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感謝

 ドワーフ夫妻の家を出て、城に帰る。

 結構長い間お邪魔していたようで、夕方になっていた。

 食事までもう少し時間があるので、マイルームでのんびり過ごすことにする。


 読み途中の本を手にとり、ベッドの上で寝っ転がる。

 横になって間もなくのこと。


 コンコンとドアをノックをする音が聞こえてきた。


「……なんだ?」


 こんな時間に誰が何の用だろうか?

 ノックの音は今も断続的に聞こえてくる。


 俺は頭を回転させ、思考モードに入る。 


 ここは人の出入りの少ない最上階だ。

 故にここを訪れる者は限られる。

 消去法により、ある程度ドアの向こうの相手を予想できる。

 ラザファムは帰る途中で別れて、ギルドにルミナリアを迎えに行ったから違う。


(……とすると、城で働くメイドさんか?)


 早いがもう夕食の準備が整ったのだろうか? ……いや。

 結論を出すのはまだ早計だ。

 メイドさんにしてはドアの叩き方がかなり乱雑な気がする。



 考える癖をつけろ、思考を途中で止めるな、可能性の全てを洗いだせ!



「とっとと出てきなさいよ!」



 バンと派手な音をたててドアが開く。

 リーゼがドカドカと足音を立てて、入室してくる。

 我慢の限界を迎えたらしい。


 これじゃノックの意味がねえと思う。

 いや……それは音を無視した俺にも言えることか。


「ほら、やっぱり戻ってたじゃないの! なんで返事しないのよ! 何回も叩いているのに!」


「……考えごとをしていたんだよ」


 まぁ…、嘘はついていない。


 どうでもいいことを長考していたけど。

 ぶっちゃけノックして一秒でリーゼだと思ったけど。

 そんな俺の様子を見て溜息を吐くリーゼさん。


「まったくもう……帰ってきたなら声くらい掛けなさいよ」


「すまんすまん」


 どちらかといえば俺のほうに非があるしな。

 とりあえず謝っておいて、リーゼに話を促す。


「それで、どうかしたか?」


「うん、アルベルト」


「……おう」


 な、なんだ? 

 リーゼめ、一変して真面目な顔をして。

 俺が居ない間になにかあったのか?

 それとも俺、またなんかやらかしたっけ?

