海中戦4
水魔法『大渦潮』で作り出した大渦により、通常種と変異種の分断に成功する。
渦の外側にクラーケン通常種が、内側には俺たちと変異種がいる。
変異種を観察する俺たち。
変異種にラザファムが与えた傷は見えない。
来るとき、通常種の死体は見えなかったから、既に食事を終えて回復したあとなのだろう。
『ギュイイイイイッ!』
変異種が耳障りな咆哮をあげ、忌々し気な視線がこの身に突き刺さる。
負けじと俺は変異種を睨む。
これから戦うというのに、この程度で怯むわけにはいかない。
ルミナリアも臆した様子はない。
「さて……と」
変異種、どの程度のものか。
通常種と離されて孤立化した現状……どう動く?
相対するのは初めてだが、こいつの特徴は事前に話を聞いている。
基本性能はクラーケンの上位互換ということだ。
高レベルの水魔法、魔力吸収、無数の触手による強力な物理攻撃。
さぁ、それらを組み合わせてどう出る?
『ギュ』
「「……え?」」
睨みあいから交戦になるかと思いきや……。
予想外にも変異種は俺たちに背を向けて動き始めた。
閉じ込めるために俺が作り出した大渦に突撃する変異種。
どうやら、俺たちから逃げようとしているらしい。
「……無駄だ、その渦はちょっとやそっと壊れないぞ」
かなりの魔力を込めて作り出した大渦だ。
そう簡単には渦の外には出られないぜ。
予想通り、渦の回転にあえなくはじかれる変異種。
諦めずに再チャレンジするも、同じようにはじかれる変異種。
やっぱり変異種の退路を塞いでおいてよかったな。
ここまで潔く逃げの一手を打つとは思わなかった。
「しかし、頭がいいんだか悪いんだかわからん相手だな」
「アルベルトさん……油断は禁物ですよ」
ルミナリアが俺を諫めるように言う。
まぁいい……背を向けたこの攻撃チャンス、黙って見逃す理由はない。
『ギュイイイッ!』
謎の不屈の精神を発揮して、失敗しても懲りずに大渦目がけて突撃する変異種。
「……て、ちょっとまてっ! ルミナリアッ!」
「は、はいっ!」
度々の渦への愚直な突撃……と思いきや今回は違った。
突撃するも渦の激しい回転にはじかれる、そこまでは最初と同じ。
だが今度は、渦にはじかれた勢いを味方につけて、高速回転しながら俺たち目がけて突撃してきた。
ルミナリアが急ぎ横に水平移動して、どうにか回避に成功する。
勢いのまま海底にズウウンと叩きつけられる変異種。
あ、あの巨体をまともに受けたら洒落にならん。
「し、初手からやってくれんぜ……まさか俺が作り出した渦の勢いを利用して攻撃してくるとは思わなかった」
今のはちょっと焦ったぜ。
くそ、アホかと思いきや策士だった。
「敵ながら見事な奇襲だ。一見無謀な失敗した突撃は渦の回転力、はじかれる方向を緻密に確認するためか……なかなかの策士じゃねえか。ルミナリアの言う通り、確かに油断しないほうがいいな」
「……さ、さすがに今のは偶然だと思うんですが」
「……そうか」
まぁ……いい。
今の攻撃が故意にせよ、脱出に失敗して偶然こちらにはじかれたものにせよ。
どう来ても対応できるようにしよう。
『ギュイイイイイアッ!』
雄たけびをあげる変異種。
時間がかかったが渦の外に逃げられないことを理解したようだ。
「ようやく本番だ……」
先ほどの『大渦潮』で俺の力量を知ったからか、変異種は警戒している。
すぐに突撃はしてこない。
「「……」」
ならばこっちから行くとしよう。
直径一メートル程度の十を超える『重力弾』を周囲に展開する。
俺の魔法を見ても変異種はまだ動く気配がない。
挨拶替わりに、『重力弾』を変異種に向けて一気に射出すると、合わせて変異種の触手が動き出す。
勢いよく前方に突き出される触手。
触手で『重力弾』を受け止めるのか? と思いきや……違った。
『ギギッ!』
触手が俺の『重力弾』をスッと包み込み……『重力弾』が、消えた。
これはまさか……。
「そんな……」
「全部吸収しやがった……」
一応奴の能力について話には聞いていた。
それを考慮して結構な数をまとめて放ったんだけどな。
