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アークデーモン4

分けて投稿しようと思いましたが、区切り悪いのでいつもより少し分量多めです


まずい、ストックがつきかけとる

「くそっ! なんでガーゴイルなのに見えてるんだよ! わけがわからん!」


「……」


 眼前にはフードのついた黒いマントを身に着けた侵入者と思われる男が二人。


 深夜、ルミナリアと魔力感知についてお話をしていたら妙な魔力を感知した。

 これでも、クライフにリーゼのことを頼まれている身だ。

 感知した以上、このまま見過ごすわけにもいかない。


 相手は正体不明。

 故に念のため、フレンドリーな感じに挨拶して出迎えてみれば……こいつら。

 俺に対し不細工やら夢遊病だのと酷すぎる暴言の数々。



「……ミラージュリングは確かに発動していたはず。認識できるはずがないのに」


「認識できないだと?」


 フードからわずかに赤い髪を覗かせた侵入者の一人が、気になる言葉を吐いた。


(ミラージュリング? 名前から推察するに認識阻害系のマジックアイテムか?)

 

 思い返す、先ほどの侵入者の様子を。

 俺のことを何故か素通りしようとしたこいつらのことを。

 

(もしかしてこいつら……アイテムのおかげで、俺が自分たちに気づいていないと思っていたのか?)


 くっきりはっきり鮮明に見えてたけどな。

 それなら無視しようとしたのも納得できる。

 成程、最初に話しかけても返事がなかったのは、眼中にないだけかと思っていたが、違ったようだ。


 初対面の相手に好き勝手に失礼な発言。

 いくらなんでも、遠慮がなさ過ぎると思っていたけど。

 聞かれていないと思っていたなら……まぁ理解できる。


 つまり、なんだ。

 さっきのこいつらの台詞は……


「偽り無き、てめえらの本心だったことじゃねえか! クソが!」


 怒りが沸々とこみあげてくる。

 認識阻害アイテムを使って、こんなところに入り込んだ奴が味方のわけもない。


 コイツらをどう料理してやろうかと考えていると……

 廊下奥からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。


 侵入者たちの視線が足音のほうへ向かう。


「……来たか」



「アルベルトさん!」


「アルベルト! ……ん、あいつらは?」


 寝間着のドレスに軽く上を羽織っただけのリーゼが急ぎ走ってくる。

 すぐ後ろにはルミナリアがぴったりと付いてきている。

 俺とリーゼ、ルミナリアで侵入者二人を挟み込む形になる。


「くそ、やはり今の騒ぎで気づかれたか! よくわからんガーゴイルのせいで、計画がパーだ!」


「……後ろにいる青い髪の娘が件の水龍ですね。こんなことになるなら、とっとと始末しておけばよかった」


 諦めの顔を浮かべ、ふぅと息を吐く赤髪の男。

 フードを取り、切れ長の目が印象的な端正な顔が露になる。


「……面倒ですが、こうなってしまっては仕方ない。夜分遅く失礼するよ、お姫様」


「……私は歓迎する気にはなれないわね。こんな夜中の来訪者なんて。来るなら正規の手順を踏んで頂戴」


「不作法なのは許してほしいですね。抵抗されると面倒なのと、お互い不幸になるだけでしたから、それに……本来ならもっと穏便に事が運ぶはずだったんですよ」


 ラスが鋭い目つきで俺を睨み付けてくる。

 忌々しげな視線が俺に突き刺さる。


(ふむ……実に心地よい)


