変異種2
本日二話目、前話未読の方はご注意を
俺たちはテントに戻り、海で何が起きたのかルミナリアたちに尋ねる。
作戦立案しようにも俺はクラーケンの変異種も、通常種も見たことがない。
そんなわけで直接変異種と戦ったラザファムに話を聞いてみる。
まずは一番聞いておきたいことから……。
「ラザファムから見た変異種の印象は? もし街に来た場合に俺たちで討伐は可能か?」
「ああ、ついさっき対峙した時の印象から言えば俺たちなら問題なく倒せる。変異種が来た場合はそうだな……浮上してきた変異種を俺の背に乗ったアルベルトが何かしらの拘束魔法で動きを封じて逃さないようにして、俺が頭上から弱点属性の雷で攻撃する」
「ふむ」
「以上だ」
「……え? そ、それで作戦終わりかよ?」
ギンが当然のように疑問の声をあげる。
「ひ、姫さん、ルミナリアの姉ちゃん……いいのかアレで? 本当に大丈夫か?」
「……この二人の場合は安易に否定できないのよね」
「で、ですね」
ギンの問いかけにリーゼとルミナリアがなんとも言えない顔で頷く。
ギンは俺やラザファムが戦っているのを見たことがないんだったな。
俺なんかは真龍のラザファムと違って名前が売れているわけでもない。
不安に感じても仕方ないが……。
「俺とアルベルトがともに前線に出て戦うなら、誰も近くにいないほうが助かるくらいだ。攻撃の巻き添えを受けて死ぬぞ」
「……ま、まじか」
「……とはいえ、俺たち以外の戦力が必要ないわけではないぞ。変異種配下のクラーケン通常種の数がわからないからな。俺たちが全域をカバーできなかったケースを考えて、取り零しのクラーケンが街に向かった時のために後方で待機してもらえると助かる」
大雑把な作戦ではあるが、シンプルでわかりやすい。
俺と変異種、両方との交戦経験があるラザファムが言うのだから、たぶんこの作戦でいけるんだろう。
というか、相手が変異種だとしても、こっちは真龍のラザファムとイモータルフォーに匹敵する強さの俺がいるわけで、万全に準備して迎え撃てば結果は明らかだ。
「あとは変異種がいつ、どう動くか……」
「俺のブレスのダメージがあるから、傷が癒えてからになるだろうな」
「お父さん……変異種の傷はそう時間のかからない間に回復すると思う」
「なに?」
「海で私やお父さんが仕留めたクラーケンが一匹残らず消えていたから、たぶん変異種が戦闘から離脱する際に海底に運んだんだと思う……今頃はクラーケンの死体から魔力を食べて怪我を癒やしているはず」
「ど、同族食いかよ……」
本当悪食だな、クラーケンて種は……。
配下の死体から魔力を取り込んで、その魔力を消費して自己再生。
魔力が含まれてさえいれば、それは回復ポーションの代わりになる。
なんというか……かなりやっかいな特性だ。
「回復したらすぐにでも変異種が攻めてくるかね?」
「……どうだろう、私は来ない気がする。断言はできないけどね」
俺の話をリーゼが否定をする。
「理由は?」
「話を聞く限り変異種には不利を悟った場合に後退するだけの知能がある。ラザファムさんという自分以上の強者の存在を知った以上は慎重になって、より一層強くなろうと考えるんじゃないかしら……変異種が行動を起こすのはそれからだと思うのよ」
俺の問いにリーゼが答える。
「元々強さを求めるのは原始的ともいえる魔物の本能で、クラーケンは殺した獲物の魔力や肉を食べることで成長していくわ、その点は変異種も通常種も同じなんだけど、変異種は配下のクラーケンに命令して集めさせた餌まで吸収するから驚異的な速度で強くなっていくの」
「ふむ」
「変異種は移動するリスクを冒さずとも海底で待っているだけでも強くなれる……餌は通常種が各地から集めてくれるんだからね。だから餌を集めている通常種が変異種に献上する餌を集めるために街を襲撃してくる可能性はあるけど、変異種自身が海面まで浮上して来る可能性は低いと思う」