 まずいな、最近、自分が信じられなくなってきている。


「ありがとね!」


「……なんか話の流れおかしくねえか? 何のことかさっぱりわからないんだが?」


 完璧に予想が外れてしまった。

 まさか礼を言われるとは思わなかった。

 嬉しさよりも戸惑いが勝る。


「ほら、アークデーモンの件よ。昨日はあんたがいなかったら危なかったと思うし……」


「ああ、そのことか」


「うん、早く礼を言おうと思ってたんだけどね。昨日はドタバタしてたしタイミングを逃しちゃって、昼起きたらみんな城にいないしさ」


「元々お前の身を護ることはクライフとの約束だったんだ。礼を言われることじゃない」


「細かいことはいいのよ!」 


 そ、そう言われては何も言えないわな。

 理屈とかをすっ飛ばす無敵の言葉だよ。

 兄との約束を細かいはないと思うけど。


「私がアンタに感謝してるってことを伝えたいの、ありがとう」


「ど、どういたしまして? なんか照れるな……ま、まぁ俺がいなくても、ラザファムが駆け付けたから、どうにかなっただろうがな」


「それでも、あんたがいたから悪魔たちの奇襲を受けずに済んだわけだしね。防げても無傷とはいかなかったはずよ」


 ギュッと俺の手を握って笑みを浮かべるリーゼ。

 やっぱコイツの笑顔、可愛いよな。

 成果を誇るつもりはないが、そんな彼女を護ることができたと思えば悪い気はしない。

 頑張った(?)かいもあるというものだ。


「ねぇ……ちょっと時間いい?」


「おう、ならとりあえずそこの椅子に座ってくれ」


「ん」


 俺はベッドから降りて、窓際に設置されたテーブルへと向かう。


「あ、話が長くなるならせっかくだし何か飲むか? そこにカップとポッドが準備してある」


「……あら、気が利くわね。じゃあ紅茶を飲もうかな」


「そうか、飲むならついでに俺のも入れてくれ、一人も二人も変わらないだろう?」


「前言撤回するわ……さっきの流れのあとで、あんたって奴は」


 まぁこういうのも彼女が相手だからできる掛け合いだ。

 異性でここまで好きに言えるってなかなかない。


「……まったく、しょうがないわね」


 なんだかんだ文句を言いながらリーゼが紅茶を入れてくれる。

 最終的には折れてくれる彼女が好きだ。

 来客のリーゼに入れさせるのもどうかと思わんでもないが、自分で入れてもおいしくないんだよ。


「偶に大活躍する分を、こういうところで少しずつマイナス側に調整しないと落ち着かない男だもんね。仕方ないか」


 いや、あんま好きではないかもしれない。



 ティーカップから漂う香りを楽しみながら、リーゼと会話を交わす。

 夕飯前ではあるが、紅茶の一杯くらいなら問題ない。


「ラザファムさんの件、無事に一息つけてよかったわね」


「胃が痛くなったがな。昨日の襲撃よりそっちのほうが精神的にきつかった」


「あ、ははは……」


 俺の言葉に苦笑いをするリーゼ。

 ラザファムは兄の親友だ。

 彼女にとって直接愚痴を言うのは抵抗があるのだろう。

 しかし、クライフが城に帰ったら吃驚するだろうな。


「お前の予想は奥さんが愛想尽かしたから捨てたって話だったが……外れていたな。俺、山で巻き込まれて、ラザファムと一緒に正座までさせられたのによ」


「ぐっ……いやでも、あんなの誰にだってわからないわよ!」


 まぁ俺もそう思うよ。

 だってラザファム本人が誤解してるんだから。


「ミナリエさんとも無事に仲直りできるかな?」


「わからんが……まぁ、そう酷い事態にはならない気もするけどな。強引な手段をとって勘違いさせた奥さんのほうにも、責任が無いとはいえんだろう」


 今日の様子を見る限り、ラザファムも反省はしているしな。

 ま、ラザファムについてはこのへんにしておこう。


「ところで、昨日捕まえたアークデーモンたちはどうしてる?」


「変らず地下の牢屋に入ってるわよ」


「もし牢屋の中で暴れるようなら俺かラザファムに言えよ」


「ありがと、でも牢屋は兄様特製で、訓練場の壁と同強度だから絶対に脱出できないわ。鍵も私が管理しているから万が一もないはず」


「そうか」


「まぁアンタやラザファムさんのおかげで、抵抗する気力も湧かないとは思うけどね」


 上級悪魔の彼らはラボラスの側近、何かしらの情報は握っているはず。


「このまま、大人しく引き下がってくれればいいがな」


 魔王ラボラスがラザファムの情報を得ているのであれば、生半可な手では通じないのは承知だろう。

 アークデーモンは四人いるというが、残り二人が前回と同じ手でくるとは思えない。

 

 クライフが戻ってくるのは早ければあと三、四日ってところか?

 ぼちぼち会談を終えて帰路についている頃だろうか?

 ちなみに、クライフが戻るまでの間、ルミナリアが護衛役としてリーゼと一緒に寝る件については快諾してくれた。 


 現状、リーゼは立派にクライフの代わりを務めている。

 そんな彼女の頑張りを間近で見ていると、兄が帰るまで何事も無く終わって欲しいと思う。


「なぁリーゼ」


「なに?」


「今、無理はしてないよな? 体の調子はどうだ?」


「どうしたのよ急に……ちゃんと休息もとってるし、あんたと模擬戦したりでストレス発散したりしてたでしょ」


「そうだったな。いや、ちょっと心配になってな。メナルドに来てからお前のシッカリした面を頻繁に見ているせいでな。少し不安に感じてしまった」


「し、失礼な」


 リーゼが心外そうに言う。

 でもお前、ゴブリンの集落で俺と話したときとか、相当ひどかったからな?