「ん? あんた、前に見たことあるわね。確か以前ラボラスが城に来た時、隣にいた気が……」


「覚えていてくださり光栄です。魔王ラボラス様が配下のアークデーモン、ラスと申します。こちらはラボ」


 自己紹介を始める、ラスと名乗る赤毛の男。

 もう一人、ガタイのいい青髪のほうはラボといい、どちらも上級悪魔(アークデーモン)らしい。


 ラボラスといえば、リーゼが仕掛けてくるかもと言っていた、隣国の魔王だ。

 確かラボラスには四人のアークデーモンの配下がいると言っていたな。


 ニッコリと笑い、深く腰を折るラス。

 丁寧な態度が、癇に触る。

 まぁ丁寧じゃなくても癪に障るけどな。


「やはり敵だったみたいだな」


 俺のことを不細工、不完全、夢遊病呼ばわりしたからな。

 万死に値するかもしれない。

 どう罪を償ってもらおうか。


 つま先で床をトントンと叩く。


 よし……


「……いくぜ!」


「待ってアルベルト!」


 仕掛けようとした寸前で、リーゼから制止の声がかかる。

 なんで水を差すような真似をすんだよ。


「何だリーゼ? すぐ終わらせるから心配すんな。五秒で片付けてやる!」


「さっき何があったか知らないけど、少し落ち着きなさい」


「おおおっ、おお俺が落ちっ、落ち着いてないってのか!」


「どう見ても冷静じゃないでしょ! 普通はピョンピョン上に跳ねたりしないのよ!」


 そんな俺たちの様子を上級悪魔(アークデーモン)たちが訝し気に見つめていた。


「……よくわかりませんね。あのガーゴイルとお姫様はどういった関係なのですか?」


「それに答える理由はないわね。それより……アークデーモンとはいえ、魔王の城に直接乗り込んでくるなんて命知らずにもほどがあるんじゃないの?」


「舐めないでほしいですね。魔王クライフがここに居ないことくらいはわかっています。私たちにもそれくらいの情報網はある」


「……」


「ここに私が来たのはラボラス様から魔王クライフへ、メッセ―ジを届けるためです。このあとのあなたの対応によっては少し乱暴に動くかもしれませんが」


 リーゼとアークデーモンの間に火花が散る。

 やはりというか、穏やかな話ではなさそうだ。


 にしてもこいつ等、俺のこと眼中に無いようで、リーゼの方ばかり向いてるから背中が隙だらけなんだよな。

 やっぱり、今攻撃を仕掛けたら駄目だろうか?


「『魔王ナゼンハイム様の傘下に入れ』、簡単です」


「……」


 馬鹿なことを言うなコイツ。

 そんな話、呑めるわけがない。


「そういうわけで、お姫様には私たちと一緒にラボラス様のところに来て欲しいのです」


「ふん……私を攫いにきたってこと?」


「それはあなた次第です。できれば自分の意思で来ていただきたい」


「私を攫うのは兄様に対する人質ってわけね」


「そうとってもらって結構です。こちらとしても魔王と正面から戦うのは避けたい……無傷で済むならそれが一番です」


「……」


「ああ、身の安全は確約します。向こうでもあなたの身を傷つけるつもりはありません。その点は安心してください。もし何かあったら魔王クライフが黙っていないでしょうから」


 ピリピリと空気が張り詰めている。

 リーゼの回答を待つラス。


 一触即発の緊張状態に入る。


「さぁ、答えを聞かせてもらいましょうか?」


「ふん! もちろん……ノーよ!」


「決裂ですね……残念です。それでは少し乱暴な手段をとらせていただきます。ラボラス様には叱られるけど、仕方ないですよね? ラボ?」


「……まったく、最終的にこうなるのか」


 話し合いの時間は終わりとばかりに。

 ラスが一足飛びにリーゼの元に向かう。


「っ!」


 リーゼが身体強化魔法をかけて、迎え撃つ構えをとる。

 あの娘、近接格闘もそれなりにはこなせるんだよね。

 今日模擬戦で思い知った……まぁ魔法戦のほうが得意ではあるけども。


「させない!!」


 リーゼに近寄らせまいと、ラスの前に割り込むルミナリア。

 即時、水の剣を生成して妨害しようとするが……。


「水龍のお嬢さん、君は邪魔です」


 前面に立ちはだかるルミナリアの腕に触れ、電撃(ショック)を流す。


「ぐぅっ!」


「ルミナリアちゃん!」

 

