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お祭りと

 クライフが城を出てから八日が過ぎた。

 現在も不穏な気配は感じられず、先日のアークデーモンの襲撃が嘘のように平和なものである。

 眼前の光景はそれを強く感じさせる。


「こ、これでいいのか、ルミナリア」


「違うよ、包丁の持ち方はこう」


 俺は今、城の調理室に来ている。

 厳密には中を覗き見るように入口扉の前にいるわけだが、気にしないでほしい。

 この調理室は一般の兵士に料理を提供するのとは別の場所に設けられた調理室で、城の最上階にあり、誰が見ているわけでもないしな。

 普段クライフやリーゼの前に並ぶ料理はここで作られる。


 朝食後の誰も使用しない時間を利用して部屋を貸し切り、キッチン台の前に並んで立つラザファムとルミナリア。


「こ、こうか?」


「そうじゃなくて、こう……」


 ルミナリアが父親の指に手を添えて、包丁の正しい持ち方を教える。

 ラザファムがルミナリアの指示に従い、練習用に用意された野菜をぎこちない動きで苦戦しながら切っていく。 


 俺はなんとなく、二人の様子が気になって覗き見している。

 ルミナリア……エプロン似合うなあ。

 いい嫁さんになりそうだ。


 山頂で一人暮らしをしていたラザファムだが、家事がほとんどできない。

 料理に関しても、味なんて関係なく、口に入れば何でもよかったんだと言っていたしな。

 また奥さんと一緒に暮らすことになった時に、これまでと同じく、家事などを全て任せて、自分は見守っているだけでは駄目。

 できることからやっていこうと、ラザファムは頑張っているのだ。


「……指を切らないように、気をつけてね」 


「大丈夫だ」


 ラザファムが安心させるように、ルミナリアに言う。

 まぁ、俺やラザファムの体があんな刃物で傷がつくとは思えんがな。


「包丁程度で傷がつくほど、俺の体はヤワではない」


「もう、アルベルトさんみたいなこと言わないでよ。そういう問題じゃないから……」


 くそ、思考回路が読まれてやがる。

 本人に聞こえてんだけど……。

 そ、そんなにわかりやすいかね。


「最初はゆっくりでいいから、正確にね。慣れないうちはやりにくいと思うけど」


「わかった」


 父親に教えるルミナリアはどこか楽しそう。

 声をかけようかと思ったが……やめておくか。

 親子の交流を邪魔するのも悪いしな。




 さて……と、俺は今日はどうするかな?


 読書は憩いの場(ラウンジ)も壊れてしまったし、気分ではない。

 リーゼは今日もお仕事中。

 ラザファムとルミナリアは先ほどの通り。

 ……ふむ、となると。


「おす、元気?」


「…………あんた、また来たのかい?」


 先日と同じくドワーフ夫妻のところへ。

 家に着くと、ちょうど中から出てきた奥さんのアンドロにご挨拶。

 今、出かけるところだったらしい。


 ヤドリは既に工房で仕事を始めているとのことで、そちらへ向かう。

 工房からはカンカンと鉄を叩く音が聞こえてくる。

 中には真剣な顔を浮かべ、一定のリズムでハンマーを動かすヤドリの姿があった。

 まさに一流の職人といった雰囲気を醸し出していて、前に土下座していた男と同一人物とは思えない。


「……少し待つか」


 集中力を乱さないように、一区切りつくまで待ってから声を掛ける。


「よう、ヤドリ」


「……ん? お前また来たのか? 前の話の続きか?」


「いや、そっちはもういいんだ。その節はありがとな」


「ふむ、役に立てたならよかった」


「……」


 正直、役には立ったかは微妙だが、わざわざ時間を割いてくれたわけだし黙っておこう。


「それで、わざわざ礼を言いにきたのか」


「いや……すげえ暇だから来たんだ」


「い、言い切ったな……俺も仕事があるんだが」


 と、言いつつも工具を片して、座るスペースを用意してくれるヤドリ。

 邪険にしないでくれて、ありがたい。


「最近は本当に忙しいんだ。近く開催される祭りの関係で、いくつか仕事が舞い込んでいてな。稼ぎ時だし、女房も張り切っている」


「稼ぎ時か……実際、鍛冶屋って儲かるのか?」


「それは腕にもよるし、ピンキリだと思うがな。有名な奴の作品なら、それだけで品質が保証されて高額で取引される。まぁ……有名になり過ぎると、偽物が出回ったりもするけどな。何にせよお金があれば色んな素材が手に入る、工房も大きくできるし、良い設備を揃えられて、いい仕事が回ってくるようになる」


