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第七十二話「秋葉神保、ハーレムを楽しむ」

 ロキス国王宮の立て直しが始まった。


 始終外壁から作業音が鳴り響き、建設業の男性たちが数十人以上も集まり。

 気が散って、神保は毎晩のお楽しみを昨晩は堪能することができなかった。


 隣で寝転がるアキハも眠たそうな双眸を神保に向け、処女雪のように白く繊細な素肌を惜しげも無く披露しながら、口をへの字にして耳を塞ぐ。

 その様子を見て、神保は精一杯の愛念を込めてアキハの身体を抱きしめたが、外から響く、男性特有の低い声による無駄話が耳に入り込み、集中してアキハを愛でることができない。

 アキハは毛布を身体に巻きつけ、毛布と靴下のみ、という格好になると、さも残念そうな表情を浮かべて神保をじっと見つめる。

 顔まで包み込んだ毛布から愛らしい桃色な髪が顔を覗かせ、神保は優しく丁寧にその髪を手グシで梳かす。

 頬を赤らめてくすぐったそうに頬を緩めるアキハのあどけない表情を眺めていると、今にも全力で愛を確かめたくなる衝動に駆られるのだが、どうにもこうにも気分が乗ったころには、また野暮ったい声が耳に入って心身ともに萎えてしまう。


 神保は仰向けに転がったままボーっと天井を見つめていたが、ふと何かを思い出したかのように身体を起こすと、ベッドから降りて衣服を着込み始めた。

 なまっ白い身体に淡々と衣服を纏う様子を、アキハは嬉しそうに眺めていたが。

 神保は着替えを終えると、アキハの服をベッドに置いて、彼女にも着替えるよう促した。

 アキハはベッド上で毛布を剥ぎ、文字通り靴下のみの姿になって女の子座りをすると、せっせと赤色のシャツに腕を通し始める。

 シャツ一枚のまま立ち上がり、フリフリなレース生地のスカートを履いて、その他モロモロの女の子的なものを身につけると、多少「えへへ」とはにかんでから神保の腕に飛びつく。