まさか全部吸収されるとは……出鱈目な魔力吸収速度だな。
俺の魔力を食べた変異種がプルプルと震え出し、歓喜の声を出す。
『ギュハアアアアアアアア~♪』
「こ、この野郎……」
「最高のご馳走だったぞ……」と言わんばかりの変異種の声。
まるでお礼を言っているように感じる。
餌をやったつもりじゃねえのに。
余程、俺の魔力が美味しかったようだ。
ふと、以前トリスに餌を与えたときのことが脳裏に浮かぶ……。
あいつは「クエッ!」と、可愛く鳴いて喜んでくれたっけな。
『ギュハアアアア~♪ ギュハアアアア~♪』
……イライラが止まらない。
不愉快極まりない、比較することがトリスに失礼だった。
同じ喜びの声でも大違いだ。
そんな俺の気持ちもおかまいなしに、歓喜の咆哮をあげる変異種。
「くそ、質より数を優先したとはいえ俺の魔法だ……相応の威力はあるはずなのによ」
「アルベルトさんで無理なら私の水魔法も当然吸収されるでしょうね。どうしますか?」
「……う~ん」
さすがは魔王級、面倒くせえ相手だ。
『重力弾』の影響で身重になれば戦いやすくなると考えたんだが……そう甘くはないようだ。
「ラザファムの雷は吸収できなかったんだよな?」
「はい……」
少なくとも弱点属性の雷魔法は不可能なはず……まぁ俺には使えないけど。
それと、他の属性魔法も全部を吸収できるわけではないはずだ。
制限があるはず、現に『大渦潮』は吸収されていない。
『ギュエエエエエエエッ!』
「逃げるぞっ! ルミナリア!」
今の攻防で変異種に自信を与えてしまったか……。
さっきまでは逃げ一辺倒だったくせに、すごい変わり身だ。
急加速し、正面から接近してくる変異種。
ルミナリアが急浮上し、変異種の触手が届かない位置取りをキープしようとするも、猛スピードで下から追撃してくる。
でかい図体でよくここまで早く動けるぜ。
距離を取るために、けん制の『重力弾』を放つも結果は同じ。
『ギュハアアアアア~~!』
頭上に伸ばされた幾本もの触手、触手の隙間を縫うように『重力弾』は進むが、胴体に近づくにつれて減速し、小さくなっていき、最終的に消えた。
今度の『重力弾』は触手に触れることすらなかった。
「魔法に直接触れずとも吸収できるのかよ」
「昨日も、海底から船上にいる人たちの魔力を吸い取っていましたから……」
魔力を吸い取る触手、厳密には触手にびっしりとついている吸盤が魔力を吸い取る役割を果たしているわけだが……面倒だな。
通常種も同じ機構を備えているが、こちらはそこまで危険でもないとのこと。
変異種は触手の長さ二十メートルはあり、太さも通常種とは一回り以上違う。
吸盤の数も通常種より多く、吸収速度に格段の差が出る。
「広範囲の魔力吸収か……ルミナリア、身体に影響は?」
「この距離なら問題ないです……」
俺の問いにルミナリアが答える。
とりあえずは戦えそうだが、変異種との接近戦は避けよう。
近づけば変異種に魔力を吸収されるうえ、移動役のルミナリアが触手に当たりでもしたら、機動力がガクンと下がる。
魔力があれば再生可能な変異種と違い、こっちには回復魔法の使い手がいない。
(さて……どうすっかな)
『ギイアアアアアアッ!』
変異種は俺たちの迷いを見てか、積極的に動き出す。
俺の身体ぐらいの大きさの水弾を自身を囲むように展開し、俺たちに向けて射出する。
触手を相手にする接近戦に比べたらこっちのほうがマシとはいえ、遠距離戦でも十分厄介だ。
飛んでくる水弾を必死に回避し続けるルミナリア。
大渦の中、動くためのスペースを広めに設定しておいてよかった。
狭かったら自分たちの首を絞めることになっていた。
『ギュアアアッ!』
変異種から放たれる水弾が増えていく。
水弾が様々な角度からひっきりなしに飛んでくる。
高速で移動し、変異種との距離をとりながらも的確に回避していくルミナリア。
だが、変異種の攻撃が激しくなればより集中力を必要とし、神経を消費する。
ここまで見事に水弾の嵐をくぐり抜けてきた彼女も、回避方向を間違え、移動先に飛んできた水弾を察知できずに不意をつかれる。
