成長2
ギルドを出て俺たちは街を歩く。
別に目的地があるわけでもない。
久しぶりに城を出たわけだし、このまま戻るのもな……というだけの理由。
二人でただ気の向くままにブラブラとって奴だな。
「なんというか……娘も大人になったんだな」
ラザファムがポツリと呟く。
ギルドでのルミナリアの様子を思い出したようだ。
ほんの少し、寂しそうな表情。
「……そうだな」
「俺が山で腐っていた二百年の間にも時は流れていたってことか」
ラザファムが自嘲するように言う。
「二百年で済んでよかったと思え、前にも言ったがポジティブにいこうぜ」
「……ああ、これからだよな」
「その気持ちだ」
適当に歩くと、公園に着いた。
ここは俺とルミナリアの思い出の場所だ。
もちろん悪い思い出だけどな。
鞄をルミナリアにぶつけた件については、ラザファムに馬鹿正直に話すこともあるまい。
ギンから話を聞いているかもしれんが、藪蛇だったら面倒だ。
近くにある屋台で二人分の飲み物を買ったあと。
公園のベンチに座ってのんびりしていると。
「おい、何勝手に食べようとしてんだよ!」
「お姉さんは俺にくれたんだよ!」
「「……」」
……うるせえな。
ゆっくりしようと思った途端に、子どもたちの争う声が聞こえてくる。
そのうち静かになるだろうと思っていたが、争いはエスカレートしていく。
見れば果実を奪い合いしている様子。
子どもの喧嘩と放っておくつもりだったが、なかなか収まる気配がない。
このままだと殴り合いに発展するかもしれない。
仕方なく、俺は立ち上がる。
「アルベルト?」
「……ちょっと黙らせてくる」
そう言い残し、子どもたちの元へ向かう。
「うるさいぞガキども!」
「うわっ」
「な、なんだ! このおっさん」
「お、おっさんって……てめえら」
俺は千五百歳、おっさんなんて歳じゃないぞ。
うん、間違えてはいない。
突然横から現れた俺に、不審げな顔を見せる子どもたち。
誘拐されるとでも思っているんだろうか?
「周囲の人の迷惑になるだろ! もう少し仲良くしろよ」
「「だって、こいつが!!」」
互いの顔を指差すエルフの子どもたち。
なんか前にもこんな感じの光景を見たな。
(……ああ)
確かリーゼとメナルドに来てすぐ観光した時だ。
あん時はエルフの女の子が、男たちの喧嘩をうまく仲裁していたが……
今は少女の姿はない。
なんでこんなことになっているのか? ……原因を少年たちに説明させる。
聞けばまぁ、よくあることだった。
露店で貰ったおまけ(果物)をどちらが食べるか揉めていたらしい。
てか、前も同じような内容で喧嘩していたなこいつら。
まぁ、子どもの喧嘩だしな。
いや、大人も似たようなものか、スケールの違いがあるだけだ。
領土闘争とか、果物が土地になっただけの話だし。
話を聞き終え、とりあえず俺は……
「事情はわかった……これは没収だな」
「「あっ!」」
俺は子どもたちから果物を取り上げる。
「な、何すんだよっ!」
「返せっ! 返せよっ!」
子どもたちはピョンピョンと跳ねて果物を取り返そうとするが無駄だ。
身長差があるから届かない。
睨み付けてくる子どもたちだが、そんな程度で怯む俺ではない。
「いい加減にしろ! 露店のお姉さんはお前たちに喜んで欲しいから、おまけしてくれたんだろう? お姉さんもお前たちが喧嘩しているところを見たら傷つくぞ」
「「……う」」
我ながら、少し説教くさいな。
最初は渋々俺の話を聞いていたが、子どもたちも最終的にはわかってくれた。
「……ご、ごめん」
「ううん、俺のほうこそ、悪かったよ」
照れくさそうに謝罪する子どもたち。
なんだ……二人とも悪い子じゃないじゃないか。
「ならどうすれば正解か……わかるな?」
「「うん、皆で分ける!」」
「そうだ! 偉いぞ!」
俺は子どもたちの頭をワシャワシャする。
今のこいつらなら果物を返しても大丈夫だろう。
二人に果物を分けて渡してやることにする。
「ほれ、三等分しておいたぞ!」
「「……え?」」
「なんだその顔は……迷惑料に決まってるだろ」
露天のお姉さんは俺にもくれたんだよ。
