アークデーモン2
ルミナリアとの模擬戦が終了した。
現在、土魔法を使って訓練場の修復作業中。
魔法で壊れた壁を補修したり、戦いで荒れた地面を整地したりと頑張ってます。
派手に戦ったので、至るところに被害があり、修復がかなり面倒だ。
まぁ地面はともかく、壁のほうは自業自得なんで文句は言えないが。
そんな仕事中の俺をよそに、地面に横たわり、グッタリしている美少女たち。
「はぁっ、はあ……っ」
「……っ」
はぁはぁと息を荒げ、汗を流す二人。
仰向けで大の字になって寝転んでいるリーゼ。
その隣にはルミナリア。
ぶっちゃけ地面に寝られると作業の邪魔なんだけど……
まぁ、なんかいい光景なので許す。
先ほどルミナリアと戦った後、なぜかリーゼが入ってきて、二対一で戦ったりした。
リーゼめ、仕事しなくていいのか? と疑問に思ったが、すっきりした顔を浮かべているし、問題ないんだろう。
偶には体を動かさないとな。
仕事の息抜きになったのなら、なによりだ。
「……ね、意味わかんないでしょ?」
「あ、あれだけ動いて……なんでまだ元気があるんですか、あの人」
五分ほど経過し、ようやく息が整ってきた様子。
ルミナリアがゆっくりと起き上がる。
「あの、アルベルトさん」
「なんだ?」
「やっぱり、今度は水中で戦ってもらってもいいですか?」
「……いいぞ」
ルミナリアの提案に頷く。
俺も久しぶりにいい運動になったからな。
そういや、泳ぎ(?)の練習もその内しないとな。
水中だと、今回ほどうまく立ち回ることはできないだろう。
何か方法を考えておかないと。
リーゼもルミナリアも戦いで服や鎧が泥まみれだ。
午前中からすげえ体が汚れてしまった。
模擬戦のあとは城に戻り、軽く風呂に入って体を綺麗にする。
一応女性陣と一緒に暮らしているので、そういうエチケットは大事なのです。
体を清めたあとは昼食を食べ、運動で空っぽになったお腹を満足させる。
食べたあとは、眠くなったのでお昼寝した。
起きたのは夕方だった……結構な時間寝てしまった。
(……俺、いい生活してんなぁ)
ちと世の中を舐めているような気もするが、あまり考えないようにしよう。
三人で仲良く夕食を食べ、そして……
深夜。
俺は今日の朝と同じく、城最上階のラウンジにいる。
テーブルに備えつけられた、光魔石を用いた明かりを灯し、朝中断していた本の続きを読んでいる。
「……」
いつも夜更かししているわけではないんだけどな。
今日はお昼寝をし過ぎたせいで、なかなか寝つけなかった。
昼間はいい運動したからな、深く眠ってしまうのも仕方ない。
そんなわけで眠くなるまで読書することにした。
こうして、生活のリズムが崩れていくのだろう。
城の最上階は元々、人の出入りが少ない。
昼も静かだが、夜は物音一つ聞こえてこない。
一部の見回りの夜勤の衛兵などを除いて、お休み中なのだろう。
雑音のない、落ち着いた空間で読書を楽しむ。
ペラペラとページをめくる音が響く。
そうして本を読み、十分ほど経過した頃だった。
薄明かりに照らされた廊下に一筋の影が伸びる。
コツンコツンと足音が聞こえてきた。
「……アルベルトさん?」
「ん? ルミナリアか、どうした?」
「その、なかなか寝付けなくて」
「はは、俺と同じか」
なんとなく互いに笑いあう。
そこにきたのはルミナリア。
彼女はテーブルを挟んで向かい側の椅子に座る。
ルミナリアは早寝早起きだからな。
こんな時間に二人で会話するのは珍しい。
こういうの、新鮮な感じだ。
「リーゼはもう寝たのか?」
「先ほどまで仕事をしていたみたいですが、お休みになりました」
「そっか」
リーゼは今、お祭りの準備などで忙しい。
一人でも回るように、ある程度はクライフが片付けてくれたとのことだが。
期待に応えようと、気を張って、頑張り過ぎている面もあるかもしれない。
それとなく無理だけはしないように見ておこう。
「今日はありがとうございました。私の我が儘に付き合っていただいて」
「いいさ、俺もいい運動になったからな」
「あれだけ動いて、私たち二人を同時に相手して、いい運動ってレベルですか……」
「深い意味はねぇよ。気を悪くしたならすまんな」
「いえ、あんな風にあしらわれたら何も言えないです。お姉ちゃんにアルベルトさんの事情を聞いた時は、半信半疑に思っていましたけど」
一拍置いて、ルミナリアが話を続ける。
「……少し己惚れていました。アルベルトさんがギルドで初めて私に会ったとき『調子に乗るなよ』と言っていましたが、こういうことだったんですね」
「…………り、理解したか?」
そういや、そんなこと言ったな。
あのときはラザファムの娘だって知らなかったけど。
「謝らせてください。私……てっきり、ただの嫉妬だと思っていました」
「気にするな。口で言ってわかるものではない。若さ故の過ちというやつだ」
アレは完全に嫉妬だったんですけどね。
ちょっとだけ居心地が悪いが、わざわざ自分の評価を下げることもない。
都合がいいので、誤解させたままにしておこう。
しかし、褒められるのに慣れてないせいか、くすぐったい気持ちになるな。
「まだまだですね……精進しないと」
ほんの少しだけ、ルミナリアの顔に影が落ちる。
まぁ空も飛べないガーゴイルに、子供同然にあしらわれたら、誰でも落ち込むか。
とはいえ、性格的に世界最強を目指していているわけでもあるまい。
「……ルミナリアは強いと思うぞ」
なんにせよ、目の前で落ち込んだ顔をされるのはなんか嫌だ。
一応のフォローをしておく。
勝った俺が言っても嫌味になるかもしれんが、正直な感想を伝える。
決して嘘ではない。
「負けたのに、ですか?」
「負けるのは当然だ。お前、俺が何年生きてると思ってんだ?」
「……」
「俺や真龍あたりと比べたらそりゃ劣るさ。俺がどんなに苦労して今の強さまで辿りついたか知らねえだろ? まだ生まれて三百年の小娘に負けてたまるか、自惚れるなよ」
あれ? 結局慰めてねえな。
寧ろ、叱ってしまっている。
外から見たらすげえ恰好悪いだろう。
なんでこうなってんだ?
