1・秘書
春ももうすぐ終わりに近づいてきて、最近暑くなってきたように思えるこの頃。
私こと、風上月音は、社内のお客様用ロビー横にあるカフェで、同僚の濱辺亜季とお茶を飲みながら休息をとっていた。
このカフェは社員の憩いの場で、休み時間は結構な人数があつまる。
だから座れたのラッキーだな。
「ねぇ、知ってる?」
亜季が唐突に聞いてくる。なんだそれ、まめしばか。
「何がよ」
「社長の息子のこと」
社長の息子?
息子居たんだ! とゆーか、結婚してたことすら知らなかった。私、失礼だな。
「近日、ここに入社するらしいのよ」
「ここ......って、会社に!?」
「そ。会社に」
うわぁ......なんか嫌だな。
どう接していいのか分からなくなりそう。だって社長の息子だよ?
まぁ社長は優しくていい人だからそんなに警戒はしてないんだけれど。
「凄いエリートって噂」
「何でここにくるんだろう」
「そこまでは知らないけど......普通に後継ぐためとか」
「ふーん......で、なんであんたはそれを知ってるわけ?」
「ちょっと誘惑」
え? 誰を......?
とは怖くて聞けなかった。とんでもない女だな。
「そういえばさ、ブラックは行ってるの?」
凄い唐突だった。
むせちゃったよ!
「あー......うん。週一回は行ってる」
「へぇ~」
意味ありげな笑みを浮かべる亜季。
な、なんだよ。
「あそこの店長、カッコいいでしょ」
「やっぱりあんた、気付いてて私に進めたんでしょ!?」
「え?なんのこと?」
しらばっくれた!
本当にこの同僚には敵わない。
だいたい聞かれたことにはしっかり答えろっての。
「今年こそ彼氏出来るといいわねー」
「余計なお世話だ!」
亜季の脇腹をどついた。
オフィスに戻ると、なんだかざわざわと落ち着きがなかった。
「なんでしょうね」
「さぁ......」
何でこんなに騒がしいんだろうか。
お偉いさんでも来てるのかな......でも予定になかったし。
「ん?」
あれ、誰だ?
見知らぬ男が、上司と話しているのが見えた。見たことない人。
横の亜季にも分からないってことは、やっぱり初めて見た人なんだろう。
ぼーっと遠目から眺めていると、不意に後ろから声がかかった。
「風上さん、ちょっとこっち」
「あ、は、はい」
その優しい声音は、この会社を統べる社長だった。
手招きされて、社長室へと入る。
普段、仕事をしているオフィスとは造りが違い、高級感が漂っている。
社長がソファーに座った。ちなみに私は立ってるよ。仕方ない仕方ない。
「えーとね......あそこの男を見たかい?」
さっきの人だろうか?
「はい」
「あれ、実は私の息子なんだ」
「はぁ......えぇ!?」
あの人が例の!?
もっと顔をよく見とけば良かった!
「そこで君に相談があるんだ」
「は、はい」
社長が私に相談なんて、初めてなんじゃないの?
悪い予感しかしない。
「その......相談って言うのは............?」
「たいしたことじゃないんだけどね。君に、あいつの秘書をしてもらいたいんだ」
「ひ、秘書ですか」
「うん。社内での働きを見てると、君が適任かなって」
「い、いえ。私なんてそんな」
「それで......どうかな?」
秘書ってことは、一緒にいる時間が増えるって事だよね。あと仕事も。
亜季と出掛けるのとか、ブラックに行くのが難しくなるんだ。
それはなんか嫌だな。
でも自分の都合で断るのは礼儀がなってないと思ったので。
「少し......考えさせてください」
「うんわかった。気楽に返事してね」
部屋を出るとき、社長の優しい笑顔が飛んできて、申し訳ない気持ちになってしまった。
「はぁ~」
「溜め息なんてついて、どんな話だったの?」
「亜季か」
周りを見るとなんか私が注目されてる......なんでや! って社長に呼ばれたからだけど。
「ちょっとここじゃ」
私が言うと、亜季は頷いた。
こんなとこで話したら皆寄ってくるに決まってる。
会社を出て近くのファミレスに入った。
この辺は結構栄えてるので、カフェやらファミレスやらが多いのだ。
適当に座って、亜季は私に向き直った。
「それで?」
「じゃ、順を追って説明するよ」
一部始終を話終わると、亜季も少し考えているような顔になっていた。
「面倒くさいわね......」
本当だ。
社長の頼みだから、初めから断るのも無礼かなって感じだし。かといって引き受けたら長くなりそうだ。
「あなたがどうしたいか、になるんじゃないの?」
「そうなんだけどね~......」
働きを認めてもらえたんだから名誉なことだけど......うーん。
「嫌ならきっぱり断った方がいいわよ」
「べ、別に嫌って訳じゃないんだけど」
「何よそれ......」
結局この場では決まらなくて、亜季と別れた私はブラックに行くことにした。
「いらっしゃいませー。って、風上さんか!」
すっかり顔馴染みになってしまったブラックの店長、浅木竜也が駆け寄ってきた。
平日だからお客さんいないけどさ。こんな大声で名前呼ばれると、私的には結構恥ずかしいんだよね......
「こんにちは」
「お好きなお席へどうぞ」
ニコッといつもの笑顔を見せ、戻っていく浅木さん。
あぁ......癒される!
浅木さんの笑顔には、なにか小動物みたいな可愛さがある気がする。
そういえば最近注文してないのに下がっちゃうんだよな。メニュー分からないからいいんだけど。
でもそれって接客業としてどうなの?
窓側の席に腰を下ろす。
ふぅ......落ち着くと、さっきのことを思い出した。今まで忘れていられたのに。
自分がどうしたいか、か。そりゃ仕事は嫌ですよ。
秘書なんて重要なポジション、任されたことないからな。ちゃんと出きるか不安で仕方がないし。
残業が無くなるのは嬉しいけどね!
「お待たせしましたー」
いつのまにか、浅木さんが目の前に来ていた。
いつもより早く感じたのは考え事をしてたからか、私しか居ないからか。
まぁそれはいいとして。
また2つ持ってる......
カップを1つ私の前に置いて、隣にすわ......隣っ!! 近い近い近いから!!!
ほんのりいい香りがする。しかもコーヒーじゃなくて浅木さんから。
「今日は何があったの?」
やっぱりか。
分かっちゃったか。
でもどうせ1人じゃ決められないのだ。聴いてくれるのなら、相談してみよう。
そう思いきって、今日の出来事を話してみた。
「つく人って、男だよね?」
「そ、そうですね。息子だから」
不満そうな顔をする浅木さん。
話した後にこんな反応されると、いろいろ考えてしまうからやめてほしい。
「......風上さんが引き受けるなら、俺は応援するよ」
凄い嫌そうだけど。
それでも応援してくれるのか。
......いい経験だし、受けてみてもいいかもしれない。悩み事があれば、亜季や浅木さんに相談したりするかもしれないけど、2人とも応援するって言ってくれている。
それが背中を押したのか、口から答えがでた。
「私......引き受けてみようかな」
私がそう言うと、浅木さんはニコッと笑顔を溢して席をたった。