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 ベリアとの会談のため、クライフがリドムドーラへと旅立ち、四日が過ぎた。


 もう少しで向こうに辿りつく頃だろうか?

 トラブルなく進んでいればと思う。


 なお、俺のほうだが今のところは何事も無く。 

 メナルド城で平和に暮らし……


「待てよ! 俺の話を聞けってんだ! 逃げるのか!」


「うるさいこの馬鹿! ちゃんと片付けてきなさいよ! いいわね!」


「こんの……わからずやがっ! お前には人の心というものがないのか!?」


 すまん、平和なんて嘘をついた。


 聞いてわかるようにリーゼに対し、俺は相当お怒りモードだったりする。



「くそが!!」


 二人の間で交わされる罵声の応酬。

 リーゼの背中に大声を浴びせるも、もう反応はない。

 これ以上話すことはないと、振り返らずに行ってしまった。


 断わっておくが、俺だって好きで怒っているわけじゃない。

 そこまでメンタルに問題有りの男ではないつもりだ。

 女に怒鳴るのがよくないってことはちゃんとわかってる。


 クライフにも(リーゼ)を護ってほしいと言われているのだ。

 そんな相手と、できれば喧嘩なんかしたくない、仲良くやっていきたい。


「……ちっ」


 俺の足元には床に落ちて散らばった、高かったと思われる花瓶の残骸。

 廊下に敷かれた赤い絨毯には、花瓶から零れた水がしみ込んでいる。


「ああ、むかつくぜ!」


 イライラから、ドン、ドン、と床を踏み鳴らしてしまう。

 下の階にいるかた、驚かせてすみません。

 でもやめられない、抑えきれない。




「しかたない……片付けるか」


 とはいえ、一人で吠えていても現状は変わらない。

 このまま割れた花瓶を放置するわけにもいかない。

 誰かが踏んだらまずいことになるからな。


 怒りのオーラを周囲に振りまきながら、しぶしぶ花瓶を片付けていると……


「……ど、どうしたんですか?」


 廊下の角から姿を見せたのは、先日より一緒に暮らしているルミナリア。

 トレードマークの青髪ポニーテールを軽く左右に揺らして、近づいてくる。


「ルミナリアか……、見たらわかるとおり、割れた花瓶を拾っている」


「手掴みだと危ないですよ、切ってしまいますし……手伝いますね」


「……すまないな」


「箒と塵取り持ってきます」


 相変わらず、気の利く少女である。

 優しさが心に染みわたる。

 こんな破片程度で俺が指を切るなんてあり得ないけどよ。

 本人の名誉のため名指しは避けるが、「リ」から始まって母音伸ばして「ゼ」で終わるどっかの誰かさんとは大違いだ。

 

「それで、なんでそんなに怒ってるんですか?」


 先ほど一人で叫んでたのが聞こえていたようだ。

 戻ってきたルミナリアに渡されたチリトリを構える。

 ……怒りの理由か。


「それはな……リーゼに失望したからだ」


「失望……ですか?」


 まぁ特に隠すことでもない。

 先ほどの出来事、俺が怒っている理由を彼女に話すことにする。


「ああ、俺が最近、早起きして読書を楽しんでいるのは知っているよな?」


「はい」


 ルミナリアが首肯する。


 そう、最近は彼女(ルミナリア)の影響で読書に嵌っているのだ。

 最近読み始めた長編のシリーズが面白くて、先が気になり朝から晩まで読書の日々だ。


「今日も早起きして、ラウンジでのんびりと読書を楽しんでいた。本の世界に没頭していたら、あっという間に朝飯の時間になった。ルミナリアには新しい楽しみを教えて貰って本当に感謝しているよ」


「それはよかったです。それで?」


「……ああ、だからって飯を食べずに本を読むのは良くないからな。朝飯を食べに食堂に向かおうと、廊下を歩いていたら、近くでガチャンと何かが床に落ちて割れる音が聞こえたわけだ」


「はい」


「何事かと思い、音がしたほうを見てみれば……床に花瓶の破片が散乱していた。そのあとすぐ、音を聞きつけて、メイドさんと、朝の仕事を終えて食堂に向かう途中のリーゼも駆けつけてきたわけだが……」


 ああ、やっぱり腹が立つな。

 イライラが収まらない。


「俺が怒っているのは、このあとの出来事が原因だ。リーゼの奴、割れた花瓶と俺を交互に見たあと、割った犯人が俺だと決めつけやがったんだ! 俺が割るのを見てもいねえのによ!」


「……」


「何を言っても聞く耳持たずだ! まぁ、その時、近くには誰もいなかったよ、第一発見者は俺だ、怪しいのは俺だ。でもっ、だからってよ……現場を見たわけでもねえのにさ、それはないだろぉ」


 吐き出すように、一気に語る俺。

 それを黙ってきいてくれるルミナリア。


「メイドさんが朝の仕事で花瓶を掃除した時、戻した位置が不安定だったとかよ……そういう可能性もあるわけだろ?」


「まぁ、確かにそうですね」


「わかってんだ、一番疑わしいのは俺だよ! だけどよ、何の証拠も無く人を疑うってどうかと思わないか? メイドはともかくリーゼまで俺を……リーゼとはそれなりの付き合いだし、あいつのこと信じてたのに! あんな奴だとは思わなかったぜ! がっかりだ!」


