アークデーモン5
ラザファムとの一戦後、海底に姿を消した変異種。
討伐に打って出ようにも、相手の潜伏居場所がわからなければ動きようもない。
今、変異種はどこにいるのか?
潜伏場所の手がかりを求めて、俺たちは城の地下牢屋へと向かった。
先日城を襲撃してきた魔王ラボラスの側近の配下であるラス、ラボ。
変異種がラボラスの作為的なモノだとしたら、二人なら有益な情報を知っているかもしれない。
一緒に来たのは俺とリーゼ……それと。
「……メナルド近海のことなら、ルミナリアの姉ちゃんより、俺のほうが詳しいぜ、たぶん損はさせねえ」
「……まぁ、いいけどな」
さっきから当たり前のように一緒にいるし、強く否定する理由もないか。
リーゼも何も言わないしな。
なお、襲撃があっても対応できるようにラザファムは港に待機している。
ルミナリアは先ほどの戦いで消耗した体力、魔力を回復するため城で仮眠中だ。
地下へ続く階段を降りていき、地下牢獄の入り口へとたどり着く。
看守がリーゼを出迎え一礼する。
薄暗く、日の光の届かない、ジメッとした空間を先に進んでいく。
……あんまり長い時間いたくない場所だな。
一応、所々に灯りが設置されており、入り口付近はまだ明るいが、奥に進むにつれてどんどん暗くなってくる。
まぁ、あえてそう造られているそうだがな。
奥のほうへ行くほど重罪の者が投獄されており、アークデーモンたちは最奥にいるらしい。
暗闇の中に長時間閉じ込められると、それだけで人は精神に傷を負う。
囚人の気力を奪う目的もあるんだろう。
まぁ上級悪魔であるラスとラボが暗闇に根をあげるのかは謎だけど。
「……っふおおおおうっ! 兄ちゃん!」
「ひうっ!」
お前が根を上げてどうするよ、ギン?
ギンが突然震え出して奇声をあげると同時、リーゼから可愛い悲鳴が聞こえた。
前振りがなかったから俺もちょっと驚いてしまった。
「……び、びっくりさせないでよ」
「まったくだ、突然ブルブルして……怖いのか? それとも寒いのか?」
「怖くねえよ、大体サハギンは寒さに強いんだぞ」
そういやそうだな。
「なんつうか……さっきから悪寒がしてな。冷や汗も出てきやがる。何か良くねえことが海で起きているのかもしれねえ、兄ちゃんと姫さんは感じねえのか?」
俺とリーゼが首を横に振って否定する。
「ただでさえ大変な状況だし、今は地下牢獄って閉鎖空間にいるから余計不安に感じるのはわかるが、気にしすぎないほうがいいぞ……」
「それはわかってるが、言葉にできない感覚ってのも確かに存在すると思うぜ。ルミナリアの姉ちゃんも父親の気配、親子の絆っつうのかな、繋がりみたいなのを感じ取っていたらしいからな。話すとき、何故か苦笑いしていたが……」
ふ~ん、ルミナリアがねえ……。
「海でこれまで生きてきたギンだからこそ感じる直感てやつか」
「ああ、こういうときの勘……第六感っつうのかな、無視しねえほうがいい気がする」
「……まぁ、ギンのトライデント探しの時も直感でこの街にあるって話で、実際に的中してたしな」
ともかく、海で何もなければいいが。
「にしても、兄ちゃんは初めて来たのによくこの暗い空間を歩けるな」
「……まぁな」
魔力感知を使えば、周囲の構造物に含まれる微弱な魔力から、壁の位置は把握できる。
ギンやルミナリアなんかは海底という、光の届きにくい場所にいることも多いため、夜目が利くのだろう。
「いや、そこで止まりなさいよ。所々迷路になってるし、先行っても場所わからないでしょ……当たり前のように歩くから魔法を使うのを忘れていたわ」