 幸せそうに微笑みながらピッタリと密着し、騒音の中、二人は部屋を退出しようとドアノブに手を当てたところで、神保が不意に立ち止まった。


「どうしたの?」

「ん、いや。立て直しする間、行くところを今決めた」

「唐突だね。どこ? 神保くんの行きたいところなら、例え異世界でも付いてくから」


 冗談に聞こえないアキハの言葉を耳に入れながら、神保は久しぶりに清々しいほどに魅力的な笑顔を向け、小さくウィンクをする。

 思わぬ不意打ちに、アキハの小さな胸は飛び上がるほどに豪快に跳ね、顔を真っ赤に染め上げて俯く。


「神保くん……。それは卑怯」

「ごめんごめん。中心街の別荘にちょっと戻ろうかと思って」


 中心街の別荘。

 ロキス国中心街北部の宿屋街に所在する、角砂糖のように純白な外壁をした元民宿のことである。

 神保が皇帝になるまではそこに住居を置き、女の子六人と神保のみという文字通り楽園(ハーレム)な生活を送っていた場所。

 アキハが初めての体験を捧げたのも、その建物内の浴室である。

 不意にその時の痴態を思い出し、アキハはほんのりと頬を染めた。


「あの時は、情けない姿を見せてしまって……」

「いやぁ……。あれくらい反応してくれると、こっちとしては結構嬉しいんだよ」


 思わぬ返しに一瞬戸惑い、アキハは唾を飲み損なってむせる。

 胸を押さえてコンコンと咳き込むアキハの背中を擦り、神保はソっと耳元に顔を近づける。


「帰ったら、部屋においで。……昨晩の分、一緒に」

「神保くん……」


 耳まで真っ赤に染め上げたアキハを抱きとめ、神保は優しく彼女の頭を撫でた。


 甘美かつ淡く素晴らしい時間だったのだが。

 鉄や木を打ち付ける音や男性たちの声に邪魔をされ、非常に残念なことに、柔らかな雰囲気など、最初から存在していなかった。








 処女雪のように純白な四角い建物は綺麗に存在していた。

 荒れ果てることも無く、誰かが勝手に闖入した形跡も無く。

 前回来た時よりは多少伸びた青々とした芝生に迎えられ、神保たちは一旦この場所に戻ってきたのだ。


 一足先に到達したジャスミンは手際よく鍵を開け、家中の扉や窓を開け放たせて換気を行う。

 ずっと締め切っていたためか、かなり湿っけており、多少だがカビのような臭いが神保の鼻の奥を引っ掻く。

 こうして時折来ないと、流石に風化してしまうだろうな。と神保は思い、いたわるように壁を撫でる。

 久しぶりに感じる真っ白な清潔感に浸り、しみじみと辺りを見渡していると、突如シャツの袖口を遠慮がちに引っ張られた。


「神保くん、その、えっと」


 若干内股気味になりながら、鮮やかな桃色ポニテを揺らす少女アキハが、期待するような双眸をじっと神保に向ける。

 プニっとした頬にも艶っぽさを感じ、舐めたのか、淡い桜色をした唇も若干湿っている。

 神保は半瞬間その様子に見とれ、フッと我に帰ると、こっそりと階段を登って自室へと向かう。

 同時に行くと目立つので、神保が先、アキハが後だ。


 階段を軋ませながら自室へと向かうと、神保は一通りの家具以外に何も無い部屋を見渡し、何とも言えない寂寥感を覚える。

 ジャスミンの手によって開けられた窓からは爽やかな風が侵入し、湿気の篭った室内を浄化してくれる。

 絨毯やベッド、本棚などはまだ残っているが、これから完全に住居を移すのであれば、これらの家具も運ばなければならない。

 窓際に備え付けられたベッドの端に腰を下ろし、神保は後頭部に涼やかな風を受ける。

 細く量のある長い黒髪が舞い、神保の素顔が外界に晒された。


 鮮明になった視界をボーっと見つめていると、突如、眼前に据えられた木製の扉を優しく叩かれた。

 刹那。ドアノブが捻られ、特注メイド服に身を包んだアキハが、頬を淡く染めながら室内に闖入し、太陽のように輝かしい笑顔を振りまきながら、腰掛ける神保の胸に盛大に飛び込んだ。