 自分たちの内情バラしたり、結構な失敗をやらかしていたし。


「今は兄様の留守を預かる身、ミスなんてできないもの」


「……そうか?」


「え?」


 俺の台詞にリーゼがキョトンとした顔を浮かべる。


「俺はミスしてもいいと思うがな。限度はあるだろうが、取り返しのつかないミスをしなければいいだろ。完璧を目指して無理をすればどこかで綻びがでてくるもんだ」


「……」


「まぁ、俺が役に立てることは戦いのことだけ。お前の仕事についてはよくわからんし、偉そうなことを言ってる自覚はあるが」


「……アルベルト」


「少なくとも俺は、たとえお前がミスしても、そう責めたりしない」


 まぁ……思い出したらチクチク文句を言うかもしれんがな。

 それぐらいは許せ。


「身の安全は約束しよう……だから安心しな。もっと気楽に肩の力を抜いていけ、体さえ無事なら大概はなんとかなるだろ?」


「……」


「もちろんそのかわり、俺がミスしても俺を責めるんじゃないぞ!」


「……最後の台詞が無ければよかったのに。ねぇ……なんで普通に助け合いって言葉が出てこないの?」


 話が終わり、リーゼが立ちあがって部屋から出る。

 ドアの前でくるりと後ろを振り返り、笑みを見せる。


「でもまぁ、あんたらしいわ……今日の夕飯はちょっと豪華よ。期待しておきなさい!」


「おお、それは嬉しいな……楽しみにしてる」




 一時間後。

 ラザファムが迎えに行ったルミナリアと一緒に城に帰ってきた。


「……で、なんでお前、また落ち込んでるの? 浮き沈みが激しすぎないか?」


「ちょっとな。迎えにいった帰り道、娘に叱られたというか、注意されたというか……」


 渋面を浮かべるラザファム。

 なんだかよくわからんが、これ以上の面倒事はご免なので触れないでおこう。


 全員集まったところで夕食の時間だ。

 ラザファムが来たということもあり、今日は豪華だ。

 肉に魚にと、バラエティ豊かな料理が並ぶ。


「……少し遅くなったが、再会を祝して乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 カチンとグラスを合わせたあと、各自好きに飲んで食べる。

 まぁお酒を飲むのは俺とリーゼだけですけど。


「ん? ルミナリアちゃん、それは……」


 リーゼがルミナリアの首元に視線を送る。


「はい、お父さんがプレゼントしてくれたんです」


「へぇ、よかったじゃないの」


 ルミナリアが嬉しそうに笑みを浮かべる。

 ルミナリアの首に掛けられているのは、白のネックレス。

 シンプルなデザインだけど、清楚な彼女に良く似合ってる。


「……よかったな、喜んでくれて」


「ああ」


 そんな娘の様子を見たラザファムも嬉しそうだ。

 一応、今日ヤドリに会った意味はあったな。



 談笑の時間は続き、ルミナリアから一つの話題が上がる。


「近く、城を留守にすることになる?」


「はい……といっても長くて一泊ですけどね」


 ルミナリアから爆弾発言が飛び出る。


「だっ、だだ、誰とだ! ルミナリア!」


「口の中の食い物をこっちに飛ばすな!」


 お泊り発言に興奮状態のラザファム。

 ルミナリアやリーゼならともかく、男のではご褒美にすらなんねえ。


「落ち着いてよお父さん。ギルドの仕事だよ」


「……仕事?」


「だから、仕事だよ」


 ふぅと安堵の溜息を吐くラザファム。

 それを仕方なさそうに眺めるルミナリア。

 親馬鹿な男だ、本当に。


「……アルベルトさんはご存じですよね。以前私、クラーケンの討伐依頼を受注したじゃないですか、その準備が近日中に整うって連絡がありました」


「ああ、クラーケンか……そういや、そんな依頼があったな」


「アルベルトさんは辞退ですか?」


「……ああ。興味はあるけど、一応クライフとの約束だからな」


 ぶっちゃけ、ラザファムがいればどうにかなると思わんでもないけど。

 守りのスペシャリストだけど、こいつ大ポカしそうな印象があるんだよ。

 そんなわけでまぁ、念には念を入れて、街から出るのはやめよう。

 クラーケン討伐も今回限りというわけではない。


「寂しくなるな。ルミナリアはもう大人だし、仕事があるのはわかってはいるんだが」


「もう、せいぜい一泊なんだから……」


 なんつうか、頭ではわかっていても反応してしまうらしい。

 まぁ二百年振りに再会したわけだしな、まだ仕方ないか。


「明日、明後日はお休みだから、一緒に過ごそう」


「ああ」


「あれ……そういえばお父さん、どうやってお金を稼いでるの?」


「……え?」


 娘の問いに、ラザファムの額から一筋の汗が流れる。


「今日のネックレスの代金とか、二百年間山に閉じこもっていたわけだし、どうやって稼いだのかなぁって、内職とかしてたの?」


「ま、まぁそんな感じだな」


「どんな仕事?」


「それはまぁ……い、いろいろとだ」


「ふぅん、……何かごまかそうとしてない?」


 す、鋭いなルミナリア。



 まぁ俺は事情を知っているけど、一応本人の名誉のために黙っておいてやることにする。

 


活動報告を更新しました。

二巻表紙を公開しております。

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