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第七十三話「秋葉神保は静かに暮らしたい」

 カーマ・コン採掘場にて、体内魔力が枯渇するまで獣人や亜人、エルフを可愛がったユウトは、突如電池が切れたかのように倒れこむと、実に幸福そうな面持ちで気持ちよさそうに眠った。

 ユウトの魔術テクによって身も心も陥落させられた犬耳たちは、愛らしい表情を浮かべながら熟睡するユウトに献身的に尽くし。

 眠っている間に魔石を掘ってはユウトに宛てがい。頬がこけ、やつれていたユウトを徐々に回復させていった。


 いつしか体内魔力が完全に回復したユウトは不意に起き上がり、周りから熱っぽい視線を向けられていることに気がつき、穏やかな笑顔を向けて、


「ああ、可愛い犬耳さんたち、俺のために尽くしてくれたのか」

「はい、ユウト様。私たちは、ユウト様の従順な奴隷として、この一生を全て捧げさせていただきます」


 最初――。ユウトが真っ先に転移させた犬耳亜人は彼に擦り寄ると、甘く切ない声を上げながらしなやかな身体を精一杯ユウトに密着させる。

 辺りに転がっている獣人や獣耳エルフも同じように飛びつき、猫カフェ――犬カフェにて癒されているように、ユウトを極楽へと導いてゆく。




 反逆残党の人々は、お互いに顔を見合わせて大きく溜息を吐く。

 最後の希望であり砦である召喚勇者は、もはや戦闘者としては全く使い物にならないことが判明したのだ。

 彼らの体内に残留していた魔力を分け与え、最終兵器として盤をひっくり返してもらうことを微かに期待していたのだが。

 彼はその魔力を戦闘に使用することは無く、自らの劣情や愛欲に惜しげも無く使い、結局枯れ果ててぐーたらと眠っている。


 この世界の支配者である帝王秋葉神保は、蓄えられた魔力を全て、成り上がるための担保として使い、最終的に頂点へと上り詰めたと言う。

 彼らはそれを期待していたのだ。

 召喚主である術者は、他に異世界人が存在することを認知していなかったらしいが。反逆残党である彼らとしては、異世界人とは、召喚主のために身も心も捧げて粉骨砕身するものなのだと思っていた。


「そろそろ、潮時かなぁ……」

「ああ。もう俺らには帰るところもねぇし」

「このままカーマ・コンで採掘場の仕事でもして、慎ましく暮らすか」


 一切の希望にも見捨てられ、彼らから“やる気”を完全に削ぎ落とされたところで、不意に異世界人ユウトが岩壁に空いた穴から姿を現した。

 意気揚々とした様子で堂々と歩むその姿を見ていると、燃えないゴミ(神田ユウト)に魔力をつぎ込んだ反逆残党たちは、どうにも腹がたってくる。


 ユウトは三人の獣人、亜人、犬耳エルフを連れ立って、久々に柔らかく輝かしい日差しを全身に浴びる。

 ここ数日間穴の中で魔術の特訓と称し、どこからか転移させた犬耳たちを可愛がっており、元の世界と同じ引きこもり生活を送っていたのだ。

 日光にも当たらず、現実ではありえないような美少女を囲い、寝て食べて可愛がってご奉仕されての日々。

 実に不健康な生活を送っていたユウトにとって、ここ数日間の体験は素晴らしくエキサイティングなものだった。


 十七年間捨てられなかったものも容易に捧げ終わり、仕方なく自身の手で行い満足していた背徳的行為も、今では繊細かつしなやかな指先によって行われる。

 人生の底辺――負け組の第一走者だったユウトは、異世界召喚という経験を経て、一種の賢者的頂点へとランクアップしたのだ。


「おっさん!」


 召喚時に見せていた伺うような視線も、自信無さげな表情もそこには無い。

 訝しげな視線を向けながら座り込む反逆残党たちに、ユウトは清々しいほど煌びやかな笑顔を放ち、自信満々と言った様子で盛大に自身の胸を叩き、


「やっとやる気が出たぜ。おっさんたちの願いだって言う、独裁者アキバ・ジンボ陥落計画、俺にやらせてくれ!」




 ◇




 メイド服は脱がさない。

 これは鉄板である。

 布地が薄く、スカートの裾がヒラヒラとしているので、身につけていても邪魔にはならないのだ。

 むしろ脱がしてしまっては、せっかく着せた意味が無くなってしまう。


 神保の理性が取り戻され、正常な判断を行うことができた時には、萌やアキハとエルフ姉妹が恍惚とした表情を浮かべて腰砕きに遭っている、という夢のような状況が広がっていた。

