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第七十七話「指揮官と軍師」

 爆風から開始された戦闘にて、異世界勇者は瞬く間に魔族の戦闘能力を奪っていく。

 世界を吹き飛ばせるほどに豪快な暴風とともに現れたユウトは、風よりも速く疾走し、眼前に所在する魔族たちの魔力を根こそぎ略奪していく。


 太ももがちぎれ飛ぶ者。左腕が千切りにされる者。手のひらを挽肉にされる者。

 戦場を深紅に染め上げながら、瞬く間に魔族たちは地面へと這いつくばっていくが。

 生命力が高いらしく、身体欠損程度であれば、即座に自身の魔力で治癒することができるらしい。

 腕が吹き飛んだ魔族は瞬間的に腕を再生させ、高原を疾走するユウトに向かって、巨峰のように鮮やかな色をした魔弾を何発も撃ち込んでくる。


「俺は加速する」


 どれだけ訓練された魔族であろうとも、風のように走る的に自らの業を的中させることは不可能だ。

 実際。喩え狙うことができたとしても、全身に纏った爆風と、カミソリのように鋭い旋風が、ユウトに向けての妨害行為を全て無に返す。

 時折その旋風が弾丸のように飛び出し、防御体勢に入った魔族の身体の一部を切断する。


 まるでスケートリンクを滑るように、軽やかな動きで高原を疾走する。

 狙うは独裁者秋葉神保のみであり、体内魔力を使い果たすより前に帝王の顔を拝みたい念に駆られてはいるのだが。

 何度蹴散らしても、何度ボロ雑巾のように断裁しても、ユウトの進むべく先には、常に魔族が控えている。


 数が多すぎる。


 その上簡単に息の根を止めることもままならず、一時でも加速を停止させれば、四方八方から無数の魔弾が撃ち込まれるのだ。

 これだけの人数を華麗に纏め上げ、さらに連携も布陣も崩さず指揮する者とは、一体どのような人物なのか。


 ユウトが指揮官の風体を想像していると、突如、天地が崩壊するような轟音が響き渡った。

 刹那。身体を直接揺るがされたような振動。

 華麗に疾走していたユウトの体勢が若干揺らぎ、地面を捲り上げながら右方へと弾け飛ぶ。

 全身に纏った暴風のため、その身に擦過傷を刻むことにはならなかったが。体勢を立て直すため速度を緩めた瞬間、無数の魔弾がユウトに襲いかかった。

 全方位からなる衝撃に、全身を締め付けられているかの錯覚に陥る。

 鎖骨や肋骨が粉々に粉砕され、両腕の肉が弾け飛ぶ。

 瞬間。全身から溢れかえるような膨大な量の魔力を放出させ、もはや人間の形状の面影さえ無かった肉片を、治癒魔術により一瞬にして修復させる。


 この戦場に顔を出すより前。ユウトは先ほど買い占めた魔石を全て宛てがい、全魔力を彼の体内に流し込んだ。

 並大抵の生物であれば体内魔力許容量を超えた副作用にて、血液が沸騰して体内から破裂してしまうほどに莫大な量だったが。

 彼は異世界人であり、体内魔力許容量が存在しない。

 魔力至上主義のこの世界において、無制限に魔力を放出できる生物とは、それだけで無双生物(チート)なのである。


 ユウトはすぐさま全身に疾風を纏い直すと、無数の旋風を弾き飛ばし。バランスを崩していたユウトを袋叩きにしようとして集結していた魔族たちの肢体を、一斉に断裁する。

 視界に鮮血のカーテンが作り上げられ、目眩を起こしそうになるほどに濃い赤に一瞬だけ顔をしかめると。ユウトは先ほど自身に強烈な魔弾を撃ち込んだ何者かを探し、戦場を疾走しながら辺りを見渡した。


