祝勝会、そして……
自室を出て、ルミナリアと一緒にみんなが待っている食堂へ。
部屋の中に入るとみんなで俺たちを出迎えてくれる。
円形テーブルにラザファム、ルミナリア、俺、ギン、リーゼの順に座る。
参加者は五人、身内だけだが王女に真龍にとメンツがメンツだしな。
テーブルの上には、肉に魚に野菜に色んな食べ物が並び俺の食欲を刺激する。
朝から食べてないから、大分腹が減っている……早く食いてえ。
「それじゃ、アルベルト、乾杯の音頭をよろしくね」
「俺か? ま、まぁいいけど……それでは皆様、ご起立ください」
俺の言葉に、皆がガタっと椅子から立ち上がる。
(乾杯の音頭か、さて……何をいうべきか)
皆の視線が中央にいる俺へと突き刺さる。
飲み物の入ったグラスを持ちあげ、俺の言葉の続きを待っている。
「え~あ~~、え~とですね。その、え~と」
「「「「……」」」」
せっかくだし、何か気の利いた話をしたいところだが……。
突然過ぎてなかなか思い浮かばない。
それになんというか、立ち位置的にもあれだ。
囲むように立たれると感じる圧迫感がすさまじく、落ち着かない。
「……それでは皆様、ご着席ください」
「な、なんで、私たち立ったんですかね?」
「なにがしたいのよ……あんたは」
戸惑う女性陣……しょうがねえだろ。
慣れてねえんだよ、こういうの。
「え~とにかく、力に知恵に知識にと皆様のお力添えもあり、無事変異種を討伐することができました。一人一人は小さな力でも……いやまぁ、結構例外も混じっている気もしますがそれはともかく、力を合わせれば強大な敵を倒すことができるという、その一例を我々は歴史に……」
「いや、兄ちゃん……普通でいいから。何言ってるのかわかんねえよ」
「無理して恰好つけなくてもいいんだぞ、アルベルト」
男どもうるせえぞ、邪魔すんじゃねえ。
どうすりゃいいんだよ、俺は。
こうなったらもういい、ヤケクソだ……適当に済まそう。
「……でもまぁ特に頑張ったのは俺とルミナリアなので存分に称えるといいです。俺の功績を根こそぎもっていったどこぞの雷龍は特に」
「し、仕方ないだろ……別に俺だってねらったわけじゃない」
俺たちが街に戻ったあと、非常事態宣言は解除された。
変異種討伐が知らされて住民たちは避難場所から自分の家に戻っていった。
とはいえ、まだ海にはクラーケンがいるかもしれないため、もう少し安全だと判断されるまで、船は出航禁止となっているが。
んでまぁ……それはいいんだけど。
街の住民たちの間では、何故かラザファムが変異種を討伐したことになっていた。
ラザファムは上空で飛んでいただけなのに、どうしてこうなった。
まぁ普通に考えれば、街にいる者の中で変異種を撃退可能なのは雷真龍だけ。
消去法で一択しかない。
(倒したのは俺とルミナリアなのに)
とはいえ、津波被害の真犯人である俺としては堂々と名乗りにくい。
津波を起こしたのは変異種のせいになっていたのは助かったけどさ。
まぁ別に目立ちたいわけではないし、いいんだけどさ。
倒したのは俺だと言っても信じてくれるとは思えないしな。
それでも、ちょっとだけ納得いかない部分もあったりする。
「……え~そんなわけで、まぁとにかく……乾杯だてめえらっ!」
「えと、乾杯よ!」
「か……乾杯!」
「……かん、ぱい?」
「……乾杯だ!」
開始の挨拶になっていないが、強引に乾杯に持っていく。
多少リズムが狂いながらも、各々がグラスを合わせる音が聞こえる。
そうして祝勝会が始まった。
最初グダグダになってしまったが、笑顔を浮かべてみんなで楽しく談笑を始める。
変異種の不安から解放されて、昨日までと一変して雰囲気も明るい。
「……ルミナリア、そこのサラダを取ってくれないか?」
「ちょっと待ってね、お父さ……」
「……ルミナリア?」
取り皿を持ったまま、ルミナリアがピタリと静止する。
「……こ、これくらいはいいですよね? アルベルトさん?」
