海中戦2
「……ここで一度止まりましょう」
「ここが、マリンパレス?」
「正確にはその入り口……外周部でしょうかね。ギンさんの推測通り、この先にはクラーケンも集まっているようです、これ以上近づくと気づかれますから」
近くに魔物の気配がないことを確認し、ゆっくりとルミナリアの背から降りる。
ここは海底なので足が着く。
ずっと同じ姿勢だったので、歩いて軽く体を動かすことにする。
一歩進むごとに足裏からジャリっとした土や砂の感触が伝わってくる。
見回せば崩れかかった建物らしきものの残骸がある。
元の形は保持しておらず、戦争で壊れたのか、経年により風化していったのか。
マリンパレスという名の通り過去に宮殿があったそうだが……今は。
「戦時の名残り、兵どもが夢のあとってやつか……」
「え? もしかして見えてます?」
「うっすらとだがな……ずっと暗いところにいるせいか慣れてきた」
「そ、そんな馬鹿な、ここ深度千メートルですよ。光なんて……いや、でもアルベルトさんだし」
ぶつぶつと呟くルミナリア。
とはいえ、視覚だけだとさすがに不便なので、魔力感知を使って、周囲の構造物の形や種類を把握する。
辺りには大小様々な建築物の破片が飛散し、多種多様な素材が散乱している。
形状から判断するに、真っ二つに割れた柱や段差のある階段らしきものがある。
階段とか水中で住むのに必要なのかはわからんが、形式上の問題だろうか?
まぁお偉いさんは一段高い場所にいるもんだしな。
そういうのは海底でも同じなのかもしれない。
しかし、因果なものだな。
別個体の変異種とはいえ、ここが再び決戦の地となるってのも……。
そんなことを考えながら、辺りを観察していく。
「これなら光魔石いりませんでしたね……」
「まぁな。多少視界が悪くても俺には魔力感知があるからカバーできる」
おかげで、戦闘中に灯が消えてパニックになる心配もない。
それに、強い光は目立つしな。
べ、別にさっきのマダツがトラウマになっているわけではないぞ。
ルミナリアとの会話をそこそこに、本腰入れて情報を集めるとする。
ギンの話が百パーセント合っているとは限らないからな。
予想が外れてここに変異種がいない可能性もある。
俺は魔力感知で広範囲の索敵を行うことにする。
先日、ラザファムと魔力感知について話す機会があった。
その時に、今みたいな状況で有効なテクニックを教えてもらって習得した。
ラザファムは魔力感知能力が抜群に高い。
どんなもんかと興味本位で城内限定でかくれんぼを奴に挑んでみた。
正直、大の大人が二人で何をやっているのかと思わんでもないが……。
ちなみに結果だが……負けた。
三十分くらい粘ったんだけどな。
ラザファムは感知範囲もさながら、感知精度が高すぎた。
魔力が外に零れないように最小限まで抑えても、奴は俺を見つけ出した。
んでまぁ、敗戦した俺にラザファムが得意げに語ってきた。
……ドヤ顔の奴が少しだけムカついた。
前に俺に山で負けたのが相当に悔しかったのかもしれない。
と、話が逸れたな。
肝心の内容だが端的に言えば感知範囲と感知精度のバランス調整である。
俺の魔力感知範囲は最大で百メートルといったところ。
魔力感知は周辺の地形や生物の位置、その数などを細かく認識できる。
百メートルは俺が得た情報をすべて処理できるギリギリライン、それ以上拡げると処理が追い付かなくなる。
そこでラザファムに聞いたのが、精度を落として感知対象を大きな魔力に限定する代わりに感知範囲を大幅に拡大させるというもの。
感知対象を振るいにかけると言おうか。
弱い魔物は感知に引っかからないが、強い魔物は感知に引っかかる。
精度を犠牲にすることで感知範囲を一気に広げられるというわけだ。
クラーケンは強力な魔物、魔力量も多く目立つからこのやり方が適している。
今回の戦いでは特に有効な技術だ。
感知範囲は最大で一キロメートルくらいにまで広がった。
この方法を用いることで対象限定ではあるが、ルミナリアと同じくらいの範囲まで索敵できる。
情報認識が共有できていい。
