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2・応援

「風上さん、これお願いね」

「あ......はい」


 目の前に積まれる、書類。かなりの量がある。


「風上さんは優秀だから助かるなぁ」


 私が引き受けて満足したのか、社長の息子、もとい岡部易(おかべやす)はご機嫌な足取りで去っていく。

 はぁ......随分と気に入られてしまったものだ。

 秘書を引き受けて以来、こうした仕事の押し付けは毎度のことである。

 私は終わらないと帰れないから結局、残業じゃん! って感じだ。そのくせ岡部さんは少なくなった仕事をちゃっちゃか終わらせて、遊んでいるんだから腹が立つ。

 それに最近、ブラックに行く頻度も減った気がするのは気のせいじゃないんだろう。

 休日も、家で仕事の残りをやっている事が多いのだ。


「はぁー」

「不景気な顔しないでよ。私にまで伝染しちゃうでしょ」


 横のデスクで仕事をしていた亜季が言った。

 薄情なやつ!

 でもまぁそうかもしれない。落ち込んでいたら、成功するものも失敗しそうだ。


「嫌なら、やめれば良いのに」


 私を見て、辛そうだと思ったのだろうか。急にそんなことを言い出す。


「うん......でも、まだ始めたばっかだし。それと、そんな簡単に辞めちゃったら応援するって言ってくれた浅木さんに何となく申し訳ない気がして」

「ふーん......」


 つまらなそうに相槌をうつ亜季。

 怒ってるようにも見えるのは、勘違いなのか......

 それ以上言うつもりは無いのか、亜季は仕事に戻った。

 まぁ確かに、辛いけど。

 それでも私がやると言い出したのだから、しっかり責任を持ちたい。

 こんな私でも認めてくれた。多分、それが心に引っ掛かっているのだ。


「はぁ......」


 もう、溜め息せずにはいられない。




「んーっ! 疲れたぁ」

 やっと終わった。伸びをしながら周りを見渡す。

 いつの間にか私一人になっていた。

 もう時間も遅いし、残っていた方がビックリなのだが。パソコンを閉じて、席を立つ。そして、空部屋のドアを閉めた。


 駅前はまだ人で溢れていた。

 まぁ昼間とは雰囲気が違っているけど......

 言わなくても分かるよね?


「おぉ! 風上さん」


 不意に声がかかり、振り向いた。


「あ、浅木さんっ!?」


 おかしいぞ。

 あの店終わるの7時のはずだ。もう3時間以上過ぎてますけれど......

 そんなことお構いなしにずんずん寄ってくる浅木さん。

 だからっ!

 近いって!!

 もう腰まで手が回ってしまうくらい接近してきた。


「こんな時間に一人じゃ危ないよ。......仕事?」

「...はい。ちょっと忙しくて」

「だから最近顔見せなかったのか」


 悲しそうな顔。そんな浅木さんを見たら、なんだか私まで悲しくなってきてしまう。


「応援するとは言ったけどさ...あんまりこんつめすぎないように」


 本気で心配してくれているのだろう。

 何となく分かる。亜季も同じような感じだった。

 なんなんだろうな。皆から応援されて、皆から心配されて。幸せ者じゃないか。

 そして、迷惑をかけている。

 これからは気を付けないといけない。周りを頼って良いのは、頼られたときに役に立てる人だけだ。

 今の私じゃ、自分のことで手一杯すぎる。


「立ち話もなんだし、そこのファミレスでも行くか」

「え......あ、はい」


 小走りになりながら、浅木さんに着いていく。

 中は若者(多分私より下だと思う)で結構いっぱいだった。

 入学式シーズンだからな。打ち上げとか飲み会とかなのかもしれない。

 席につくとさっそく呼び鈴を鳴らした。


「コーヒー2つ」

「かしこまりました」


 浅木さんはもう決めていたらしい......私のまで勝手に頼みましたよこの人。

 まぁいいんだけどさ。

 それより、さっきの注文で気になることがあった。


「浅木さんは外でコーヒーとか飲んだりするんですか?」

「あー、うん。結構頼んだりするよ。一応研究してるから」

「美味しいですか?」


 何が可笑しかったのか、私がこう言うと浅木さんは声をあげて笑った。


「それはうちのコーヒー以外は美味しくないってことかな?」

「ちょっ!? な、なんでそうなるんですか!?」

「今の言い方じゃ外のコーヒーが美味しくないってことになるじゃん。でも、うちには通ってくれてる」


 ニヤニヤとこっちを見ながら言ってくる。

 か、からかわれてるの!?


「......まぁ、間違ってはないですね」


 くぅ......本当のことだもん! でもなんか悔しい!


「それはそれは。嬉しい限りです」


 お辞儀をされた。

 と、同時にコーヒーも来た。


「ごゆっくり」


 下がっていくウエイトレスを見送りながら、カップに口をつける。


「............苦い」


 薫りも悪い。味がパットしない。

 やっぱり、ブラック以外のお店のコーヒーは口に合わないのかもしれない。

 前を向くと、浅木さんも飲んでいた。


「普通に飲んでますね」

「俺、コーヒー好きだから。苦いのもいい」

「うーん......よく分からない」

「確かに自分の入れたやつの方が美味しいかも知れないけどね。でもそれは主観だから」


 なるほど。

 そう言われればそうかもしれない。


「それに、本当に美味しいと思ったコーヒーもあるよ」

「へぇ......浅木さんがコーヒー好きになったのも、そのコーヒーが関係してるんですか?」

「まぁそうだね」


 是非とも飲んでみたいな。

 なんか、さっきまでの憂鬱が嘘みたいだ。落ち込んでいた自分はもう居なくて、とてもいい気分。

 浅木さんと居ると、楽しい。

 話しやすい、と言うのもあるかもしれない。そういうところは亜季にも似ているな。

 飲み終わったカップを机に置く。

 すると、浅木さんはいつになく真面目な顔で聞いてきた。


「応援してるって言ったけどさ、風上さんが嫌だったら辞めてもいいと思うよ」

「......同僚にも言われました」

「そうか。何で言われるか分かる?」


 なんでだ?

 私は別に愚痴を溢したわけでもないし、物や人に当たった覚えもない。


「なんでですか?」


 私が聞くと、少し頬を緩めて言ってきた。


「風上さんが嫌そうな顔してるから」


 え............全く意識していなかった。

 いつも通りにしてるつもりだった。でも違ったらしい。

 いつも一緒にいる亜季ならまだしも、久しぶりに会った浅木さんにもわかったのだ。

 それはもう酷い顔だったのだろう。


「すごい心配になるくらいの顔してたよ、さっき」

「そう......なんですか」

「だから、嫌だったら辞めて欲しい。素直に言って欲しい」


「俺は元気な時の顔の方が好きだから」


 ドクンッ......心臓が大きくはねあがった。

 全身が熱くなり、顔まで赤くなっているんじゃないだろうかと思った。

 今の一言。

 私の心を動かすには充分な言葉。

 気付いてしまった。前を向いてみるが、真っ直ぐ顔を見れない。

 ヤバい......完全に惚れたかもしれない。

 だが、目の前の男はもうさっきの言葉を忘れたかのようにウエイトレスにおかわりを頼んでいる。

 お、恐ろしい人!!

 結局、このファミレスは、後30分程で出ることになった。

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