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そのガーゴイルは地上でも危険です ~翼を失くした最強ガーゴイルの放浪記~   作者: 大地の怒り
メナルドの街編

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アークデーモン1

悪魔サイドの話です

 メナルド。


 ハイエルフの魔王であるクライフが、長い時間をかけて発展させてきた街。


 沖には漁船や、観光客を乗せた遊覧船が見える。

 港には今日獲れたばかりの新鮮な魚が運ばれ、市場には活気のある空気が広がっている。


 過去クラーケン変異種の襲来により、街は大きな被害を受けたが、現在はその影もない。

 ここ数百年大きな戦いも起きていない。

 魔王クライフの庇護の元、住民たちは今日も平和に過ごしている。

 今日は天気もよく、街の方々から人々の笑い声が聞こえてくる。



 ……だが、今日はそんな平和な街に不穏な存在が近づいていた。


「……ようやくメナルドの街が見えてきましたね」


「ああ」


 上空を飛行する上級悪魔(アークデーモン)

 魔王ラボラスに「リーゼの身の確保」という命を受け、メナルドに来た上級悪魔(アークデーモン)のラスとラボである。


 彼らは既に陸まで目と鼻の先の位置まで来ている。

 だが、誰も悪魔たちに気づいた様子はない。


 今日は空に雲一つなく、遮るものもない。

 遊覧船のデッキにはかなりの数の観光客がいるが、乗客たちは頭上にいる悪魔の存在に気づかない。

 位置関係的にもすぐ発見されるはずなのにだ。

 

「ここまで堂々と飛んできても気づかれないとは……この指輪、本当に便利だな」


 二人の視線は指に嵌められたマジックアイテムへ。

 彼らがラボラスより渡されたのは、ミラージュリングという指輪型のマジックアイテム。


「発動には厳しい条件付きですけどね。相応の魔力が必要ですし、恐らく私たち以外では魔力が足りず発動できないでしょう。それにあまり長時間の使用はできません」

 

 その効果は発動すれば認識阻害魔法の効果を得るというものだ。

 指輪に魔力を流すと、装備者の存在を周囲に認識させない、錯覚を引き起こす。

 隠密行動に有用なアイテムである。


 ただし、一度でも対象にはっきりと認識されると効果はなくなる。

 また、魔力感知には引っかかるという欠点もある。

 とはいえ、例外を除いて通常魔力感知など、数メートル程度が限度ではあるが。


「一定レベルの魔力所持者には通じませんから、恐らく今回のターゲットであるハイエルフのマリーゼル姫には効果がないでしょうけど」


「わかってる。それでも……姫様の不意を突くには十分だ」


「ええ」




 上級悪魔(アークデーモン)たちは街に降り立ったあと、人気のない場所で指輪の効果を解除し、海に面した通りを歩く。

 悪魔だと気づかれないよう、背中に黒のマントを纏い、翼と尻尾が外から見えないようにしている。


「随分賑やかな街だな」


「ええ、フドブルクとは大違いです」

 