……ところが。
「クスッ、結局私をどうしたいんですか……アルベルトさんは」
どうしてか、ルミナリアは笑った。
事務的なものではない、自然と浮かんだ笑み。
何故笑うのかよくわからんが……いいか。
沈んだ顔をされるよりは百倍な。
「と、とにかくだ。一朝一夕で強くなるのは無理だ。できることからやっていくしかないさ」
「はい」
なんか気恥ずかしい空気になったので、強引に話を進める。
ちょっと早口になってしまったが、ルミナリアは気にしてないようだ。
「それはそれとして……ルミナリアと模擬戦して、特に気になった点がある」
「気になる点?」
「お前、魔力感知苦手だろ? 攻撃魔法への反応も鈍い感じがした。魔法の発動を感知するタイミングが遅いというか……」
「……み、見抜かれてましたか」
「まぁな、つってもそれは戦う前から疑問に思っていたぞ」
「?? どうしてですか?」
わからない、とルミナリア。
「ギンのトライデントの一件だよ」
「……」
「トライデントにはギンの魔力が込められている。もし誰の魔力か判別できるなら、お前はギンと話した時に感じてるはずだ。トライデントに込められた魔力と似ているってな……だが、そんな素振りは見せなかった」
「それは」
「まぁ単純に魔力の大きい小さいを判別するのに比べて、魔力紋……要は個人の持つ魔力の癖っていうのか、そういうのに気づくのは格段に難しいんだけどな」
長年魔力感知を使っている俺でも意識して集中しないとわからん。
普通は、専用のアイテムを使って誰の魔力紋か判断するくらいだしな。
「……隠せませんね。アルベルトさんには」
「魔力感知、親には教わらなかったのか?」
「そういうわけではないのですが……」
「……ですが、何だ?」
「えと、言い訳になってしまうかもしれませんが、生まれの問題もあると思います」
「生まれ?」
「私の父と母は真龍と呼ばれ、各種族の龍で最強と称される存在です」
「ああ」
「そんな巨大な魔力を保持する二人の元で育ったせいか、魔力を感じ取るのがどうも苦手と申しますか、鈍いというか」
ふむ、なんとなく言いたいことはわかった。
「魔力感知は、父が得意だったんですけどね」
「……そうか」
知ってるけどな。
ファラ山脈で会った時も、俺たちのところにすっ飛んできたしよ。
山頂の棲み処からかなり離れてたのにな。
「俺でよければ、魔力感知教えてやろうか?」
「え、いいんですか?」
「ああ、その代わり今度海で泳ぎ(?)の練習にでも付き合ってくれよ」
一人だとえらいことになりそうな気がするんだ。
泳ぎでなく、移動の練習といったほうが正確かもしれないがな。
「それくらいなら勿論……ありがとうございます」
「持ちつ持たれつだから、礼はいらんよ」
ギブアンドテイクというやつだ。
ルミナリアに向けて手をヒラヒラと振る。
「魔力感知は便利だぜ、戦闘で死角をカバーできる。今日もルミナリアの水弾を防ぐのに使ったけどな」
「はい」
「日常生活でも便利だぞ。例えば、こうやって感知範囲を拡大すれば……と、リーゼが動いてないことから、熟睡中であることがわかる。あっ、今寝返りを打ったな。近いうちベッドから落ちるんじゃないか」
「……や、やめてあげてください。プライバシーの侵害ですよ」
「冗談だよ」
ルミナリアから非難のまなざしを浴びる。
普段はこんなことしないって、たぶん。
「てかあんまり範囲を広げると疲れるしな……ん?」
「?? アルベルトさん?」
「……? なんだこれ?」
見つけたのは正直、偶然。
集中して、感知範囲を拡大……すると。
下から二つの魔力が上へ上へと移動しているのを感知した。
少しずつ、最上階へと近づいてきている。
「……」
動く魔力の正体について思考する。
(見回りの衛兵? いや……なんか違うような)
「……ど、どうしました?」
「悪い、ちょっと集中するから静かにしてくれるか?」
「は、はい……」
感知した魔力の動きを探る。
近くには、二つの魔力以外にも、兵士らしき反応がある。
だが、近くをすれ違っても、誰も何の反応も示さない。
まるで見えてないかのような。
考え過ぎかもしれないが、ほんの少しだけ違和感を感じる。
「誰かは知らんが、ここに近づいてきてる奴がいる。人数は二人」
「こんな夜中に……ですか?」
ルミナリアが訝しげな顔を見せる。
「外で何かあったのを知らせにきた諜報員か……それとも」
「……一応、お姉ちゃんを起こしてきましょうか?」
「そうだな、そのほうがいいかもしれん。頼む」
「わかりました」
ルミナリアが頷き、リーゼの寝室へと駆け出す。
俺はその背を見送る。
「さて……と」
相手が誰だかは知らないけど、失礼のないよう、丁重に出迎えるとしようか。




