海中戦3
作戦が決まり、突入前に必要な打ち合わせを終え、俺たちは通常種のいる位置を観察する。
極力敵の少なくなるタイミングを見計らっていざ突撃だ。
「よし、行くぞ!」
「はい!」
変異種がいると予想される、クラーケン通常種が集まっている方角へ。
一気に加速して進むルミナリア。
『ギュギギギギギギ!』、『ギュイイイイイ!』
ここは敵陣ど真ん中、突入開始から間もなく、近くにいたクラーケン通常種が俺たちの存在を気づく。
前方にいた二匹のクラーケンがこちらへと突撃してくる。
俺たちを捕えようとクラーケンから伸びる触手、それをルミナリアは軽やかに旋回してあっさりと躱していく。
巨体のクラーケンたちの間を縫うように突き進むルミナリア。
ルミナリアを止めようと、抜かれたクラーケンが後ろから無視するなと言わんばかりについてきているが、ルミナリアのほうが速度は上だ。
躱したクラーケンたちとの距離が徐々に開いていく。
(はっや……)
体感ではあるが、時速百キロ以上は出てるんじゃないだろうか。
しっかり背に捕まらないと、落っこちそうになる。
俺がルミナリアの足を引っ張るわけにはいかないぞ。
ここにいるクラーケンは後ろの二体だけではない。
魔力感知で確認しただけでもこの五倍以上の数が確認されている。
他のクラーケン通常種も異常に気付き、前方や側面からも俺たちに迫ってくる。
下手に移動速度を落として避けようとすると、後方のクラーケンに追い付かれ四方を囲まれてしまう。
「……仕留めるか?」
「いえ、これぐらいなら問題ありません」
落とすどころか、一層スピードを上げるルミナリア。
同時、ルミナリアの周囲を囲むように先端の尖った水が無数に浮かび出した。
ドコドコと大きな音を立てて、四方八方に打ち出される『水槍』。
『水槍』が接近するクラーケンたちに突き刺さる。
海中はルミナリアの得意フィールド。
水を武器とする彼女は海中で武器に困ることはない。
これだけ攻撃してもルミナリアに疲労の色は見えない。
自力で水を生み出す必要もないから、魔力も殆ど消費せずに済む。
『水槍』は途切れることなく縦横無尽に飛んでいく。
『グギッ!』、『ギゴッ!』、『ギュルエッ!』
ルミナリアの攻撃に動きをとめるクラーケンたち。
水龍とクラーケン、ともに水属性を得意とするもの同士。
ルミナリアの水攻撃も強力だが、クラーケンの水耐性も高いため、一、二発攻撃を受けてもクラーケンは怯まない、それでも……数は力だ。
大量の水の槍を前にクラーケンたちは攻めあぐね、こちらに近づけない。
「す、すげえな」
海の彼女のパフォーマンスは陸の時とは比べものにならないようだ。
地上でやった模擬戦、人化状態の時と比較して攻撃範囲が格段に広い。
戦い方も地上とは全く違う。
龍の姿となったルミナリアは技術ではなく力で押し切る戦い方だ。
確かにそのほうが龍形態のポテンシャルを活かせるだろう。
(……攻撃と防御は俺が担当するつもりだったんだがな)
ここまで全部ルミナリアがやっちゃってるよ。
このままなら俺の助力無しでどうにかなりそうなくらいだ。
さっき格好つけた俺の立つ瀬がない。
まぁ、それならそれでいいんだけどね。
ちょっと恥ずかしい思いを我慢すればいいだけのことだ。
敵の数が極力少ない場所を狙って全速で移動するルミナリア。
上昇し、下降し、旋回し、地上では不可能な三次元的な動きで海中を進んでいく。
移動は順調に進み、先ほどの外周部から二キロメートルほど進んだあたりで、ある反応に気づく。
(これか……)
通常種と比べて一際大きな魔力……間違いない、変異種だ。
やはりいたか……よかった。
これでいなかったら全速で退却しなくてはならないところだった。
変異種まではここから直線距離で約八百メートルくらいか。
変異種が近いとあって、通常種も変異種を囲むように密集している。
ざっと確認できただけで十体以上。
さすがにこの数の通常種を、全部躱してすり抜けるのは困難だろう。
ルミナリアの移動速度もこれ以上は上がらない。
このままだとクラーケンの群れに捕まることになる。
遭遇したクラーケンは倒さずに無視しているため、後ろを振り返れば俺たちを追ってくるクラーケンの列みたいなものができている。
あれだけの巨体が群れをなして追ってくるというのはなかなかの威圧感を感じる。