「あん?」
チラリと俺を見るルミナリア。
「な、何故アルベルトに許可をとる必要があるんだ? ……俺のサラダなのに」
ルミナリアの様子を見るに、どうやら俺が部屋で言ったことを気にしているらしい。
娘が父親を甘やかしたからうんぬんの話を……。
「……アルベルトに何か言われたのか? ルミナリア」
ジロリとこちらを見るラザファム。
「いつも通りにしてくれればいいから……半分冗談みたいなもんだし、あまり意識しすぎると変だぞ」
「は、はい。そ、そうですよね」
ルミナリアが頷き、父親の分のサラダを皿に載せていく。
ラザファムが俺とルミナリアの様子を見て訝し気な顔を浮かべる。
「お前……まさか年下好きじゃないだろうな?」
「何を誤解してんのか知らんが……俺の場合、年下好きでも仕方ないと思うんだ」
勘弁してくれよ、本当に面倒くさい龍だ。
俺は適当に話の方向を逸らす。
「そういや俺たちだけで飲んじまってるな……悪い」
「気を遣わなくてもいい。大きな仕事を終えたあとなんだから我慢するな」
「そうか、なら遠慮なく」
ラザファムもルミナリアも酒が飲めない。
二人は果実水での乾杯となる。
だから酒を飲むのは俺とギンとリーゼだけ。
「…………ぷっはあ~たまんねえぜ!」
「あ、ああ……」
キンキンに冷えたエールを一気に口に流し込む俺。
それを見て、ゴクリとラザファムの喉が鳴る。
「お父さん、駄目だからね」
「……わ、わかってる」
ルミナリアがラザファムに釘を刺す。
大分飲酒衝動はなくなってきたと聞いたが、目の前で飲まれるとやっぱり飲みたくなるらしい。
会話を続ける俺たち。
ラザファムと変異種戦についての話になる。
「しかし、アルベルトがレベル七魔法を使うとは思わなかったな。俺が交戦した時はそこまでの相手に見えなかったが……」
「変異種が暴走しなければ使うこともなかったんだけどな。いや~焦った焦った」
最初は楽に終わるかなと思ったんだがな。
「まさか変異種と肉弾戦することになるとは……」
「あれと肉弾戦……お前、何考えてるんだ」
ラザファムが呆れた表情で言う。
正直きつかった。
あんなに触手のことを考えたのは生まれて初めてだったわ。
「……あれは凄かったです。私から飛び降りて単独で互角以上に戦ってましたしね」
「そう言うなって、ルミナリアがいなければもっと苦労しているぜ」
「あ、いえ、そういうつもりで言ったわけでは……」
ルミナリアが口籠るのも気にせず話を続ける。
「ルミナリア抜きじゃ、レベル七魔法も無事撃てたかどうかわからん」
「そうだな。アレは出鱈目な効果を誇る分、発動に必要な魔力を溜めるのに時間がかかる」
「ああ、今回もルミナリアが移動役になってくれたから時間が稼げたんだし」
変異種の攻撃を回避しながらレベル七魔法の展開、さすがの俺も海中で二つ同時にこなす余裕はなかった。
「やはり、ウチの娘は素晴らしいな」
「……ああ、そうだな。ルミナリアは素晴らしい」
「ルミナリアがアルベルトの力を引き出す場を作り出したからこその勝利だな」
「ウォーターブレスで俺を救出した時は本当に凛々しかったぞ」
「……な、なんですかコレ、なんですかコレ。も、もう……」
とりあえず全力で褒めておこう。
真っ赤な顔で恥ずかしがるルミナリアを酒の肴にするのもいいものだ。
「そ、そういえば……お父さんとお母さんはレベル七魔法を使えるの?」
話を強引に変えるようにルミナリアがラザファムに尋ねる。
「俺は使えるぞ、ミナリエは二百年前の時点では使えなかったはずだ」
真龍でも全員が使えるわけではないようだ。
「……もしかして見たいのか、ルミナリア?」
「あんな危ない魔法……冗談でもやめて。自分で話題を振っておいてなんだけど……」
「あ、はい」
本気の娘の否定に黙るラザファム。
そんな光景を見て、いつもの日常にいるって感じがした。
ふと、隣を見れば二人で会話しているリーゼとギン。
何の話をしているのか?