 活気に溢れた街で、人々の話し声が途切れることがない。

 眼前には多種多様な種族の姿が見える、とにかく人が多い。

 遠くの街からも、人々が集まってくるのだろう。


 路上では露天商の客引きの声が飛び交う。

 沖に見える遊覧船に乗りたい人たちの行列も見える。


 エルフを中心としてドワーフやケットシーなどが、種族の垣根を超え仲良く談笑している。

 その光景に二人は驚きを隠せない。


「敵の魔王ながら見事な手腕ですよ」


「……」


「海に面したこの街は経済的にも重要です。ベリアのいる西方攻略の足掛かりになりますしね。できれば無傷で手に入れたいところです」


「ああ」


 治安が保たれているのも一目瞭然。

 昼間とはいえ、幼いエルフの子供たちがボールの投げ合いをしている。

 安心しきった顔で、無邪気に遊んでいる子供たち。


「まぁ、平和ボケし過ぎだと思うがな」


「今ぐらいはいいではありませんか、もう数日もすればこの街は」


「そうだな……ん?」


 何気なく、子供たちが遊ぶのを見つめる上級悪魔(アークデーモン)たち。

 すると、上級悪魔(アークデーモン)とエルフの子供の視線が交わる。


「「……」」


 悪魔の視線に気づいた子供たちは、顔を見合わせて、頷き合う。

 そして何を思ったのか、ボールを頭上に掲げ、ぶんぶんと勢いよく振り始める子供たち。


「あのエルフの子供、なんでボールをアピールしてくるんだ?」


「……さぁ?」


「まさか、アークデーモンの俺たちをボール遊びに誘おうとしてるんじゃないのか?」


「はは、まさか……子供とはいえ、それは無警戒にも程があるでしょう」


「……」


「でも関わって変に目立ちたくないので行きますよ。子供の思考は読めませんからね」


「ああ、何故か距離を詰めてきてるのが気になるしな」


 二人はその場を早足で立ち去る。




 悪魔たちは街の様子を横目に観察しながら歩く。


「この街は大分変ったな。以前ラボラス様と共に使者としてきた時は、まだ変異種襲来の傷跡も残っていたのに」


「ええ」


「で、これからどうするんだ? ラス」


「そうですね、まずは……ん?」




 前を歩いている、軽鎧と槍を装備した兵士らしきエルフの男。

 その隣に、別の衛兵が横から入ってきて、会話が始まる。


「……よう」


「あれ? お前……今の時間は訓練場じゃなかったか?」


 エルフたちの会話が、後ろを歩くラスとラボの耳に自然と入ってくる。


「いや、訓練場を午前中だけ使うからって、上からお達しがあったみたいでな。ほら、例の姫様が連れてきたアイツが使うみたいだ」


「あのなんだかよくわからないヤツか、なんなのアイツ?」


「噂だと姫様が旅してる途中、アイツが傷ついて森に落ちてたのに同情して、拾ってきたとかなんとか」


「……姫様も物好きだな」


「そういや、今日もメイドのナターシャがアイツの愚痴を言ってたな」


「何かあったのか?」


「ああ、今朝、城の花瓶を落としたのに、それをごまかそうとして姫様が怒ってたそうだ」


「なんか、躾の出来てないペットみたいだな……何であんなのを」


「まぁ姫様はお優しいからな。クライフ様も認めているみたいだし、俺らがどうこう言うことじゃないさ」


 情報を得ようと、衛兵の会話に聞き耳をたてるラスとラボ。

 それに気づかずに話を続ける衛兵エルフたち。


「ところで、姫様、城に戻ってきてから雰囲気変わったか?」


「変わった?」


「ああ、以前より振る舞いに野生味というか、ワイルドさを感じるというか」


「お前……いくらなんでもそれは不敬だぞ、仕えるべき主にそれはないだろ?」


「す、すまない」


「まぁ、聞かなかったことにしてやるよ」


 気まずそうな顔を浮かべる衛兵エルフ。

 同僚の失言に、もう一人が仕方ないなといった表情を浮かべる。


「でも、悪い意味言ったんじゃないんだぞ……俺は今の姫様のほうが好きだ。なんか距離を感じなくなったっていうか、イキイキとしてるというか、前はちょっと儚げなイメージがあった」


「ああ……それはわからないでもないな」


「笑顔が前より魅力的になったよ」


「だよな!! 昨日、城の見回り任務で姫様とすれ違って『ご苦労様』って労いの言葉をかけていただいたんだけどよ! やっぱり滅茶苦茶綺麗だわ、なんであんなに顔ちっちゃいの? 髪もさらっさらだし! 俺がハイエルフなら婚約を申し込んでるね!」


「……お、お前のほうが不敬じゃないか?」


 先ほどまで諫める側だったのに、声を荒げて語り始める男。

 それを半目で見つめている相方。


「……まぁ高嶺の花なんだけどな」


「そうだな、わかってるよ」


 衛兵たちが冷静さを取り戻す。


「……そういや、最近城にきた水龍の女の子も可愛いよな」


「ああ、今最上階で一緒に暮らしている娘な、守ってあげたくなる」


「あの娘、付き合ってる男とかいないのかな」


「命が惜しかったらやめとけ、街にはあのお嬢さんの親衛隊がいるって噂だぞ」


「……ど、どんだけだよ」




 衛兵たちの会話が一段落ついたあとで、ラスとラボが頷き合う。

 人気の少ない路地に入り、誰もいないことを確認したあとで、相談を始める。


「偶然とはいえ、なかなか面白い話が聞けましたね」


「ああ」


「どうやら、ラボラス様から聞いた話に間違いはないようですね。マリーゼル姫が城にいるのは間違いないようです。諜報員と合流して、クライフの留守を含め、確かめる必要がありますが……」


 ラスの意に頷き、同意するラボ。


「しかし、城には水龍がいるのか……ついでにペットも」


「ええ、事前に知れてよかったです。ペットはともかく水龍についてはね」


「どうする?」


「水龍はやっかいな手合いですが、陸であれば対処可能でしょう。海ならまだしもね。とはいえ、それでも面倒なのに変わりはありませんので、極力交戦は避ける方向で……姫様の身を確保したら急いで城を離脱しましょう」


「……それじゃあ」


「ええ、早いほうがいい、今夜決行です。クライフが戻ってくる前に片をつけます」


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