アークデーモン6
食中毒を起こしたギンのせいで無駄な時間を使ってしまい、尋問は仕切り直しとなる。
「……ゴホンッ、だ……脱線したけどもう一度聞くわ。変異種が出現した……その心あたりはない?」
「……」
リーゼの言葉に沈黙で返すラスとラボ。
だが、先ほどの俺の脅しの効果はあったようで、最初と違い何かを考える仕草を見せる。
現状を可能な範囲でラスとラボに説明していくリーゼ。
変異種の潜伏場所に心あたりが本当にないのか?
クライフの留守というこのタイミングでの変異種の出現。
変異種とラボラスの間に何かしらの繋がりがある可能性は高いはずなんだが……。
「お前ら上級悪魔なんだろ? ……それなのに何も知らないのか?」
「ああ……変異種については何も知らされていない。これは嘘じゃない」
「ラボラス様はこの地に異常に執着しておりましたから、まさかそのような強引な手段をとったことが驚きです」
二人の様子を見る限り、嘘をついている感じはしない。
「……この二人ですら知らないとすると、ラボラスの仕業だとしたら、変異種については最終手段であり、苦渋の策だったのかもね」
秘密は最小限に、だから側近であるラスたちに知らせていなかった。
そもそも二人が任務に失敗しなければ使うこともなかったわけだしな。
メナルドは五百年という時間をかけて発展してきた街だ。
海に面して交易も盛んであり、ナゼンハイム側から見て、経済的にも、西方攻略の戦略的な意味でも足がかりとなるこの地を壊すというのは旨味がない。
だからこそリーゼを人質にして、クライフを意のままに操る手段をとろうとしたわけだしな。
だが、ラザファムが街に来たことで状況が変わった。
アークデーモンたちの襲撃も失敗に終わり、クライフの留守中における街の攻略が困難になった。
真龍の存在に加え、このままクライフが戻りベリアの保護まで受けるようになったらメナルドの街を手にいれることはほぼ不可能になる。
それならいっそ今、クライフの留守中に街を壊してしまえと考えたか。
ラザファムとまともに陸や空で戦っても勝ち目が薄い……だからこそ変異種を使ったと考えれば納得はできる。
ラザファムは街にきたクラーケンを撃退することはできても、海中には手出しができないからな。
最終的に変異種が討伐されたとしても街に大きな傷跡は残せるだろうし。
「おい、どんなに小さなことでもいい。心当たりはないか?」
「……」
「わかってんだろ、お前らはもう切り捨てられてんだよ。黙る理由なんてねえだろ」
「「……」」
俺の台詞に考えこむラスとラボ。
二人ともそのことは十分に理解しているのだろう。
ラボラスはラザファムの存在については把握している。
ラザファムの存在を知れば、ラスとラボがどうなったのかは容易に連想できるだろう。
二人は死んだものとして扱われているか。
生きていて捕らわれの身でも、変異種の襲撃で死んでも構わないと判断されている。
「……お姫様」
「なに?」
「変異種の討伐が本気で可能だとお考えで?」
「私一人じゃ無理よ……」
ラスの問いにリーゼが俺のほうを見る。
「確かにそこのガーゴイルなら倒せるかもしれませんね……もし話した場合、私たちの処遇はどうなります?」
「……譲歩を引き出せると思っているの? 解放しろと?」
「そこまでは望みません。ただせめて、命の保証が欲しい……」
「最終的な判断は兄様がすることだから、この場で断言はできないわ。なんにせよ、厳しい制約がかけられるのは避けられないわよ、それでもいいなら伝えておいてあげる」
「……わかりました、一先ずそれでよしとしましょう。こちらも推測の話になりますしね」
ラスが一拍間を置いて語り始める。
「私たち上級悪魔の一人にボラという者がおります。彼がラボラス様の命を受け、私たちがここに来る少し前あたりから頻繁にフドブルク城から北西方向に飛んでいきました。密命とのことで細かい事情は聞けませんでしたが、もしかしたら彼が何らかの役割を担っているのではと考えます」
「魔王ラボラスのいるフドブルクから北西……姫さん、今地図はあるか?」
ラスの話を聞いたギンがリーゼに問いかける。