 エーリンとリーゼアリスはまだ不満足気な顔をして、座り込む神保の身体をじっと見つめていたが。


 出来るだけ女の子の願望には応えてあげたい神保でも、流石にこれ以上の頑張りは無謀である。

 リーゼアリスは先ほどから神保の首筋や背中を艶かしく舐めているが、残念ながらそれに応えることは出来ない。

 ――むしろ。


「痛、」

「大丈夫か、神保?」


 マラソンなんかで、ゴール直後に気を失う。などと言うことが時偶起こるが、今現在、神保はそのような状態である。

 限界地点で止まればいいものの、休憩も無しにぶっ続けで行ったがために、自身の限界に気がつくより先に心身ともに耐え切れる臨界点を突破してしまったのだ。

 簡潔に言うと、今現在の神保はもう欲望は無く、伝説の賢者状態である。


「くぅん……」


 水をかけられた犬のように一鳴きして、神保はその場にブッ倒れた。

 目の下に黒紫色に澱んだクマが出来ており、疲れきった顔にも、若干幸福感溢れる表情の色が浮かんでいた。








 さて、そうこうしているうちに王宮の建て直し工事が終了し、神保たちはロキス中心街から王宮へと帰還する。

 あれから毎日のように取っ替え引っ替え少女たち(ハーレム要員)を抱え込み。

 帰宅した神保は、王宮を出発した当時よりもいささかげっそりとしていた。

 廊下を歩くたびに、出会うメイド出会うメイド『お疲れのようですが、何か心労になるようなことがございましたか』と問いかけ、後方をうっとりとした表情で歩く六人の姿を見やり、神保が答えるまでも無く、何とも言えない表情で納得される。

 完璧に防音対策を敷いた現在の王宮ではありえないことだが、これまでは毎晩のお楽しみが全て筒抜けだったので、神保とこの六名の関係は、いやがおうにも耳に入ってしまうのだ。


 メイドたちから何とも言えない視線を向けられながら、神保は新しく作られた自室へと戻り、一通り見渡してからドッカリとベッドに身を投げる。

 流石に疲労感が半端無い。

 アキハは速かった。ジャスミンや萌は普段通りで済み、メリロットはアキハ以上に脆く繊細だった。

 だが淫魔。あの二人を相手にするのは、流石の神保でも無理というものである。

 事実、現在の神保の精気を奪い取った七割以上の原因はあの二人であり、神保はしばしの間、煩悩に囚われること無く、一人静かに眠りたかった。


「あぅ……。まだちょっと痛い」

「失礼します」


 秋葉神保は静かに暮らしたい。

 だが、そんな儚い希望も即座に踏みにじられた。

 神保はうつ伏せに倒れながらも必死に顔を扉の方へと向け、間の悪い闖入者に向かって片手を上げて応答する。


「メシュ、どうした。……俺は色々あって、今は静かに眠りたいんだがね」

「あらあら。久しぶりにメイドも私もいない空間に行ったから、結構頑張っちゃいました?」


 いたずらっぽく「うふふ」と微笑み、メシュは片手を頬に添えたまま穏やかな口調で語りかけるように言う。


「神保さんがお留守の間に、アックス様がお見えになりました。数日後、また来るとのことでしたので、そのことを伝えに来ただけです。では、失礼します。ゆっくりお休みになられてください」