「ふむ」


「祭りでは職人の腕を競うコンテストもあるんだぜ。アクセサリ、武器、防具、様々な部門に分かれていてな、そこでいい成績を残せれば名も知れる。与えられたテーマに対し、性能やデザイン性を競う……俺も出場するつもりだ。優勝したら城のお偉いさんから、直接仕事を貰えるようになるんだ」


「へぇ……」


 今年はメナルドの街ができて、五百年目となる節目の年。

 それを記念した祭が開かれる。

 一応リーゼから話だけは聞いているが、どんな催しモノが行われるのか。

 見て回るだけでも面白そうだけど。

 滅多に無い機会だし、積極的に参加してみるのもいいかもしれないな。


「……俺もやってみようかな」


「おいおい……」


 何言ってんだコイツ、と言いたげなヤドリを無視して、とりあえず適当に作ってみる。

 思い立ったらなんちゃらだ。


 土魔法で掌に適当な形の石を生成。

 粘体生物のように、ウニョウニョと形状変化するマイストーン。

 自分の魔法ながら、見ていて少し気持ち悪いな……てか何だコレ。

 この世に二つとない形の石だろうけど。


「職人舐めんなよ……いいか、道具の使い方も知らないど素人に……って、なんだソレぇぇ!」


「……あん?」


 ヤドリが俺の魔法により完成した石を見て驚愕する。

 な、なんだこの反応は?

 その場のノリで作成した適当な石なのに。


「ちょ、ちょっとソレ貸してくれ!」


「お、おう」


「……す、すんげぇ、すんげぇっ! すんげえぞコレ」


 連呼されても、俺にはこれのどこが凄いのかわからない。

 だが、ヤドリにはそうではなかったらしい。

 石の形は言葉にするのも難しい。

 それでも強引に表現するなら、そこらに落ちている四角い石から 幾本もの触手が伸びている石とでも言うべきか。


「ど、どうしたらこんなものが作れるんだ?」


 この驚き様……もしや俺は鍛冶師たちの新しい未来を切り開いてしまったのだろうか?

 ヤドリが俺の作品をマジマジと凝視している。

 俺は偶然とはいえ、とんでもないものを作り出してしまったようだな。


「ふふ、なんなら、それを出展してもらっても構わないぞ」


「いや、百パーセント落ちると思うぞ」


「うえ?」


「お前が作ったそれ自体は、なんだかよくわからねえ素人の作品だ」


 あ、あれ? 予想が外れてしまったぞ。

 なんか少し恥ずかしい。


「……そ、そうですか、じゃあ何に驚いてんだよ?」


「技術だよ! どうしたら、ほんの数十秒でこんな複雑な形状を作れんだよ!」


「それは……さっき見ただろ? 土魔法で石をちょいちょいと……」


「ま、魔法ってそこまで自由に形態を決めることが可能なのか?」


「おいおい、俺の土魔法を舐めんなよ」


 一番得意なのは水魔法だが、土だってそこらの奴に負けはしないはずだ。


「ヤドリもドワーフなんだから、土魔法は使えるだろ?」


「い、いや……土魔法は使えるが」


「魔力制御のコツを掴めば、これくらいはできるようになる。先日の……えっと、ラザも似たようなことはできると思うぞ?」


「……おいおい、もしかして俺、時代に取り残されているのか?」


 俺の発言に、ショックを隠せない様子のヤドリ。

 たぶん抽出したサンプルがおかしいだけだと思う。

 俺もあいつも魔王と渡り合えるレベルだしな。

 あと、悲しいことに時代に取り残されてたのは俺たちのほうだ。


「アルベルト、魔法で石像とか作れたりするのか?」


「可能だろうが、相当練習しないと無理だろうな。よく考えてみろよ……筆の使い方を知っているからって上手に人物画や風景画が書けるか? こちとら構図の取り方とか、わかんねえんだよ」