「え、ええ、持ってきてるけど」
リーゼが床に地図を拡げ、ギンが地図を見て考え始める。
「ボラって悪魔が移動した方向を辿っていくと、確かにルミナリアの姉ちゃんが変異種と遭遇した海域がある……成程、関連性はあるかもな。更に北西に進んで行くと……ん」
「ギン、何かわかったの?」
リーゼがギンに問いかける。
「たぶんだがな……マリンパレスだ」
「マリンパレスって確か、変異種に滅ぼされた海の魔王ヴァレンシュタインが住んでたっていう?」
「そうだ、もう今は廃墟になっているがな。あのあたりは戦時のなごりか、今も海中の魔力が潤沢なんだよ。強力な魔物もウヨウヨいるし、あの辺りは俺たちサハギンの間で危険海域に指定されている。成長して力を蓄えるにも、傷を癒やすのにも最適な場所だ」
ハマジゼの件といいギンめ、いい情報を持っていやがる。
ボラという悪魔が飛んで行った話だけで、絶対に変異種との関りがあるとは言えないが、その関連性はどうあれ、マリンパレスはこの付近の海域で最も魔力濃度の高い場所らしく、潜伏している可能性はかなり高いとのこと。
「マリンパレスはここから北にいった場所にある、船で行くには距離はあるが水龍の移動速度なら半日もかからないはずだ」
「ギン、あんたがいて助かったわ。ぶっちゃけ、さっきはちょっと邪魔だったけど……」
「気にすんな姫さん、こっちにも関係のあることだからな」
「あとでお礼するわね」
「いらねえよ、悔しいが戦力で役立てねえ俺ができるのはこれくらいだしな。なんならちょっと俺の知らない情報を教えてくれればそれでいい」
「……ギンは謙虚なのね」
「そうでもねえさ、金は消えても、知識は消えねえ、ある意味で誰よりも貪欲だといえるぜ」
け、謙虚かなあ? シリアスなんだか、そうじゃねえんだか。
ラス、ラボと別れ、牢屋を出て地上へ。
さて、出発前に俺も少し寝ておこうか。
俺たちが休んでいる間にリーゼが海中戦で使えそうな道具などを揃えてくれるって話だ。
マリンパレスの正確な位置座標はあとでギンがルミナリアに教えておくそうだ。
なんにせよ、ギンのおかげで変異種討伐の最初の段階はクリアできた。
……ま、疑問点もかなり残ってるがな。
メナルドは半島で、海を挟んだ東側にラボラスの領土がある。
地理を考えると、変異種が東側に移動した場合、被害が自分たちの領土に及ぶ可能性もある。
ラボラスの仕業ならば、自分たちには変異種の被害が及ばない確信があったか?
何かしら変異種の行動を制御する手段を持っている?
いや、その前にそもそも変異種の発生条件をどうして知っている?
たら、れば、だとしたら……仮定の上書き、推測の推測で思考が巡る。
まぁ……ここで考えても答えは出ないか。
現状クライフの領土が襲われているのは確かで今優先すべきは変異種の討伐だ。
まずはそっちを片付けるとしよう。
時刻は真夜中。
眠りから覚め、出かける前にルミナリアと二人で食事をとり、砂浜へと向かう。
眼前には真っ暗な海が広がり、いつも違った雰囲気が少し不気味だ。
砂浜まで討伐の見送りに来てくれたリーゼ、ラザファム、ギン。
「兄ちゃん、姉ちゃん、もしもの場合の引き際だけは誤るなよ」
「ああ……本当に危なくなったら撤退するさ」
「アルベルト、ルミナリアを頼むぞ」
「その言葉、胸に刻みこむとしよう」
「二人とも、気をつけて」
「ああ」
「はい!」
リーゼから必要な荷を受け取り、皆と別れる。
砂浜から海へと向かって歩いていく。
「とっとと仕留めて、城でゆっくりしようぜ」
「……ふふ、そうですね」
今も街に襲撃は起きていない。
こうなったら街に変異種の襲撃なんてなかったことにしてしまえ。
大きな被害の出ていない今、俺たちが変異種を倒すことができたなら、それがベスト。
「ルミナリア……体の調子はどうだ?」
「問題ありません、本調子です」
ルミナリアが強く頷く。
気力十分といった様子のルミナリア。
「……頼りにしてるからな」
「期待に添えるよう、頑張ります」
「おう……ついでに過保護な父親に成長したことを教えてやろうぜ」
「…………アルベルトさん、はい!」
さぁ、海中戦といこうか。