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海中戦5



 

 変異種の頭上から絶え間なく降り注ぐ『重力砲(グラビティカノン)』。


 黒いレーザーに触れて飛散する触手、傷ついていく身体。


(……思ったよりもしぶといな)


 変異種の再生はまだ続いている。


 今も絶えず魔力を吸収しているとはいえ、触手の再生、防御魔法による魔力の消費と、吸収分は消費分より少ない。

 もうじき魔力もなくなり、再生できなくなるはず。



 勝利の瞬間は近い、そう思っていたのだが……。



『ギュアアアアッ!』


 追い詰められた変異種が動き出す。

 大きく咆哮をあげたあと、海底に散らばった自身の触手を集めはじめた。


 攻撃を被弾しながらもムシャムシャと触手を喰らいはじめる。


(お、おいおい……何を考えている?)


 触手を食べて魔力を体内に吸収しようにも、時間あたりの魔力吸収量には限界がある。

 いかに変異種とはいえ、過剰な吸収は体に負荷を与えるだけ。

 たとえば回復薬の大量摂取が身体に悪影響となるように……。

 魔力回復ポーションを大量に飲むと腹痛、嘔吐などの症状も出る。


 だというのに、過食症患者のごとく食べ続ける変異種。

 触手の吸盤を通じた『重力砲(グラビティカノン)』からの魔力吸収だけでなく、口からも食事による大量の魔力摂取。


 このまま食べ続ければ、身体の限界魔力許容量をすぐに超え、最後には……。


(……うん?)


 ギン曰く、このあたりは魔力濃度が高いということだが、現在進行形で急激に魔力が減少していることに気づく。


 まさか……変異種が一気に取り込んでいるのか?

 とてつもなく嫌な予感が沸き上がる。


「ちっ!」


 やむを得ず『重力砲(グラビティカノン)』を中断するも遅かった。

 先ほどまで、なすがままだった変異種の傷だらけの身体がゆらりと起き上がり、ふらつきながら不気味に動き出す。


『ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 今日一番の声量で吠える変異種。

 理性や知性といったものとは無縁の咆哮。


 咆哮と同時に巨体に取り込んだ膨大な魔力が変異種から零れだし、広がっていく。


「くそっ、ルミナリア!」


「は、はい!」


 ルミナリアに合図して、急ぎ距離をとる。


 変異種の胴体から、ピンと真っすぐに突き出される触手。

 触手の先には微振動する水の塊。

 突き出された五十を超える触手すべてから、全方位に向けて『水流砲(ハイドロカノン)』が同時発射される。

 一撃でも凶悪な攻撃力を持つ水のレーザーが、俺の『大渦潮(メイルストローム)』に次々に衝突。

 衝突するごとに渦の形が大きくが乱れて、やがて形を保持できなくなる。


 変異種を閉じ込めるために苦労した作り出した大渦が消滅した。


「なんてこった……」


 そして、閉じ込めていた渦が消えたってことは……。

 俺は辺りを見回す。

 渦の消滅と同時に、分断されていたクラーケン通常種が、みるみるうちに変異種の元に集まってくる。


「……そうなるよなぁ、くそ」


『ギュアアア!』、『ギュエエ!』、『ギュオオオッ!』


 せっかく場を整えたってのに……元に戻っちまった。

 変異種の討伐難易度が一気に上がる。


(さっきは勝ったと思ったのに……)


 状況は急転する。


 これは最悪、撤退するケースも視野に入れたほうがいいかもしれんぞ。

 どうこの場を切り抜ければいいか。

 新たに加わったクラーケン通常種と変異種とどう戦うべきか頭を回転させていると……。


 またも予想だにしない出来事が起きた。


『ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 変異種が助けにきた通常種までを食べ始めたのだ。

 今の変異種にとって通常種は味方ではなく、生きた餌としか認識していないらしい。


『ギュエ?』、『ギュイイ!』、『ギュオオオッ!』


 変異種の奇行に助けにきた通常種も混乱している。


「……ま、まじかよ」


「アルベルトさん、こ、これ暴走してませんか?」


「……みたいだな」


 逃げようとする通常種もいたが、変異種の触手が絡みつき離さない。

 変異種の暴走に通常種の悲鳴がここまで聞こえてくる。

 今度は配下である通常種を食べて、その力を自分のものにしようとする変異種。


 本来、成長というのは連続的だ。

 俺だって千五百年という時間と、幾千に及ぶ戦闘を経て強くなった。


 種族によっては進化という一気にパワーアップする手段はあるが、それにしたって進化前にある程度の魔力を保持していたりと、進化に見合うだけの下地が必要だ。

 他の生物よりも時間経過による成長曲線が異常に高いというだけで、変異種もその例には漏れない。


 だというのに、あれだけの数の通常種を一気に取り込もうとする変異種。

 成長するための下地が無いのに無理に成長しようとすればどうなるか?


 答えは……自我を失った暴走だ。


 あれを放置すれば海中の生物を食い尽くすことになるだろう。

 本当はあんだけ魔力を体に取り込めば、いい加減に肉体が壊れて自滅してもいいはずなんだが、出鱈目な再生能力のせいで死ぬ気配がない。


(くそ、なんつう迷惑なパワーアップだ)


 変異種の魔力量は最初とは比較にならない。

 通常種がいなければ、変異種との闘いに専念できるとはいえ……ちょっとまずいな。


「さすがにこれは予定外だぞ。ぶっちゃけ逃げたいんだけど……」


「に、逃がしてもらますかね?」


『ギュイイイイイイイイアアアアアアアアアッ!』


 大きな咆哮をあげ、こちらを睨みつけてくる変異種。


 暴走しても、意識の片隅に俺への憎しみが残っているのだろうか?