 電撃に悲鳴をあげるルミナリア。

 ルミナリアが痺れているその隙にリーゼを捕まえる算段のようだ。



「ふん! あまいわよ!」


「む」


 リーゼの蹴りをバックステップして、ギリギリで避けるラス。


「あまり舐めないで欲しいわね、これでもハイエルフなんだから」


「やりますね。でも……ちゃんと回りも見たほうがいいですよ、ラボ!」


 リーゼの後ろには、いつの間にか周りこんだラボの姿がある。


「く!」


「ちっ! 惜しい」


 咄嗟に石盾(ストーンシールド)を展開して、ラボの攻撃を凌ぐ。

 ラボが攻撃している間に、今度はラスが詰めている。

 リーゼの前と後ろに悪魔、両側から挟み打ちの形になる。


「もらいました!」


「もっと周りを見たほうがいいわよ?」


「なに?」


 ラスの後ろでは、電撃から回復したルミナリアが水の槍を構え、既に攻撃姿勢に入っている。


 身を捻って水の槍を間一髪で避けるラス。



「もう少しだったのにっ」


「……ち、面倒な」


 ラス、ラボとリーゼ、ルミナリア。

 再び二、二で別れて距離をとる。


「……随分電撃の効き目が悪いですね。水龍なのにこの耐性の高さはどういうことか?」


 不機嫌そうな顔を見せるラス。


 さて、なかなか見どころのある戦闘ではあるけども。

 一言、言わせて欲しいんだ。


「何これ、俺のこと完全にスルーされてんだけど?」


 相手してくれよ。

 怒りをぶつけてやろうと思ってたのにそれはないだろ。

 ここにも一人ちゃんといるのに。

 

 勿論、本当に危なくなったら助けるつもりではあったが……

 なんか空気が出来上がって割り込めなかったといいますか。

 さっき、話の途中で奇襲しとけばよかったぜ。


「……これは非常に面倒だ。魔王クライフが城を留守にした理由はこの水龍のお嬢さんがいたからか?」


 ……いや、違えけどな。

 にらみ合い、膠着状態に入る四人。


「さて、どうしましょうか?」


「……おい、さっきから俺を無視すんなよ」


 いつまでも見ているわけにはいかない。


 俺の感情は別として考えても、危険な戦いを守るべき対象に任せるわけにもいくまい。

 パッと見たところ、勝てない相手ではないだろうが、無傷で済む相手でもなさそうだしな。

 さすがに、リーゼやルミナリアに万が一があってはまずい。

 今日は二人とも模擬戦で疲れているはずだしな。


 俺は傍観を止め、動くことにする。


「……ん?」


「アルベルトさん?」


 リーゼたちのほうへと近づいていく。


「二人ともやる気満々の雰囲気だが、交代……」


「それもこれもこのガーゴイルのせいで……」


 割り込むように呟いた、俺の声に反応するラス。

 ラスが今度は、俺のほうへと駆け出した。


「……あ?」


「まったく、計画が大幅に狂ってしまった」


 俺の背後に回り込み、首に刃物を宛がうラス。


「動かないように。動けば喉をかっ切ります」



「「……あ」」


 想定外のシナリオに、リーゼとルミナリアから少し間抜けな声が漏れる。


「まぁ、どうせ最後には殺しますが。面倒なことをしてくれたし、お嬢さんがたは別として、君だけは許すわけにはいきません。ガーゴイルを嬲る趣味はありませんが、少しは気がまぎれるでしょう。それにしても、なんで指輪が効かなかったのか?」


「……」


「ああ、予定が狂ってしまいました。君みたいなのが人質になるとは思えないし……」


 イラついた顔のラス。

 紳士な態度が崩れ掛かっている。


 と、そこで……

 リーゼが会話に入ってくる。


「あ、あんた、悪いことは言わないわ……手を放したほうがいいわよ」


「……何を言ってるんです? そう言われて放すわけがないでしょう?」


「世の中には理解の及ばないモノってのがあるのよ、あんたはそれに触れようとしているの、まぁ……あんたがどうなろうが知ったこっちゃないんだけど」


 ラスが俺の顔をチラリと見る。

 こいつ、睫毛なげえな。


「放したほうがいい」発言を聞き、俺とリーゼを交互に見るラス。

 そして、何故か笑みを浮かべ出した。



「ほう? ほほほう? 成程、そういうことでしたか。ふふふふ……これは思った以上に」


 リーゼの台詞を聞いて、一体何を思ったのか?

 細い目をさらに細めるラス。


「お姫様は変わった趣味をお持ちのようです」


「はい?」


「変だとは思っていたんです。どうしてこんなところにガーゴイルが同席しているのか? こんな傷モノのガーゴイルを置いておいたら、客人が来たときに失礼ですから」


「て、てめえ……」


「……動かないようにと言ったはずですよ」


 こいつ、さっきも思ったが、本当好き放題言ってくれるな。


「お姫様はそのガーゴイルを大切に思っているようですね」


「……は、はい?」


「このガーゴイル、恋人か、愛玩用かどっちか知りませんが……まぁ性癖は人それぞれです。否定はしませんよ」


「……あ、ああ愛玩っ!? ちっがうわよ!! あんたさっきから何言ってんの!? 頭おかしくなったんじゃないの!」


 予想だにしない言葉にリーゼが顔を赤くして、大きい声をあげて反論する。

 心外だとばかりに叫ぶ。


 冷静になれリーゼ。

 さっき落ち着けと言ったのはお前だぞ。


「ふふ、そういえば、街で姫様に飼われているペットの話を聞きましたね。ようやくこのガーゴイルがここにいたことの符合がつきました。そういうことでしたか」


 姫に飼われているペットって何の話だ?

