第九話「中心街壊滅の危機」
ロキス国中心街。
観光地としても人気があり、旅行客の絶えない活気溢れる大都会である。
中心部には『キマシタワー』なる電波塔が建っており、そこの売店で売られる『カカオビターの粉バナナ添え』が、中心街での一番好評なお土産らしい。
資源も豊富で、地盤も固く広大な土地を利用して。近年いたるところに宿屋が建造されている。
東西南北全域の隅っこに固められており、『中心街は宿屋に始まり宿屋に終わる』などという名言まで作られたとか無いとか。
その内のほとんどが、いたって普通の宿屋であることを考えると、意外とロキス国とは治安はしっかりとしているのかもしれない。
「あ。お帰り神保君」
アキハが優しくお出迎えをして神保を抱きしめる。
後ろからも萌のトロピカル・ハグ(別に何もトロピカって無いけど)を受け、秋葉神保16歳は今日も楽しくリア充生活を送っていた。
アキハはネコのようにスリスリと頬を寄せ、耳に絡みつくような甘ったるいロリ声を発する。
「ところでギルドってどんなのだった? 強そうな勇者とか、格好良い女勇者とかいっぱいいた?」
「いなかったなぁ……。依頼も三つしか無かったし」
「そうだ神保! さっき奴隷売りさんがここに来たよ!」
話のコロコロ変わる人である。
しかも全然会話に脈略が――
そこまで考えたところで神保は今のセリフの一番おかしいところに気がついた。
「どっ……奴隷売り!?」
「やっぱり男の子は奴隷さんに憧れるものなの?」
どこかでかじった情報。
萌はやはりオタクであり、通常の女子高生とは違った反応をする。
「奴隷って……いったいどんな事をするんだ?」
神保の素朴な疑問にアキハが颯爽と答える。
「バキューンしたりバキューンでバキュメンタリアロストハイパワーアターック! ドカーン!」
最初からクライマックス。
延々と危ないセリフが乱射される。
言葉をそのまま文字に起こせないようなヤバい字句の羅列に、途中から神保も正常な心を保てなかった。
アキハが連発させた危ない言葉は、思い出すだけで男の子のイケナイ心を高ぶらせる。
「そんな……でも奴隷なんて」
奴隷やらハーレムを女の子から勧められるとは。もはや世紀末である。
上空数メートルを駆け抜ける淫魔ことエーリン。
彼女は空を飛びながら思ったことがある。
あんな暴力女と一緒に神保が一夜を共にすれば、まさしく危険な事となるだろう。
心優しい神保は嫌だと言えず、一晩中彼女に叩かれて放置されて――
「何だかゾクゾクしてきた」
踊り子の格好をした淫魔はそのままどんどん高度を下げていき、ゴミ収集者の荷台の中へと吸い込まれるように落下した。
『燃えるゴミは月・水・金』
「縁起でも無い!」
エーリンは荷台から颯爽と飛び出すと、魔力で身体の汚れを綺麗にする。
精力や魔力を除くと、この服はエーリンが初めて誰かに貰った物である。
初恋の相手からの贈り物。
踊り子の衣装なのに、何故かそう言うと立派な宝物のように感じる。
物は言いようだ。
「さてと! 愛しい神保の顔でも見に行きますかっ」
二度も顔面パンチをされたというのに、なんと精神の強い淫魔だろうか。
やはりこれだけの精神力が無ければ、魔王なんてやってられないのだろう。
実際彼女はもう魔王を引退したのだが。そこはとくに深く突っ込まなくても良いだろう。
悠々と歩きだそうとしたところで、彼女はある事に気がつく。
「そうだ……私は彼がいる宿屋は知らない」
さらに追い討ち。
「しかも私は……ここがどこだかも分からないぞ!」
自体は深刻だった。
愛しい彼に会いたくて全身で神保を求める淫魔エーリン。
だが彼女は神保の居場所も自分の居場所も分からない。
ストーカーでも当たり前のように知っている想い人の住所を、彼女は全くもって知らないのである。
何という不幸であろうか。
「不幸だーっ!」
一叫びすると、淫魔は拳を突き出したまま背中からビームを出して加速した。
さっき神保と街に来た時にやり方を覚えたらしい。
流石魔王である。
「待っててね、神保! 私があなたを悪の手から救ってあげるんだから」