 忘れてくれればいいのに……少しいじめ過ぎたか。

 復讐なんて、とても愚かな行為だということがわからんかね?


 暴走してパワーアップした変異種。


 試しに先ほど効果のあった『重力砲(グラビティカノン)』を放つが……


『ギギィイイ!』


重力砲(グラビティカノン)』を触手で叩くような動作で、強引に抑え込む変異種。


 まさか白羽取りされるとは……同じ手は通じないようだ。

 完全に衝撃を殺されて、そのまま吸収されるかと思いきや、抱え込んだ『重力砲(グラビティカノン)』をお返しだとばかりに俺たちに反射させて放つ。


「ルミナリアッ!」


「……っ」


 ルミナリアの反応がわずかに遅れているのに気づく。

 その間にも返された『重力砲(グラビティカノン)』が俺たちの目前に迫る。

 俺は『水弾(ウォーターボール)』を『重力砲(グラビティカノン)』の側面に放ち、ギリギリで軌道を逸らして、回避することに成功する。


「す、すいませっ!」


「……いや、今のは完全に俺のミスだ」


 いくらなんでも攻撃が単純過ぎた。

 それよりも、ルミナリアの今の反応の遅れ。


「まさか……ここまで影響が?」


 ルミナリアがその問いに頷く。

 身体強化魔法の発動の遅れ、変異種による広範囲の魔力吸収か。

 ここから変異種とは四十メートル近く離れているというのに……。


 くそ、一筋縄ではいかないか。


 こっちが戸惑っている隙に間髪いれずに変異種がこちらへ急上昇してくる。


『ギアアアアアアアアアアアアアッ』


「はええな、ちくしょうっ!」


 ギュンと加速して、想定以上の速さでこちらに向かってくる変異種。


 攻撃手段を重力魔法ではなく土魔法に切り替える。

 接近を阻止するため、土魔法『石豪雨(ストーンレイン)』を展開。

 変異種に無数の石を降らせるが、被弾してもおかまいなしに変異種は突っ込んでくる。

 吸収はされないが、やっぱり効果は薄い。

 飛んでくる威力の増した水弾を『石の盾(ストーンシールド)』で防御しながら、必死で変異種との距離を取る。


 魔力吸収の影響下にありながらも、身体強化魔法をフルにかけ、最大速度で泳ぎ続けるルミナリア。


「ぐっ! はぁっ、はぁ……」


「……ルミナリア」


 ルミナリアの呼吸は荒く、かなりスタミナを消費している。

 三十メートルは離れているが、それでも安全圏にならない。

 変異種との距離が詰まれば更に魔力も吸収される。

 魔力が尽きればルミナリアの身体強化魔法も解ける。


 そうなれば接近戦になって……そのあとは。


(これ、思っている以上にまずい状況なんじゃないのか?)


 全力で変異種を迎撃するも、ジリジリと変異種との距離が詰まってきている。


「はぁ、はあっ……」


「……ルミナリア、正直、魔力はどれくらい持つ?」


「ごめん、なさい。あと二分くらいで、限界っ……です」


「……二分、か」


 そう遠くない未来にルミナリアは魔力切れになる。

 そうなったらもう、取れる手段はほとんどなくなる。


 つまり、手を打つなら今しかない。


「すみませんっ……私が、あしをっ、引っ張っちゃって……」


「おいおい、さっきから何を謝ってんだよ」


 公園で出会った頃の俺たちを思い出す。


「謝るな。今回も謝らなきゃいけないのは俺のほうだ……すまねえな」


「……アルベルトさん?」


 今も苦悶に満ちた彼女の顔を見れば、自分にできる全力を出しているのはわかっている。

 なのに俺はルミナリアの背に乗って、できるだけ安全圏から遠距離魔法を撃つだけ。


 ルミナリアにばかり負担をかけた、そんな甘っちょろいやり方で暴走した変異種に勝てるわけがないだろうよ。


「ちっとは俺も、お前の頑張りに応えないとな」


 ラザファムにも娘を頼むと言われているのに、何やってんだか俺は。


 追い付かれてルミナリアの身体に触手が絡みつく前に、ギリギリの状況になって手遅れになる前に……俺は決断する。


「ルミナリア。俺が変異種を抑えてる間に、少しでも体力を回復させてくれ」


「……え?」


 そう告げて、俺はルミナリアの背から飛び降りる。


 予想外の行動に戸惑うルミナリア。

 キョトンとした顔から一転、焦りを見せる。


「いっ、いくらなんでも無茶ですっ!」


 海中で移動役を務める彼女のサポートがないと俺は浮かない。

 慌てて俺のほうへ来ようとするルミナリアだが……手で突き飛ばして制止する。


「……アルベルトさんっ!」


「心配するな、任せておけ!」


 不安に満ちたルミナリアの顔が目に映る。

 少しでも不安が和らぐように笑って離れる。


 辺り一帯の海中の魔力と、大量の通常種を食べて暴走した変異種。

 すでに魔力量だけなら、ラザファムにも匹敵するまでになっている。

 彼女には悪いが、このレベルが相手だと接近戦になったら庇いきれる自信もない。

 ルミナリアに万が一があれば、俺は街に戻れなくなる。


 変異種と一対一の接近戦、不利は避けられない。


(それでも俺なら不可能ではない……はず)


