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第六十七話「その艶やかな桃色の髪を」

幕間にするべきか迷いましたが、結局六十七話に落ち着きました。

若干不快な描写があるかもしれないです。《※R15の意味です。苦手な方はご注意ください》

 ロキス国中心街。


 処女雪のように純白な壁面に覆われた民宿では、毎晩のように、男性のものと思われる苦痛の込もった悲鳴が響いていた。

 家主である秋葉神保が数日前に姿を消し。近隣の住民たちは、やっと静かになったと安堵感を示していたのだが。

 秋葉神保が消失してから、毎夜毎夜低い声で助けを求める声が聴こえるようになったのである。

 最初は人殺しや強盗事件を疑ったのだが。警備隊が押しかけると、何も身につけていない女性魔族が玲瓏な微笑を浮かべて登場し、


『何でも無いですわ』


 と、応えられ。闖入準備をしていたはずの警備隊は、特に成果を上げることもできず。男性的理由により、一人残らず前かがみになりながら神保邸を後にしたという。




「はぁ……。神保、帰って来ないかなぁ」


 鮮やかなピンクの髪をポニーテールにしたアキハは、ガラス製のテーブルに両肘を着いて小さく溜息を吐く。

 凹凸の無い繊細な身体をモゾモゾと動かし、もの欲しげな表情で遠い目をする。

 簡潔に言って“欲求不満”なのだ。

 毎日眺めていた殿方の姿を見ることができない。

 腐向け漫画はもう何度も読み直し、真性腐女子であるアキハもとうとう飽きてしまった。


 将来は二次元の嫁と末永く幸せに暮らす、という人生設計を建てていた彼女だが。三次元(リアル)の魅力に取り憑かれたアキハは、もう平面では満足できない身体となってしまっていたのだ。