動くのは十分な量の餌を食べ、十分な強さを得てから。
故に当分の間は海底に引きこもっている可能性が高いと……
「……ところで、ギンの故郷は大丈夫なのか?」
「クラーケンの生息海域とは距離があるからまだ時間の余裕はあると思う……が、この状況だと正直不安だな」
参ったな……こりゃ。
現在の海域で獲れる餌が減ってきたら、クラーケンは別の海域に移動して活動範囲もどんどん広がっていくだろう。
時間経過とともに、変異種は強くなり状況は悪化していく。
「ぶっちゃけ、変異種がすぐここに来てくれたほうが助かるよな」
「ええ、私が言うのも変な話だけどね」
リーゼが俺の台詞に頷く。
通常種を倒したところで、変異種本体を仕留めなければクラーケンの群れは崩壊しないから、根本的な問題は解決しない。
「現時点で判断するなら、俺たちの地力は変異種より間違いなく上だが……」
このまま放っておいて、成長した場合はわからないってことか。
変異種に成長限界もあるかもしれないが、四百年前は魔王級まで成長した変異種が相手だった。
現時点でも既に魔王が使うレベル六の大魔法が使えるわけで、これ以上強くなるとしたら……うん、やべえな。
「……ところで四百年前、クライフはどうやって変異種を倒したんだ?」
「当時も最初は酷い消耗戦になったわよ、海の魔王を喰らった変異種が相手で、クラーケンの通常種も倒してもなかなか減らない。最終的に兄様が敵全体を弱体化させる大規模な広範囲結界魔法を開発して、街に来た変異種たちを逃がさないように閉じ込めて順次殲滅していったの……なんにせよ兄様がいないとその手段は使えないし、大掛かりな準備の時間も必要だから無理よ」
変異種を閉じ込めるほどの結界、気になるが今は一先ず置いておく。
とにかく、リーゼの推測通りに進むのであれば、変異種が動く頃には相応に成長しており、既に海にも多大な被害が出てしまっているということだ。
海にあるギンの故郷の集落などは言わずもがなだ。
変異種が海面まで浮上して俺たちの近くに来るという愚行を犯してくれればいいが、こなかったら長期戦となる。
変異種がいる以上は船も出せない。
一時的なモノならともかく、長期的となると経済的にも大打撃だろう。
「やはり、さっき逃がしたのが痛いな……」
ラザファムが苦虫を噛み潰したような顔をする。
変異種が海底でジッとしているとなると、水中で自在に身動きとれない俺や、呼吸のできないラザファムでは対処しにくい。
どうしても後手に回ってしまう。
(……これ、あんまり悠長なことを言ってる場合じゃねえぞ)
あまり相手に時間を与えたくないのだが、どうしたものか。
確実に変異種を海面まで呼び出す手段でもあればいいんだがな。
皆であ~でもない、こ~でもないと相談するも、時間だけが過ぎていく。
「あの……アルベルトさん」
「どうしたルミナリア……何か案でも浮かんだか?」
「その……仮の話なんですが」
「なんだ?」
「海中戦……どうにかいけませんか?」
「おいおい、だから何度も言ったろ? 浮かないって」
海中では俺は自由に動けない。
前から海中移動の練習をすると言っておいて先延ばしにしていた俺。
ち、少しは練習しておけばよかったな。
まぁ少し練習したくらいで、変異種相手に立ち回るのは厳しいだろうけど。
「もし海中で自由に動く足があったら……どうです?」
「……なに?」
俺は、ルミナリアの眼を正面から見る。
強い決心を秘めた眼、覚悟を決めた表情。
「……お前、まさか」
彼女が何を言おうとしているのか察する。
俺の言葉にゆっくりと頷くルミナリア。
「私が水龍になってアルベルトさんの足になったら、魔王級(変異種)相手でも戦えますか?」