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アークデーモン3

悪魔サイドのお話になります

 深夜。

 もう日付も変わるかという頃。


 この時間に起きているのは、衛兵など一部の者だけ。

 翌日の仕事に影響が出ないように、ほとんどの者が眠り、体を休めている。


 そんな時間に、城内を移動する二つの影。


「問題なし……と」


「ええ、油断せずに進みましょう」


 最上階のマリーゼルの寝室に向け、確実に歩みを進める影。

 

 上級悪魔(アークデーモン)のラスとラボ。

 魔王ラボラスの配下である。

 この城へ来た目的はハイエルフのお姫様で、魔王の妹であるマリーゼル(リーゼ)の身を拉致するため。


 上級悪魔(アークデーモン)たちは、城の正門が閉じる前に、ミラージュリングという指輪の認識阻害能力を使って、城に忍びこんでいた。

 既に彼らは六階まで来ており、あと一つ階段を上れば、魔王代行を務めるマリーゼルの寝室がある最上階だ。

 この調子で進めば、間もなく、お姫様の顔を見ることになるだろう。


 すべてが予定調和といった具合に。

 悪魔たちは、時折、巡回する衛兵たちの横を堂々と通りすぎる。


「しかし、驚くほど、簡単に侵入できたな……拍子抜けだ」


「これも、この指輪のおかげですね」


「そうだな。それに情報通りクライフは不在。侵入防止の結界も張っていない。順調過ぎて罠じゃないかと疑ってしまうくらいだ」


「まぁ結界を張っても私たち相手ではほとんど意味を成しませんからね。時間稼ぎにはなるでしょうが」


 階段を上り、悪魔たちはマリーゼルのいる城の最上階へ。


「マリーゼルの寝室は近い……ここからは細心の注意を」


「ああ、わかっている」


 

 目的地が近づき、緊張感のある顔つきに悪魔の顔が変化する。

 事前に入手した見取り図を元に、薄明りに照らされた廊下を一歩ずつ歩いていく。


 すると……


 悪魔たちがラウンジの照明に照らされた灰色の何かに気づく。

 視線は自然に灰色の何かのほうへ。


「……ん? なんだあれは?」


「窓のところに何か……いる?」


 怪訝な顔を浮かべる悪魔たち。

 対象に近づくにつれ、その姿が少しずつはっきりしてくる。


「石像か?」


「いや……石像は椅子に座らないでしょう」


「とすると、まさかガーゴイルか?」


「おそらく、ここ最近では見ないタイプですが、どうやら本を読んでいるみたいですね」

 

 二人の目に映るのは、一人ラウンジで読書をしている男の姿。

 あまりにも場違いなその存在を見て、立ち止まるアークデーモン。


 こんな夜中に、足を組んで、本を読んでいるガーゴイル。

 その灰色の体がテーブルに設置された灯りにより、くっきりと映し出される。


 二人はガーゴイルをマジマジと観察する。

 マリーゼルの寝室はこの奥にあるため、必然、ガーゴイルの前を通る必要がある。


「な、なんでガーゴイルがあんなところにいるんだ?」


「……け、見当がつかないですね」


 自分たちが忍び込んだのは魔王が住む城であり、今いるのはその最上階だ。

 常識で考えれば、ここにいるのは魔王と何らかの関係のある存在に限られる。


「どうする? 一応、始末するか」


「……」


 ラスが手元の指輪に視線を送る。

 わずかに考える素振りを見せたあと。


「いえ、この指輪のおかげで、こちらの姿は認識できていないはずです。放っておいても問題はないでしょう」


「わかった、ならこのままだな」


「ええ、物音を立ててお姫様を警戒させたくありませんから」


 ガーゴイルを無視して、何事も無かったように、前を素通りしようとする二人。


 だが……


 パタン。


 悪魔たちがガーゴイルのいるラウンジを通り過ぎるその直前。

 廊下に本を閉じる音が響いた。


「……」


 なんとなく気になったラボが、音の発生源のガーゴイルに視線を送る。

 それを見て、訝しげな顔を浮かべるラボ。

 

「な、なぁ……ラス」


「……なんですか?」


 ラボが少し前を歩くラスにそっと話しかける。


「あのガーゴイル、こっちを見てる気がするんだが?」


「何を馬鹿なことを言っているんですか? 見えてるわけがないでしょう」


「いや、視線がこれでもかってくらい合ってるんだが」


 まるで、自分たちのことを待ち構えていたかのような挙動を見せるガーゴイル。


「偶然ですよ、たかがガーゴイルに私たちの姿が認識できるはずがありません」


「それはそうなんだが……」


 小声で会話する悪魔たち。

 冷静なラスが、わずかに動揺したラボを諫めている。

 相方の態度に少しイライラした様子のラス。


「本を閉じたのは区切りのいいところまで読み終えただけで偶然です。警戒し過ぎですよ。あなたの勝手な思い込みや勘違いでお姫様に気づかれたらどうするんですか? 物音に一々反応しないでください」


