閑話 ルミナリア
ガーゴイル二巻明日発売日です
早いところではもう店頭に並んでいるはずです。
百ページ近く書き下ろしで、Web読者の方も楽しめると思いますので、是非よろしくお願いします!
ラザファム、アルベルトがギルドに来たあと
ルミナリア視点の話です
「それじゃあ、よろしくお願いね。ルミナリアちゃん」
「はい、わかり次第すぐ連絡しますので」
依頼の説明を聞き終え、依頼人のマチルダさんがギルドを出るのを見送ったあと。
ロビーを見回すが、アルベルトさんとお父さんの姿はない。
どうやら、もう帰ったみたいだ。
お父さんには、ちょっとだけ悪いことをしたかなと思う。
でも、さすがに仕事についてこられるのは抵抗があった。
できたら今日時間を取れればよかったけど、突然だったから仕事を休むことができなかった。
明日と明後日は予定もないので、一緒に過ごすつもり。
驚いたことに、あの父が料理を教えて欲しいと言ってきた。
山頂で暮らしていた時の、怠け者の父からは考えられないことだ。
父と共同で作業する機会はほとんどなかったので、楽しみだ。
二百年ぶりに再会したお父さんは前とほとんど変わってなかった。
不摂生な生活を送ってきたみたいだけど、父が元気で安心した。
しいて言えば、お酒を飲み続けた影響か、飲酒衝動を我慢するのが辛いとのこと。
お酒断ちして数日は本当に辛かったらしいが、それでも今は大分楽になってきたみたい。
酒など無くても私と一緒に食事ができれば満足だと言ってくれた。
今日も私のサンドイッチを嬉しそうに食べてくれた。
その光景を見て、少しだけ昔に戻ったような気がしてた。
お酒のことを忘れられるくらい、美味しいものを作ってあげよう。
今こうして笑っていられるのはアルベルトさんのおかげだ。
父がお姉ちゃんやアルベルトさんにしたことは簡単に許されることじゃない。
父の目を覚ましてくれたアルベルトさんには本当に感謝している。
また、家族みんなで仲良く話せたらいいなと思う。
父の事情をキチンと説明すれば、母もわかってくれるはずだ。
父は母にこっ酷く叱られるだろうけど……。
母と私も思い込みや決めつけから行動してしまった責任はある。
父はあまり口のうまいほうではない。
上手に母に説明できない時は、私ができるだけフオローに回ろう。
……そんなことを考えていると。
「……ん?」
ふと、ある光景に視線がいく。
ホールの隅っこに受付嬢たちが集まり、顔を寄せ合ってヒソヒソと雑談をしているようだ。
この時間になるとギルドに用のある人も減り、混雑も消え、中は落ち着いてきている。
そうなると、彼女たちの仕事にも余裕ができる。
ついさっき私の指名依頼の受注を担当したナタリアさんも混ざっている。
なんとなく気になった私はその輪へ近づいていく。
「どうしたんですか? 皆さん集まって……」
「あ、ルミナリアちゃん、あれを見てよ」
「……エルザさん?」
ナタリアさんの視線の先を追う。
そこには窓枠に片肘をついて、外を眺めているエルザさんの姿がある。
窓の拭き掃除をしていたのか、エルザさんの手には雑巾が握られている。
だが、その手はほとんど動くことがない。
たまに動いても、布は同じ場所を往復するばかりだ。
仕事に身が入っているとは言いがたい姿。
具合でも悪いのだろうか? ……と思ったけど、ナタリアさんのニヤニヤした顔を見るに違うみたい。
何か別の事情があるようだ。
「んふふ、さっきルミナリアちゃんが部屋の中にいるときにね。ちょっとした出来事があったのよ」
「???」
「ふふ、エルザにも春が来るかもしれないわね」
「え、それって……まさか」
「いくわよ!」
現状を整理する時間も与えられないまま。
ナタリアさんに手を引かれ、皆でエルザさんの元へ。
「ねぇエルザ、ちょっと仕事に身が入ってないんじゃないの」
「あっ、ごっ、ごめんなさいっ!」
ナタリアさんの叱責に謝るエルザさん。
先ほどまで談笑していたナタリアさんが言える台詞ではないと思ったけど。
ややこしくなりそうなので黙っておく。
「ふふ、いいわよ、今は人もほとんどいないしね。ねぇエルザ?」
「な、なんですか?」
「もしかして、さっきの男の人を思い出していたの?」
ビクッとエルザさんの肩が震える。
図星だったみたいだ。
「わかりやすいなぁ……エルザは」
「ち、ちがっ!」
「馬鹿ね。こういうときは否定する時点で、意識してるって認めているのよ」
ナタリアさんの台詞に、エルザさんは言い返せずにいる。
「付き合いも長いんだから、わかるわよ」
「そ、そう……ですか」
手を擦り合わせ、恥ずかしそうに認めるエルザさん。
それを見て、キャアキャアと騒ぎ出す職員の方々。
みんな楽しそうな雰囲気だ。
他人の色恋沙汰は蜜の味というけども……。
しかし、いくら人が少ないからといって、ホールでする話でもない。
私が先ほどまで使っていた、空いている部屋の中へ移動する。
一応勤務中であるため、ナタリアさんと、なぜか私が部屋の中へ。
ほかの受付嬢の人はあとで話を聞かせてくれと言っていた。
「あの……詳しい状況が、把握できていないんですけど」
「……うん、実は今日ね」
ナタリアさんがエルザさんに話していいか確認をとったあと、朝の出来事が語られる。
内容を端的に言えば、エルザさんが朝の日課である掲示板の更新作業をしていたところ、不注意で 椅子から滑り落ちてしまい、そこを偶然通りかかった男性が助けてくれたと。
それまでまぁ……こういうこと、らしい。
なんだろう……はっきり言うのはためらわれるけど。
「惚れっぽいわねえ……一目惚れ?」
「……う」
「ふふ……わからないでもないわ、格好いいものね彼。稀に見る逸材だわ。私も夫がいなければなんて一瞬思ってしまったわ」
「……はい」
真っ赤な顔を伏せ、もじもじと机の下で手を動かすエルザさん。
そんな同僚の様子を見たナタリアさんが、何を思ったのか突然立ち上がる。
「よし、決めたわ!」
「え」
「私たちがあんたの恋愛を助けてあげるわ!」
「「……え?」」
わたし……たち? え、私も手伝うの?