「言われてみればそうか……だが、それでも凄いな」


 ヤドリから感嘆の息が漏れる。


「さっきの発言を撤回するぜ、その魔法技術があれば、何か面白いものが作れそうだ。もし本当に参加するなら、道具はウチのを使ってもいいぞ」


「おお、それは助かるな」


 せっかくだし、何か考えてみてもいいかもな。

 まぁ所詮素人だし、製造工程の複雑な物は無理だろうけど。


「……ところで、ヤドリ」


「どうした?」


 祭りのことは後で考えるとして、俺は工房の隅に置かれているものを見る。

 そこにはピカピカに光る白銀鎧、豪奢な鞘に入った剣など、見るからに高そうな装備品がいくつか置かれていた。

 存在感のある装備品で、今日ここに来た時から気になっていたので聞いてみる。

 入ってきた時はヤドリが仕事に集中している様子だったから切り出せなかったけど。


「ああ、ソイツは特殊な装備品でな。少し前に手入れを依頼されたんだ。鎧についてた泥は頑固で落とすのに苦労したぜ」


「……泥?」


 俺の確認にヤドリが頷く。

 鎧は泥がついていたとは思えない仕上がりだ。

 傷一つなく綺麗なもので、うっすらと俺の顔が反射して見える。


「……さ、触ってみてもいいか」


 綺麗なものを見ると、触りたくなるよな。


「一応預かりものなんでな、すまんが勘弁してくれ」


「わかったよ」


 少し気になるが、仕方あるまい。

 お客の信頼を裏切るような真似はさせられない。

 にしても、見ていて無性に汚したくなる鎧だな。


 ……魔性の鎧というべきか。


「明日のクラーケン討伐依頼で使うらしい、夜に取りに来るはずだぜ」


 クラーケンか、先日ルミナリアが話していたな。

 とすると、ルミナリアは明日から城にいないのか。


「持ち主はライオル……っつう、エルフの傭兵だ」


「ち、奴か……」


 なんとなく感じていた既視感と汚染衝動はそういうことか。

 あれは俺がギンと出会って間もない頃。

 二人でギルドで仲間集めに帆走していた時、後ろから突然現れて俺を不細工だのなんだのと侮辱しやがった奴だ。

 最近は色んな奴に不細工呼ばわりされているが、不本意ながらも一先ず置いておく。

 あの時の出来事は俺の記憶にしっかりと刻まれている。

 ギンが仲裁に入ったおかげで喧嘩にはならなかったが……。


 そういや、あの時ギンが後ろから泥玉を鎧に塗り込んでいたな。


「なんだ、知り合いか?」


「ああ、前にちょっとな」


 そうか、奴もクラーケン討伐に参加すんのか。

 あの野郎がルミナリアに迷惑をかけなければいいがな。


「ライオルは性根の腐ったいけ好かねえ野郎だ」


「……そんなにか」


「ああ……世界の敵だよアイツは」


「い、一気にスケールアップしたな」


 まぁライオルのことをずっと話していても気分が悪くなる。

 この辺にしておこう。


 その後も二人で雑談していると、カランカランと工房入口のベルの音が鳴った。

 どうやら来客が来たらしい。

 ヤドリが立ちあがり、扉のほうへと向かう。


「お~い、ヤドリいるか~」


「……こ、この声はまさか」


 扉を開けると、懐かしい声が聞こえてきた。

 少し待つと工房に入ってきたのは、この街での俺の相棒。


「……あ、あれ? 兄ちゃん?」


 背にトライデントを携えた、ふてぶてしい面構えのサハギン。



「……ギン!」


今週できたらもう一話いきます

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