 普通、暴走状態の変異種が相手では接近戦の場に立つことすらできない。

 強力な魔力吸収能力により、身体強化魔法を行う魔力すら吸い取られるからだ。

 近づけばむしろ変異種を強化させてしまうだけ。


 だが、膨大な魔力量と精密な魔力制御能力を持つ俺なら話は別だ。


 変異種を抑えこむことはできるはず……勝算はある。


 パンと強めに頬を叩き、気合を入れる。


「やってやらあっ!」


 ルミナリアから離れて、必然と自重により下に沈んでいく俺。

 ここが海底でよかった。

 ルミナリアがあとで拾ってくれるはずだ。


『ギュアアアアアアアアッ!』


 一人落ちてきた俺目がけて、憤怒の感情を叩きつけるかの如く、下からぶつかってくる変異種。


 ぶつかり、激しい衝撃が身体に伝わってくる。


「…………ってぇ」


 久々に感じる強い痛みだ。

 体格の違いもあり、衝突時にはじきとばされそうになるが。

重力倍加(グラビティブースト)』を自分にかけ、瞬間的に自重を数百倍にすることで変異種の突撃を強引に受け止める。


 衝突後、密着状態になった俺と変異種はゆっくりと海底に沈んでいく。

 変異種が俺の全身に触手を絡ませ、吸盤を押し付けてくる。


 その目的は当然、俺の魔力の吸収だが……。


『…………ギギギ?』


「さっきから図に乗るなよ……俺から魔力を吸い取れるわけねえだろ」


 思ったようにいかず、疑問の声を出す変異種。


 接近戦で一番の問題となる触手による魔力吸収、これは魔力の綱引きみたいなもので、変異種が俺の魔力を引っ張ろうとするのに、自分の魔力を制御して抵抗することができれば吸収されることはない。

 先ほどの『重力弾(グラビティボール)』のようにこの手を離れた魔法なら別だが、直接身体からダイレクトに吸収される心配はない。


 わずかに動きがとまった隙を逃さずに、密着状態から強引に隙間を作り出し、全力で変異種をぶん殴る。

 ぶちぶちと音がして体に絡みついていた触手が外れ、根本から千切れる。

 ついでに一番近くにある触手の一本を掴んで、思いっきりぶん回す。


「うらあああっ!」


『ギュアアアアッ!』


 変異種の巨体が目の前で高速回転していく光景は圧巻だ。 

 十回転ぐらいしたところで触手を放すと、勢いよく飛んでいく変異種。


 建物の残骸らしきものを次々に破壊しながら……。


 変異種が離れた今のうちに、体に絡みついた触手を外していく。


(き、気持ち悪ぃ。ヌルヌルしていやがる)


『ギュエエエエエエエエエッ!』


 すぐに起き上がり、俺を睨みつけてくる変異種。

 視線の交差は一瞬、変異種は突撃態勢に入り接近戦となる。


 さすがの俺も、過去こんなタイプと格闘戦をした経験はない。

 どう戦うべきか、互いの戦力を分析、頭の中で高速でシミュレーションを行う。

 先ほど相対してわかったが、パワーアップした今でもまだ地力は俺のほうが上だ。

 身体能力は劣っていない。

 あとは体格の差と、海中というフィールドの問題だな。

 こればかりはどうしようもないが……なぁに。


 ちょっと俺より二十倍手が長くて、俺より手数が十倍以上あるだけだ。


(俺ならできる、俺ならできる、大丈夫だ……自分を信じろ)


 若干ヤケクソ気味になりながら気持ちを奮い立たせる。


 俺のリーチが一メートルなのに対し変異種は最大二十メートル。

 俺の腕が二本なのに対して、奴の触手は五十本くらいか? 


 正直言ってかなり酷い話だが……やるしかねえ。


『ギュエエエエエエエエエッ!』


「おおおおおっ!」


 絶え間なく続く、怒涛の触手攻撃ラッシュ。

 目前に迫る触手をとにかく、手足を使って手当たり次第にはじまくる。


 しょ、触手多すぎ……。


 前面、背面、側面と全方位からこの身に迫る触手の群れ。

 魔力感知のおかげで俺に死角はない、俺なら全ての攻撃が感知できる。


「全部見えてんだよ馬鹿がっ! ……ごはっ!」


 だ、だからって避けられるとは限らないんだけどよ!


 海中の浮力の問題もあり、身体の動きがぎこちない。それでも……。


 落ち着け俺、冷静になれ!


 変異種の体格に比べて俺の身体が小さすぎる故、奴は触手すべてを活かし切れていない。

 同時に全ての触手が飛んでくることはない……処理すべきは十本にも満たない。


 変異種の動きを読むんだ。

 時間差で迫る触手たち、処理する順番を間違えると一気に不利になる。

 どれを優先するか一瞬で判断、迫りくる触手を手で打ち払い、足でけり飛ばし、巻き付きそうになったら全身で高速回転したり……必死に身体を動かす。


「うおおおおおおおおおっ!」


『ギュアアアアアッ!』


 弱気になりそうな自分に活を入れる。

 動きを必要最小限に抑えろ!

