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クラーケン1

ルミナリア視点になります


二話同時に更新してます。

その一話目です

 夜が明ける前にメナルドの港を出港してから九時間が経過した。

 もう一時間もすれば正午を迎える。


 風を帆に受けて、街の北東方向にあるクラーケンの出現ポイントへと船は進んでいく。

 今回の仕事は大型魔物の討伐ということで、相当数の傭兵たちが参加している。

 偵察役や船の操縦役、諸々合わせると五十人を超える大捕物だ。


 傭兵ギルドが用意した船は全部で三隻。

 船の全長はいずれも全長十五メートル、幅五メートルの木造帆船でかなり大きめのサイズだ。

 クラーケンの大きさと同程度はある。

 戦う足場や人数を確保するという意味でも、この程度の大きさは必須だろう。

 船体外構部も鉄板などで補強されている。


 船上の傭兵たちは少し早めの昼食をとって、各自で装備の点検をしている。

 これから始まる戦闘の準備に余念がないようだ。

 交戦は午後を予定しており、順調に討伐できれば今日の深夜から明日朝の間にメナルドの街に戻れるはずだ。

 ちなみに、もしクラーケンと遭遇しなければ、この海域を離れて街に戻ることになる。

 準備にかけた手間とお金が少し無駄になってしまうが、船上で、視野の悪い夜に戦闘するのはリスクが高すぎるため、仕方の無い措置だろう。


 ……とはいえ、遭遇しない可能性は恐らく低いと思われる。


 クラーケンの特性の一つとして、魔力を食べることがあげられる。

 事前にギルドお手製のクラーケンが好む潤沢な魔力の含まれた餌を、空から撒いてあるため、魔力感知も使えるクラーケンが引き寄せられて近くまで来ている可能性が高い。

 現在、ハーピー種など、空を飛べる種族が私たちに先行して偵察に向かっている。


 私が戦いの準備を済ませ、甲板から海を眺めていると……


「ルミナリア、調子はどうだ?」


「……ライオルさん」


 豪奢な装備を身にまとったライオルさんが私の隣に立つ。

 後ろには仲間のエルフの女性二人を連れている。


「緊張した顔をしているな」


「ええ、まあ少しだけ……」


「大丈夫だ、もし危なくなっても俺が守ってやるからな」


「……」


 ライオルさんが肩を抱こうしたのでさりげなく距離をとる。

 私が照れていると勘違いでもしたのか、ライオルさんのほうは気にした様子はないが、一緒にいた女性たちが不快げな表情を見せる。

 そ、そんな顔をされても困るんだけど。

 ライオルさんは腕利きで名の知れた傭兵だけど、女癖の悪さも有名だ。


「自信があるようですが、大丈夫ですか?」


 今度の相手は海の王者クラーケン。

 過去にクラーケンとの戦闘経験がある私でも気は抜けない。

 己惚れるつもりはないけど、母の卒業試験でクラーケンと戦ったときよりも、確かに私は強くなった。

 今なら人型でも勝利を掴めるはずだけど、危険な相手に変わりはない。


「クラーケンは危険な魔物です。油断すると大怪我をしますよ」


「……知っているさ、前に一回だけ討伐に参加したことがある」


「そうなんですか?」


「ああ、相応の準備もしているから大丈夫だ。俺の活躍を見ていてくれ」


 そう言って私に笑みを向けるライオルさん。


「……そうだ、話は変わるが」


「なんですか?」


「君はあのガーゴイルと仲がいいらしいな」


「……アルベルトさんのことですか?」


「悪いことは言わない、あんなどうしようもない奴とは早く縁は切ったほうがいいぞ、君の評判に傷がつく」


「お断りします、言っておきますが……アルベルトさんは凄い人ですよ」


「ははは……冗談が上手いな、ルミナリア」


 小馬鹿にしたように笑うライオルさん。

 ライオルさんの発言に少しだけ不愉快な気持ちになる。

 駄目なところがあって何が悪いのだろう。

 完璧じゃなくたって、普段どんなにだらしなくたって……

 本当に大事な場面では(たぶん、おそらく、それなりの可能性で)頼りになる人だとリーゼお姉ちゃんも言っていた。


 そういうところは、どこか父に似ているかもしれない。


「ははは、あいつが凄い奴? あのガーゴイルが俺に何をしたのか知らないのか?」


「???」


 ライオルさんとアルベルトさんが面識があることも今知った。

 アルベルトさんは子どもっぽいところがあるけど、あれで暴力的なことはしないはずだ、たぶん。

 もしあの強さで我のままに好き放題暴れられたら手が付けられない。


「あいつはなっ! 俺の新品の鎧に泥を塗り込みやがったんだ! それに気づかなかった俺は、そのまま街中を歩いたせいで大恥をかいたんだぞ!」


「……ど、泥?」


「まぁ……直接塗り込んだのは相方のサハギンだがな、ふざけた真似をしやがって、他にも俺の仲間募集用紙に自分の紙を上から貼って隠したりな!」


 あ、あの人はもう……。


 舌打ちをするライオルさん。

 何故か、私が怒られているみたいな雰囲気になる。

 相変わらず何をやっているのかあの人は。


 でも、話を聞いて「よかった、いつものアルベルトさんだ」と安心してしまうのは、私が毒されてきているせいだろうか?