「どこだ、誰がさっきの魔弾を、」

「スキあり!」


 若い女性らしき声。

 刹那。ユウトの眼前には、素晴らしい曲線美を魅せる女性魔族が、堂々とした面持ちで拳を振り抜いていた。

 突き出された右腕には雷のような魔力が駆け抜け、燦然とした煌きを放っている。

 ユウトは方向転換をするのもままならず、総身に纏う疾風の壁を厚くさせ、その

まま全身全霊を込めて体当たりをかます。

 瞬間。鼓膜を貫くような鋭い爆音。

 ユウトの身に纏っていた風の壁を貫かれ、光沢ある艶やかな腕が彼の聖域へと闖入する。

 魔族の拳は旋風との摩擦によって、何度も何度も皮膚がちぎり飛び、内側に潜む肉が外界へと露出する前に、驚異的な治癒力で回復していく。


 ――ヤバい。ヤバい、ヤバい。


 そんな使い古された言葉が彼の脳内を駆け巡り、早鐘を打つ心臓の鼓動が痛い。

 全身の血管が戦慄し、ユウトの視界が霞がかかったように白く濁る。

 眼前で起こる状況がスローに見え、刻一刻と拳が撃ち込まれる瞬間が迫ってくる。

 ユウトは腹に力を込め、痛みに耐える準備をする。

 ここは諦めるしか無い。

 一撃を食らったとしても、この身が殲滅するなんて事象は起こりえないはずだ。

 肉を切らせて骨を断つ。なんて格好いいことでは無いが、この状況下では逃げる術が無い。

 ここは素直に打撃を受け、次なる反撃に回る方が賢明だろう。


 と、ユウトは防御体勢に入り、痛みに耐えるために歯を食いしばったのだが。

 拳が撃ち込まれる刹那。突如、眼前の女性魔族の総身に複数の風穴が空いた。


「――え、」


 肩が抉れ、腿が弾け、腹が裂ける。

 攻撃に全神経を集中させていた彼女には、前方からなる魔弾攻撃を回避するだけの余裕は無かった。

 グラリと視界が歪み、口腔内に錆臭い風味が充満し、煮詰めたトマトソースのような血塊を吐き出す。


 彼女――エーリンが意識を失う直前に認識した事実。

 それは、茂みに間から顔を覗かせた、愛らしい犬耳だった。

 六つの犬耳がピョコピョコと揺れながら、数発の魔弾が茂みから発射され、エーリンの身体を捉えたのだ。


 エーリンは体内魔力をほとんど使い果たしてしまい、拳を突き出した格好のまま、身体の裂傷や擦過傷を治癒する術もなく冷たい地面へと崩れ落ちた。


「エエェェェリィィィィン!」


 空間を揺るがすような悲痛の叫び。

 地上が物理的に振動し、その場に居合わせた魔族やユウトは腰から崩れ落ちる。

 その瞳に業火を焦がしたリーゼアリスが、うつ伏せに倒れ込んだエーリンの下へと駆け出す。

 深紅のマントを飜えし、烈火の如き怒りに心身を燃やしたリーゼアリス。

 戦場にて指揮官たる者が私情を出すことは許されないが、リーゼアリスは魔族の指揮官である以前に、一人の“母”である。

 目の前で愛娘を卑劣な行為により傷つけられた。

 そのような状況を見せられて、黙って見ていられようか。

 リーゼアリスの精神は燃え上がる怒気に苛まれ、冷静な思考能力を失った。


「――あぁぁぁぁ!」


 リーゼアリスの右手から膨大な量の魔力が放出され、彼女の右腕が燦然と光り輝く。

 この世の全てを塗りつぶせるような強烈な輝きに包まれ、半瞬間戦場が真っ白に染まる。

 刹那。天が崩壊したような爆撃音。

 地面を削り取りながら、リーゼアリスが放った生命の魔弾は空を走り、総身を暴風にて包み込む反逆勇者ユウトの身体に襲いかかる。

 だが、ユウトはそれを片手間に弾き飛ばし、さもつまらなそうな視線を向けて口元を汚らしく歪めた。

 先ほどは不意打ちを食らっただけだ。

 着弾地点さえ分かっていれば、旋風と爆風で容易に相殺できる。


「無駄、」

「エーリン!」


 ユウトが魔弾を弾き飛ばした刹那。リーゼアリスはエーリンを抱きかかえ、颯爽と天に向かって飛び上がった。


「転移!」