「着替えるのに手間取っちゃった。……神保くん、どうかな?」


 何度も見た格好だが、この場所で見るのは初めてである。

 普通のメイド服とは違い、肩が露出していたり、布地が薄かったりと“それ用”に作られた衣装なのだが。

 アキハはその事実を知った上でも、とくに嫌悪感を顕にすることも無く、神保が彼女を求める時には、いつもそれを身につける。

 神保は飛びついたアキハの背中に腕をまわし、極自然な動作で優しく総身を密着させる。

 衣服越しにアキハの胸からトクトクと鼓動が伝わり、神保の期待も高まった。

 艶のある肩に両手を移すと、何の躊躇いも無く唇を奪う。

 そして、アキハの細く艶やかな脚に指を這わせようとしたところで、ガチャリ、と、扉が開く音がした。


 メイド姿のアキハを抱きしめたまま、神保は音がした方を恐る恐る見やる。

 誰が来たとしても、この状況は悪い方向にしか転がらない。

 帰ってきてそうそう手を出すなど、昨晩の状態を知らぬ者が見れば、単なる抜けがけにほかならない。

 流石に殺されることは無いだろうが、嫉妬深いリーゼアリスなどに見つかれば、十中八九面倒事が起こるであろう。

 先ほどまで高揚していた心は瞬時に凍結され、悪寒を感じて戦慄する。

 刻一刻と近づく陪審の時。

 神保は誰かしらからは向けられるであろう罵声を覚悟し、グッと腹に力を込める。


 扉が完璧に開け放たれると、そこには神保の想像だにしない情景が広がった。


「神保、まだ大丈夫だよね?」


 突如現れたその姿に、神保は驚愕のあまり思わず目を見開く。

 照れ照れと頬を染め、緊張しているのか若干内股気味な幼馴染萌は、アキハと同じような作りをしたメイド服に身を包み、期待するような双眸を愛らしく向ける。


 突然起こった事象に神保が困惑していると、次にペタペタと素足が張り付く音が響き、同じような格好をしたジャスミンとメリロットも姿を現す。

 普段からメイド服を着ているだけあって、その格好は様になっており、背後からしなやかな尻尾が、期待するようにキュンキュンと音をたてて伸びている。


「――えっと、」

「神保、喜びを表現するのはまだ早いぞ」


 慎ましく佇む二人の背後に、もう二人のメイドさんが姿を見せる。

 小悪魔的微笑を浮かべ、愛らしく指先を舐める淫魔エーリンと、腰に手を当てて嬉しそうに笑みを見せるリーゼアリス。

 身体を包み込まれるのは不快感極まりないだろうに、そのような様子は全く見せず、妖艶かつ玲瓏な肢体を艶やかに見せつける。


 胸の中で穏やかな表情を浮かべるアキハを含め、六名の女性に囲まれた神保は、期待感と一種の恐怖に苛まれ、顔を引きつらせながらも思わず笑ってしまう。

 情けない顔を見せていると実感しながらも、止まらない笑みを向けていると。刹那、リーゼアリスの柔らかそうな膨らみを視覚的に認識したとほぼ同時に、顔面で天にも昇りそうなほどの感触を体感する。

 そして彼女の胸の中に優しく抱きかかえられると、母性的な温かさを感じて神保の強ばっていた身体から徐々に力が抜けていく。


 半ば押し倒されるような格好となった神保は、身体をくねらせながら、嬉しさからくる己の羞恥をごまかそうとしたのだが。

 前面だけで無く、背中にまで温かく柔らかな感触が包み込み、心躍るような温もりが神保を盛大に祝福する。

 艶めかしい脚が神保の上に乗り、背後から抱え込む女性が誰なのかを認識する。


「エーリン、」

「んん。神保、可愛い」


 胸の中にアキハを抱き、前後双方から淫魔に包み込まれる。

 しかも全員メイド服を着込み、この上ないほどに従順さを醸し出す。

 その温もりに身を委ねていると、神保の顔に影が差した。

 刹那。温もりが追加され、頬に甘く柔らかい感触を贈られる。

 何度も何度も。息が弾み、温かい吐息が頬を覆い、優しく包み込む。


「神保、神保、神保ぉ」

「ん、萌」


 頬にくすぐったさを感じながら、とろけるような感覚へと陥落していく。

 そして最後、二人のエルフメイドに飛びかかられた刹那。流石の神保も理性が爆発した。




 ◇




 冒険者アックスがロキス帝国王宮にたどり着くと、数十人の男性たちが風化した王宮の建て直しをしていた。

 綺麗に整えられた芝生の上では幾数人もののメイドたちが気持ちよさそうに微睡んでおり、主――もとい、統括する者がこの場に存在しないことを認識させる。


 耳を劈くような金属音や空間が崩壊するような落下音が響き、アックスは訝しげな表情で建設業者を一瞥すると、大きく溜息を着き、その身を翻して王宮の敷地内から離脱しようかと考えたのだが。

 回れ右をしたところで、不意にキツネ耳を生やしたエルフ系お姉さんが玲瓏な微笑みを見せながら穏やかに佇んでいた。


「あらあら。王宮殿に何かご用でしょうか?」

「む、何者だ、貴様」


 と、意気込んでみたものの。目の前に佇むキツネ耳エルフは、その容姿から表情まで、全ての行動に邪気を感じさせない。

 むしろ、春風に総身を包み込まれるように暖かな感覚を覚え、アックスは思わず半瞬間その姿に見とれてしまった。


「いや、すまない。ロキス帝国帝王秋葉神保との面会に来た。我が名は冒険者アックスだ。それだけ言えば、分かってもらえるはずだ」

「あらあら。アックス様でいらっしゃいましたか、どうぞいらっしゃいました。私は帝王秘書をしております、メシュと申します。帝王様は現在、この建て直しによる騒音から避難するために、ロキス帝国中心街にある別邸に行っております」


 メシュは作業を続ける従業員たちに穏やかな微笑みを向け、何事も無かったかのようにアックスを見やると、やや困ったように眉を下げ。


「ですので、ここでお待ちになっていただいてもよろしいでしょうか? すぐにメイドと部屋を準備いたしますので、」


 メシュの有難いおもてなしを、アックスは紳士的に片手で制し。


「いや、帝王秘書様のお手を煩わせるわけにも参りません。私たちは、しばしロキス辺りを巡ってから、また参りますので」


 アックスはそう言うと、屈強かつ筋肉質なその身体に似つかぬ紳士的な礼をかまし、後方にて佇む二人の戦士を連れて王宮から姿を消した。

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