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旅路1

 リーゼと二人、グリフォンのナイカさんの背に乗って空の旅が始まる。

 今日はいい天気だ、晴れてよかった。

 雨だと移動も面倒だしな。

 空の旅とはいえ雲の上を移動するわけじゃないから、雨で濡れるのは避けられない。


 上空を五分も飛べば、メナルドの街はもう大分小さくなる。

 随分長い間、あの街にいたような気がするな。

 遠くなっていく街を見てちょっと感慨が湧く。


「しかし、またこうしてお前と旅することになるとはな」


「そうね」


 俺は前に座るリーゼに話しかける。

 以前、空を旅した時は和やかな感じだったが、今日は雰囲気が違う。

 兄を助けに向かうリーゼの横顔には真剣味が宿っている。


「やっぱり、まだクライフのこと怒ってるよな?」


「それはもちろんよ……でも」


「でも、なんだ?」


「アンタが動いて何も起きないなんて最初から思っていないしね。アンタの力を借りた以上、何が起きてもいいように相応の覚悟はしてる。劇薬みたいなものよ……強く効くけど激しい副作用のある」


「……そうか」


 劇薬か、案外的を射ているような気もするな。


「だから……さ、アンタはそれでいいのよ」


 リーゼが後ろを振り返り俺に告げる。


「ムカつくけれど、腹が立つことも多いけど、周りは引っ張りまわされるけど……見ていて少し好きなのよ、その生き方」


「……リーゼ」


 そう言われると悪い気はしない。


 まぁ言われずとも、俺は自分のことが結構好きだけど……。


「だけどねぇっ! もうちょっと行動を起こす前に考えなさいよ!」


「お、おう」


「自由は強者の特権だし、力を持つ者は行動に責任が伴うとかそんな偉そうなことは言うつもりはないわ……だけどアンタ! 自分でやって自分で後悔してんじゃないの!」


「ははは……そうだな」


「とにかく! 絶対に兄さまを助けるわよ! いいわね!」


「ああ!」


 こういう彼女のさっぱりしたところは好ましい。

 旅中、険悪な空気だとやってられないからな。



 リーゼと話しながらも、ナイカさんはどんどんと目的地へ進んでいく。

 リドムドーラはメナルドをずっと西に行った場所にある。


「ところでナイカさん、昨日の今日でお疲れじゃないか?」


 俺たちを乗せて運んでくれるグリフォンのナイカさん。

 昨日リドムドーラからメナルドに戻ってきて、今日朝に出発。

 ほとんど休みなしで、体力的に大丈夫なのかと心配になった俺はナイカさんに問いかける。


「問題ないですよ、昨日はぐっすり眠りましたしね」


「ごめんね、他のグリフォンに頼むわけにもいかないから……」


 申し訳なさそうにナイカさんに謝るリーゼ。


 ナイカさん以外にも、荷を運ぶグリフォン便の仕事に就くグリフォンはそれなりにいる。

 グリフォン便は運賃は高額だが陸を移動するよりも格段に移動が速く需要は高い。

 グリフォンたちも結構な収入を得られるそうだ。

 利用できるのはお金に余裕のある人たちに限られるが、基本的に乗る条件はお金だけなので一応は一般向けであるといえる。


 だが、リーゼやクライフはそういった通常のグリフォン便を利用しない。

 今回ナイカさんに頼んだのも秘匿性を維持するためだ。

 グリフォンでクライフの件を知っているのはリドムドーラに同行したナイカさんだけ。

 今回の任務は守秘義務が課されるために信頼できる相手に同行してもらう必要がある。


 グリフォン便でもナイカさんの雇用形態は少し特殊で他とは違う。

 彼はハイエルフとの間に専属契約を結んでいるそうだ。

 お偉いさんが誰々と密会したなんて話を他所に漏らされたら色々と困るしね……。


「これまでも緊急の案件がなかったわけじゃないですし、クライフ様にはよくしてもらっていますから……」


「……そう言ってもらえると助かるわ」


 ナイカさんを見たところ無理をしている感じはしない。

 たぶん大丈夫なんだろう。

 俺たちを心配させないように振る舞うナイカさん。

 前乗った時と同じように空の旅のガイドをしてくれる。


「お二方とも……下をご覧ください。ドラゴンズホールが見えてきましたよ」


「おおおおおっ! ……おぉお、おぅ?」


 上空から下を見ると、地に深く底の見えない細長い亀裂が見える。

 確かに絶景……なんだけど。

 これって前にも似たようなのを見た気もするぞ。


「なぁ、メナルドに来る時も同じ話をしなかったっけ? 地底には地真龍グランダルがいるとかなんとか……」


「そうです。下のは前説明したのと別の穴ですが……地龍が住むとされる広い地下空間に通じる穴を総じてドラゴンズホールと呼んでいるので、一か所だけじゃないんですよ」


 ナイカさんが説明してくれる。


 地龍の住処に繋がる穴はここ以外にも点在しているそうだ。

 地下世界、どんだけ広大なんだよ。


「なぁリーゼ。地龍って普段地下で何してんのかね? 古龍の中で一番謎の種族というか……」


 話を聞いて疑問が浮かんでくる。


「さぁ……私たちとは住む世界も違うしわからないわね。地下に閉じこもって、あまり他の種族に干渉しないから地龍は……古龍たちの中でも変わった存在って兄様に聞いたことがある」