 それだけ言うと、メシュは静かに扉を閉めて部屋から退出した。


 ふんわりとしたシーツに包み込まれながら、神保はこの後のことを考える。

 予想通り、仲間や友を大切にするアックスは来訪した。

 他の二組は来るだろうか。

 手紙に書かれていた内容によると、双方とも神保の助けに応えてくれるとのことだった。

 だが所詮紙の上での約束。

 来なかったでは済まない。

 ポウロ国の反逆残党が召喚したと言う勇者。

 年齢も性別も分からない、その上得意魔術さえ不明である。


 神保は毛布にくるまりながら寝返りを打ち、光の無い虚ろな目で雪景色のように真っ白な天井を見つめる。

 純白な壁紙を眺めていると、あの激しかった数日間を思い出し、色々な意味で戦慄してしまう。


「痛、」


 思い出しただけでこの有様。

 それだけここ数日間の経験は実に素晴らしいものだったのだが。


「……これからは、そんな悠長に楽しんでられないんだよな」


 神保はしばしの間、ゴロゴロとベッドの上を転がっていたが、不意に起き上がると。

 帝王が着るべくキチンとした装飾をした衣装に身を包み、姿見の前で写った彼自身に向かって軽く笑顔を見せ、小さく溜息を吐いて、半ば千鳥足になりながらも自室を退出した。



「メシュ」

「何ですか、帝王様」


 建て直しされた王宮内で若干迷いながらも、廊下ですれ違ったメイドたちに教え

られ、何とかメシュを見つけることが出来た。

 老朽化した木造建築物置のようにガタガタになった身体と、同じような廊下を行ったり来たりする精神的披露により、神保は息を弾ませながら。

 玲瓏な微笑を浮かべて佇むキツネ耳お姉さんに、自身の疑問を問いかける。


「アックスは今どこにいる?」

「うぅん……。それは私には分かりかねます。アックス様は、ロキス国をまわってから、また来るとのことでしたので」


 メシュは穏やかに微笑みを見せると、軽く会釈をして自身の用事を済ませようと歩みだしたが、神保に服の裾をつままれて、行動を停止させられた。


「リーゼアリスに急用が出来た。それと、他の娘たちをリビング――いや、食堂に呼んでもらえないか?」

「他の娘と言うと、神保さんと甘い夜を体験したことがある方々、ということですか?」


 メシュがからかうように言うと、神保は頬を桜色に染めて目を逸らす。

 実際それは事実であり、それだけの女性を囲んだことに関しては、誇りに思ってよいことだとも思ってはいるのだが。

 その事を他人から指摘されると、どうにも照れくさいのだ。

 神保は目を逸らしたまま俯いて頷くと。嬉しそうに「うふふ」と微笑みながら、メシュは先の壁が見えないほどに長い廊下の果へと消えていった。








 ロキス帝国王宮、食堂。


 実際はその名称通り食事をとるための場所なのだが、一番迷いにくく、人も大勢入るので、今回は実際の使用目的とは異なる理由でこの場を利用することとなる。


 端が見えないほどに長いテーブルに腰を下ろし、アキハ、萌、ジャスミン、メリロット、エーリン。リーゼアリスが順々に並ぶ。

 そして全員が席に着いたところで、帝王秋葉神保とともに、メシュが彼の後ろにピタリと付いて慎ましげに闖入する。

 玲瓏な微笑を浮かべ、神保の傍らに佇むと。片頬に手を添える普段通りのポーズをとって、静かに神保を見据える。

 神保はその微笑みに静かに頷くと、普段の楽天的な声音を全く感じさせず、実に重々しく、語りかけるように発した。


「先ほど、リーゼアリスに予言魔術を使用してもらった。あまり先の事を読み取ることは出来ないらしいが、かなり重要な手がかりを見ることができた」


 神保は言葉を止めると、長い前髪に隠れた顔をリーゼアリスに向ける。

 飄々とした面持ちで座っていたリーゼアリスはしばしの間目をつむり、深紅のマントで素肌を絡み立ち上がると、実に堂々とした姿勢で、よく通る声を放つ。


「反逆残党たちは、反逆勇者召喚のために膨大な量の魔力を使い果たしたらしく、今回の戦闘には参加しないらしい。来るのは勇者本人と、その仲間のみのようだ」


 リーゼアリスは不意に腰に手を当て堂々とした格好をして、溢れんばかりの魅力的な身体を隠していた深紅のマントがはだけたが。

 神保含めこの場にいる人々はとくに気にする様子も無く、語り終わったリーゼアリスから目を背けると、ほぼ同じタイミングで神保へと視線を戻す。

 神保はその視線を感じたか、一瞬身体を戦慄させると、傍に佇むメシュへ顔を向け、先を話すよう促した。

 メシュは普段通りの春色笑顔を見せたまま、極自然な動作で前方へと一歩踏み出すと、一言「うふふ」と笑みを見せ、淡々と告げる。


「あらあら、そんなに身構えなくても大丈夫ですわ。結果論を予言することは残念ながら出来ませんでしたが、反逆さんがこちらへ来る日程ははっきりと分かりました。ですので、ジャスミンとメリロット、そしてこの場にいないヴィルヘルはご存知かと思われますが、三組の助っ人をお呼びいたしました」


 メシュの頼もしい言葉を耳に入れながら、神保は顎の下で手を組んでその上に顔を乗せながら、若干不安げな声音で小さく呟く。


「まだ来て無いんだけどね」

「いえ、先ほどお見えになられましたよ」


 愕然とした様子で振り返る神保に穏やかな微笑みを向け、メシュは雪景色のように純白で繊細な指先を華麗に弾いた。

 刹那、扉の向こうで控えていた二人のメイドが食堂の扉を開ける。

 聞き覚えのある声とともに、ディアブロ・キルとレータス、そして――。


「老師フリーゼン、来てくれたのか」


 仙人のような風貌をした高等魔術師、フリーゼンが食堂に姿を現した。

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