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3・カフェマドゥーラ

 やらかした。

 コピー機を詰まらせてしまったのだ。それもかなりの重傷。

 これ、直らないんじゃないの?


「風上さん、何で相談しなかった?」

「いや、やり方は分かっていたので」

「分かって無かったからこうなったんだよね?」


 こいつ......

 上司だからって。

 もとはと言えば、あんたの仕事でしょーが! それを押し付けてきたのはどいつだよ。

 ......とは口が裂けても言えない。一応、上司。


「すみません」

「謝罪してすむような問題じゃないでしょ」


 もう無理。こんなの何言ったって無駄じゃん。そんな返しかたされたら何も言えないじゃん。最初から詰まれてるし。


「あーあ。どうすっかなこれ」

「あの......私が報告しに行くんで、大丈夫ですよ?」

「は?そんなの当たり前でしょ?」


 くそ!! 上から目線ウザい!

 言ってやりたい!うぅ......


「はぁ......」


 溜め息が出るのも仕方ないでしょ。

 こんな状況で、誰が私を責められるのだろうか。


「なに? 溜め息? 俺が悪いの?」


 また始まってしまった......もう頭がおかしくなりそうだ。

 こんなやり取りが、もうあと30分ほど続くのであった。




「うっわそれは無いわ」

「やっぱり!? もう疲れたわぁ」


 同僚は分かってくれた。初めてありがたみを感じたよ。


「それで? どうしたの?」

「さっき、社長に謝りに行ってきた」


 社長が優しい人だったので、ちゃんと頭を下げたら許してもらえたのだった。それがせめてもの救いになっている。


「ちょっと待ってて」


 亜季(あき)が席をたつ。トイレにでもいくのだろう。あ、ちなみに亜季ってのは同僚の名前です。

 カップに口をつける。

 うーん......なんか違うんだよなー。

 もっとこう、深みって言うかコクっていうか。だってこれ苦いだけじゃん。匂いもそんなにしないし。

 どんどん『ブラック』のコーヒーに影響されていく気がするな............


「おまたー」

「おう」


 ちょっと古い挨拶で戻ってきた亜季は、荷物をまとめ始めた。


「ちょっと私行くとこできたから」

「え?」


 急だなー。

 いや、お茶しようって呼び出したの私だから別にいいんだけどね。


「これから1人なら、例のコーヒーのとこ行けば?」

「あー......そうしようかな」


 また行くって約束しちゃったし。あそこのコーヒー飲みたいし。

「じゃ」と席を立った亜季に続くようにして、私も店を離れた。




 平日だと、駅前は人が少ないなぁ。

 いつも行列ができているラーメン屋でさえ、そんなに群がっていない。いつも食べたいと思っているのだが、並び待ちするのが嫌いだから毎回やめちゃうんだよね。

 そんなことを思いながら角を曲がると、例のコーヒー店が見えた。

 が、中の電気がついていない。


「あれ?」


 今日休みなのかな?

 お店の前まで行ってみる。

 看板は無く、ドアには close がかかっていた。


「えー......」


 ショックだな。

 正直、楽しみにしてたんだけど。

 はぁ......帰るか。

 さっと『ブラック』を去ろうとする。

 その時。


「あぁー! ちょっと待って!」


 聞き覚えのあるその声は、足音と共に近づいてくる。


「な、ど、どうしたんですか!?」

「はぁはぁはぁ......いや、店の前で待ってる姿が見えたから」


 そう言い、肩掛けバッグから鍵を取り出した。

 え? 入れてくれるの!?


「いや、あの......お店、休みなんじゃ?」


 すると彼はニコッといつもの笑顔を見せた。


「これからも来てくれるって行ってくれたからね。お客様は大事に、がモットーですから」


 私、また来ますとは言ったけど、これからも来ますなんて一言も言ってないよね?

 まぁ来るだろうけどさ。

 誘われるがままに、中へと入っていく。

 あぁ......なんだか落ち着く。人が全く居ないし。


「お好きな席へ」


 毎度のようにそう言って、キッチンへと向かっていった。

 今日はカウンターにしよう。

 椅子の背に上着を掛けて、腰を下ろした。待ちながら、さっきのことを思い出す。

 私の為にお店開いてくれたんだよね。

 私の為に......ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!!

 カァっと顔が赤くなるのが分かった。

 な、何でこんなことまでしてくれるんだろうな本当に。

 天然......な訳ないよね? 天然であの対応だったらちょっと破壊力半端ない。

 モテるんだろうなぁ。

 優しいし、カッコいいし。かなりの物件だと思う。......彼女、居るのかな?

 と無駄なことを考えて、余計に赤くなってしまう。

 マイペースマイペース。


「ふぅー、ふぅー」

「何で深呼吸なんてしてるんですか?」

「わきぁ!」


 いつの間にか戻って来ていた。

 いきなりだったから、ビックリして変な声をあげてしまった。


「くくく」

「わ、笑わないで!笑わないでください!!」


 く、くそぅ!

 彼は爆笑しながら、手に持っているカップを置いた。

 そこまではいつも通りなんだけど......何でもう1つ持ってるんだ?

 すると彼は、私の隣に腰を下ろした。


「ふぅ......で、何かあったんですか?」

「え?」

「顔にかいてあります。迷惑じゃ無かったら、聞きますよ?」


 な、なんで? どうして?

 私、顔に出てる?


「い、いや......でも」

「今は他のお客様もいないですし」


 ......ここまで言われると、断るのも申し訳ない気がして。

 結局、午前の出来事を話してしまった。


「それは......災難でしたね」


 顔をひきつらせながらそう呟く。

 やっぱりおかしいよね!?


「だから疲れちゃって」

「それで、今日はサボったんですか?」

「何でですか!違いますよ!? ......今日は午前出勤だったんです」


 さらっとサボったことにされそうだった。

 ちょっと!

 この人、天然なんじゃないの?

 まぁ、こんな話でコーヒーを不味くするのは勿体無い。

 話を切って、カップを口へ。


「甘っ」


 何これ! スッゴい甘いのに、まったく嫌じゃない。

 口の中で広がる甘味が、体に浸透していくみたいだ。......美味しいなぁ。


「これはなんていう豆ですか?」

「カフェマドゥーラです。甘味と薫りの強いものだけを厳選して作られた、特別なコーヒーなんですよ」


 説明聞くと高級感漂って、不安になってくるけど。


「嫌な気分のときには、甘いものが一番ですからね」

「......いつもいつも、ありがとうございます」


 ドキドキしてきた。

 だから何で私のことをそんなに心配するんだよぅ......


「ねぇ」


 俯いていると、何かを訪ねるように聞いてきた。


「名前、教えてよ」

「名前......ですか」

「うん名前」

「な、なんできいなり?」

「いや、なんて呼んだらいいか分からないし」

「......風上月音です」

「風上さんね。俺は浅木竜也(あさぎたつや)

「浅木さん......」


 お互いを確認しあい、またコーヒーに口をつける。

 名前聞かれただけなのに、鼓動が早くなった。

 そしてまた、私にニコッと笑いかけてくる。

 あぁ......

 ......浅木さん、いいかも。

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