 海中というフィールドに合わせて己の動きを洗練していけ。


 俺ならできる、俺ならできる……楽勝だ、こんなのは遊びだ。

 視界を埋め尽くす触手の群れなんてことない。

 今やってるのは『ウルトラハイレベルなあっちむいてホイ』だとでも考えろ。


 強引な自己暗示をかける。

 前向きな気持ちは大事だ。


 繰り広げられる一進一退の攻防。

 互角の状況だが、自分を褒めてやってもいいと思うんだ。

 難易度高すぎだろ。


 手数が十倍以上違う相手と肉弾戦とか馬鹿じゃねえの?



「どうにかできてるけどよ!!」


『ギュエエエエエエアアアアアアアアッ!』


 くそ、だからってこのままじゃ埒があかねえ。

 あ、いかん……またちょっと弱気になってきたぞ。


 しかしどうするか?


 体の内側から強化する身体強化魔法は使えるが、下手な魔法を使えば変異種に吸収される。


 つ、強いぞ変異種……格好つけて、安請け合いし過ぎた。


 リーゼに追加のご褒美をもらってもいいかもしれない。

 これ絶対割りに合ってないだろ!


『ギュエエエエエエッ!』


「いい加減諦めろよ!」


 この打ち合いは激しく神経を使う割に、得られるものは少ない。

 変異種に多少のダメージを与えてもすぐ回復していくから意味がない。


『ギュアアアアアア……ア?』


 少し間抜けな声を出す変異種。

 残念だが、こっちにだって自己修復能力はある。

 ベリアの呪いと相殺されて、再生まではできなくとも、この程度の打ち傷を治す修復能力はまだまだ残っている。


 ここでふと疑問が浮かぶ。


(互いに決定打に欠けるこの状況……このまま続けたら、当分戦いが終わらないんじゃないのか?)


 正直、持久戦は遠慮したいところだ。

 魔力吸収と再生を繰り返す変異種。

 地道にコイツの魔力を削って、倒そうとしたら時間がかかる。


 ここら一帯の魔力がすべて無くなるまで、三日三晩戦うとかやりたくない。

 食糧もないしな、腹が減ったらコイツの触手をちぎって生で喰うしかない。

 現地補給というやつだが……できればご遠慮したい。

 それは本当に最終手段にしよう。


(一応、海底でもこいつを倒す方法はあるがこの状態じゃ……)


『ギュエエエッ!』


 なかなか倒れない俺に焦れ始める変異種。

 防戦に回っているとはえ、時間のおかげで少しずつ俺も慣れてきたぞ。

 暴走状態のせいか、動きが雑だ。

 時々攻撃した触手同士が衝突したりと、触手の手数を活かしきれてねえ。


「無駄が多すぎるぜ、お前」


『ギュアアアアアアアッ!』


 そんな俺の上から目線の台詞にイラついたのか……。

 俺の頭上高くに二十を超える数の触手を束ねて重ね、一気に振り下ろしてくる。


「あ、やべ……」


 巨体を活かした攻撃、広範囲の叩きつけ……これは回避できない!

 急いで頭上に『石の盾(ストーンシールド)』を展開するも、触手にたたき割られてしまう。

 やむなく、腕を交差してどうにか触手の叩きつけを受け止める。


 ズンと強烈な衝撃が身体に伝わってくる。

 どうにか防いだものの、足の半分が地面にめり込んでしまう。


 海底に足が埋まって身動きが取れなくなった俺を見た変異種は……。


『ギュアアアアアッ!』


「んぐお!」


 大チャンスとばかりに、頭上から無数の触手で攻撃してくる。

 衝撃でズブズブと下に埋まっていく俺の身体。


 くそ! 動きたくでも、さっきの攻撃で腕が痺れていやがる。


 どうにか脱出しようとあがくも、変異種の触手乱舞は止まらない。

 無数の触手に阻まれ抜け出す隙が作れない。


 このまま海中深くに埋められるのでは、と危機感を感じていると……。


 頭上から何かが迫ってくる気配がして、間もなく近くで衝撃を感じた。

 気配の元はルミナリアのウォーターブレス。

 俺の真横に着弾したブレスにより地面が破壊され、その衝撃で浮き上がる俺の身体。


 変異種の隙を突くように急下降してきたルミナリアが拾い上げて、背に乗せてくれる。


「アルベルトさん!」


「……助かったぜルミナリア!」


 いい仕事をしてくれたぜ。

 そのまま一気に上昇していくルミナリア。


 ようやく変異種と離れることができた。


 体力を回復させたルミナリアが、変異種と離れるため全速で浮上していく。


「ルミナリア……変異種はここで絶対に叩くぞ」


「はい!」


 変異種は危険だ。

 確実に今、始末しなければならない。


「……ですが、あれを仕留める攻撃手段は?」


「あるぞ、間違いなく倒せる攻撃がな。だがこの方法は危険すぎるんだ、むしろ被害を広げてしまうかもしれな……」


「……ライトニングソードですか?」


「らいとにんぐそーど?」


 ラザファムの鱗で出来た剣のことを、ルミナリアは知っていたのか?