街の中で行われるビーム加速。膨大なエネルギーが放出され、背後に停めてあったゴミ収集者が粉々に吹き飛んだ。
まるで発泡スチロールでも潰すように建物は破壊され、木の枝を折るより簡単に電柱は折られた。
恋する乙女の感情を止めることは不可能である。
彼女の行く手を阻むものは全てその拳に貫かれ粉々になる。雷鳴のように激しい爆音、そして空間が歪み潰されそうなほどの衝撃波。
「加速加速加速ゥ!」
神保がこの街に来るまでの被害総額を、魔王はたったの五分で超越した。
決して褒められる事では無いが、流石魔王としか言い様が無いだろう。
ボコボコにぶち壊しながら街を突っ走る魔王エーリン。
実はエーリンが初めて犯した犯罪でもあった。
魔王なのに……。
チンケな魔王である。
初めての犯罪が器物破損なのだ。
二日後に支部ギルドによって発見される森林破壊全ての元凶が、魔王エーリンによる被害だと、後に片付けられてしまうのだが。
そんな当たり前のこと、もはや言うまでも無いだろう。
再び神保たち三人の泊まる宿屋。
どうやら中心街で何かしらの被害が起こっているらしく、部屋から出ないでくれと宿主からの通達が入った。
何でも人間大の竜巻のような衝撃波に街が荒らされ、中心街警備隊が必死に原因を解明中らしい。
せっかく観光地として有名な中心街まではるばる出向いたというのに、結局旅行先でも建物内に引きこもることとなっている。
「全く人騒がせな人よねー……」
「ショッピングに行きたかった~」
「奴隷ショッピングとかね」
「もぅ。アキハったらそればっかり!」
アキハと萌の他愛もない会話を耳に入れ、神保は何となく胸騒ぎがした。
だが父親からの教えで『巻き込まれ系の人生はやめろ』というものがあったので、わざわざ自分から外に出て様子を見ようとは思わなかった。
しかし彼は家族五人のプロフェッショナルから英才教育を受けた主人公体質であり、彼が何かをするまでも無く、危険のほうから神保を追いかけてくるかもしれないことも考慮して、細心の注意を払わなければならないのだ。
「はぁ……何か疲れちゃった。お風呂入ってくるけど神保はどうする?」
アキハと萌は着替えとタオルを持って、真剣な表情で窓を眺める神保に問いかけた。
ちなみに部屋を出ることを許されていないので、入るのはもちろん個々の部屋に備え付けられた個人用の風呂である。
当たり前だが男女別になっているはずも無く。神保の頭の中を桃色な展開がよぎったところで彼は我に帰った。
「いや、俺は遠慮しておくよ。ゆっくり入っておいで」
「覗かないでね~」
萌とアキハの黄色い声が風呂場の方から響く。
一人で部屋にいてもつまらないので、神保はテレビのチャンネルをめちゃくちゃに回して遊ぶことにした。
女の子のいないところでは、割と単純で平凡な生活をしているのである。
自分がヒマな時間とは、普通より長く感じるものだ。
授業時間より昼休みが短く感じるのはまさにそれであり、たとえ見たことも無い、初めて見る異世界のテレビ番組だとしても。
こんな子供みたいな暇つぶし、数分もしないうちに飽きてくる。
だからといって、とくにすることがあるわけでも無く。下手げに外を眺めて厄介事に巻き込まれても面倒なので、神保はテレビを消すと床にゴロンと寝転がった。
萌が昔『素数を数えると暇つぶしになる』とか言っていたが、神保は神父では無いのでそのようなことはせず。
天井にある黒いシミを数えることにした。
しかしそれも飽きてしまったので。黒っぽいシミと茶色いシミはどちらが多いかを突き止めようと数え始め――あまりのくだらなさに、神保はいつの間にかスーっと吸い込まれるように夢の世界へと沈んでいった。
身体からポカポカと湯気をたてた萌が、一足先に部屋戻ると座布団を枕にしながら熟睡する愛しの彼を見つけた。
「神保っ! お風呂あがったよ~」
スヤスヤと眠る神保。
魔力の使いすぎか神保は盛大に疲れており、ぐっすり眠った神保は全く起きる気配が無い。
「ふぁ~気持ち良かったぁ!」
濡れた髪をタオルで拭きながらアキハも幸せそうにお風呂場から現れる。
そして目にするウルトラソ○ル。
「神保……寝てるの?」