「そ、そうだな……すまない」


「とっとと向かいますよ。城には水龍もどこかにいます、あまり時間をかけたくありませんので」


 そんなやり取りをして、再び歩き始める二人。


 ……ところが。


「お、おい……ラス」


「……」


「なぁ、おい」


「……」


「お、おいって、聞いてくれ」


 相方(ラス)の服をくいくいと引っ張るラボ。

 そんなラボの様子にうんざりした顔のラス。


「さっきからどうしたんですかあなたは? 私たちに失敗は許されないのですよ。エルフは耳がいい。本当ならこの会話だって、避けたほうがいいんです」


「いや、それはわかっているんだが」


「では、なんです?」


「その、立ちあがって後ろを付いてきてるんだが」


「は?」


 ラボが指を後ろに向ける。

 それにつられて、ラスも後ろ奥を見る。


「「……」」


 そこには確かにガーゴイルがおり、自分たちの後をピッタリとついてきていた。


「つ、ついて……きてますね」


「だ、だろう?」


「え、ええ、確かにこれは……気になりますね」


「やっぱり見えてるんじゃないのか?」


 ガーゴイルとアークデーモンたちの視線が絡み合う。


 ……そして。



「こんにちわ、素敵な夜ですね?」


「「っ!」」


 これには二人も驚く。

 先ほどまで冷静だったラスもほんのわずかな動揺を見せる。


「お、おい、挨拶してきたぞ、あのガーゴイル。やっぱり見えてるんじゃ……これは一体」


「……お、落ち着いてください、ラボ」


 ラスが目の前のガーゴイルについて思考する。

 自分たちのミラージュリングは間違いなく発動している。

 相手がハイエルフや水龍ならまだしも、ガーゴイルごときが自分たちの姿を認識できるはずもない。


 ガーゴイルを観察するラス。

 手を口元に当て、眼前の状況について考える。

 十秒ほど経過したあと、やがて一つの答えに辿りつくラス。


「なるほど、理由がわかりました」


「本当か?」


「いいですか? そもそもガーゴイルが城の最上階にいることがおかしいんですよ。まさかあんな翼もない、不完全で不細工な生物が、執事やメイドのわけもない」


「そうだな」


「しかし、現に今こうして城にいる。観察したところ精神魔法にかかっている様子もないのにね」


「ああ」


「ですが、正常な状態とも思えない。今は深夜なのに『こんにちは』と言いましたしね。現実を認識できておらず、どこかから迷いこんだ可能性が高い。そして今は真夜中、ピンと来ましたよ」


「……」


「つまりあのガーゴイルはおそらく……」


 ガーゴイルのほうを一瞥したあと。

 一拍置いてラスが結論を語る。




「……夢遊病です」



「ほ、本当か? ……ちょっと強引な結論な気もするが」


「間違いありません、よく見てくださいあの顔を」


「確かに、いろいろとさまよってそうだ。さっきのは独り言だったってわけか?」


「大体、こんなところに普段からガーゴイルがいるわけがないでしょう? それだと魔王と一緒に暮らしているってことになりますよ」


 ラスの言葉にとりあえず頷くラボ。


「……ガーゴイルが衛兵にバレずにどうやって最上階に来たのかとか、納得いかない部分は多いが、どちらにせよ刺激はしないほうがいいか」


「そうですね、放っておけばそのうち向こうにいくでしょう。さぁ早く姫の元に向かいますよ。ガーゴイルが夢の世界から戻る前にね」


 会話している二人は気づかない。

 ガーゴイルの体が小刻みに震えていることを……


「だ、誰が……」


「「うん?」」


「夢遊病だゴラアァッ!」


「「…………は?」」


 突然大声を出したガーゴイルに、驚きから顔を見合わせるラスとラボ。

 そして、視線は再びガーゴイルのほうへ。


「深夜の時間の来訪者で、かなり怪しいと知りつつも、人が丁寧に友好的に接してやれば、てめえら……」


「お、おい! やっぱり俺たちの声が聞こえていたみたいだぞ!」


「ば、馬鹿な……まさか本当に?」


 ガーゴイルの反応に焦る上級悪魔アークデーモンたち。

 目を大きく開いて、たじろいでいる。


「不細工だとか不完全だとか、好き放題言ってくれやがって! 挨拶は素で間違えたんだよボケどもが!」


「「……」」


「てめえらが何者だか知らねえが……味方ではなさそうだしな。覚悟しろよ」


 イレギュラーな事態に、舌打ちする悪魔たち。

 一波乱が起きそうな空気だった。


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