 俺はルミナリアに熱弁する。

 誰かに自分の気持ちを知ってほしかったのかもしれない。

 

「……なるほど」


 ありがとな、ルミナリア……聞いてくれて。

 話していると、なんか熱が冷めてきた。

 一人で抱え込むと精神衛生上よくないからな、助かるぜ。


「それで、結局犯人は誰なんですか?」



「まぁ……確かに俺なんですけど」


「……よくそれで怒れますよねホント。予想はしてましたけど、がっかりです」


 下向きで本を歩き読みしてたら、視界が狭くなっていたようで、花瓶が肘にぶつかってしまった。

 んでまぁ、落ちてガチャンとね。


「たぶんお姉ちゃんはその……隠ぺいする根性が気に入らなかったのでは?」


「……か、かもしれませんね」


 今、冷静に考えるとそんな気もする。

 案外、素直に謝ったら許してくれたかもしれない。


「いつまでも不貞腐れてないで、ささっと片付けちゃいましょう」


「……ああ」


 



 ルミナリアの手伝いもあって、破片回収作業もスムーズに進む。

 彼女(ルミナリア)が入れやすいように、しゃがんでチリトリのポジションを微調整する。

 箒でサッサと手際よく破片を中に入れていくルミナリア。


「……」


 ルミナリアは今、スケイル(水龍の鎧)を装備しておらず、白のフレアスカートをはいている。

 上を見上げれば、脚元から伸びるルミナリアの生足が眩しい。

 とはいえ、善意で手伝って貰っているのであまりジロジロ見るのも失礼だろう。



 そう思い、ルミナリアから目を外す。


「……ん?」


 なんとなくだった。そこに目が留まったのは。

 ルミナリアの後ろ、壁に掛けられた彩豊かな絵を見て、俺はふと疑問を感じた。


「どっ、どこ見てるんですか!」


 ルミナリアが下から見上げる俺の視線に気づく。

 箒を放して、サッとスカートを抑える。


「……おせえよ。いや、そうじゃなくて、上の絵の中央の男、誰かに似てないか?」


「絵? ……ああ」


 ルミナリアが振り向き、俺の指さした絵を見る。

 精悍な顔つきの金髪の男が海岸で、エルフたちを指示して海の魔物と戦っている絵。

 何気に、この城にきて長いがジックリ眺めたことはなかったな。


「似ているも何も……クライフ様ですよ、このかたは」


「クライフ……、ああ、どうりで」


 ……確かに似てるな。


「一目見た瞬間、大物になる感じがしたわけだ。俺の目に狂いはなかった」


「……そんな回答聞いてから言われましても」


 ルミナリアが呆れたように言う。

 ごもっともだ。


 奴が去ってまだ四日、顔を忘れたわけじゃない。

 絵のクライフは気持ち幼い感じがするし、この頃は髪も今より長いしな。

 気づかなかったのも仕方ない……て、何を言い訳してんだ俺は。


「何と戦ってんだコレ、触手……クラーケン?」


「四百年前、海に突如現れたクラーケンの変異種ですね」


「変異種?」


「はい、この時の戦いを経て、クライフ様は魔王と呼ばれるようになったんですよ」


「変異種とはいえ、魔物の討伐だろ? それで魔王と呼ばれるって……」


 ギンがトライデントを失くした原因の魔物の変異種。

 そんな依頼を今度受けるルミナリアは大丈夫か?


 まぁ俺も受けようとしたけど、俺はいいんだよ。


「普通のクラーケンも強いですけど、私でも戦えます。ただこの変異種はその特性が非常に厄介だったそうで……当時、メナルド近辺の海域を支配していた魔王の国が、変異種の出現で崩壊したって話です」


「……それはまた。あれ? そういや、絵にリーゼはいないな」


「お姉ちゃんはまだ小さかったはずですよ」


「あいつ、まだ四百歳くらいか……思ったより若いな」


「若い、ですかね?」


 エルフ、古龍、吸血鬼などは寿命が長い。

 姉ちゃん、兄ちゃんが口癖のギンは、本当にルミナリアの年下だったりする。

 あと、ランヌみたいに種族進化したものや、魔力の保持量の多いものも老化が遅くなる。

 というか、一定ラインを超えると老化しないのかもしれないが。


「この時の戦いについて、詳しいことはメナルドの歴史資料館に行けばわかりますよ」


 うん、メナルドに来たとき、一応リーゼと行ったんだけどね。

 模型とかそういう見栄えのするほうにばかり視線が……


「当時の資料も綺麗に保存されていて、入り口から順に歩けば、どうやってこの街ができたのかしっかりイメージできるように、来館者に配慮して展示されています。興味があるのなら行ってみたらどうですか? 有意義な時間が過ごせるかと」


「……」


 資料館はクライフの自慢らしいが、あの時は興味が沸かなかったんだ。



 一応、それだけの価値はあったらしい。


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