「うん。疲れちゃったみたい」
「あれだけの魔力を放出してよく生きてるよね。魔力って、寿命とかスタミナみたいなものなのに」
ポツリと呟くアキハの言葉に反応したのは萌のほうだった。
「え!? 魔力無くなると最悪死ぬの?」
「死ぬね。だから定期的に魔石で回復しないといけないんだけど……」
萌はフッと電池が切れたおもちゃのように行動を停止させ、ばたりと倒れこむ。
虚ろな表情には精気が感じられない。
「ヤバい……練習含めてかなり使っちゃったよ私」
「そこに体内魔力計があるから計ってみたら?」
ちなみに形状はまんま体重計である。
萌はぐったりと計測器の上に乗り、背後に佇むアキハをジロリと睨みつけた。
「同性でも覗かないでよ」
「でも萌は見方分かんないでしょ?」
言われてみればそうである。
日本人である萌から見れば、何やらわけの分からない数字やメーターがグルグル動いている。
端っこの方に体重が出てるのだけは勘弁してほしかった。
アキハは魔力計の画面を凝視して何やら深刻そうな表情で呟いた。
「3だって」
「3?」
言われてもそれが多いのか少ないのか萌には分からない事だ。
三段階評価の“3”と十段階評価の“3”では、天と地ほどの差がある。最大値――というか、正常な数値を知らない状態では、その数値がどの程度なのかはさっぱりだった。
「このまま維持すると三日もしないうちに死んじゃうよ」
「三年と○げ!」
懐かしい教科書の物語のタイトルを口に出し、萌はガクリと崩れ落ちる。
三日で死ぬとか酷すぎる。
「うぇぇぅ……」
「大丈夫よ。魔石を買うか誰かの魔力を分けてもらえば」
萌の表情が少し明るくなる。
「できるの? そんな事」
「最初にあなたたちに魔力をコピーさせたでしょ。流石にあれほどはあげられないけど、魔石を買うまで日常生活が送れる程度なら分けてあげられるわ」
「ありがとうアキハ!」
アキハは萌の手を握り、何やら呪文のようなものを唱え。ゲームの“回復ポイント”のような淡く青白い光に包まれる。
萌の目に多少の精気が感じられるようになった。
「助かった……」
「そうだ。一応神保の魔力も計測しておかなくっちゃ」
「そんな事言って~。実は神保の体重が知りたいだけじゃ無いの?」
アキハはきょとんとした表情を浮かべる。『何それ美味しいの?』とでも字幕がつきそうな反応だ。
「体重は量れないわよこれ」
「え……だってさっき――」
言いかけたところで萌は口を塞ぐ。喉まで出かかった言葉を飲み込むと、アキハに悟られないよう「フゥ」と小さく溜息をついた。
偶然何かの数値と自分の体重が一緒だっただけで、別に体重が量られたわけじゃ無いのか。
萌はホッと胸を撫で下ろすと、アキハとともに神保の身体を支えた。
「せーのっ!」
彼女たちは二人で神保を支えて魔力計の上に乗せる。
魔力計の画面の数値がグルグルと超高速で動き――
「はぁ!?」
「な、何よ突然」
素っ頓狂な声をあげて画面を凝視している魔術師アキハ。カクカクと震える指を画面に向けて、彼女はコクンと飲み込む。
「神保の魔力量は……」
「まさか0とか言うんじゃ無いでしょうね!」
「3億7967万2812……」
「はへ?」
圧倒的な数値に萌の目がテンになる。
神保はここまで来る途中に魔力量12億を司る龍神を拳で貫いていたため、本人も知らぬ間に膨大な魔力が蓄積されていた。
ちなみにどこで9億ものの魔力を使用したか。
エンジン全開で魔王を探す途中でいくつもの山を走り回った時に使用していた。
「何で? 最高レベルの魔術師でも数十万よ。億とか古龍と古代龍、龍神くらいしか普通は持ってないのに」
その龍神のせいである。が、アキハ含めその事実は誰も知らない。
「アキハの魔力はどのくらいなの?」
「私? 私は8万くらいかなぁ」
萌はヘッと鼻で笑い。その様子を見てアキハはムッとする。
「何よ一桁のくせに」
「魔術師なのに神保に負けてるくせにー!」
つかみ合いの喧嘩が始まった。
魔力の無駄遣いをしたくないので、実質力と力のぶつかり合いである。
まだ静かに熟睡する神保の眼前で、二人のヒロインは自らの威厳を賭けて壮大なバトルを開始させた。