「……ルミナリアさんは戸惑っているみたいですけど」
「そんなことないわよ、応援してくれるわよね?」
「……え、あ、はい」
つい頷いてしまった。
拒否できる空気ではなく、ナタリアさんに押し切られてしまった。
まぁ……受付嬢の人たちには普段世話になっている。
できる範囲で手伝えばいいかな。
でもなんだろう? この胸に沸き起こる不安は一体。
とてつもない地雷を踏み抜いたような。
考えすぎかな?
「それで? どんな人なんですか? 背格好とか……」
なんにせよ、その人のことがわからないとどうしようもない。
私はエルザさんに尋ねる。
「う、うん……すらりとした背の高い人でね。さらっさらの金の髪を風になびかせて、物語に出てくる王子様みたいな……すごく素敵な人」
恥ずかしがりながらも、口を開くエルザさん。
金の髪……エルザさんと同じ、エルフの人みたい。
女性に人気で格好いい長身の人っていうと、同じ傭兵のライオルさんが有名だ。
端正な甘いマスクで女性をひきつけるらしい。
いつも女性の傭兵たちとチームを組んでいるのを見かける。
私も何回か誘われたことがある、断ったけれども。
種族が違うからか、私にはいまいち良さがわからなかった。
「それでエルザ……その人の名前はなんていうの?」
「名前?」
「私のところまでは聞こえなかったけど、去り際に呼び止めたわよね。咄嗟のことでもそれくらいは聞いておいたんでしょ?」
「は、はい」
「さ、照れてないで言ってご覧なさいな」
「……」
「どうしてここで黙るのよ? 心配せずとも横から奪ったりしないわよ。私人妻だし」
沈黙するエルザさん。
ナタリアさんがエルザさんの頬をツンツンと急かすように突く。
「えと、その……ラ」
「ラ……なに、ほら恥ずかしがってないで続きを言いなさい?」
最初の文字が『ラ』の時点でかなり絞られている。
というか、もう答えを言っているようなものだけど。
どうやら予想通りライオルさんみたいだ。
両手で顔を覆って、真っ赤な顔を隠すエルザさん。
ここまできたら恥ずかしがってもしょうがないと思うけど。
正直、少しじれったい。
エルザさんの口が開くのをジッと待つことにする。
「そうやって純ぶるのはもういいのよ! もじもじしてないで、とっとと言いなさい! 本当面倒くさい子ね!」
ナタリアさんは私とは違ったみたいだけど。
「んなっ! ひ、ひどい……な、なんでそこまで言われなきゃならないんですか!」
「お酒の席で一人身の愚痴をネチネチと言われ続ける私の身にもなりなさいよ! こっちにだって夫がいる苦しみとかあるのよ!」
「そ、そんなことを考えていたんですか!」
時間が勿体ないとばかりにエルザさんに詰め寄るナタリアさん。
二人の間では色々とあるらしい。
話がどんどん脱線していってるような。
結構な声量だけど、部屋の外に聞こえていないだろうか?
「大体あんた、今何百歳よ! もう恥ずかしがる年じゃないでしょ!」
「うっ」
「…………」
不思議とこちらまで耳が痛い。
古龍であれば百年で成人だから、番がいなくてもおかしくはない。
別に焦っているわけではないけど。
長命種はこういう、そのうちどうにかなるかと考える部分がある。
私の年ならまだ、結婚していない人のほうが割合多い……はず。
正確な統計データがあるわけじゃないけども。
私が別のことを考えていると……
ようやく覚悟を決めたのか、エルザさんの口が開く。
「ラ、ラザさん……ていうの」
「何よもう……残り一文字くらい、すんなり言いなさいよ」
あ、違ったみたいだ。私の予想は外れたらしい。
でもよく考えたらライオルさんは街でも有名な人だった。
受付嬢のエルザさんなら、ギルドに登録している彼の名前は知っているはずだから名前を聞く必要もない。
なるほど、とにかくこれで名前がわかっ……ん?