この二人が一緒にいるのって、今更だけど妙な感じがするよな。
二人の様子を見ているとギンと目が合った。
「兄ちゃん……昨日は本当にお疲れさん。楽しんでるか?」
「ああ」
俺はギンに返事をする。
お酒が回り、既に顔が少し赤くなっているギン。
「俺も兄ちゃんの戦っているところ見てみたかったな」
「なに……少ししたら、ルミナリアと一緒にギルドで依頼を受ければいいさ」
「ああ……そういう約束だったな」
「俺もギンのトライデント捌きを楽しみにしてるぜ」
「おう、すげえの見せてやるよ」
三人で一緒に仕事をするという約束。
色々あったせいで、延期していたがようやく実行できそうだ。
「……あ、兄ちゃん。話は変わるが一つ頼みがあるんだよ」
「なんだ突然?」
「少しの間でいいから、俺を部屋に置いてくれないか?」
「それは俺に言われてもな……さすがにリーゼに確認しないと駄目なんだが」
「……いいわよ」
「「え?」」
会話を聞いていたリーゼが即答する。
話の張本人のギンもちょっと驚いている。
「ほ、本当にいいのか姫さん?」
「もっとギンには話を聞きたいしね、変異種の他にもね……」
「……どういうことだ?」
気になった俺はリーゼに尋ねる。
「変異種の件……後手に回ったとはいえ、ギンの情報が役に立ったからこそ早く動けたのよね」
「まぁな」
ギンの情報がなければ、俺たちは今こうして笑っていないだろう。
クラーケンの襲撃で孤立したルミナリアへの救援も間に合わなかった。
「ハマジゼの件もだけど、私たちは海のことを知らなすぎるわ。また今回のようなことが起きないとは限らない。そのときのことを考えて、海の種族と協力関係を持つことで、できるだけリアルタイムで海の状況を知ることができればと思ってね。ギンなら他の海の種族とも伝手があるんじゃない?」
「……そういうことか。俺でよければ尽力するぜ姫さん。海には人魚族の知り合いもいるし紹介できるぜ。みんなが陸で動けるわけじゃねえから、姫さんにも足を運んでもらうことになるがいいか?」
「もちろんよ! ありがとうギン、よろしくね」
「おう!」
握手を交わす二人。
海と陸の種族の仲介。
両方の種族に顔が利き、どちらも行き来できるギンにしかできない役割だな。
変異種を倒し、とりあえずの危機は去ったがまた異常が起こる可能性はある。
ラボラスとの繋がりについてもわからないままだし、変異種については未解明の部分が多すぎる。
第三、第四の変異種が現れるなんてことはご遠慮願いたい。
あんな面倒な奴と二度も戦いたくはない。
そういや、戦利品というわけでもないが、変異種の吸盤の一部が身体に付着していたので解析用に持って帰ってきた。
保存魔法をかけてあるので、新鮮そのものだ。
別途保管されている四百年前の変異種の肉片とも照らし合わせて、研究所で解析を進めていけば何かわかるかもしれないな。
「……ところでギン、それはリーゼがギンを住ませる事情であって、お前が住む事情がわからな……」
「俺ん家、兄ちゃんの魔法で浸水していてよ……流れ込んできた泥で家中グチャグチャなんだわ」
「…………好きなだけ城にいろよ」
さ、さすがに拒否できねえ……。
完全に藪蛇だったぜ、マジすいませんでした。
そういや、ギンの家は海岸近くだったな。
モロに被害を受けていたのか。
「まぁ、整地するだけなら数日もあれば終わるはずよ」
「あ、私も手伝いますよ、私の能力(水流操作)なら水の処理にも役に立てると思いますし」
「い、いいの? すごく助かるわ!」
横で繰り広げられる会話。
ほんの少しだけ居心地が悪い。
「兄ちゃん……そんなに気にするな」
そう言い、ギンが俺の肩にポンと手を置く。
「住む場所も姫さんが用意してくれたしな」
「ええ、そのへんの問題は私がなんとかするわよ……」
リーゼ曰く、被害者にはいくらかの金銭的な補償もされるそうだ。
それぐらいの余裕はあるらしい。
「ほら……外を見てみなさいよ」
リーゼが窓を開けると、街の光景が眼下に映る。
既に日は暮れて夜だというのに、普段以上に明るい街の様子。
「あんたとルミナリアちゃんが守った景色よ」
「……」
変異種討伐の報を受けて、街はお祭り騒ぎだ。
人々の喧騒が聞こえてくる。
耳に入ってくるのは楽しそうに笑う人々の声が大半。
少し前まで町中に蔓延していた重く暗い空気も吹き飛んでいる。
彼らの大半が変異種を直接見たわけではない。
その姿を確認したのはルミナリアと一緒にクラーケン討伐に向かった者だけだ。
なかには本当に変異種が来たのか半信半疑の者もいる。
