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戦いを終えて

 

 メナルド城、アルベルトの部屋。


「……さん」


「うぅん」


 誰かが毛布の上から身体を揺すってくる。

 気持ち良く眠っている俺を起こそうとしている。


「アル……トさん」


「……んあ~~」


 ああ、心地良いまどろみが遠ざかっていく。

 安らぎの世界にいた俺を引き戻そうとする声。

 俺は声の主に抵抗するように寝返りを打つ。


「……アルベルトさんってば、起きてください」


 一体誰だ? 俺の眠りを妨害する愚かな者は。

 半覚醒状態の意識に割り込んでくる困ったような声。

 なかなか諦める気配がないので、仕方なく起きることにする。


 まだ重い瞼をあけると、青い髪の少女の姿が目に映る。


「……愚か者はルミナリアか」


「……だ、誰が愚か者ですか!」


 つい、そのまま考えていたことを口走ってしまった。

 こうなったら寝起きの戯言にして強引にスルーするとしよう。

 すっとぼけた俺の態度を見て、大きくため息を吐くルミナリア。


「起きて早々、まったくもう……ちなみに今は夜ですよ」


「そうか……ふぁ~~」


 口を開くと自然と大きな欠伸が出てくる。

 まだ眠気で視界がぼやけているな。

 ベッドの横に設置された灯がまぶしい。


「んん……」


 ショボショボした目を擦ると、少しだけ視界が鮮明になった。

 ふかふかのベッドに、雰囲気のあるアンティーク家具。

 俺が暮らしている慣れ親しんだ部屋だ。


 ベッドからゆっくりと身を起こして、大きく身体を伸ばす。


「……つっ!」


「アルベルトさん?」


 なんだ? 今、腹部に軽い痛みを感じたぞ。

 だが、お腹を見ても怪我などの異常はない。

 そもそも俺の場合大抵の怪我はすぐに治るしな。


 幻痛というやつだろうか?


「どこか痛むんですか?」


「いや、大丈夫だ」


 心配しないようにルミナリアに告げる。


 お腹の痛みを引き金に、眠る前の記憶が思い起こされる。


 街に戻り、リーゼにボディブローを受けた時のことを……。





 本日夜明け前、街に戻ってきた俺とルミナリア。


 討伐を終えて帰ってきた俺たちを、ラザファム、リーゼ、ギンが、砂浜で出迎えてくれた。


「ルミナリアッ!」


「……お父さん」


「ルミナリアッ! ルミナリアアアアアッ!」


 娘の姿を見てラザファムは一目散に駆け出す。

 娘を抱きしめ、名を連呼しながら強く抱きしめる。

 ルミナリアは大人しく父の抱擁を受け入れていた。

 大きな声で何度も叫ばれるのは少し恥ずかしいだろうが。それだけ父に心配かけてしまったわけだしな。

 ラザファムは俺たちが戻るまで寝ないでずっと待っていてくれたらしい。


 怪我はないか、丁寧に娘の状態を確認するラザファム。

 無事を確認してホッと安心したあと、ラザファムは「よくやった」と一言ルミナリアを褒めていた。

「……ん」と一言呟き、ギュっと父の服を強く握り返すルミナリア。

 その一言に、色んな感情がこもっているのだろう。

 努力を父に認めてもらえてよかったな……と思う。



 で、まぁ……なんだ。


 感動的な抱擁を交わす親子を横目に、レベル七魔法の件で不安一杯の気持ちで帰ってきた俺のほうはというと……。


「た、ただいま戻りました、リーゼさん」


「……お帰り、アルベルト」


「へ、変異種を倒したことをご報告します」


 俺はビクビクしながらリーゼに勝利の報告をする。

 顔を見るのが怖いので、再会しても目を合わせずに……。

 下を向いたまま、モゴモゴと口を動かす俺。


「ええと、街の……現在のですね、状況はどうなってますでしょうか?」


 レベル七魔法の余波で街がどうなったのか? 覚悟を決めてリーゼに尋ねる。

 結果を聞くのが怖い……緊張で脂汗が流れる。


「海岸沿いのいくつかの区画で浸水被害がでているわね」


「そう、ですか」


 もしかしたら津波は来なかったんじゃないか……なんて淡い期待は打ち砕かれる。


「ラザファムさんが察知してくれたおかげで、素早く避難指示ができたから人的被害は出てないけどね」


 俺の質問に淡々と答えるリーゼ。


 やはり『全ては塵に(オールダスト)』の影響は街にも及んでいた。

 俺が魔法を唱えてから二時間後、津波が街を襲ってきたらしい。

 とりあえず死人やけが人が出なかった点は安心したが……。


「ちなみにおいくらぐらいの被害が……」


「……聞きたいの?」


「い、いえ……」


 手をもじもじとこすり合わせて口籠る俺。


「……一応確認しとくけど、あんたの仕業で間違いないのね?」


「そ、それはその……ただいま事実関係を確認中でして……」


「あん?」


「い、いえ、はい私がやりました」


 リーゼの声色が一変しかけた。

 やはり下手な反論は火に油を注ぐだけだ。


(ど、どうする?) 