決しておっさん呼ばわりを気にしたわけではないのだ。
渋々ながらも納得した子どもたちと離れてベンチに戻る。
「あいつらも、少しは大人になっただろう」
「……改めて、ウチの娘はしっかりしていたんだと実感したよ」
ベンチに腰を下ろすと、過去のことを語り出すラザファム。
「妻の実家に帰ると、同年代の子どもたちとよく遊んでいたんだが、ルミナリアが喧嘩するのを見たことがない。仲裁役に回っていた」
「まぁ、女の子は精神的に成長するのが早いっていうしな」
「ああ、そうかもな」
「男はいつまで経っても子どもなんだろうよ。お、うまいなコレ、いい感じに熟してる」
「……そうだな、お前を見ればわかる」
「言っておくが……お前もだからな。無関係装うなよ……」
そのあとも、適当に雑談を交わす。
「で、お前このあとどうするんだ?」
「さっきも話したがクライフが戻るまで、街の防衛に俺も手を貸す。散々迷惑をかけたしな。妻に会うのはそのあとだ」
「そうか」
「それと城にいる時間が多いから、その間にちょっとその……家事を覚えようと思う。その件をルミナリアに話したら、乗り気でな。休みの日に教えてくれると言ってくれた」
「へぇ……いいじゃないか」
「あとは、妻に会った時どう謝るか考えておきたいところだな。誤解だったとはいえ、彼女たちの気持ちを信じることができなかった俺に責任はある」
「ふむ、こればかりは俺も経験がないからアドバイスできないな」
誰かに意見を聞ければいいんだけど。
……結婚している奴か。
そんな奴、ラザファム以外にいたっけか?
結婚はしてないが、ナザリさんと付き合っているレイは今ファラの街にいる。
この手の話だと、ギンも頼りになるかわからん。
恋人がトライデントって感じだしな。
(ん? トライデント?)
そういや……一組いたな。
最近できた知り合いで仲睦まじそうな夫婦がよ。
そして、噂をすればとういうか、なんというか。
「おう……アルベルトじゃねえか?」
そこに現れたのは、買い物袋を肩に下げ、もっさりと髭を生やした男。
袋からは細長い緑色の野菜がはみ出している。
ギンのトライデントを修復する際に知り合ったドワーフの鍛冶師。
「ヤドリ……」
「こんなところで会うとは奇遇だな。ギンはまだ戻って来ないのか?」
「ああ……まだ海の中だ」
「トライデントの調子を聞こうと思っていたが、まだ戻ってきてないのか……」
「そろそろ戻ってくる頃だと思うぞ」
「そうか……で、そっちは?」
ヤドリの視線が、隣のラザファムへ。
「ラザだ……よろしく頼む」
「ヤドリだ」
ラザファムが俺の前へと出て握手を交わす。
「……ふむ」
その光景を見てふと、考える。
夫婦円満に暮らしているドワーフの夫妻で、子どもが生まれても家族仲良くやってる様子。
先ほどのラザファムの悩みについて相談するには悪くない相手だ。
「……ちょっといいか?」
ラザファムにこっちに来るように手招きする。
聞くだけならタダだしな。損をすることもない。
疑問の表情を浮かべて隣に立つラザファムに、その旨を説明すると……。
「……いくらなんでも、迷惑ではないか?」
「なに、ヤドリは鍛冶屋を営んでいるからな。何か買ってやればいいんじゃないか?」
「……」
俺の提案にラザファムが思案する。
「勿論、内容が内容だしな。お前がその手の話をするのに抵抗があるなら無理にとは言わないが」
「……いや、それはもう今更だがな」
「おい、二人で顔を寄せ合って……何の話だ?」
「……と、すまないな」
置いてきぼりにされて、訝し気な顔を浮かべるヤドリ。
「ヤドリは今時間あるか? ちょっと話を聞きたくてな」
「話? 俺にか?」
「ああ……と、その前に今時間大丈夫か、急ぎだってのなら出直すが」
「……問題ねえよ」
「いいのか?」
「ああ、だが……長くなるなら、家で話を聞いてもいいか? 丁度買い物から帰るところで、あまり遅れるとアンドロに怒られる」
俺とラザファムは頷く。
「ついでに、昼飯も食べていけばいい」
「至れり尽くせりだな……助かるけど」
そんなわけで、ヤドリ夫妻のところにお邪魔することにした。