「しまっ!」
「……大丈夫」
避けきれないと判断した変異種の『水弾』を俺の『水弾』で迎撃する。
「た、助かりました」
「気にするな、俺たちは一蓮托生だからな。それよりも……」
ぼちぼち攻勢をかけたいところだ。
変異種の触手は長く、生半可な魔法では胴体部分に届く前に魔法を吸収される。
やり過ぎると変異種を成長させてしまいかねない。
だが、敵に主導権を握られたまま、ずっと逃げていても仕方ない。
自分が優位と判断し、ここぞとばかりに攻めてくる変異種。
長期戦になると変異種が圧倒的に有利だ。
移動役のルミナリアも、いずれスタミナが尽きてしまう。
だからこそ重力魔法が通じればと思ったんだがな。
重力属性の追加効果で、相手の動きが少しでも鈍くなれば、ルミナリアもスタミナを温存できるだろうし……。
物理攻撃に近い、土魔法なら効果はあるかもしれんが、あの巨体と分厚い皮膚に致命傷を与えるのはちょっと厳しい。
「もうちょっと試してみるか……」
吸収されると知りつつも、俺は再度の『重力弾』を放つ。
『ギュハアアア~~!』
歓喜の声をあげ、魔法を吸収する変異種……だが、それは承知の上だ。
これは餌だ……変異種の動きを止めて、魔力を溜める時間が得られれば十分だ。
変異種が俺の魔法を食べている隙に、高レベル魔法の準備をする。
「これならどうだ?」
下方から猛スピードで接近する変異種に向けて、ルミナリアの背からレベル五重力魔法『重力砲』を放つ。
掌から発射された極太の黒いレーザーが変異種に急接近する。
触手を伸ばして吸収しようとする変異種だが、『重力砲』は触れる触手をすべてはじき飛ばし、その勢いで触手がねじれてちぎれる。
『重力砲』の衝撃で胴体が吹き飛び、海底に勢いよく叩きつけれる変異種。
「よし!」
触手で勢いを殺されたが悪くない結果だ。
『重力弾』同様に、いくらかは吸収されて威力は減少したが、ダメージを与えられた。
変異種に半端な魔法攻撃は通じないが、一撃の威力が大きい魔法なら押し切れそうだ。
雷魔法が使えなくても変異種は倒せる。
「……そうとわかれば、話は早い」
『ギュイイイイイイイッ』
変異種が海底から起き上がり、頭上にいる俺たちに怒りの咆哮をあげる。
『重力砲』により失った触手がみるみるうちに再生していく。
信じられない再生速度だが……問題ない。
仕留める手段があるとわかった以上、今度は俺の番だ。
変異種の真上という絶好の位置取り、このチャンスを逃す理由はない。
再び魔力をチャージして、『重力砲』を変異種目がけて放つ。
『ギユイイイイイ!』
上から逃げようとする変異種だが、そうはさせない。
変異種の巨体は攻撃のいい的だ。
重力魔法を受けた影響で身重になり動きが鈍い変異種に、ひたすら『重力砲』を連射する。
逃げられないと悟ったらしい変異種。
変異種は頭上に厚さ四、五メートルはある分厚い水の盾を展開するが……。
「悪手だろ……」
ラザファムの話の通り、地力は俺のほうがかなり上だ。
触手の魔力吸収には驚いたが、防戦に回られても押し切れるだけの力量差がある。
がむしゃらに水魔法で反撃されて、攻撃のリズムを狂わされるほうがやっかいだった。
水の盾もなんのその、動かない変異種に遠慮なく『重力砲』を発射する。
幾本もの黒いレーザーが分厚い水の盾を貫き、破壊し、変異種の身体に傷を与えていく。
『ギアアアアアアアアアアアアッ!』
一本、二本と触手を削られ、たまらずに悲鳴をあげる変異種。
変異種は吸収した魔力で再生を繰り返すも、俺の魔力にはまだまだ余裕がある。
このままいけば魔力が尽きる前に仕留められるはずだ。
街に甚大な被害を与えた変異種。
別個体とはいえ、もう少し手こずると思ったが……。
通常種の助けなしで、純粋な力勝負となればこんなもんか。
「す、すごい……」
「ふふふ……まぁ、こんなもんだ」
ルミナリアの賛辞に得意げに返事をする俺。
力量差に任せたゴリ押しの戦い方だが気にしない。
上品じゃなくたっていいんだよ、大事なのは結果だ。
(……これは勝ったかな)