リーゼが掌を突き出し、光魔法『光』を展開する。
リーゼの後ろについて、入り口から歩くこと十分。
「そろそろよ、牢屋の中では魔法も使えないようになっているし、大丈夫だと思うけど……一応気をつけてね」
上級悪魔のいる牢獄の最奥にたどり着く。
リーゼの確認に皆が頷く。
「ギン……俺の後ろに下がっていろよ、お前が一番心配だ」
「す、すまねえな、兄ちゃん」
一応、警戒はしておこう。
しかし、なんだろう……このシチュエーション。
何かが激しく間違えている気がする。
これもリーゼが強いのがいけない。
なんてことを考えていると、奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……うん?」
「これはこれは……またいらっしゃったのですか」
牢屋の中には赤髪と青髪の上級悪魔の姿。
少し痩せただろうか……まぁ、こん中にいたらそりゃ痩せるわな。
言葉から察するにリーゼは以前にも何度か様子を見に来たことがあるらしい。
襲撃から日が経ち、敗戦で傷ついたメンタルもある程度回復したようで、最初に会った時と同じ余裕のある声が聞こえてきた。
「今日も話し相手になっていただけるので、お姫様?」
「ふん、何度来ても無駄だぞ、我らはラボラス様を裏切るような真似はしない」
「ふ~ん、いつまでそんな態度でいられるかしらね。今日はいつもと違うわよ」
「よう、久しぶりだな、お前ら」
「「ガッ、ガガガガガガガーゴイル!」」
悪魔たちの視線が俺のほうに注がれる。
俺を見た瞬間、表情を一変させて牢屋の端にズザザと後ずさるラスとラボ。
いいリアクションだな。
でもちょっと怯えすぎだ、傷つくだろう。
「知っていることを洗いざらい話してもらうわよ」
「「……」」
「単刀直入に聞くわ、変異種が復活した……その心あたりはない?」
「変異種……ですって」
「もう手段を選んでいる時間はない。コイツを連れて来た理由はわかるわね?」
リーゼが牢屋の中のラスとラボを見下ろし威圧する。
「し、知りません」
「お、俺もだ」
「……本当だろうな?」
語気を強めて迫る俺に、怯えるラスとラボ。
「嘘をつくなよ、お互いのためにならないからな」
「「ぐっ!」」
「いいぜ、なんならもう一戦してもよ。ま、前回と同じ結果になるだろうがな……」
「くそ、ガーゴイルめ……」
ラボが俺を鋭く睨みつけてくるが……そんなのに動じる俺ではない。
リーゼにアイコンタクトで確認をとり、牢屋へと近づいていく。
あまり痛めつけるのは趣味ではないが、仕方ない。
一度戦った相手、コイツらの実力はわかっている。
万が一にも負けはない。
「……一度勝ったといって、少し私たちを甘く見過ぎではないですか?」
ラスの発言、精一杯の虚勢というやつだろう。
だが、俺が牢屋の扉の前に立った時……予期しない出来事が起きた。
「…………っ、ごふっ」
突然後ろでバタンと誰かが倒れる音がした。
(な……に?)
「がっ、あっ……」
「ギ、ギン?」
後ろを見ればギンがうつ伏せに倒れていた。
口から涎をたらしながら……ギンの体が小刻みに痙攣している。
「ば、馬鹿な! どうやって……」
「っがぁ……ぐっ!」
「ギンッ! おい、しっかりしろ! ……リーゼッ!」
「う、うんっ!」
全身に汗を浮かべ、ぜぇぜぇと苦しそうに息をするギン。
ギンの横にリーゼが慌てて駆け寄る。
俺は牢屋の中の二人へと向き直る。
「……てめえら、何をした?」
「「…………え?」」
「え?」じゃねえだろ?
何を呆けた顔してんだこいつら?