 最上階にはペットなんていないはずなんだけどな。


「私の目は節穴じゃありません。悪魔は人の感情の機微に敏感なんです。あなたがこれまでで一番動揺してるのが、これでもかと伝わってきているんですよ」


「……ギギ(歯ぎしりする音)」


「割と冗談半分の行為だったのですが、これは予想以上に効果がありそうです。なかなか興味深い関係ですね。見目麗しいハイエルフのお姫様と翼を失くして堕ちたガーゴイルですか」


 先ほどと一転して楽しそうに語り出すラス。


「……っ」


「そ、そうなのか? リーゼ? 俺……お前の気持ち、気づいてなかった」 


 俺そんなにリーゼに愛されていたんだな。

 なんだコレ……嬉しいぞ。

 先ほどまでの怒りも吹き飛びそうだ。


 こんな形で彼女の愛を知るとは。

 今の状況で不謹慎ではあるが、悪い気はしないな。

 普段の三割増しくらいリーゼが可愛く見えるぞ。


 目の前には拳を握りしめ、プルプル震わせているリーゼ。


「……ふ、節穴なんだけど、向こう数百メートル先が見えるくらいに特大の穴が空いてるわ」 


「私にはよくわからない性癖ですが、まぁいいです。とにかくこのガーゴイルを無事に返して欲しければ一緒に来てもらいましょうか? お姫様」


 リーゼの強い視線を感じる。

 俺はできるだけリーゼを安心させるように微笑む。


「リーゼ、こいつの言うことは聞かなくていい、俺のことは心配するな」


「……」


 俺は大丈夫だからな。

 お前が無事なのが、一番なんだ。


「クライフと約束したからな、お前のことを絶対に護ると!」


「……ふふ、健気ですね。ガーゴイルの癖に心は騎士気取りですか?」


「はっ、なんとでも言え。てめぇのような奴には理解できねえよ」


「立派ですね。ですが、少し気に入らないです。いつまでそんな余裕が保てますかね?」


 悪い顔だ、サディストの表情だ。

 どうやって俺をいたぶるか、考えているのだろう。


「これから君の指を一本ずつ切り落とすとしましょう。最後までその台詞が吐ければいいのですが」


 ふん、暴力なんかに屈しはしない。

 何を言われても俺の強固な意思は揺らがない。

 俺はリーゼに告げる。



「俺のことは大丈夫だ! お前はお前のやるべきことをやれ。優先順位を間違えるな!」



「……ねぇお願い、少し黙っててくれる?」


「あ、ああ」


 リーゼに睨み付けられる。

 結構いい台詞だと思ったんだけどな。

 ちょっと怖かった。


 とりあえず、この辺にしておこうか。

 演じておいてなんだが、俺にヒロインを守る騎士みたいな役は似合わな過ぎるだろう。


「……ま、まぁいいわ。このあとのことを考えると可哀想だしね。落ち着け私……冷静になるのよ」



 ああ、こいつ本当に運がねえなぁ。


 よりによって俺を人質に取るなんてよ。

 このメンバーで一番の貧乏くじだぞ。


「?? 何を言って? これが脅しだとでも?」


 怪訝な顔を浮かべるラス。

 交渉決裂とばかりに、俺の指にナイフをもってくる。


「ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ同情するわ。アルベルト!」


「おう」


「そのまま捕まえてくれる?」


「あいよ」


「ん?」


 俺は指を切ろうとするラスの腕をどかし、反対側にぐるりと回り込んで拘束する。


「おい、汚い手で触ら……む?」


 ぐいぐいと手を動かして、胴に回された俺の腕を外そうとするも……ビクともしない。


「は? え? ちょっと待て……」


「……」


「ぐっ! は、はずれないだと! そんな馬鹿なっ!」


 予定外の事態に、焦るラス。

 