彼らは言われるがままに避難場所まで往復しただけだ、変異種の脅威を理解できずに。
それでも……この街に大勢住むエルフたち。
長命のエルフたちの中には過去の惨事の生き残りも多い。
四百年前の出来事を経験せずとも親から変異種の話を聞いた者もいるだろう。
そんな彼らの安堵する気持ちは人一倍強い。
「こうして皆が笑っているんだからさ、私たちも楽しまないとね! ジャンジャン飲むわよ! 二日酔いしても治してあげるから!」
「リーゼ……おおっ!」
心がじんわりと暖かくなっていく。
みんないい奴だよなぁ……本当に。
今回の戦い、俺が戦ったのは身近にいる存在のため。
魔王であるクライフへ貸しを作るという目的もあった。
人々の平和を守ったのはただの結果だ。
そもそもルミナリアの件もあり、街の男連中には嫌われていたしな。
(それでも、まぁ……こういう平和な光景を見ると悪い気はしないよな)
クライフのいない間、上級悪魔に変異種の襲撃と色々あった。
結果として百点満点の大団円とまではいかずとも、八十点くらいはつけてもいいかもしれない。
変異種戦では物や金銭的な被害はあるが被害者はゼロ。
物的被害もリカバリーの利く範囲で済んだ。
事前のクライフの設備投資にと、いくらかの幸運にも助けられたがな。
四百年前に出現した時と比べれば、その被害は圧倒的に少ない。
仲間と笑いながら、勝利を祝って飲んで食べて騒ぐ。
その夜、俺はぐっすりと眠った。
翌日から俺はリーゼ、ルミナリアとともに街の復興作業を手伝ったりした。
一応自分が原因なので、せめてもの罪滅ぼしみたいなもんだ。
二日ほどで整地を終え、復興作業もある程度の目処がついた。
できることを終え、俺はクライフの会談の結果がどうなるか城で帰りを待つ。
動きがあったのは翌日のことだ。
俺とラザファムとリーゼは三人で朝食をとったあと、食堂でのんびりしていると。
「姫様! 急ぎの報告です!」
兵士が慌ただしく中に入ってきた。
「西方よりメナルドに接近中のグリフォンを確認しました! もう十分ほどでこちらに……」
「っ! 兄様が帰ってきたのね!」
兄の帰りに、花が咲いたような笑顔を浮かべるリーゼ。
紅茶をガチャンと乱雑にテーブルに置いて、リーゼが椅子から立ち上がる。
「い、急いで兄様を出迎える準備をしないと!」
ようやくクライフが戻ってきたか。
あぁ、長かったな……もう待ちくたびれたぜ。
予定していた十日を過ぎたから、何かあったんじゃないかと少し不安を覚えたぞ。
「え~と、え~と、あ……そうだ。上級悪魔たちを連れてこないと駄目ね!」
ふと、思い出すリーゼ。
そういや襲撃の件でクライフの審判を受けるんだったな、あいつら。
変異種の件で協力するかわりに、命だけは助けてほしいって話だっけ。
「……それは俺がやろう。リーゼ嬢もアルベルトも早くクライフに会いたいだろう」
ラザファムが悪魔の連行役に名乗りでる。
まぁ、ラザファムなら連行する際にあの二人を逃がすことはないだろう。
「すみません、お言葉に甘えてもいいですか?」
「ああ」
ラザファムが案内役を伴って地下牢屋へと向かう。
俺とリーゼはクライフを出迎えに、グリフォンの降りる屋上へと移動する。
なお、ルミナリアとギンは一緒にドワーフ夫妻のところに出かけて行ったので城にいない。
ルミナリアはアンドロと演劇を見に、ギンはヤドリにちょっとした用があるとのことだ。
報告から十分ほど経過した頃。
屋上に大きな影が差した。
頭上を見上げれば、ゆっくりと下降してくるグリフォンの姿。
ファラの街から俺たちをここまで運んでくれたナイカさんだ。
だが、少し違和感を感じる。
(……クライフが、いない?)
「……あ……れ? 兄様は?」
リーゼもそれに気づく。
上空をよく見回すもクライフの姿はない。
もしかして別々に帰ってくるパターンかな。
少し待つとナイカさんが屋上に着陸し、その背から二人のエルフの男が降り立つ。
彼らの顔はクライフを見送る時にも見た記憶がある。
クライフの補佐役的な感じで一緒に向こうに行ったんだったか。
男たちがリーゼの前に傅き、その一人が口を開く。
「……マリーゼル様、どうか心確かにお聞きください」
「「……」」
何があったのか? 二人はドヨンと沈んだ顔をしている。
あまりいい話じゃなさそうな気配がする。
「……な、何かあったの? 兄様は?」
「クライフ様はその……」
口ごもるエルフの男。
……あ、やだこれ、聞きたくない。
すげえ嫌な予感がするぞ。
「魔王ベリアに拘束されました」