「い、いえ、なんでも……いきましょう!」


 ごまかすように、話を進めるルミナリア。

 まぁ、今は剣について確認している場合じゃないし、スルーする。


「わかった……しかし、ルミナリアにしては思い切りがいいな」


「……この流れは二回目ですからね」


 ボソボソと呟くルミナリアさん。


「出し惜しみしてもいいことないですから」


「そうか……一応、再確認するぜ。本当にいいんだな?」


「え、と……は、はい」


「……言質はとったからな。倒したあとで文句を言うなよ。『私は全力で止めようとしたんですけど、アルベルトさんは私の反対を押し切って強引に……』とか言うんじゃねえぞ? 街に戻ったら、キチンと事情を話して俺の弁護をするんだぞ! 絶対に知らないふりすんなよ!」


「あ、あの……なんか怖くなってきたんですけど……」



 まだ変異種の追撃はない。


 ここで俺たちに時間を与えたのが変異種の運のつきだ。

 辺りにいる生物は俺とルミナリア、それに変異種のみ。


 これなら最悪には至らないだろう……たぶん。



 一気に片をつけてやる!




 ――――――リーゼ視点――――――


 同時刻、メナルドの街。


 住民の避難準備、兵の防衛配置、食糧や必要資材などの隔離……などなど最優先すべき案件が片付き、あとはアルベルトとルミナリアちゃんの結果を待つのみとなった。

 討伐に成功すれば準備に費やした苦労が無駄に終わるが、そんなのは嬉しい苦労だ。


 仕事に一区切りつけ、気分転換に外に出ると、砂浜に座っているラザファムさんの姿を発見する。

 私は近づいて、ラザファムさんに声をかける。


「ラザファムさん、お疲れ様です。海の様子はどうですか?」


「リーゼ嬢か……問題ない。今も平和なものだ」


 変異種出現の報を受けて、力を貸してくれるラザファムさん。

 定期的に龍の姿で海岸沿いを飛んでくれたりと……住民の不安の払しょくに一役買ってくれている。

 もしもの時でも真龍が守ってくれるとあって、住民たちの混乱は少ない。

 ラザファムさんのおかげで非常に助かっている。


 今も下を俯いたままで、一見何もしていないように見えるが警戒に当たってくれているラザファムさん。

 広範囲の魔力感知を使って索敵しているのだろう。


「……ルミナリア、ルミアリア…………あぁ、ルミナリア……無事でいてくれ」


 た、たぶんだけど……。


 予定通りなら二人はマリンパレスに着いているはずだ。

 こうしている今、戦っているのかもしれない。


「あぁ、ルミナリア……ルミナリアが心配だ」


「ラザファムさん…………あ、あれ? アルベルトの心配は?」


「あいつが死ぬわけないだろう。本人は否定するかもしれんが、深海に一人残されても時間をかけて適応するだろうさ。もしもの場合はクラーケンを食べてたくましく生きていくんじゃないか」


