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クラーケン2

 クラーケンは触手を含めれば二十メートルを優に超える大型の魔物だ。

 水面上から確認できるのは身体の上半分だけだが、そのスケールは十分に伝わってくる。


 触手の数は個体差もあるので正確な数は不明だが、沈んだ下半身からは触手がビッシリと生えているのが見え、その数は十や二十ではきかない。 

 槍の先端を思わせる白い胴体から三角形の頭部にかけてが、水面から空に突き出すように覗かせている。

 胴体部分は細めに感じるが全体のバランスから見て相対的に細く見えるだけだ。


『ギユルリイイイアアアアアア!』


 辺り一帯に響くクラーケンの声。

 耳をつんざく不快な高音が空気を振動させる。


「……て、でけえ、あれがクラーケン」


「お、おいおい……あ、あんなの本当に倒せんのか?」


「や、やるしかねえだろ、ここまで来て逃げるなんてできねえ」


 討伐に参加しているものの中にはクラーケンを初めて見た人も多い。

 その足下がかすかに震えている。


「……ミナ、レナ、俺の後ろに」


 ライオルさんが先ほど私と話したときと一転して、真剣な表情を浮かべ、クラーケンに萎縮した連れの女性を庇うように一歩前に出る。

 情報、知識として知ってはいても、実際にその姿を見れば圧倒されるのも無理はない。


「……っ!」


 とはいえ、こちらの準備が整うのを魔物が待ってくれるはずもない。

大きな黒目が左右にギョロリと動き、船上一帯を獲物を物色するように見回す。

 白い体との対比で黒目が異常に際だって見え、より不気味に感じる。


 数秒後、私たちを餌だと完全に認識したクラーケン。


 人の胴回り程の太さがある触手がゆっくりと動き始める。

 集団(群れ)の脆いところを突く、魔物の本能というべきか。

 まだ混乱の最中にいる人たちをターゲットに、海面から触手を伸ばしてくる。


「うわあああああっ!」


「こっ、こっちくんな!」


 クラーケンの出現と同時に『水弾(ウォーターボール)』を展開して、事前に臨戦態勢をとっていた私は、勢いよく迫るクラーケンの触手に向けて『水弾(ウォーターボール)』を射出する。

 触手が『水弾(ウォーターボール)』と衝突してはじかれ、海面に落下して大きな水しぶきをあげる。


 海の魔物であるクラーケンの水耐性は高く、今の攻撃を受けてもクラーケンに大したダメージは見られないが、皆が状況を立て直す時間を稼げればそれでいい。


『…………ギイイ』


 クラーケンの黒目が私のほうに動く。

 邪魔をした私に忌々しげな視線が注がれるが、怯むことなく、残りの『水弾ウォーターボール』をクラーケンに連続して放つ。

 その巨体故に狙いを外すことはほぼない。

 『水弾』はクラーケンに着弾し、後方に勢いよく吹き飛ばしていく。

 船との間に二十メートルを超える距離ができ、触手の攻撃範囲から無事逃れることに成功する。


「ル、ルミナリアちゃん!」


「……た、助かったよ」


「……いえ」


 こういう時のために私はいるのだから。

 それに、ちょうどこの船の前に現れたことも幸いした。

 クラーケンとの戦闘経験がある私の今回の役割は全体のサポート役だ。

 私は今回、人化した姿でクラーケン討伐に参戦している。

 その理由はこれが集団戦であるということ。

 これが一対一なら龍化するのも手だったが、戦闘力が向上する代わりに攻撃手段が全体的なものになり、細かい力の制御が利かなくなるため集団戦では不向きだ。


「……女の子にばっか任せるわけにもいかねえよな」


「ああ、これ以上格好悪いところは見せられねえ」


「やってやるぜ!」


 仕切り直す時間を得たことで、気持ちの整理がついたのか、傭兵たちの士気が高まる。

 こうして、クラーケンとの戦闘の火ぶたが切られた。


「……よし、作戦通りにいくぞ!」


「雷魔法が使える奴は遠距離射撃! 飛べる奴は周りを囲んで上空から射て!」


 私たちの船がクラーケンの正面で魔物の気を引いている間に、他の二隻の船が移動を始める。

 船の陣形は私たちの船が少し突出して前、やや後方左右に残り二隻の船。

 クラーケンに近い正面の船は攻撃を受けやすく、最も危険だが、傭兵たちは上手に気持ちを切り替えて戦闘に集中している。

 