 それが良いことなのか悪いことなのかは、この際触れないでおくが。

 アキハはあの、立体感のあるゴツゴツした腕にギュッと抱きつきたいのである。


「神保、神保ぉ……」

「その名を呼ぶな。私だって、もう寂しくて寂しくて、今日だけでもう二回はしてしまったんだぞ」


 嘆きの言葉を漏らすアキハの隣に、甘ったるい香りを漂わせるエーリンが慎ましく腰を下ろす。

 ソファーがしっとりと湿ったが、アキハはそのことに気がつかなかったフリをして若干身体を背けた。

 エーリンは頬を妖艶な桜色に染め、自身の人差し指を艶かしく舐めとりながら口腔内に入れたり出したりしている。

 温かい水滴音が耳に入り、アキハも頬を染めながらチラリとエーリンを一瞥すると。春色なスカート裾を握り締め、遠慮がちな声音で小さく問いかけた。


「ねぇ。リーゼアリスさんは、まだ……その、アレをやってるの?」


 エーリンの口と指を艶かしく糸が引き、若干呆れたような表情をしたエーリンが小さく頷く。


「ああ。あれが私の実母だと思うと、毎晩嫌になってくる」

「私はその、偏見だとは思うけど、淫魔さんっていう種族はそういうのだと思ってたんだけど……」


 エーリンはアキハの顔を見据え、「ハッ」と鼻で笑うように息を吐き。


「ああ。私だって、神保と出会う前はそうしてたさ。今はすっごく我慢してる。多分今の私が神保と再会したら、神保は一晩で干物になるだろうな」

「そうならないことを祈るわ」


 干物になった神保を想像し、アキハは思わず身震いする。

 男の子という生き物は、欲求と直結しているから可愛いのに。欲望が枯渇するまで吸い取られてしまっては、アキハの出る幕は無い。

 アキハは自身の真っ平らな胸を両手で撫でると。恍惚とした表情で小刻みに手を動かすエーリンに、自身の疑問を問いかけた。


「ね、エーリン。これまでにあなたが吸い取ってきた相手って、やっぱ“ここ”は大きい方が喜んだ?」

「ん、んはっ……んっんっんっ! ……はぅ。……ん? あぁ。ごめん、聞いていなかった」


 アキハは奇怪な物を見るような目つきでエーリンを見つめ。俯いてから小さく首を横に振った。

 あんな恥ずかしい事、二回も訊けない。


「ううん。何でも無い」

「そ、うかっ……。あ、ヤバい。ちょっと席を外すぞ」


 エーリンは情けない部分を押さえたままの格好で、足早に部屋から退出して行った。

 見てはいけない。と思いながらもアキハは横目でソファーの上を見ると。


「…………」


 甘い香りを発しながら湿るその部分に触れないよう、アキハは素知らぬフリをして別室へと、逃げるように向かっていった。




 ◇




 オッキーナの料亭から退出した異世界人一行は、各々が満足気な表情をして、メシュが転移魔法陣を発動させるのを待っていた。

 あの発言の後、メイド長はくったりと身体の力を抜いて床へと座り込んでしまったのだが。

 姫君様が嬉しそうに許可を出したので、数日の間莫大な人員を確保することが可能となったのだ。

 姫君曰く『面白ければ別に良い』とのことで、典型的なハ○ヒ的思考をした童女様だったらしく。

 実に幸福そうな顔をして、メシュのキツネ尻尾をモフモフと弄っていた。


 メシュは転移魔法陣を発動すると、嫣然な表情で神保と萌を見やり、小さく頷く。

 メシュ曰く『やれるだけのことはやった』らしい。

 四方八方のギルドに名前を売り、ロキス国外から人員を確保する。

 内堀から徐々に崩壊させ、最終的にはこの世界の頂点に立つのが目的だ。

 アキハがノリと勢いで発した“突然の思いつき”が、これほどまでに他人を巻き込むことになろうとは、当時その場にいた三人はこれっぽっちも考えていなかった。


 だが、これが現在の現実である。

 もう、後には戻れない。


 メシュが発動した魔法陣に飛び乗り、三人は青白く煌く淡い光の渦に包み込まれる。

 徐々に消えゆく景色を静かに眺めていると。

 普段通りの春色笑顔を見せ、メシュは歌うように軽やかな声音でポツリと呟く。


「神保さんの家に転移させるけど、多分出現する部屋とかはバラバラになっちゃうと思うから、神保さん」


 メシュのからかうような微笑みを向けられ、彼女は愛くるしいお姉さんボイスで小さく続けた。


「一人だけ、お風呂場に飛び込むなんて失態は犯さないようにお願いしますね?」

「な、」


 言葉を発するや否や、三人はその場から光の粒となって消失した。








 ロキス国神保邸。

 メシュたちが転移したリビングには、干物のようにカラカラになったゴクウが口を半開きにしたまま倒れていた。

 まるでゾンビのように汚らしく変色したゴクウを一瞥すると、メシュはゴミでも避けるかのようにさりげなく足で蹴り飛ばし。

 笑顔のままゴクウを見下すと、「あらあら」と普段通り呟いた。


「はぁ……。久しぶりの景色だわ」


 カビ一つ無い純白な壁紙。窓から柔らかく日光が差し込み、室内はまるで春のように暖かだ。

 萌とメシュはミイラ化したゴクウを気にせず、辺りを見渡したが、何故かリビングに誰もいない。

 ソファーが若干湿っており、先ほどまでは誰かがいたのであろうが。


「あれ、」


 萌はふと気がつき、もう一度見渡してからメシュの袖を引っ張り。


「神保、どこに行ったの?」

「あらあ……あれー?」


 突如消失した神保の姿。

 この時ばかりは、流石のメシュも困ったような顔をして、首を斜め十五度程度傾けた。




 ◇




「…………」


 転移魔術とは、もっと万能なものだと思っていた。

 神保は身体を起こすと、妙に暖かい外気に若干の違和感を覚える。

 辺りは霞がかかったように視界が悪く、思わず嗅ぎたくなるように甘ったるい香りが、空気中を妖艶に漂っている。


「ん、」


 神保はとりあえず、ここがとこなのかを把握しようと腕を伸ばし、壁か何かを求めて手を動かす。


「あんっ!」

「――ん」


 伸ばした手のひらが触れたものは、温かく若干柔らかいものだった。

 吸い付くようにピタリと手が張り付き、触り心地は良好だ。

 視界があやふやなため、何に触れているのかは分からないが。とりあえず何かしらは存在する場所らしい。

 少なくとも自分だけ死亡したとか、転移に失敗してまたまた異世界に転送された。などといったことになったわけでは無さそうである。


 しかしこう眼前が曇っていると、やはり足元などが不安に感じる。

 神保は手のひらに触れた“何か”の感触を確かめながら、足に力を込めて立ち上がったのだが。


「んひぁ!」


 床が以上に滑りやすい素材でできているらしく、神保は情けないことに頭からひっくり返り、豪快な水音を立てながらお湯の中へと盛大にダイブした。

 びっしょりと全身が濡れ、衣服が張り付く不快感を感じる。

 水分を吸い取り酷く重たくなった衣服を思わず脱ぎ捨て、神保はその場に立ち上がった。


「ぷはぁっ……! はぁ、はぁ……」

「……神保、くん?」


 霞が晴れたその先では、戸惑った表情を浮かべるアキハが、処女雪のように繊細な身体を惜しげもなく晒しながら、シャワーを浴びている。

 滑らかで凹凸の無い美麗な素肌。

 身体に付く水滴は物理運動に逆らわず、肩から背中を駆け抜けて細く綺麗な脚を伝って床まで流れ落ちる。

 やっと自身の置かれている状況に気がついたのか。一糸まとわぬ姿で佇むアキハの頬がみるみる桜色に染め上げられ。幼さの残るあどけない顔を、今にも泣き出しそうな表情へと変貌させる。