この感知方法は欠点もあるんだけどね。
感知精度が低いせいで相手が魔力を隠蔽してたりすると、感知をすり抜けられてしまう。
まぁ、その点に関しては仕方ない。
状況を考慮したうえで感知方法を切り替えるしかない。
(さて、魔力感知を拡げてと……よし、いるな)
大きな魔力の反応がある、魔物が魔力を隠したりしていないようで助かった……が。
「…………お、多くね?」
「……ですよね」
隣にいるルミナリアが同意する。
クラーケンと思われる大きな魔力の反応が五百メートル圏内に五、十……いや、もっといるか。
いずれも同じ程度の大きさの魔力であることから通常種だろう。
この中には変異種はいないようだ、中にいて魔力を隠蔽している可能性も零ではないが。
感知範囲を更に拡げていく。
通常種の動きを時間をかけて観察すると、決まった方角に集って移動しているのがわかる。
方位がわからないので、言葉ではなく俺が手で密集している方角を指差すと、ルミナリアも頷く。
「あの奥に変異種がいるのかね?」
「可能性は高いですね。想定以上の数ですが、どうしますか?」
「……ふむ」
近づいて激戦となる前に考える。
今回の戦いはクラーケンを一掃することではなく、変異種の討伐。
親玉の変異種を始末すれば危機は去る。
だから通常種と戦う面倒事は避けたいところなんだが……。
あれだけいると絶対に邪魔が入るな。
「最初に通常種を広範囲魔法で一気に殲滅したいところではあるが……」
「雷魔法抜きでも可能ですか?」
「できると思う……が」
敵に気づかれていない今、奇襲をしかけたいところではある。
通常種の密集している方角に向けて広範囲魔法をぶっ放すことも考えたが……。
「この位置からそれをやるとラザファムの二の舞になりそうだ」
「……逃げられるってことですか?」
「ああ、警戒されてな」
魔法で近くにいる通常種は始末できるだろうが、そのあとが問題だ。
「ド派手に魔法を使えば目立つし魔力も周囲に零れる。クラーケンの魔力感知範囲がどの程度かは知らんが、奥にいるであろう変異種を中途半端に刺激して逃がしたら最悪だ。まぁ……ルミナリアがいれば追撃できるんだが、できれば直接戦う前に退路を塞いでおきたい」
「なるほど」
もしここで逃がすことになると、変異種の居場所が完全にわからなくなる。
もしもの時は撤退もあり得るが、再戦はできないと考えたほうがいい。
「とはいえ、このまま見てても状況は悪化するだけだしな」
そうして、少し考えたあと。
「……危険だがシンプルにいくか。ルミナリア」
「はい」
「変異種のいる方向に真っすぐ突っ込む勇気はあるか?」
「ま、真っすぐですか? ……で、でもそれじゃ当然」
「ああ、敵のど真ん中に入って、最後には囲まれるな」
だが、この数の魔物を大規模魔法を使わずに相手をするなら結局はそうなる。
遅かれ早かれ、四方八方から囲まれることになる。
それならいっそのこと、短期決戦のスピード勝負だ。
ちんたらやってもしょうがない。
「心配するな……といっても無理だろうが俺がルミナリアを守る」
「……」
俺の台詞を聞いて、考えるルミナリア。
綿密な作戦を立てても俺は海中戦に慣れていない。
互いの戦い方を知らないから、上手に連携なんざとれるわけがない。
移動に関してはルミナリア、防御、攻撃は俺が全部担当。
いっそのこと互いの役割を割り切ったほうが混乱しなくていいと判断する。
「近づいた後で変異種の退路を塞ぐ手段は?」
「それについては問題ない。変異種の懐まで入れれば大丈夫だ。ついでにウジャウジャいる通常種もどうにかできる……あとは変異種との闘いに集中できるはずだ」
俺はルミナリアにその手段について話す。
あとはルミナリアが納得してくれるかだ。
「無茶な作戦に思えるかもしれないが……俺を信じてもらえないか?」
「アルベルトさん」
「俺は守りのスペシャリストに勝った男だぞ」
「……ふふ、そうでしたね」
「わかりました」、と強く頷くルミナリア。
ありがたい……自分で提案した作戦、信頼には応えないとな。