「なっ、なんでたかがガーゴイルの腕が外れないんだよ!」


 おい、先ほどまでのですます調を忘れているぞ。


 どうして俺を人質にとるなんて馬鹿な真似をしちまったんだ。

 お前のご主人様(魔王)以上の存在を人質にとるようなもんだぞ。


「すまんな、お前本当運がないわ」


「貴様、いい加減離せえ!」


「そう言われて離すと思うか……だっけか? さっきのお前のセリフだぜ」


 身体強化魔法をかけて暴れるも無意味だ。

 先ほどより少し強い力だけど、俺には関係ない。

 十の力に対し、一の力で抵抗していたのが二になったとしても振りほどけるはずもない。

 腕を回して、がっしりと捕まえているし、逃れる隙間などない。


「ん~! ん~!」


「なかなかイキがいいな。お前を見るとあの時のことを思い出すぜ」


 このままでは外れないと判断したラス。

 自由に動く右手にナイフを持ち、俺の腕を切りつけてくる。


 だが……


「少し前に、漁港でこんな感じの魚みたんだよ」


「ああっ、あっ、あああああっ!」


 ナイフを使っても、俺の腕に薄い切り傷ができる程度だ。

 予定では切り落とす予定だったのあろうがな。


「でもまぁ、さすがは上級悪魔(アークデーモン)ってところか……傷ができちまったぜ」


 これくらいなら、すぐに再生するけどな。


「おいラボ、何をボケっとしてる! 早くコイツをなんとかしろ!」


「……あ、ああ! ラスを離せ!」


 その様子に呆然としていたラボが、ラスを助けようと動き出す。


「死ねぇ、ガーゴイル!」


 俺の背面に無数に展開されるラボの魔法。

 長さ一メートルはある氷の槍が、無防備な俺の背中へと次々に突き刺さる。


「つっ!」


「アルベルトさん!」


 俺はルミナリアに空いた手で大丈夫だとサインを送る。

 寧ろ、下手に近づくと巻き込まれる危険があるからな。

 

 魔力残量を気にせず、魔法を放ち続けるラボ。

 外から絵面だけ見ると、俺がラスを背中でかばっているみたいに見えるだろうな。


 まったく、俺がラスを盾にしたらどうするつもりなんだ。

 焦りでそこまで頭が回っていないのか?