「ふ~ん」


「古龍たちの生態とか近況が聞きたかったら、真龍であるラザファムさんのほうが詳しいと思うわよ」


「ラザファムが知ってるかな? アイツ二百年も山に引きこもってたし……ちょっと前に開催された族長会議をすっぽかしたって聞いたぞ」


「……そ、それ問題ないの?」


「ああ、出席は義務じゃないそうだしな」


 他の龍に文句を言われるかもしれないそうだが、気にしていない様子だった。

 ラザファムは真龍の名にあまり執着がない。

 基本、家族以外のことはどうでもいい奴だからな。


「ただ、せっかく奥さんと会えるチャンスだったのに逃したって嘆いてたな」


 まぁ出席しなかったおかげでルミナリアと仲直りできたわけだけど……。

 一応、メナルドに戻って覚えてたら地龍のことを聞いてみてもいいかもしれない。


 空の旅は続く。


「しっかし、荷物多いな……お前」


「ゔっ」


 俺の発言にリーゼが反応を見せる。

 本人も少しだけ気にしていたらしい。


 後ろを見れば大きな袋が見える。

 袋は落ちないようにナイカさんの胴体と縄で固定されている。


「ナイカさん……荷物、重ければ俺が持とうか?」


「え?」


「遠慮しないでいいぞ。こう見えて力持ちなんだ、俺は」


「い、いえその……遠慮というか、なんというか」


「あ、あんたが持ったって、全荷重が足元のナイカさんに伝わるから意味ないでしょうが……空よここ」


 提案してなんだが無意味の極みだった。

 俺にできることはどうやらないようだ。

 まぁナイカさんは強種族のグリフォンだけあって力持ちだ。

 多少荷物が重くても問題はないようだが……。


 俺はなんとなくリーゼのほうに再度視線を送る。


「……こ、これでも限界まで少なくしたんだから!」


「いや、責めてるわけじゃないんだけど」


「兄様にマジックバッグを返しちゃったから仕方ないのよ」


「ああ……それでか」


 なんか前と違って周りが窮屈な気がしたんだ。

 今更それに気づく俺も俺だが……細かいことは気にしない。

 荷でスペースが圧迫されて、以前よりリーゼとの距離が近い。


「マジックバッグは城に一つしかない希少品なのに、私が外に出る時に兄様が心配して貸してくれたものなのよ」


 これまで城で暮らしていた妹のいきなりの一人旅。

 クライフもさぞかし心配だったんだろう。


「今回、荷物が多いの仕方ないのよ。何が起きてもいいように色々と準備したからね」


 中にどんなものが入っているかをリーゼが説明していく。

 旅の食料に衣服、などなど……。


「あ、そうだアルベルト。今のうちにこれを渡しておくわ……」


「これは……」


 リーゼが俺に差し出してきたのは指輪だった。

 これは確か……。


「ミラージュリングだったな?」


「ええ」


 ミラージュリングは指輪に魔力を込めることで、装備者の存在を周囲に知覚させない効果を持つ。

 上級悪魔(アークデーモン)のラスとラボが城に乗り込んできた時に装備していたマジックアイテムだ。

 結果的に俺がいたせいでほとんど無意味だったけど。

 今回の旅で使えると、ラスとラボから戦利品として没収したらしい。


「アンタ用と私用でちょうど二つあるわ……身に着けといてね」


「なるほど。確かにこれは隠密行動にうってつけのアイテムだよな」


「ええ、これがあればリドムドーラの街に気づかれずに入るのも難しくない」


 最終的にはベリアと会う必要があるが、ギリギリまで忍んで動くにこしたことはない。

 ミラージュリングはハイエルフやアークデーモンといった、高レベルの相手には通じないという欠点もあるが、そんな相手と遭遇する可能性は低い。


 発動に必要な魔力も多いが、俺とリーゼなら問題なく使うことができる。

 リーゼも俺も認識阻害魔法を使えないからこれは助かる。

 使えない理由は俺の場合は魔法適正がないからで、リーゼは実力の問題だろう。

 同じハイエルフのクライフが前に使っているのを見たことがあるし適正はあるはず。

 メナルド観光する時にリーゼにかけていたのを覚えている。

 城の最上階にも侵入防止のために認識阻害結界が展開されていたしな。


 俺は結界をガン無視して突っ込んでいったけど……。


「リドムドーラまで距離があるしまだ大丈夫だと思うけど、もし空でサキュバスの気配を感じたら発動させて」


「わかった」


 サキュバスは飛べるし、上空を警戒されている可能性もある。

 俺ならサキュバスと交戦することになっても問題もないが、万が一取り逃がしてコルルやベリアに連絡が行くと面倒だしな。極力遭遇を避けた方が無難だ。