くそ、油断したつもりはなかったんだが。
魔法が発動した気配もなかったしよ。
とはいえ、前回交戦した時はあっさりと仕留めたから、こいつらの能力全てを確認したわけではない。
まさか俺の目をかいくぐって攻撃する手段がこいつらにあるとは……。
「ち、違うっ、俺たちは攻撃魔法なんて使ってない!」
「し、知りませんっ! そのサハギンが勝手に……」
「あぁ? 知らないってことがあるか! こうしてタイミングよくギンが倒れるわけねえだろ! すっとぼけられると思ってんのか!」
「「ひいっ!」」
恐怖からか震えるアークデーモンたち。
ギンを狙ったのは俺やハイエルフのリーゼよりも御しやすいと考えたからか。
くそ、味な真似をしてくれたぜ。
ギンは今も後ろで苦しんでいる。
「……三秒数えるうちに解除しろ、じゃなきゃ撃つ……」
俺は重力弾を両手に生成する。
「ほ、本当に何もしていませんっ!」
「ああ、そのサハギンの存在なんて、倒れてから気づいたくらいだぞっ!」
俺の怒気にあてられて、脂汗を浮かべながら必死に訴えるアークデーモンたち。
「……二」
「ま、待ってくださいっ! 私たちは両手も拘束されているし、この特殊な牢屋の中では魔法も使えないんですよっ!」
「頼むっ! 話を聞いてくれっ! 信じてくれっ!」
「……さ」
「に、にい、ちゃん、ま、て……ち、げえっ」
掌をラスとラボに向けて突き出し、放つ直前。
後ろのギンから制止する声がかかる。
「はぁっ、はぁ……そ、そいつらに罪はねえ……んだ」
苦悶に満ちた顔でギンが途切れ途切れに口を開く。
何故止めるんだ? ギンにこいつらを庇う理由なんてないはずだ。
「ギン、喋らないで! 今回復魔法をかけるから!」
「だい、じょ、ぶだ姫様……じ、時間差であ、当たっちまった、だけ……だ」
「あ、当たった? 時間差? 何かの攻撃?」
「い、や……はぁっ、はあ……しょ、しょ」
しょ…? なんだ?
何を言おうとしてるんだギンは……。
「……し、食中毒だ」
「…………あのさぁ」
もうため息しか出ねえ。
昨日海から戻ってきたギンが自身満々で捌いたニードルフィッシュ。
ニードルフィッシュは高級魚ではあるが、その身を守るように生えた針には毒が含まれており、正しく解体しないと身に毒が回り食べられないわけだが、それに失敗していたらしい。
「もうっ、もうっ! なんなのよ! なんでここまでついて来たのよ! 悪寒がしたならすぐに休んでなさいよっ!」
「……はい、すいません」
リーゼの治癒魔法で回復したギンが土下座している。
ヤドリの奥義をこんなところで見ることになるとは思わなかった。
「何が言葉にできない第六感よ馬鹿! 格好つけてっ、勘違いにもほどがあるわっ! 食中毒の前兆と尊い親子の絆を一緒にするんじゃないわよっ!」
「す、すまねえ姫さん」
「こ、これはちょっとフォローできねえわ」
「まったく、アルベルトが二人になった気分だわ……」
「え? お、俺こんなに酷いか? さすがにここまでじゃないと思うんだが……」
リーゼのお説教が終わり、ギンが立ち上がる。
「お、おかしいな、今まで捌くのを失敗したことなんてなかったんだが」
「あんだけ自信満々に言っておいてお前ってやつは……」
まぁ毒は死ぬほどのものではないって話だが……それを昨日食べた俺とギンとヤドリ。
俺はまぁ言わずともだが、ヤドリは今頃大丈夫だろうか?
一応、解毒ポーションは置いてきているそうなので問題ないだろうが。
「な、なんて迷惑なサハギンですかっ!」
「ビビらせやがって! 巻き込み事故で殺されるところだったんだぞ! わかってるのか貴様!」
「私たちにも謝ってくださいっ!」
牢屋にいるラスとラボがギンに激昂している。
彼らの反応も当然だ。
……あったまいてえ、本当にこいつらに罪なんてねえじゃねえか。