 誰かこの空気を変えてくれと願っていると……。


「あの……リーゼお姉ちゃん」


「ルミナリアちゃん、なに?」


 ルミナリアがラザファムから離れて、俺の隣にやってくる。


「実は……ですね」


 ルミナリアがリーゼに事情を説明してくれる。

 変異種が暴走したこと、レベル七魔法を撃たざるを得なかった状況だということ。

 これでも一応、俺なりにギリギリ計算した上で魔法を放ったこと。


「……そう」


 話を終えて、リーゼがそう一言呟く。

 俺は正面から彼女の目を見て、再び頭を下げる。


「えと、その……ごめんなさい」


「……」


 リーゼのお言葉を待つ。

 俺なりの誠意を伝えようと、しゃがんで膝を砂につける。

 両手両足を砂につけ、例の構えを取ろうとすると。


「いいから…………立ちなさい」


 リーゼが俺の土下座を中断する。


「……事情は分かったわ、アルベルト」


「……あ、あれ?」


 予想外の言葉に思わず俺は顔をあげる。

 そこにはいつも通りのリーゼの顔があった。


「そ……それだけか?」


 納得しちゃうの?

 あれ、もしかしてそこまで怒ってない?

 なんかこう、もっとお叱りを受けると思ってたのに……。


「……撃たざるをえない状況だったんでしょ?」


「そ、そうだけど。なら、さっき『あん?』とかすげえ怖い声出してたのはなんだよ?」


「あんたがすっとぼけようとしたからでしょ! 事実関係を確認中とか適当言って……」


 えと、誤魔化そうとしたから怒ったってこと?

 物分かりが良すぎて、まだちょっと怖いというか。


「……ああ~もうっ!」


「え?」


 リーゼの腕が、俺の肩をガシッと強く掴む。


「そりゃあ文句言いたい気持ちも当然あるわよ。でもね……本来、私や兄様がなんとかしなきゃいけない問題を、アンタとルミナリアちゃんに全部託して送り出したんだから……私にも責任があるし、苦労や痛みは負ってしかるべきよ」


「……リーゼ」


「アルベルト、この街に来た時に遊覧船から見えた、海上に点在していた棒……覚えてる?」


「なんだよ急に……確か棒の先にいくと危険な魔物の増えるっていう、目印とかなんとか」


「他にも役割があるのよ……あれ、マジックアイテムになっていてね。波の流れ、潮位とか一定の条件で壊れると同時に、兄様が込めた石壁(ストーンウォール)が作動するの……一回限りの津波対策ね」


「そ、そんなのがあったのか」


 ……し、知らんかった。

 石壁が街を囲むように発動することで、即席の津波防波堤の役割を果たしたってことか。


「もっと酷かったらさすがに今みたいに言えなかったかもしれないけどさ……被害もある程度は食い止められたしね。変異種とまともに防衛戦をしたのなら、もっと被害は広がっていたはずよ」


「……」


 メナルドの街がマリンパレスと三百キロメートル以上離れていたおかげで、津波の威力もある程度減衰していたこと。

 即席の防波堤、この二つにより津波の被害をある程度抑えられた。


 それでも街全域をカバーすることは無理だったが、商業エリアのように重要な場所には別途に設置された堤防もあり、無事だったらしい。

 おかげで街の中心部まで影響はなく、海岸沿いのエリアで低い位置にある建物がいくつか浸水する程度で済んだそうだ。


 マジックアイテムについては一つ数百万ゴールドと相当にお高いそうですが、復旧作業としてはそこまで時間もかからないとのこと。


 ああ……クライフには本当に感謝だ。


 アイツが念入りに準備する性格で本当によかった。


「あんたは私の無茶な頼みを聞いてくれた。あの変異種を倒してくれた。苦労したんでしょ?」


「……リ、リーゼ」


「あんただから得られた勝利よ。感謝はしても責めたりなんかしないわよ。だから……いつもみたいに不敵な顔で堂々と勝利報告すればい……いや、まぁそれはそれでちょっとモヤッとするわね」