「そ、それはさすがに……いや、でもアルベルトなら」


 アイツなら文句を言いながらも生きていきそうだ。

 あまりな言い様だけど、ラザファムさんなりの信頼なのかもしれない。


「信じましょう……今頃二人は必死で頑張ってくれていると思いますから」


「そう……だな」


 ラザファムさんが顔を上げ、私の顔を一瞥する。


「リーゼ嬢……少し寝た方がいいぞ」


「……」


 一応、化粧で隠しているつもりなんだけど。

 ラザファムさんにはお見通しのようだ。


「横にはなったんですけどね。すぐに目が覚めてしまって……それを言うならラザファムさんこそ寝てないですよね?」


「俺は一徹くらいなんてことはない」



「ふい~ただいま」


 ラザファムさんと話をしていると、野太い男の声が聞こえてきた。

 今朝方出かけたギンが戻ってきたようだ。


「……お帰り、ギン」


「ヤドリには許してもらえたか?」


 ギンは知人のドワーフの家に、謝罪に出かけたらしい。


「なんとかな……滅茶苦茶怒られたがよ」


「そりゃ、あんたが解体に失敗したせいで食中毒起こしたんだからね」


 こんな状況でも昨日と同じに見えるギン。

 こういう風に誰かとする会話が少しだけありがたい。

 一人でいると、不安に埋め尽くされるから。


 もしかしたら、ギンもああして動いていないと落ち着かないのかもしれない。

 アルベルトとルミナリアちゃんの無事を願う、その思いは皆同じだ。




 寄せては返す波……ザザァと潮騒の音が聞こえる。

 三人で話をしながら海のほうを見ていると……


「……うん?」


 ふと、妙な感覚を覚える。

 肌を刺すような、独特の感覚だ。


「ねぇ、気のせいかな……空気がピリピリしてない? 震えて痛いっていうか」


「……姫さん、空気とか第六感なんてあてになんねえぞ。俺は学習したぜ」


「ちっがうわよ! そういうのじゃなくて本当に……」


 食中毒で痛い目にあったギンは私の発言を否定するが……。


「……揺れてる、わよね?」


「ああ、地震……か?」


 ギンもようやく、異変に気付いたようだ。


「お、おい、これ……どんどん大きくなってないか?」


「……」


 最初は意識しないとわからないほど小さかった揺れが、段々と激しくなっていく。


『ピピイイイイイイイイイィィッ!』


「きゃっ!」


「な、なんだ?」


 揺れの次は、たくさんの鳥の群れが大きな鳴き声をあげて頭上を飛び去っていく。

 まるで何かから必死に逃げようとしているみたいに……。


「ね、ねぇギン、私、もの凄く嫌な予感がしてきたんだけど……」


「……同感だ。どど、どうなってんだよ、コレ!」


 異変は鳥や揺れだけではなかった。

 先ほどまで足元に来ていた波が急激に海の側に引いていく。

 突然強風が発生し、砂粒が吹き上げられて私たちの身体を叩きつけてくる。


 不可思議な気象の連続に不安が急激に沸き起こる。

 とんでもないことが起きる、その前兆のような……。


「……こ、これは」


「……ラザファムさん?」


「き、金髪兄ちゃん、どうした?」 


 問いかけるもラザファムさんから返事はない。

 額から一筋の汗が流れ、驚くほど真剣な顔で海に視線を送っている。


「向こうの方角……海の底から馬鹿げた規模の魔力の波動が伝わってくる」


 そう言ってゆっくりと指を差すラザファムさん。


「……リーゼ嬢、今すぐ避難指示を出したほうがいい」


「もしかしてクラーケンの群れがここに?」


「違う……変異種でも、通常種でもない。確かに奴なら使えるとは思ったが……そこまでする相手か?」


「……え?」


「あの馬鹿……わかっているんだろうな? ここまで余波が来かねないぞ」









 クラーケン変異種を倒す攻撃、その準備に俺は入る。


 深く深呼吸したあと、内に潜む魔力を練り上げていく。


「おおおおおおおおっ!」


 掛け声と同時、集中力を最大限まで高めていく。


 両手、両足、指の一本一本まで魔力を丁寧に循環させていく。

 針の穴を通すなんてもんじゃない、わずかな乱れも許されないレベルで要求される、緻密な魔力制御。


 変異種は普通にやってたんじゃ倒せない。

 求められているのは最大級の火力だ。

 何千、何万回再生しようが関係なく圧倒できるレベルの攻撃力。


(まだだ、まだ魔力が足りねえ……もっともっと引き出さねえと)


「ひうっ! ……んなっ、ななっ」


 俺の魔力を直下で浴びた、ルミナリアの激しい動揺を感じる。

 普段は冷静なルミナリアとは思えない、焦った声が聞こえてくる。


「……な、なに……これっ?」


(大丈夫だルミナリア……俺が発動に失敗することはないから)


 海底変動の前振りでもないのに、ゴゴゴゴ……と音が聞こえてきたりしているが、問題はない。

 海底にピキピキと亀裂が生じ、新しい海溝ができようとしているが問題はない。

 瓦礫や、十メートル以上あるクラーケンの死体が浮き上がり、漂流していっているが問題はない。


「こ、こここ、これって、私の想定を数段上回るとんでもない攻撃なんじゃ」


「おおおおおおおおおっ!」


「アルベルトさん! こ、この魔法ちょっと待って!」


「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「お願いですから止まって!」


 ルミナリアは首をこっちに向け、口をパクパクと動かして何かを訴えている。

 よく聞こえなかったが、たぶん俺を応援しているんだろう。


 そうに違いない……そう考えよう。


 まさか中止しろなんてことはないはずだ。

 ちゃんと、さっき同意を得たしな。

 俺はルミナリアに言ったはずだ……とんでもない被害を及ぼす攻撃だと。


 余波で地上にも被害が出るかもしれんが、死者はでない……はずだ。

 変異種のおかげで住民の避難準備はできているとのことだしな。


 ラザファムならコイツの発動を迅速に察知して、リーゼに知らせてくれるはず。


「は、話を聞いてくださいっ!」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「……ちょっと! き、聞こえないフリをしてません?」


 肺活量の限界に挑戦するかの如く、俺は気合の雄たけびをあげる。

 ぶっちゃけ、掛け声はなくてもいいんだが……。


(仕方がない、これは仕方がないことなんだ)


 割と本心で……使いたくはなかった。

 だが、このまま変異種を放置すればギンの故郷やメナルドに間違いなく影響が及ぶ。

 変異種が環境に与える被害を考えればこっちのほうがマシだ……たぶん。

 完璧を求め過ぎて変異種討伐に失敗するくらいなら、撃ったほうがマシだ……たぶん。


 今も街で俺たちの無事を祈ってくれているだろうリーゼ、ラザファム。

 この街で出会って仲良くなったギン。

 あいつらを失うぐらいなら俺は撃つ。


 まぁ、ラザファムはまず死なないだろうけど。


 限界まで練り上げられた魔力が俺の全身を覆いはじめる。

 準備はできた、あとは眼下へと解き放つだけだ。


『ギュイイイイイアアアアアアア!』


 莫大な魔力に気づき、阻止しようと全力で変異種が浮上してくるが遅い。


 こいつをぶっ放したら、街に戻った時リーゼに怒られるだろう。

 それはもう間違いなく滅茶苦茶に、相当に、凄まじく、激しく、これでもかとばかりに怒られるだろうが……。


 なに、リーゼだって誠心誠意謝れば許してくれる……はず。


(許してくれる……よな?)