 リーゼアリスは瞬間的に転移魔法陣を描き、まるで蛍の集会のような淡く儚げな光を放つ転移陣にエーリンを放り込む。

 空中で行われた転移魔術。

 リーゼアリスはその後、華麗に身を翻すと、実に軽やかな動作で地上に降り立ち、ユウトの眼前に歩み寄る。

 傷を負ったエーリンは空中からその姿を消失させ、眩い光の粒に包まれながら、別の場所へと無事転送された。


「……お前、あの魔族を助けるために、あんなにでっかい魔弾を俺に撃ち込んだのか」

「――そうよ。あなたに弾き返されるのは承知でね。反逆勇者」




 ◇




「帝王様! 帝王様」


 秋葉神保側近メイドの一人であるヴィルヘルは、血相を変えながら神保の部屋へと飛び込んだ。

 息を弾ませ、甘ったるい吐息を漏らしながら、ヴィルヘルは苦しそうに顔を歪め、書き物机に腰掛ける神保と、すぐ傍に佇むメシュを交互に見やり、


「エーリンさんが、エーリンさんが!」

「何があった」

「エーリンさんが、傷だらけのまま庭園に倒れていました」


 聞き終わるが早いか否か。

 神保は部屋を飛び出し、階段を駆け下りて行く。

 階段を二段飛ばしで降下して行き、玄関先までたどり着くと。数人のメイドたちによって王宮内に運び込まれるエーリンと対面した。

 幸い生命に別状は無いらしく、駆けつけたメイドたちによって治癒魔術を施され、目立った外傷はとくに見られない。

 神保は安堵した様子でその場に崩れ落ち、一時は胸をなで下ろしたものの、不意に一つの事象に気がつき、総身を戦慄させて口元を押さえる。


「エーリンがこんなになって……。他の魔族たちは大丈夫なのか、」


 彼の脳内にリーゼアリスの玲瓏な笑みが思い浮かぶ。

 大袈裟に甘い声を出して、最後まで神保に気を使ってくれた健気な女性。

 古代龍討伐の時の悪夢が蘇る。

 目の前で突如、吐血して崩れ落ちた元魔王。

 そして、最後には自身の魔力を授け、神保に全てを託して送り出した。


 目眩を起こしそうなほどに視界がグラリと歪む。

 エーリンがこれだけの被害を被るような状況で、何者かの手によって王宮まで転送された。

 誰が行ったのか、言わずとも神保には理解できる。

 そのような危険な状況で、自らを危険に晒してでも、誰かを助けるために精一杯の努力をする者。

 それこそ頂点に立つべきものであり、魔王の鏡。


「……リーゼアリスが危ない」

「神保さん」


 穏やかな声音。

 拳を握り締め、立ち上がった神保の肩に優しく温かな指先を乗せられる。

 跡が付きそうなほどに強く掴まれ、神保は顔を歪めて振り返る。


「――メシュ、」

「駄目です。神保さんは最後までここにいてください。反逆勇者の狙いはリーゼアリスさんでも、私でも無く。神保さん、あなたです。わざわざ危険を冒して戦場へ出向く必要はありません。ここは、私たちにお任せ下さい」


 反論の余地も与えず、まくし立てるように説き伏せる。

 右手で神保の肩を掴み、左手は普段通り頬に添え、「うふふ」とでもアテレコしたくなるような穏やかな笑顔。

 その微笑みを見ていると、抵抗する気も薄れ。頭に血が昇っていた神保は、徐々に落ち着きを取り戻して、短く溜息のような吐息を漏らした。


「どうすんだ……」

「援軍を用意しておきました」


 落胆して俯く神保の頭に向かって、メシュは穏やかな口調で発す。

 絶望の淵に立たされたかのように頭を抱える神保を優しげな双眸で見据え、メシュは滔々と言葉を紡ぐ。


「リーゼアリスさんに戦績を期待していないわけではありませんでしたが、余計な見栄を張って、莫大な損失が出ては本末転倒です。リーゼアリスさんやエーリンさんにも内密にしていましたが、とても優秀な指揮官と、戦いのプロを送り出しております。ですから、気を強くお持ちください。神保さんが倒れては、皆の努力や忠誠が全て無駄になってしまうのです」


