? これ、ブラッドグリズリーじゃないの?」


「ああ、すぐ見つかって助かった」


 地面に置かれた赤色の毛皮が生えた二メートルを超す巨体。

 ゴブリンの集落近くで見たグリズリーの上位種だな。


「…………」


「あれ? ナイカさん、これ食べられないか?」


 黙ったままのナイカさん。

 もしかして問題とかあったりするのか。


「い、いえ主食は肉ですので……食べられるんですけど。よく一人で仕留められましたね? ブラッドグリズリーってかなり凶暴な魔物のはずなんですが」


「まぁ魔法でちょいちょいとな」


 魔力感知で辺りを索敵してコイツを発見したあとで、遠距離から魔法で不意打ちしただけだ。

 森の中、辺りは暗いが以前の海中戦を経験したおかげか、夜目も前より利くようになったしな。


「まぁ……ナイカさんが食えたならよかった」


「これ、美味しいのよね」


 リーゼの熱い視線がブラッドグリズリーに注がれる。

 普通のグリズリーはゴブリンの集落で食べたことがあるんだけど。

 この赤いグリズリーは食べたことがない。


「どんな味なんだリーゼ?」


「グリズリーより一段階上の味よ」


「な、何一つイメージが伝わってこねえんだけど……」


 説明が雑すぎる。とりあえず美味しいことはわかったが。

 それと、ちょっと涎でてんぞお姫様。

 なんかリーゼ、最初会ったときの野性味が戻ってないか?


 ま、まぁ女は二つの顔を持つというしな……ちょっと違う気もするけども。


「せっかくだし、今日は焼き肉にしましょうか? 手軽だけど美味しいしね!」


「お、いいな焼き肉!」


「バンバン焼いていくわよ! アルベルト、土魔法で台を作ってもらっていい?」


「おう!」


 そうして焼き肉を食べて腹一杯になったあと、俺たちは家の中でぐっすりと眠りについた。




 リドムドーラへの旅路、二日目朝。


「う……ん」


「おはようございます、姫様」


「ナイカさん……おふぁ、よう……」


 欠伸をしたあと、手をあげて縮こまった身体を伸ばす。

 水魔法で軽く顔を洗うと頭が冴えてくる。


「昨日はぐっすり眠れたみたいですね」


「ええ……ナイカさんは寝れた?」


「おかげ様で。外敵を気にしなくていいというのは本当に楽ですね」


 頑丈な土魔法でできた家に加え、魔物がもし来ても入れないように、アルベルトが『水膜結界(ウォーターバリア)』を張ってくれた。

 ブラッドグリズリーなど、この付近には危険度の高い魔物が多いようだが、アルベルトの『水膜結界(ウォーターバリア)』はそれを余裕で撃退できる強度を持つ。


 正直このメンバーなら交戦しても撃退は簡単だけど。

 警戒しないで済むというのは精神的に楽だし、起こされる心配がないというのはありがたい。


「それじゃあ、今日もお願いね。ナイカさん」


「お任せください!」


「……アルベルトはまだ寝ているみたいね」


 ぐ~ぐ~寝息を立てて寝ているアルベルト。

 毛布を抱いて気持ちよさそうに眠っている。


「よく寝てますね。どうします?」


「まだ起こさなくていいわ」


 朝食は昨日の残りを温めるだけだし、まだ寝ていても問題ない。

 コイツの魔法のおかげで安心して眠ることができたしね。

 私の身支度ができるまで、もう少し寝かしておいてあげよう。


「……んぁ、どうした? どうしたよ? 一体どうしたんだよリーゼ?」


「……うん? ああ、寝言か」


 ちょっとびっくりしてしまった。

 アルベルトの夢にわたしが出てきているらしい。


 むしろ「あんたがどうしたのよ?」と、問いたい。


「ったく、なんだよリーゼ。寒いからって人の毛布の中に潜り込んできやがって……あぁもう、そんなに抱きつくな、密着されたら暑いっての……」


「……は?」


 もぞもぞと身体を動かすアルベルト。

 それを見て思わず手に力が入ってしまう。


 私、アイツの夢の中で何をされてるの?


「ああもぅ、くっつくなってば、暑いって言ってんだろ……」


「ひ、姫様、これは夢、夢ですから……」


「そ、そうね」


 ナイカさんの言う通りだ。

 落ち着きなさい私。これは夢、夢なの……。


 どんな夢を見ようがそれはその人の自由だ。



「だから暑いって言ってんだろうがっ! 何度言ったらわかるんだ!」


 こ、ここっ、こんな寝言で腹を立てるのも馬鹿らしいわ。


「ち、そんなに俺の傍がいいのかよ?」


「……」


「ったく、聞き分けのねえ困った奴だぜ。だが、それでも諦めないお前の心意気に負けた。仕方ねえ特別だ、こっちに来な……温めてやんよ、じっくりとな」


「もんのすごく不愉快だからやっぱり起こすわ。夢の私が洗脳されてるから助けないと……」


「は、はい」



 ボディブローでアルベルトを無理矢理起こし、二日目の旅が始まった。

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