 発動直前、心に生まれたかすかな迷いだったが……。



『……土下座しちまえばイチコロよ』


 ふと、どこぞのドワーフの甘く危険な囁きが脳裏に聞こえてきた。

 奴の声が俺の背中に最後の一押しをしてくれる。


 都合の良い言葉と知りつつも敢えて声に全力で乗っかる。

 ……もう、躊躇はない。


「……あばよ、変異種」


 下を見ればすぐそこまで迫っている変異種にお別れをつげる。


 攻撃対象は下に存在する……すべて(・・・)


 発動と同時、眼下一面に展開された無数の小さな黒点。


 黒点は振動し、みるみる内に膨らんでいく。


 一つ一つは小さなエネルギーだった黒点。

 黒点が膨らみ、別の点と繋がり、共振してエネルギーの増幅を重ねていく。

 やがて大きな面となり莫大な破壊力を持つエネルギーの塊になる。


 完成した半透明の黒膜。

 視界一杯に広がる歪な面は術者と変異種を隔てる境界。


 それは……生と死の境界線。


 極限まで膨れ上がったエネルギーが解放される。



 レベル七重力魔法『全ては塵に(オールダスト)


 破壊力を極限まで突き詰めた超重力の生成。


 境界面下にある全てを圧し、瞬間で塵と化す。

 重力属性最強の攻撃魔法。


『…………ギ、ア』


 再生能力の有無など関係ない。


 己の死を自覚する時間すら与えられず。

 断末魔の声をあげることもできず。


 わずかな抵抗さえ許されず変異種はその命を終えた。






 魔法の余韻も消えて、先ほどまでの戦いが嘘のような静寂が場を支配する。


 暴走した変異種との激戦が終わる。

 だが、変異種が消滅して最初に出た言葉は勝利を喜ぶ声ではなかった。


「う、あ……」


「……」


「し、信じられない……こんな、こんな馬鹿気た……」


 眼前で起きた圧巻の光景に戦慄するルミナリア。

 下を見て呆然と呟くが、俺はそこから視線を強引に逸らす。


 目の間の現実から目を背ける俺と、現実を認識できていないルミナリア。

 似ているようでまったく違う。


 とりあえず、彼女に俺はこう言っておく。


「…………文句は受け付けない」


 こういうのは先制することが大事だ。


「魔法……え? これ魔法……ですよね?」


「…………繰り返します。文句は受けつけない」


 会話がまったく嚙み合っていないが気にしない。

 ルミナリアの顔がこちらを向く。

 口を半開きにして唖然とした表情が目に映る。


「「……」」


 凛々しい龍の顔でそんなにマジマジと見られると少し怖い。

 どうにかこの場を切り抜けたいところ。


「$%&‘&$#%&$%&%&%&!」


「……まだ『水中会話(アクアリンク)』の魔法効果は切れてませんよ」


「あ、はい」


 迫力に押されて、思わず素直に口を開く俺。


「えと、レベル七魔法『全ては塵に(オールダスト)』……重力属性最強の攻撃魔法です」


「レ、レベル七……これが……」


 ルミナリアが下を見ながらブツブツと呟く。


「イモータルフォーや真龍が使うとされる、最高位の魔法の一つ……」


「……」


「……た、たった一人の魔力で、一個人の攻撃魔法でこんなことが可能なの?」


 恐怖からか、ルミナリアの身体が震えているのに俺は気づかないふりをする。


 会話を一時中断、俺は眼下を見下ろして現実と向き合う。


 先ほどまでの変異種が暴れ回っていた空間は無と化していた。

 問題はそのずっとずっと下にある。


 視界一杯、端から端まで広がる馬鹿でかい規模の陥没孔。


 マリンパレスが、ついさっきまで残っていた建物の残骸が……一つ残らず綺麗に消滅していた。


「あ、孔がどこまで広がっているのか……わからない」


 ルミナリアが水の探査能力で孔の概形を把握しようとするも、把握しきれていない。


全ては塵に(オールダスト)』によりできた四角い孔。


 正確にはわからんが、深さ百メートル以上は確実にあるだろう。

 穴は出発地点であるマリンパレスの外周部まで及んでいるから、幅は最低三キロメートルくらいか。


 瞬間的に圧して、破壊したせいか、くっきり綺麗な整形の穴となっている。

 海底にこれは、どうみても異常な光景である。


 偉大な大自然に真向から逆らったような。


「……ア、アルベルトさんは、海に新しい観光名所でも作る気ですか?」


「……い、いや、そういうつもりはないんだけどね……」


 冗談みたいなルミナリアの台詞だが冗談になってない。

 海中の珍百景、本当に誰かが見に来そうだ。


「「……」」


 沈黙が続く。


 時間経過とともに少しずつ冷静さを取り戻しつつあるルミナリア。

 叱られそうな雰囲気がルミナリアから漂ってきている気がする。


 これはとても危険な兆候だ。

 で、でもちゃんと約束したしな。

 聞こえるまで釘を刺しておかないと。


「文句は受け付けない……約束とは守るためにある」


「激しく後悔していますよ。これは私が軽はずみに頷いたからですからね……あははは」


 空笑いするルミナリアが超怖い。


 レベル七……莫大な魔力消費と極精細な魔法構築手順を経て放つ究極の魔法。

 最高位とされる魔法を扱える存在は世界でも一握り。

 真龍やイモータルフォーといった最強レベルの顔ぶれだけだろう。


 俺はすべてのレベル七魔法を知っているわけじゃないが……一例はこの通りだ。

 発動に成功すれば、どんな劣勢な状況もひっくり返しうる凶悪な切り札となる。