「……ラザ?」
思わずその名を口にしてしまう。
聞いた特徴と、その名から連想されて脳裏に思い浮かぶ姿は私の……
(いや、まさかまさか)
頬に一筋の汗が流れる。
「す、すいませんエルザさん。もう一度名前をお願いします」
「……ルミナリアちゃん?」
エルザさんはエルフ。
だから先入観から同じ種族が好きな相手だと思っていたけど。
「だ、だからラザさん……」
「正式名称はなんです?」
「せ、正式名称って何?」
「ど、どうしたのルミナリアちゃん、さっきから顔が怖いよ……ほら、笑って、せっかくの可愛い顔が台無しだよ」
「あの……ナタリアさん。えっと、今日の朝の話でしたよね?」
「う、うん……そうだけど、そういえばあのときルミナリアちゃんも一緒に入ってきてたよね? もしかして知り合い?」
「……嘘でしょ」
……だ、駄目だった。
し、知り合いどころの話ではないのに。
どうしようこの状況。
なんで部屋から出たらこんなことになっているの?
「知り合いなんですか!」
「……まぁ、知り合いというか、なんというか」
エルザさんがテーブルに身を乗り出してくる。
「あ……そういえば隣にはアルベルトさんがいたような気がします」
「よかったじゃないの、エルザ……ルミナリアちゃんに紹介してもらって、今度お礼をしたいとか誘ってみたら? どんどんアピールしていかないと、いい男はすぐに奪われるわよ!」
「……ナタリアさん。そ、そうですね、私頑張ります!」
「その意気よ! この機を逃したもう一生独身だと思いなさい!」
「はい……私決めました! これが最後の恋だと思ってアタックします!」
……決めないでください。
まずい、話がどんどん危険な方向に進んでいく。
私を置いて、二人で相談を始めている。
「そうだ、せっかくだし会う時、お弁当を作ってみたらどう? あんた得意でしょ、料理とか……まずは胃袋を掴むの!」
「なるほど! ルミナリアさん、ラザさんの好きな食べ物とかってわかりますか?」
「……」
「ルミナリアさん? ど、どうしました? どうしてさっきから黙ってるんですか?」
「いえ、その、なんというか、そ、その人は……ですね」
「も、もしかして……ルミナリアさんの彼氏……ですか?」
私の態度から不安を感じたエルザさんが、直接尋ねてくる。
目じりにわずかに涙が浮かんでいる。
正直、泣きたいのは私のほうなんですが。
……勘弁してよ、お父さん。
「それは違います……けど」
彼氏ではない、それは間違いじゃない。
確かに嘘はついていない。
「よかったです……、ルミナリアさんが相手だとわたし勝てる気がしませんから」
安堵して、ホッと息を吐くエルザさん。
「か、彼氏ではないです、でも……」
「どうしたのルミナリアちゃん? 頭を抱えて、さっきから変よ」
「あ、あの……エルザさん。その人はやめておいたほうがいいかと思いますよ」
「……どうしてそういうことを言うんですか?」
エルザさんの私を見る目が不審げなモノに変わる。
まるで敵を見るかのような目。
思わず怯みそうになるが、覚悟を決めて事情を説明することにする。
「そのラザという男性は、その、私の……なんです」
「わ、私の……はっ! 今は彼氏でないってことですか! 現在進行形で狙っていると?」
「ち、違いますよっ! そんなことはありませんっ!」
ああ……駄目だ駄目だ。
こういうのは曖昧にすると、碌なことにならない。
つい最近も父のことで実感したばかりだった。
誤解を解いて、はっきりとエルザさんに告げないと駄目なのに。
「い、一応、他言無用でお願いしますね」
二人がコクリと頷く。
残酷な話になると知りつつも、話を続ける。
「ち、父……なんです。私の」
自分の父親を紹介する。
それだけのことなのに、何故ここまで苦労をしなければならないんだろう。
応援すると言ってなんだけど、こればかりは無理。
なんで私がこんな苦労をしなければならないの?
あまりにも早い失恋を告げるという損な役回り。
「で、ですので、その……」
「「……」」
「あ、諦めてください」
口を開けて呆然としている二人。
ナタリアさんはエルザさんと私を交互に見つめる。
思わぬ形で告げられた同僚の失恋に、なんと言ったらいいか迷っている様子だ。
「あはは、一生独身……かぁ」
「す、すいません、本当にすいませんっ!」
「ルミナリアちゃん……新しいお母さんとかいらないよね?」
「勘弁してください、本当に」
こればかりは……あきらめて下さい。
せっかく家族の絆を取り戻せるかとも思った矢先に、そんな火種を抱え込むようなことはできない。
話を聞く限り、お父さんに非があるわけじゃない。
責めることはできないとわかっている。
それでも……帰ったらお父さんにも注意するように言っておかないと。
もう、こんな役回りは二度とご免だ。