 クラーケンの特徴として挙がるのは並外れた自己再生能力。

 触手は何本切断しても、あっという間に再生してしまう。

 故にクラーケンを倒すには胴体部分を狙う必要があるのだが、無数の触手が守っているため、いきなり狙うのは容易いことではない。


 だが、攻略法がないわけではない。


 触手の再生には魔力を消費するため再生を続ければ、そのうち魔力が尽きる。

 終始クラーケンに魔力を与えなければ最終的には再生できなくなり、討伐が可能だ。

 故にクラーケンとの戦闘では絶対に接近戦を避けること。

 遠距離攻撃が戦闘の基本となる。

 接近戦を挑んで味方が捕まった場合、触手についた吸盤から魔力を吸収されるために、回復されてしまう。


雷矢(サンダーアロー)』、『雷弾(サンダーボール)』、『雷槍(サンダーランス)


 エルフたちが船の後方から、大量の雷魔法をこれでもかとばかりにクラーケンに向けて打ち込む。

 上空にいるハーピーたちも、安全圏から雷魔石を取り付けた矢を下に射かける。


『ギイイイイイイッ!』


 うっとうしそうにクラーケンが触手で振り回して矢を振り払うも、他の二隻の船からも絶え間なく魔法が飛んでくるため、攻撃は止まらない。

 雷という弱点属性とはいえ相手は大型魔物のクラーケン、一つ一つのダメージは少ない。

 それでも数が多ければダメージは積み重なっていき、 雷の追加効果の麻痺により動きも少し精緻を欠く。

 やがてイライラしてきた様子のクラーケンが、被弾覚悟で正面の私たちの船に突進して来る。


「くるぞっ、盾を構えろおっ!」


「後衛、防御魔法を頼むっ!」


「わかったわ!」


 猛スピードで迫り来る複数の触手と傭兵たちの間に、『石の盾(ストーンシールド)』が多重に展開される。

 触手は『石の盾』を砕き勢いを殺されつつも、そのまま大型の盾を構えた傭兵たちを力任せに叩きつける。

 盾役の傭兵たちは衝撃で後方に吹き飛ばされながらも、触手の動きをどうにか静止させる。


『ギギッ!』


「させないっ!」


 距離を詰めたクラーケンが、別の触手を船体に叩きつけようとしてしてきたので、私は開戦時と同じように『水弾(ウォーターボール)』で弾き飛ばして再び距離を作る。


『ギュイイイイイイッ!』


 クラーケンの武器は触手だけではなく、時折クラーケンの口からは水魔法が飛んでくる。

 だが、こちらは触手よりも攻撃回数が少なく、威力も触手の物理攻撃より数段下がるため、冷静に対応すれば盾系の魔法で防ぐことが十分可能だ。


「よし、いい調子だぞ!」


 先ほど、盾役で怪我をしたドワーフの傭兵もエルフの回復魔法を受けて戦線に戻る。

 傭兵たちの動きが滑らかに、連携もスムーズになってきた。

 狭く、足場の少ない船上、限定された戦力をどう活かすかが大事だ。


 この街には様々な種族が暮らしているのもあり、参加している傭兵はオーガ、ドワーフ、ハーピーなど多様だが、エルフ族が一番多い。

 エルフは攻撃魔法、近接戦、回復役まで幅広くこなせる。

 接近戦はオーガやドワーフに、魔法は魔女(ウィッチ)などに劣り、器用貧乏な面もあるが前衛も後衛もそれなりにこなせる。

 どの場面でも動けるため遊撃役にピッタリだ。


『ギュヴエエエ!』


 再びクラーケンが突進をしかけ、触手が方々に乱れ狂う。

 船の先端に触手の一つが叩きつけられ、船は大きく傾き、浮きあがる。

