『バスを待つ少女』
その日は薄曇りだった。
夏だというのに肌寒いくらいで、タンクトップを着てきたことを後悔した。
まだ早朝だったこともあり人もほとんど見当たらず、鳥の声だけが響く静かな街が余計寒さを増すようだった。
冷たくなっていく二の腕をさすりながら足早に歩く。
今日は遅番だったはずのバイトが、急病人が出たおかげで朝早くから呼び出され、ツイてない自分の身の上を嘆きながらいつものバス停へと足を向けた時だった。
その少女はそこに立っていた。
白のブラウスに水色のスカート。
今時にしては珍しい清楚な雰囲気の髪の長い少女。
バス停の掲示板をしげしげと眺め、何やら悩んでいる風だった。
「どうしました?」
他に人がいなかったこともあり、何となくほっておけなくて声をかけてしまった。
少女は一瞬戸惑った顔をしたが、恐る恐る薄桃色の唇を開いて、まだ少し幼い猫のような声を発してこう言った。
「あの…緑ヶ丘まで行くには、このバス停でいいんでしょうか?」
自信なさげにそう言う少女が、まだ会ったばかりだというのに妙に愛おしく感じて可愛いと思った。
「このバス停で合ってますよ。あと5分程でバスが来ます。」
精一杯優しく、怯えた子猫のような少女を安心させるように言った。
「ありがとうございます!」
弾んだ声でそう言う少女は安心したのか、ふぅーと息をつき、うっすら微笑んでいるようにも見えた。
黙ったまま2人で並んでバスを待つ。
少女の長い髪から流れてくる微かな甘い香りに、嗅覚は総動員され、さっきまでの寒さはどこへやらで妙な汗が滲んできた。
この妙な緊張感は何だろうか?
少女の無垢な、それでいてしっかりと女である得体の知れない魅力。
横目でチラリと見ると、白くふっくらとした頬が柔らかそうに俺の欲望を刺激した。
そこへバスが大きなうなり声をあげて止まり、運転手の乱暴なアナウンスが響いた。
はっ!と我に返りバスを凝視した。
少女はチラッとこっちを見たが、咄嗟に手振りで促すとペコリとお辞儀をしてバスへと乗り込んだ。
自分はというとバスから少し離れ、席につく少女を目で追っていた。
「乗らないんですね?」
無愛想な運転手にそう言われ、軽く頷くとバスはプシューと音を立てて閉まり、少女を乗せて走り去った。
そう、自分の行き先は違ったのだ。
俺は一抹の淋しさを覚えながらも、急病人に感謝した。