 猛烈な勢いで降り注ぐ氷の槍の雨。

 一撃、一撃がワイバーン程度であれば絶命するであろう攻撃力の魔法。


 アークデーモンであるラボの魔力量は相応なものだ。

 魔法攻撃はなかなか終わらない。

 だが魔力は有限であり、当然いつかは尽きる。


 三十秒程経過したところで、氷の雨が止んだ。


「……もう終わりでいいのか?」


「…………ば、化け物か」


 氷の槍が刺さるといっても、皮膚の表面、数ミリ程度だ。


 ほとんど無傷の俺に唖然とするラボ。

 その顔からは得たいの知れないモノを見た恐怖が浮かんでいる。

 なんか俺、悪役みたいだな。


「……ったく、チクチクしたぜ。ちゃんと後で相手してやるから大人しく待ってろ」


 身体強化魔法をかけておけば、この程度は問題にならない。

 まぁ掛けなくても再生するし、問題ない気もするがな。


 基本性能が違うんだよ。


 しかし……ラスに傷つけられた腕よりも背中のほうが少し再生が遅い気がするな。

 もしかしたら、ベリアの背中の呪いの影響かもしれない。

 比べてわかる程度の些細な違いではあるがな。


「ほ、本当……理不尽よね、アンタって」


「……」


 リーゼがポツリと呟く。

 ルミナリアは口を半開きにし、無言で俺のことを見ていた。

 さっき模擬戦やったけど、あれは回避主体だから防御力については見せてなかったもんな。


「……は、はは、悪い夢でも見ているのか僕は、魔王クライフならともかく、こんな奴に捕まるなんて……」


「残念ながら現実だ。さて、無駄な抵抗とわかったなら、もうちょっと静かにしろよ、もう動くな」


 一応、チクチクと痛いことは痛いのです。

 俺はマゾではないのだ。


「あっ、あああぁっ!」


「おい、だから痛えってば……」


 絶望のせいか、狂乱するラス。

 どうにかして拘束を解こうと必死な様子。


 さっきから無理だって言ってるのに。

 切れねえからってナイフで傷口を鋸みたいにギコギコするのやめろ。

 地味に痛いんだ。


「うああああああああぁっ!」


「痛ぇっつってんだろうが!!」


「ぐぇっ!」


「……痛いっつってんのに暴れるからだ、まったく」


 強く首を絞められ、気絶するラス。

 とりあえず、一人は完了だ。


「さて……と」


 もう一人のほうもさっさと拘束しておくか。


「くっ」


 俺と目が合うと、一目散に逃げ出そうとするラボ。

 ラスの敗北を見て、勝算がゼロであることを悟った様子。


『召喚ー(アーリマン)ー』


 顔に翼と足の生えた、一つ目の魔物たちが窓の外に召喚される。

 ざっと数えても、十匹以上はいるが……


「う、動くなよガーゴイル! 街の住人をそこに飛んでいるコイツらに襲わせるぞ!」


 急に小物臭漂う感じになっちゃったな。


「……最低、卑怯なことを」


「なんて汚い野郎だ! コイツ(ラス)がどうなってもいいのか!」


「……」


 おいリーゼ……なんでこっち見んだよ?



「貴様にだけは言われたくない! 卑怯だろうが、汚かろうが知ったことか!」


 どうするか?

 無駄な殺しをする趣味はない……が。

 この場合は仕方ないな。


「リーゼ、生死は問わないな?」


「ええ」


 リーゼのオーケーが出たので、気がねする必要もない。

 右手に直径二メートル程度の『重力弾(グラビディボール)』を生成する。

 ヴンヴンと音を立てて浮かぶ真っ黒の球体。

 模擬戦で壁を破壊するのに使った、大型水弾の重力魔法版だ。


「じゅっ、重力魔法だと……」


「『動くな』はこっちのセリフだ。今の俺は空を飛べないが、こいつをお前に当てちまえばそんなの関係ないんだよ」


「ま、待てっ……きっ、貴様ガーゴイルだろぉ? 違うのか!?」


「見ての通りのガーゴイルだよ。言っとくが、この距離ならまず外さねえぜ。術者が死ねばそいつら皆消えるんだ。なんの交渉の意味もない。コイツに当たればお前は潰れてペシャンコだ」



 無念さから、歯を噛みしめるラボ。

 少し考えたあと、諦めたようで……


「大人しく捕まっておけ、死にたきゃ止めないがな」


「……く」


「安心しろ、約束を守るならお前は無事でいられる。俺は約束は守る男だ。それが俺の誇り、俺が生きる上でのマイルールだ……」


「わ、わかった」


 諦めたラボががっくりと項垂れて頷く。

 リーゼに任せて不意をつかれて反撃されると面倒なので、俺が拘束しよう。

 突然の悪魔来襲は驚いたが、どうにかなってよかった。


 だが、俺が悪魔を拘束しようと、近づこうとしたその時である。




「……ん?」


 俺は気づいてしまった。


 凄まじい速度で、この城に近づいてくる存在に。

 どっかで覚えのある、懐かしい気配に。


「……な、なんだ? この光はっ!?」


「ま、まぶしっ!」


「これは……」


 ラボ、リーゼ、ルミナリア、三者三様の戸惑いの声。

 み、見覚えあるぞ、この急接近する光。


 少し前の記憶が鮮明にフラッシュバックする。


 光の接近、そして雷鳴。

 アークデーモンとは比較にならない、強烈な魔力の波動がほとばしる。


「ふせろぉっ!!」


 俺は皆に叫ぶ。


 極大の雷弾(サンダーボール)が飛来。

 目が眩むほどの強烈な光が空から走る。

 わずかに遅れ、轟音。

 あまりの大音量に反射的に俺たちは耳を塞ぐ。


「っ」


 窓の近くにいたラボが雷弾の直撃を受けて、声にならない声を出し、床に崩れる。

 プスプスと体から煙があがっている。


「……う、うぅ」


 ラボからは焦げた臭いがしている。

 敵とはいえ、お、俺の誇りが一分とたたずに……なんかすまねえ。


 ま、まぁ……まだ生きているしな。

 回復魔法をかければ大丈夫なはずだ。

 少しだけ心が痛むが、非常事態なのでとりあえずラボのことは置いておこう。


 ラボをこんな目に合せ、俺の誇りを傷つけた張本人を見る。

 見上げればそこには……



「……無事か?」



「ら、ラザファム……?」


「お、お父……さん?」



 悠然と空に浮かび、こちらを見下ろす雷真龍がいた。




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