 船体への攻撃などは転覆しないように極力遮断してるが触手の数は多く、さすがにその全てを迎撃するのは無理がある。


「うわああっ!!」


 船が大きく揺れ、船端にいた盾役の傭兵がバランスを崩し、海面に落下してしまう。

 重い装備を身につけているため、うまく身動きがとれず、海面で必死にもがくも沈んでいく。


「……は、早く、綱を掴め! ……ルミナリア?」


「……っ!」


 波に流されて遠くに行く前に、船から飛び降りて海中に潜り、落下した男性を船上に引っ張りあげる。


 クラーケンとの戦闘開始から五分が経過。


 強引な突進だけでなく、回り込んで別の船に狙いを変えようとしたりと、何度か危ない場面もあったが、皆の連携や船上、海中を自由に移動できる私がカバーすることでどうにか凌ぐ。

 時間経過とともに、少しずつクラーケンにダメージが蓄積していく。


「効いてるぞ! この調子だっ!」


「いける、いけるぞ!」


 再生に魔力を回す余裕がなくなってきたのか、クラーケンの白い皮膚に雷で黒く焦げた傷跡が目立ちはじめる。

 それでもまだ、動きを止めるには至らないが。


「な、なんとか行けそうだな」


「最初はどうなるかと思ったが、戦えてるぞ俺たち」


「おい、緊張感を切らすな」


「……わかってる、しっかしやるなルミナリア。ここぞという危ない場面で力を貸してくれるから助かるぜ」


「ああ、今も楽に戦えているのはルミナリアがクラーケンの意識を引きつけて、動きをうまくコントロールしてくれるからだ」


 幸い(?)というか、今回の討伐メンバーの中で私の魔力量が一番多いため、クラーケンは私をチラチラと見ている。

 クラーケンは私を障害と餌の両面で意識しているのだろう。


 少しずつではあるが、確実に弱り始めているクラーケン。

 このまま油断せずにいけば、無事に討伐は終わるはず。


 

 傭兵たちの気持ちにも余裕が出始める……そんな時だった。


 ソレに最初に気づいたのは上空にいるハーピーの女性傭兵。

 酷く慌てた様子で、クラーケンの奥を指差し、私たちに何かを伝えようと叫んでいる。


「???」


 必死な形相に、何があったのか気になった私は戦闘中のクラーケンを警戒しつつ、指差した先を遠目に見る。

 まだ距離はあるが、何か大きい存在が近づいてきている。

 ハッキリしなかったシルエットが、次第に鮮明になってくる。


「…………え」


 最初は勘違いだと思った。

 でも、何度瞬きしても眼前の光景は変わらない。


 クラーケンは強種族であるため、群れる魔物ではない。

 群れるどころか、同種で縄張り争いをするくらいに気性が荒いのだ。

 故に複数で出現する事態など想定していない。


 だというのに、後方から迫ってきているのは現在交戦中の個体とは別のクラーケン。


「う、嘘だろっ! どうなってんだよコレ!」


「仲間がやられそうになったから、救援に駆けつけたのか!」


(そんな馬鹿な……)


 今、戦闘中のクラーケンが死亡したなら縄張りが変わるわけだから、別のクラーケンが来るのも理解もできるが……。


「あっ、あああああっ!」


(……こ、今度は何?)


 状況を整理する間もなく、今度は後方の船から悲鳴があがる。

 後ろを見ると……そこにもさっきと同じ光景があった。



「さ、三体……同時?」


 頬を……冷や汗が流れた。

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