 春風のように心地良い声音。

 だが、発言内容はとても心強いものだった。

 やはりメシュには頭が上がらない。最悪の事態までを考えて、密かに行動に移しているとは。


「現代の孔明、か」

「あらあら。諸葛亮様と比量なさってくださるなんて、光栄ですわ」


 うふふ。と花のように愛らしい微笑みを見せると、その場に崩れ落ちた神保に優しく手を差し伸べ、鈴の音のように心地良い声音で頼もしく発した。


「さぁ、神保さん。次なる計画を考える手助けをお願いしますね」




 ◇




「――かはっ」


 膨大なエネルギーからなる暴風に弾き飛ばされ、リーゼアリスは擦過傷だらけの身体を庇いながらその身を起こす。

 膝が笑い、肩が痙攣し、腰が砕け散った。

 これ以上動くことは出来ない。


 情けなくも、戦場にてペタンと女の子座りをかまし、嘲りと憐れみの双眸を向ける反逆勇者と目が合う。

 虫も殺せそうに無い、大人しそうな見た目をしているのに、今現在彼の表情に、“救い”は感じさせない。

 ゲームか何かをやっているような感覚だろうか。

 身体つきは人間に近いものの、現実世界には存在しない魔族。

 現実味が無いからか、ユウトの精神内に迷いの心が浮かばないのだ。

 ただただ眼前の敵を叩きのめすことだけを思考し、言葉通り虐殺する。

 最も、死に間際に自身の魔力で王宮へ帰還するという一種のチキン戦法の甲斐あって、まだこちらでは一人として死人を出してはいないのだが。


「最初の死人が指揮官である私とは……。威厳も何もありゃしないな」


 座り込んだままのリーゼアリスは、密かに隠した左手に、若干の魔力を蓄積させていた。

 無抵抗を装い、反逆勇者が無防備を晒した刹那、自身の魔弾を撃ち込むつもりである。

 だが、これが体内に残留した最後の魔力。

 体外に放出してしまえば、その瞬間、リーゼアリスの身体はボロボロに朽ち果てて生命を失ってしまう。

 メシュなるキツネ耳の異世界人が“蘇生魔術”などと言うぶっ飛んだ高等魔術を使用できるらしいが、魔力切れで死亡し、その旨を誰も伝えることが無ければ、流石のメシュでも蘇生させることは不可能だろう。

 万能に見えても、魔術だって生物が成す業なのだ。限界はある。


「何だ、その嬉しそうな目は」


 思わず口元が緩んでしまったのか、訝しげな視線を向けられ、リーゼアリスは若干身体の角度を変える。

 深紅のマントにて左腕を隠し、反撃のチャンスを探す。

 だが、反逆勇者は至って慎重であり、総身に纏う旋風を解除する予兆は無い。

 背後に未だ生命を維持している魔族が数人地面を這いつくばっているが、後方に存在する魔族にも、魔弾を撃ち込むだけの隙が無いらしい。


 リーゼアリスが唇を噛み締めた刹那。不意に反逆勇者の右手拳に魔力が流し込まれる。

 紫紺や翠緑に輝きを見せ、反逆勇者の口元が汚らしく歪められる。

 まだ使用方法をはっきりと理解してはいないのか、蓄積時間が若干遅れてはいるのだが。


「やり方は分からないけどさ。さっき俺を殴ろうとしてた姉ちゃん、確かこんな感じに魔力を溜めてたよね。……せっかくだから、お前に刺すとどめの一撃は、これにしてやるよ」


 焼き栗をしているようなバチバチといった破裂音。

 彼の右腕に電流のような痺れが走り、輝きが徐々に燦然としていく。


 最後の希望を絶たれ、リーゼアリスの表情が凍りつく。

 大抵異世界勇者とは、最後の止めを刺すときに余計な説教や解説を始めて隙ができるものだと思っていたのだが。

 大誤算だ。

 相手は全く油断をしていない。

 徐々に魔力が込もっていく反逆勇者の腕を茫然と見据え、リーゼアリスは死を覚悟した。


「……すまない、神保。神保の事を、心から愛していたことを、ちゃんと伝えたかった」


 新緑から垂れる雫のようにポツリポツリと口の中で呟き、左腕に溜めていた魔力を体内に戻す。

 せめて、魔力枯渇などという死に方だけはしたくない。

 リーゼアリスの最期の願いだった。


「おぉ。溜まってきたようだぜ」


 興奮しているのか、息を弾ませながら反逆勇者は燦然と輝く腕を振りかざすと、冷徹かつ無慈悲な双眸でリーゼアリスを一瞥する。


「じゃあな、仲間思いの魔族さん」


 リーゼアリスは瞑目し、静かにその時を待った。

 空気圧によって眼前に拳を突き出されたことを察し、瞼に力が篭る。


「――ぐ、」


 刹那。感じたのは痛みや反動では無く、拳を目の前に向けられるという重圧的な威圧感が消失するという感覚だった。

 鉄と鉄同士を打ち付けたような鋭い音が響き、リーゼアリスの左肩に逞しい手が乗せられる。


「待たせたな。リーゼアリスさんよぉ」


 温かく、頼もしいその手の持ち主は、よく通る声でしっかりと告げた。

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