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クラーケン3

 現在交戦中のクラーケンを助けにきたかのように前後から現れた二体のクラーケン。

 三体のクラーケンが同時に出現するという異常事態の発生。

 まだ船との距離は離れているが、あと一分もあれば前後のクラーケンと接触する。 


 突然の事態に頭の中が真っ白になりかける。


「こ、これは……」


「……」


 過去に討伐経験のあるライオルさんもこれには動揺を隠せない。

 私も三体を同時に相手にした経験などない、混乱の渦へと入りかける。


「…………ふぅ」


 深く、深く深呼吸をする。

 こういう時こそ落ち着かないと、冷静にならないと駄目だ。

 二体のクラーケンがこちらにぐんぐん近づいてくる。

 もう距離の猶予もほとんどない……それでも、焦るな、弱気になるな。


 生き残る方法は必ずあるはず。


 深呼吸をして、幾分かの冷静さを取り戻したあと。

 眼前のクラーケンとの戦闘を継続しながらも、この危機的状況を乗り切る方法を探すために、必死に頭を回転させていく。


 単純に考えても敵の戦力が三倍になったわけで戦力差は明白だ。

 こうなったら最優先は生き残ること、もう依頼達成(討伐)は二の次であるが、離脱しようにも、この数のクラーケンから逃げ切るのは不可能に近い。

 クラーケンの移動速度はこの船よりも早い。

 空を飛べるハーピーも少数だし、運べても一人に一人が限界だろう。

 私が龍化して全速で離脱しようにも、クラーケンの援軍はもうすぐそこまで来ており、皆を一カ所に集める時間もない。


(とすると、やっぱり戦うしかないか?)


 私ならあの中の一体は引き受けても問題ないけど……クラーケンは三体いる。

 急いで、クラーケンを倒そうにもたぶん相応の時間がかかるだろう。

 防御に優れるクラーケンの再生能力が、最悪の形で裏目に出る。


 クラーケンを倒す火力が、攻撃力が絶対的に足りない。

 何か、何か他に手はないか?


「……あれ?」


「どうした? 空を見上げて」


「いえ、す、すみませんライオルさん、なんでもないです」


 ここに来るときにも感じた父の気配がする。

 もしかして本当にこの船に近づいてきている?


(馬鹿っ! この非常事態に何を考えているの……)