「アルベルトさん!」
「任せろ!」
てわけで、ようやく出番だ。
ここまでルミナリアに任せっきりだ、俺も働かないとな。
魔力感知で周囲の敵の位置を確認したあと。
「ルミナリア! 後ろを向いて俺を抱きかかえろ!」
「……え? は、はい!」
突然の俺の提案に「何言ってんだコイツ」と一瞬思ったようだが、至って真面目な俺の声を聞いて、指示通りに動いていくれる。
ルミナリアの大きな腕が俺のお腹に回される。
俺は後方について来ているクラーケンの群れに向けて両手を突き出す。
ちょっと間抜けな恰好だが……仕方ない。
変異種の位置も確認できた。
ここまで近づけば多少目立って、変異種に警戒されてもどうにかなるはず。
もし変異種が逃げても追撃できるはずだ。
「絶対に離すなよ! ついでに加速するぞ」
「……っ!」
今も後ろを付いてきているクラーケンたち。
俺はクラーケンができるだけ直線で重なるタイミングを見計らい、レベル五水魔法『水流砲』を放つ。
「らあああっ!」
目にも止まらぬ速度で両手から射出された極大の水のレーザー。
クラーケンの半分はある巨大な水のレーザーがクラーケンの群れへ。
『水流砲』は防御に回した触手ごとクラーケンの胴体を貫き、クラーケンの息の根を止め、連鎖するように後ろのクラーケンを串刺しにして、突き抜けていく。
本来、クラーケンと戦う場合は触手を地道に減らしてから胴体を狙うらしいが、そんな面倒なことはしてられない。
俺はラザファムのように、敵の弱点属性の魔法(雷)は使えないが、それならそれでやりようはある。
属性ダメージが期待できない、相手の耐性の高い水でも一定の衝撃は通る。
クラーケンの水耐性がなまじ高いぶん、他の魔法よりは警戒されにくいしな。
「ま、魔法のスピードと貫通力だけで、強引に押し切るなんて……」
その光景を見て唖然と呟くルミナリア。
「よし、ゴー!」
「は、はい!」
ついでに魔法の反動で得た推進力により、ルミナリアの移動をアシストする。
そのままルミナリアが再び前を向き、変異種のいる場所へと進んでいく。
変異種まであと三百メートル。
変異種は同じ場所に留まったまま……まだ動く気配はない。
クラーケンの密集地帯に入る俺たち。
近づいてきたクラーケンの触手を、手や魔法を使って撃ち落とす。
守ると約束した以上、ルミナリアに触手一本触れさせない。
しっかし、触手多すぎだろ……。
よく互いの触手が絡まねえよな、こいつら。
恵まれた(?)クラーケンと違い俺には二本の腕しかなく、リーチも短い。
腕の数が足りない分、魔法の展開速度で補う。
死角からの攻撃は全面を防御できる結界魔法で防ぐ。
『水膜結界』は脆いが、クラーケンの攻撃を二、三発受け止めることができればそれで充分だ。
『水膜結界』が壊れたなら、また掛けなおせばいいだけのこと。
魔力量には自信がある、そもそも短期決戦のつもりだしな。
どうにか攻撃を凌ぎ、搔い潜り、俺たちは進む。
そして、ようやくたどり着く。
圧倒的な大きさを持つ個体、変異種の目前に。
通常種よりも一回りも二回りも大きい変異種。
体長二十メートルくらいあり、近くにいる通常種が変異種のせいか小さく感じる。
再び列をなし、後ろにピッタリとついてくるクラーケン。
前方の変異種、後方の通常種、左右にも通常種。
大量の魔物たちに包囲されているが……もうそんなの関係ない。
ここまでくればこっちのもんだ。
『大渦潮』
俺たちと変異種を中心にした、大規模な渦が一瞬のうちに展開される。
『ギイイイイイッ』、『ギュアアアアッ!』、『ギュオオオッ!』、『ギュウウウ!』
発生した渦の激流に巻き込まれて、悲鳴をあげながら渦の外へと押し流される通常種たち。
「メイルストローム……使えるのはお前だけじゃねえんだぜ」
台風の目のごとく、渦の中心は穏やかだが……一度渦の外に出れば中には入れない。
『大渦潮』が破壊されない限り、通常種は変異種を助けることができない。
通常種と変異種を分断することに成功する。
……見事に綺麗に決まったな。
なんか俺、格好いいぞ。
「アルベルトさん、お腹でもぞもぞされると落ち着かないので、そろそろ背のほうに」
「……あいよ」
ルミナリアに抱えられた状態じゃなければだがな。
俺はルミナリアの背によじのぼる。
これで変異種と戦う準備が整った。