 故に、ナイカさんは通常のリドムドーラへのルートとは違う、警戒の薄いルートを移動している。

 日数的には四日と正規のルートと変わりないが、途中に宿泊施設はないので野宿になる。

 それもあり野営道具などで荷物がかさばっているそうだ。 


 ちなみに、隠密行動なら何故夜に移動しないんだ? ……と、疑問が浮かぶかもしれないが、相手がサキュバスとなると夜に移動するメリットもない。

 あいつら夜の方が元気なんだよ。


 指輪の説明を続けるリーゼ。

 一つ気になる点が思い浮かんだので聞いてみる。


「これさ……俺たちが指輪の効果を発動している時、敵からしたらナイカさんだけが見えることになるけど大丈夫か?」


「ナイカさん一人ならギリギリ誤魔化せるでしょ、荷運びするグリフォンなら普通だしね。ガーゴイルとエルフのペアとなるとかなり目立つわ」


「まぁ……そうだな」


 俺はリーゼに頷く。


「それと、変装アイテムも持ってきているのよ」


「変装アイテム?」


「私はこれもつけておこう」


 そう言ってリーゼが袋から取り出したのは黒髪のカツラだった。

 リーゼがカツラを頭に被ると雰囲気がガラリと変わる。


「どうどう? これでハイエルフに見えないでしょ!」


「ほう……」


 俺はリーゼをじっくりと観察する。

 いつもの金髪もいいが、黒髪もいいな。


「普段と大分印象が変わるな。なんかこう淑女感が加わったっつうか、深窓の令嬢っぽいぞ」


「そうでしょ! ふふっ! ……自分でもちょっとそう思ったの!」


「……あ、ああ」


 一瞬でそのイメージはぶっ壊れたけどな。

 調子に乗って喋らなければと注釈をつけておこう。


 まぁでも、これはこれで可愛いな。

 元々素材がいいからな、リーゼ。


「えと……あ、あんまりジックリ見るのやめてくれない? さすがに、その……」


 顔を赤くするリーゼ。

 おおう、また令嬢っぽくなったぞ。


「悪い悪い。いやでも、本当にお姫様みたいだぞ」


「……い、今でもお姫様なんだけど」


 リーゼの反論をスルーして話を進める。


「でも耳も隠さないと、エルフだとばれるぞ」


「うまく髪型をセットして耳を隠すから大丈夫よ。フード付きの服も持ってきているしね」


「……そうか。あ! もしかして俺にもそういうのがあるのか?」


 リーゼの衣装と指輪だけならそこまでの荷物にはならないはずだしな。


「ええ、アンタはもっと凄いわよ。アンタの場合、普通の変装じゃバレちゃうからね」


「確かにな……」


 俺がカツラを被っても怪しさが増すだけだよな。

 カツラを被ったガーゴイルって怖すぎだろ。


 エルフとかサキュバスみたいなのは服を着て顔回りを隠せば種族はわからないが、俺は全身で自身がガーゴイルだと主張しているようなものだ。

 石風味の灰色の肌はガーゴイルやゴーレム特有のものだ。

 部分的な変装ではなく、もっと大掛かりな変装が必要だろう。


「あんたのはリドムドーラに入る前に渡すわ……装備に時間もかかるしね」


「時間がかかる?」 


 リーゼは一体何を持ってきたのだろう。


「ま、まぁ楽しみにしてるわ」


 なんか後ろでガチャガチャ音がするのは、もしかしてそれだろうか?

 楽しみだけど、ちょっと怖いな……。


「あんたの荷物はその袋だけだから楽ね……」


「ああ……俺の場合、服なんていらねえしな」


 俺は袋の中を覗きこむ。

 袋にはギルドの仕事で稼いだお金と、保存魔法が掛けられた非常食。

 そして……。


「あれ? ……見覚えのない小さい袋があるぞ」


 中を見るとタオルやらハンカチ、魔石類が入っていた。

 他にも細かいところで、役に立ちそうなものが色々と……。


「こんなの入れた記憶ないんだけどな」


「なら、たぶんルミナリアちゃんでしょ」


「……ルミナリアか、本当に気が利く娘だぜ」


 城にいる彼女に深い感謝を捧げようと思う。

 あれ、まだ中に何か紙が入っているな。


「手紙……かな」


「ルミナリアちゃん、私たちに激励の手紙かしらね」


 俺は紙を広げてみることにする。


『お勧め風俗情報をここに書いておく。もしすべて無事に終わって、時間に余裕があったら寄ってみるといい』


「「……」」


 沈黙の時間が続く。


「……ルミナリアは本当に気が利くよな」


「い、いやいや……これはギンでしょ……絶対にそうでしょ!」



 ま、まぁ一応役に立つかもしれんので捨てないでとっておこう。

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