「ええと……その」


「い、いや、ルミナリアに言っても仕方のないことだったな」


 戸惑う私を見て、ライオルさんが大きく息を吐く。

 愚痴が一先ず中断される。


「ほらっ、もういいでしょ!」


「早く行こっ!」


「お、おい引っ張るなって……じゃあな、ルミナリア」


 取り巻きの女性たちに腕を引っ張られてライオルさんは去っていった。

 ライオルさんと会話している間、後ろから睨まれていたので少し居心地が悪かった。

 取ったりするつもりはこれっぽっちもないのに。

 勝手にライバル認定されても困る。




 出港から十時間が経過。


 餌を仕掛けたポイントの手前で、偵察役が戻ってくるのを待つ。

 順調に船は進んでこれたが、かすかな違和感が湧き起こる。

 普通ここまでくれば、何回かは海の魔物と遭遇してもおかしくないのだけど、考え過ぎだろうか。

 

 なんにせよ、いよいよだ。

 迫る戦いを前に、私は不思議な感覚を感じていた。


(お父さんが近くに来ているような?)


 母に実力を認められて、私が一人旅するようになって何十年も経つが、今までこんな感覚はなかった。

 父と久しぶりに会えて気持ちが緩んでいるのだろうか?


 お父さんは今メナルドの城にいる。

 小さい頃、私を大切に守ってくれていたお父さんはいない。

 朝早かったにもかかわらず、リーゼお姉ちゃんとお父さんは起きて見送ってくれた。

 アルベルトさんは寝ていたけど。


 父は城から私を見送る時、とても不安そうな顔をしていた。

 たぶん父の中で私はまだ幼い子供のままなのだろう。

 私より強い人はまだまだいる。


 上級悪魔の襲撃では、アルベルトさんの活躍で事なきを得た。

 模擬戦でもアルベルトさんには手も足も出なかった。

 今の私はまだ、あの人の力の底を見ることは叶わない。

 生きてきた年月も、くぐってきた修羅場の数も違う。

 当然の結果なのかもしれないけど……悔しさ、歯がゆさは残る。

 父やアルベルトさんの領域はまだまだ遠い。


(しっかりしないと!)


 そう、強く決意を固める。

 私はまだ油断できるほど強くはない。

 ここには規格外の強さを持つアルベルトさんや、お父さんはいないんだから。


 先行していた偵察役のハーピーの人たちが戻ってきた。


「仕掛けた餌が食われてる、網にクラーケンの歯跡を確認、近くにいるぞ」


 入ってきた情報に周りから警戒の声があがり、傭兵たちに緊張が走る。

 いつ、どこからクラーケンが現れても対応できるように、慎重に船を進めていく。


 一番怖いのは海底から来て船に取りつかれることだが、その予防策として、船体の外側を大量の雷魔石が取り付けられた網で覆っている。

 雷魔石が魔物に破壊されると、応じて雷が流れるというシンプルな防御法だが、クラーケン含め海の魔物は総じて雷属性が弱点なため、それなりの効果はある。

 無論、それでも万全ではないが急襲を受ける確率は大幅に減る。

 なお、雷魔石を取り付けた船を動かすとなると、近くを泳ぐ魚などに悪影響を及ぼしそうに思えるが、魔石は砕けない限りは現象(効果)が生じないため害はない。

 

 やがて、餌を仕掛けたポイントに到着する。

 船を止め、十分ほど経過した頃。


「……どうしたんだ?」


「こ、こねえぞ」


「……いや、いる」

 

 傭兵たちの疑問の声がして間もなくのこと。

 海面の波形にわずかな乱れが生じ、船が少しずつ揺れ始める。

 前方、水面にうっすらと巨大な影が見え始め、少しずつ影は私たちの船に近づいてきている。

 海面が盛り上がり、はっきりと異常を認識できるようになる。


 徐々にその白い巨体が海面に浮上し、露になっていく。


「く、来るぞおおおおおおおっっ!!」



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