 ただなんつうか……アホみたいな威力のせいで使いどころが酷く限定される。

 呪魔法や回復系のレベル七ならまだ違うのだろうが、俺が扱えるのは威力特化が多く、使い勝手の悪い魔法が多い。


 我ながら馬鹿げた破壊力だと思う。

 オーバーキルにも程がある。

 こんなもん陸でぶっ放したら、更にとんでもないことになるだろうな。


 地図から街が消える、比喩でもなく本当に……。

 属性は違うが、同じレベル七魔法の『大津波(タイダルヴェイヴ)』の発動をベリアが死に物狂いで阻止したのも当然の行動だろう。



「……い、一応聞きますが、変異種は?」


「あれを喰らえば塵しか残らねえよ」


「……ですよね」


 念のため魔力を探るも反応はない。

 間違いなく変異種は死んだはずだ。


「……ルミナリアは見るのは初めてか?」


「こんなふざけた規模の魔法攻撃なんて見たことありませんよっ!」


「そ、そうか……」


 間髪入れずに強く否定するルミナリア。

 驚きようからして、そんな感じはしたけどさ。


「で、でも、ちゃんと話したぞ! 威力がデカすぎるって……」


「そうですけどっ! ここまで危険な魔法だと思わなかったんですよ! なんですかコレ! 地形が丸々変わってるじゃないですか!」


 切れ気味に答えるルミナリア。


「い、いや……真面目な話。変異種の出鱈目な再生能力を無視して倒すにはこれしか手が無かったんだよ」


 これでもあとのことを考えて、ギリギリまで威力を抑えて撃ったんだけどね……。

 言い訳にしか聞こえないかもしれないけどよ。


 レベル七魔法……両親は真龍だし、使えてもおかしな話じゃないと思ったんだけど。

 まぁ使えたとしても、そうポンポン試し撃ちするような魔法じゃないか。

 なんにせよ、この威力はルミナリアの想定の外だったらしい。


「まぁ、それは頷いた私に責があるとしても、何度話しかけても無視するし……途中聞こえてましたよね? 絶対!」


「……」


「本当、無茶し過ぎですよ。私の背中から飛び降りた時も!」


「い、いや、じゃなきゃ捕まってたろ?」


「そんなことは……かもしれませんけどねっ!」


 なんだかんだで素直で理性的だよな……ルミナリアは。

 そういうとこ好きよ。

 怒って文句を言いつつも、俺の反論を全否定しないあたりが特に。


 にしても、なんで俺たちは戦いが無事に終わったのに反省会をやってんだよ。


「万が一アルベルトさんが変異種に吸収されたら終わりだったんですからね!」


 お怒りの様子のルミナリアさん。

 まぁ、そういう最悪の可能性もあったんだよな。


「悪かったよ……心配かけて」


「……」


「だが、あそこで俺がリスクを負ってでも、ルミナリアが変異種にやられることだけは避けたかった。変異種討伐どころか、ラザファムとのルミナリアを守るって約束まで破ることになっていたからな」


「アルベルトさん……もう」


 大きく息をつくルミナリア。


 不利だが、自分ならやれるという計算もあった……暴挙や無謀ではない

 結果を出せたし、今でもやり方が間違えていたとは思わない。


 だが、彼女の側での気持ちをもう少し考えてもよかったかもしれない。

 突っ走って行動したのは事実だしな。


 彼女にも俺のそんな気持ちが伝わったようだ。


「でも、ありがとうございます。あのままでしたら捕まっていたのは間違いないと思いますし……そしたらやっぱり、今みたいに話せていないかもしれません」


「ルミナリア」


「……やっぱり凄かったです。アルベルトさんは」


「おうよ。だがルミナリアのアシストがあったからだぜ。まぁ俺が凄いのも確かだがな」


「ふふっ……そうですね」


 変異種討伐の反省会を終えて、俺たちは笑い合う。

 少し遅くなったが、二人で勝利を祝う。


 しかし、さすがの俺も少し疲れた。

 まさか暴走するとは思わなかったからな。

 ここまで疲れたのはラザファム戦以来だな。


 想定以上に苦戦したが、変異種の討伐をどうにか終え、帰還の準備に入る。


「ルミナリア、体のほうはどうだ?」


「……えと、大丈夫です。魔力の減少が激しいだけですので」


 ルミナリアに大きな傷もなく、帰りの移動も問題ないようだ。

 ルミナリアの背に身体を預けて、ゆっくりと移動していく。


「少し休憩したあと、街に帰りましょう」


「おう、ゆっくり休んでくれ」


 そうだ、帰るまでにリーゼに言い訳を考えとかねえと。

 マジで土下座するしかないか、それで許してくれるかはわからんけど。

 ああ、鬱になってきた。


「……あんま街に帰りたくないな、派手にやっちまったし」


「で、でも……やむを得なかった面もありますし、あそこで変異種を倒さなかったら被害はもっと増えていたはずですから」


「そう……だよな」


「海の生態系に少なからず影響は出るでしょうが、幸いというかこのマリンパレスとその周辺だけで済んだのなら、」


「……あれだけの魔法攻撃で地表面に被害が出ていないと思うか?」


「え?」


 たぶん街に津波が……い、いや、これ以上は考えるのをよそう。

 ここからメナルドまで結構な距離があるしな。

 威力もギリギリまで抑えて撃ったつもりだし……。

 被害もある程度は抑えられている、はず。


「……お、姉ちゃんたちにはちゃんと私も事情を説明しますから……」


「ほんと……頼むわ」









次はエピローグ予定



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