 言葉の節々からちょっとだけ我慢してる感が伝わってくるが、それでもなんだかんだで許してくれるリーゼ。


 許してもらえたことで、俺の心に張りつめていた緊張の糸が解けていく。


「……リーゼ……リーゼっ……うおおおおおおっ!」


「……ちょっ!」


 安堵からか、感極まって思わずリーゼを抱きしめてしまう。

 リーゼの温もりが柔らかな感触が俺の身体に伝わってくる。


「リイゼェエエ! 大好きだぜっ!」


「もう……ん、ありがとっ! アルベルト」


 リーゼが俺の背をトントンと叩く。

 あぁ……よかった、許してもらえたぞ。

 やべえ、めっちゃ愛しいぞコイツめ。


「リーゼッ! リーゼッ!」


「のわあっ! ちょっと、どさくさにどこ触ってんのよ! せ、背中をさするんじゃないっ! ひんっ!」


「リーゼッ! リーゼッ!」


 構わず抱きしめる俺。

 感激の抱擁は続く。

 抱擁はリーゼの全力のボディブローが飛んでくるまで続けられた。


「無事でなによりなんだが……一人浮いてる俺はどうすればいいんだ」


 珍しく浮いた感じになるギンの姿が印象的だった。




「…………そっか、戻ってきたんだったな」


 変異種との戦いを終え、色々あったが無事帰ってこれたことを自覚する。

 起きて最初に思い浮かんだのがリーゼのボディーブローというのがなんだけど。

 まぁ、俺らしいような気もする。



 目も覚めてきたので、ぼちぼち動くことにする。

 窓に向かいカーテンを開けて外を見れば確かに真っ暗だ。


 昨日の昼に変異種との激戦を終え、少し休んだあと俺たちは街に帰ってきた。

 海から街に戻ってきたのは今日の夜明け前。

 そのあとすぐ寝たんだから……


「半日以上寝てたんだな、俺は……」


「激しい戦いでしたからね。私もさっき起きたばかりですし……」


「そうか……ルミナリア、体調はどうだ?」


 戦ったのは俺でだけではない、ルミナリアもだ。

 変異種との戦闘、マリンパレスの往復と彼女も相当に疲労しているはずだ。

 丸一日以上海にいたわけだしな。


「平気です。まだ少し疲れは残っていますが魔力と体力を消費しただけですからね。アルベルトさんが守ってくれたからほとんど怪我もしてませんし……」


「そ、そうか」


 そう言い、俺にほほ笑むルミナリア。

 真っすぐに向けられる感謝の笑顔に少しだけ照れてしまう。


「……ま、無理はすんなよ」


「はい、数日はギルドの仕事も休むつもりです。無茶すれば、またお父さんを心配させてしまいますしね」


「はは……そうだな」


 ルミナリアと二人で笑い合う。


「……そういや、なんで俺を起こしたんだ?」


「今夜、変異種を倒した祝勝会をするって話ですよ……もうそろそろ準備ができるので」


「……あぁ、そうだったな」


 ようやく思い出したぞ。

 それでルミナリアが部屋まで呼びに来てくれたってわけか。


「もうギンさんも城に来てますよ」


「そうか……んじゃいくか」


「……ちょっと待ってください」


 ドアに向かう俺をルミナリアが制止する。

 腰に手をあてて何か言いたそうな顔を浮かべている。


「もうちょっと部屋を綺麗にしていきましょうよ。ベッドシーツも滅茶苦茶だし、いくら定期的にメイドさんが直してくれるといっても……」


「え、あ……はい、すいません」


「カーテンも半端に開けっ放しだし、もう……しょうがないですね」


 ルミナリアはそう言い、手際よく部屋を綺麗にしていく。

 ベッドメイキングをし、床に散らかった俺の荷物を拾っていく。

 あまり皆を待たせるのもなんだが、すぐ済むとのことなのでルミナリアにお任せする。


「……わ、わりぃな」


「……アルベルトさんは昔のお父さんみたいです」


 仕方ないなぁといった顔でルミナリアが俺に言う。

 それはあまり嬉しくないぞ。

 だらしないところが似てるってか?


「……♪」


(にしても、ルミナリアってこんなに世話焼きだったっけ?)


 気のせいだろうか?

 作業するルミナリアの横顔はどこか楽しそうに見える。

 確かに彼女は気が利くし、そんな雰囲気もなかったわけではないが。

 なんか、これまでより踏み込んでくる印象というか。

 変異種戦で少し親交度があがったのか? ……なんてな。


 それはさておき、ルミナリアを見ていてちょっとした疑問が浮かんできた。


「な、なんですか? ジッとこっちを見て」


「まさかとは思うが……娘が山で親父を甘やかしたのも、ラザファムをぐ~たらな駄目男にした一因じゃないよな?」


「…………え?」


 ルミナリアの動きがピタリと止まり、ギギギと首がこちらを向く。


(え? まさか自覚なかったのか?)


 こんな風にずっと世話していたのなら、ラザファムが何もしない奴になるのも理解できる気がするんだけど。


「な、何を言ってるんですかアルベルトさん……もう……やめてくださいよ」


「………」


「え、ええ……そんなことはないですよ。ええ……そんなわけ……はは、まさか」


 ジト目で見ると、空笑いをするルミナリア。


 ……本当かよ?


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