 浮かんだ考えを振り払うように頭を振る。

 そんな不確かな感覚を信じてどうする。

 先ほどクラーケンの複数出現という異常を知らせに、ハーピーの傭兵が街に大急ぎで飛んで行ったが、街に着くには時間がかかる。

 ギルドに情報を伝えてから、どんなに急いでも数時間は救援は来ない。


 私たちだけで、どうにかするしかない。


 こうして考えている間にも、クラーケンは近づいてくる。

 あと十秒もすれば、前後から新しいクラーケンが戦線に加わってしまう。


「ひいっ!  に、逃げっ!」


「馬鹿っ!  船上でどこに逃げる場所があるんだ!」


 目前に迫る危機に大きく取り乱す傭兵たち。

 縄張り意識の強いクラーケン、同士討ちを期待したかったがそのような動きもない。

 クラーケンの目的は私たちの船で間違いないだろう。


「……っ」


「ル、ルミナリア?」


 交戦中のクラーケンの右奥から迫るクラーケンのほうへと駆け出す。

 手負いのクラーケンの元に加わる、その前に……。

 両手を海面に向けて突き出し、船端から身を乗り出して動きを妨害するための魔法を展開する。


「止まれえっ!」


 渦を巻くように海面が回転を始める。

 レベル五水魔法『水牢獄(ウオータープリズン)』により、二匹目のクラーケンが濁流の中に閉じ込められる。


「……ぐっ!」


 檻から脱出しようと、触手を叩きつけて暴れるクラーケン。

 水の檻が中からの衝撃で激しく歪むが、絶対に出すわけにはいかない。

 魔力を追加でつぎ込み檻をより強固なものへと変える。


「……す、すげえ」


「な、なんと……」


 ライオルさんたちがそれを見て驚愕している。


「こ、このクラーケンを私が閉じこめているうちにどうにか、手負いのクラーケンを……」


「……わ、わかった、やってみる」


 私が前方から新たにやって来たクラーケンを、後ろの二隻で後方から来た一体を抑える。

 戦力を分散するのは避けられないが、背面から攻撃されるよりはマシだろう。

 手負いのクラーケンだけでも仕留めることができたら、大分戦況は楽になるはず。

 檻から離れると、魔法は制御を失い解除されてしまうのであまり動けないが、ここから魔法を放つぐらいはできる。



 そうして困難を極める生き残りを懸けた戦いが始まった。


 総力戦となり、戦闘が得意でない船の操縦者や航海士なども雷魔石を投げたりと必死に応戦しているが、戦力差は大きく苦戦をしいられる……やはり攻撃力が圧倒的に足りない。

 当初のように、雷魔法を放つもクラーケンはほとんど怯まず、私が魔法で援護をしても接近を止められない。


 元々クラーケン一体に対して三隻が力を合わせて戦っていたのだ。

 それを手負いとはいえ、今度は一隻で相手をするのだから、かなり無茶なことをしているのはわかっていたが。

 それでも、どうにかするしかない。


「早くくたばれよっ、この野郎!」


「馬鹿っ! 近づき過ぎだっ!」


 早く倒さねばならないという焦りもあり、みんなの動きが雑になる。

 私もここから魔法で援護をするが、クラーケンも余裕を取り戻したのか、優位な状況を理解しているのだろう。

 攻撃の緩んだ嫌なタイミングを狙って急接近する。

 接近を許してしまい、傭兵の何人かが触手に捕まえられてしまう。

 傭兵たちは暴れるも、触手を通じてクラーケンは魔力を奪っていく。

 急いで『水刃(ウォーターカッター)』を触手に飛ばすも数が多すぎる。

 ライオルさんと一緒にいた二人の女性も触手に捕らえられてしまう。


「た、助けてライっ!」


「いやああああああっ! 離してっ、離せえっ!」


「ミナッ、レナッ! くそ!」


「っ! ライオルさんっ! 右っ!」


『ギュイイイイッ!』


「……ごはっ」


 ライオルさんが助けようと飛び出すも、死角から触手の直撃を受けて吹き飛ばされ、私の足元まで勢いよく転がってくる。

 白銀の鎧が大きく凹んでしまっている。

 手練れの彼でも、この状況ではさすがに厳しいのだろう。


 女性二人を助けようと、ドワーフの傭兵が手当たり次第に船上の物を投げつける。

 クラーケンがその程度で怯むはずもないのだが、そのうちの一つに何故か反応した。

 投げられた物の一つに、クラーケン用の撒餌として用意した、潤沢な魔力の含まれる餌が入った袋が混ざっていたのだ。

 上質の餌に気を取られて生まれたわずかな隙を逃さず、ドワーフが斧で触手に攻撃する。

 衝撃でわずかに緩んだ触手の隙間から女性二人がどうにか自力で離脱する。


 女性二人がこちらに駆け寄り、ライオルさんに回復魔法をかけている。

 ライオルさんが助けたドワーフに礼を言う。


「……た、助かった、感謝する」


「ふ、ふん、礼なんかいい。お前は腕は確かだし、まだ利用価値があるからな」


 照れているのか、本心なのかよくわからない台詞を吐くドワーフの傭兵。


「それよりもこの状況だ」


「……」


 クラーケンは先ほど投げられた餌を貪るように食べている。

 餌を食べたせいで、手負いだったはずのクラーケンの魔力が回復し、体の傷が再生していく。

 助かったのはいいことだが、戦況はさらに悪化する。


「ルミナリア、そっちのクラーケンの拘束は?」


「まだ大丈夫です……でも」


 このままではジリ貧だ。


「おいライオル! 御大層に立派な装備してんだから、何か切り札みたいなのはないのかよ! クラーケンに有効なマジックアイテムとか!」


 ドワーフの傭兵がライオルさんに叫ぶ。

 そんな都合のいいものがあれば、とっくに使っているはず。

 私はクラーケンを閉じ込めるのに力を割いているから、全力で動けない。

 もどかしいけど、今はみんなに頼るしかないのが現状だ。


「考えが、甘すぎた……」


 だが、後悔してももう遅い。

 いっそこうなったら、大乱戦覚悟で龍化するしか。


「切り札か、あるにはある……が」


「え?」


「は? あんのか?」


「ああ、とびっきり強力なのを持ってはいる……だが」


 ライオルさんの顔には迷いがある。

 今は出し惜しみしている場合じゃないのに。


「アホかてめえ! そんなのあるならとっとと使え! 勿体ないからとか言ってる場合じゃねえぞ!」


「そんなことはわかっている! わかっているが!」


 ドワーフの傭兵に激高するライオルさん。


「ライオルさん!」


「ライオル!」


「……っ! コイツは強力過ぎて扱いきれないんだ! むしろ被害を広げてしまうかもしれない!」


 そんな会話をしていると後ろから轟音が轟く。

 音の発生源を振り返ると、後方の船の中央部がクラーケンの触手によって叩きつけられていた。

 その衝撃で人が空を飛び、船の木片が離れたこの船まで飛んでくる。

 転覆はしていないが、時間の問題だろう。


 その光景は阿鼻叫喚。悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。


「……いい、やれ」


「いいのか?  どうなっても知らんぞ!」


「このままだと死を待つばかりだ! ならお前にかける!」


「…………わかった、何もしないで全滅するよりはマシか」


 覚悟を決めたライオルさんが、今も被害を拡げているクラーケンを鋭く睨みつける。


「ライなら、ライなら絶対にこの状況をどうにかできる」


「……信じてるよ」


「ミナ、レナ」


 ギュッとライオルさんの手を握る取り巻きの女性たち。

 気づけば、いきなり物語の主人公みたいな立ち位置になっているライオルさん。


「ルミナリアッ、その位置から動くなよ。巻き添えを食うぞ」


「……っ、わかりましたっ」


 ライオルさんが何をするのかわからないけど。

 彼が腕利きなのは確かで、その彼が切り札になると言ったのだ。


 今はその可能性かけるしかない。


「俺なら、俺ならできるはずだっ!」


 自らを奮い立たせるように声高く叫ぶライオルさん。

 私の背中越しにもその気迫が伝わってくる。

 戦局はみるみるうちに悪化し、もう全滅がすぐそこまで迫っている。


「行くぞクラーケン! 俺の切り札を見せてやる!」


 私は一縷の望みを彼に託す。


 お願いしますっ、ライオルさん! 

 この状況をどうにかして!




「輝けええぇっ! ライトニングソオオォォォドッ!!」



「………………はい?」



 らいとにんぐそうど?


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