「うぅ……、じん、神保くんっ」

「ご、ごめん!」


 誠意を示して即座に回れ右。

 女の子を泣かせてしまったという現実に、神保は戸惑いと困惑を隠せない。

 家族からの英才教育によって培われたラッキースケベ耐性はあり、さらに数日前に“純粋、純正な身体”を脱ぎ捨てたので、この半瞬間の出来事だけで劣情や愛欲を掻き立てられる、などということにはならずに済んだ。


 だが見てしまったことに変わりは無い。

 脳裏にチラつく桃色と肌色のコントラスト。純粋かつ純正な少女の身体は、流石の神保でも全てを防ぎきることは出来なかった。


「ごめん。すぐ出るから、」

「待って、大丈夫」


 瞳を閉じ。神保は浴槽から離脱しようと身体を傾けたところで、背後から温かい感触と柔らかい香りが漂ってくる。

 武具を身につけていないので、神保は上半身に何も纏っていない。

 シャワーを浴びていたアキハなど、文字通りすっぽんぽんである。

 神保が戸惑いを感じていると、繊細かつ滑らかな腕が神保の胸を包みこみ、キュッと抱きしめる。


 細くペタつく指先があばらを撫で、幸せなくすぐったさを覚えた。

 まるでタッピングするように、アキハの指先が徐々に下方へと向かう。

 柔らかく温もりを感じさせる指が腰周りまで到達し、アキハは全身をピッタリと神保の背中に密着させる。

 トクトクと感じるアキハの鼓動。

 アキハは指先を器用に扱いながら、そっと神保の耳元に顔を近づけ、甘く切ない声音で吐息と一緒に言葉を放つ。


「ごめんね。女らしく無い身体つきで、」


 甘ったるい吐息が耳たぶに絡みつく。

 指先の動かし具合も優しく。触れ合った部分からペタペタと汗が滲む。

 垂れ流しになっているシャワーの蛇口を閉め、神保は浴槽内で身を飜えし。拗ねたような表情をしたアキハと向き直る。

 淡い桜色に染まった頬と、アニメキャラのように鮮やかな桃色をした髪の毛が素晴らしく似合う。

 プニっとした柔らかそうな頬に手を伸ばすと。アキハはネコのように、くすぐったそうな表情をして目を細める。

 まるで小動物を撫でているようだ。

 首筋や顎を撫でてやると、愛くるしい声を漏らしながら徐々に頬を染めていく。

 神保は愛らしく悶えるアキハの頬に顔を近づけ、優しく唇を触れ合わせる。

 アキハはピクンと総身を震わせた後、あどけない表情を精一杯大人っぽく見せようと上目遣いをして。

 お互いに目が合ったところで、二人の意思は直結した。




 ◇




 萌は神保を探しに二階へと向かい。メシュは頬に手を添えたまま、神保邸の一階を探すこととなった。

 かなり遠方からの転移だったとしても、メシュが使用する魔法陣レベルであれば、流石に敷地外を出るとは考えにくい。

 転移中に異世界から召喚がかかるなど、もっての他。絶対にありえない。


 一応メシュは探しに行く前に、ミイラのようになったゴクウに蘇生魔術を与え、身体から搾り取られた体液を修復させておいた。

 大方。淫魔であるリーゼアリスかエーリンが我慢の限界を迎え、唯一の男性であるゴクウが狙われたのだろう。

 淫魔とは良く分からない生物だ。

 こんな老い先短い奇人おじさんにも、“そういう感情”を持つことができる。

 メシュには考えられないようなことである。


 メシュはリビングから退出すると、ブツブツと何やら難解な詠唱を唱え。エメラルドの輝きを持つ瞳を開き、四方八方を無心に見つめる。

 完璧な透視は不可能だが、生命反応などであればこの能力一つで探知できる。

 メシュはしばしの間辺りを見つめていたが。ある一点でふと動きを止めると、静かに瞳を閉じて溜息を着いた。

 珍しくメシュはほんのりと頬を染め、「あらあら」と呟いて穏やかに微笑みを見せ、


「もぅ。……帰ってくるなり、手が早いんだから」


 そう言って若干はにかむと。メシュはしばしその様子を見守った後、妖艶に頬を染めたまま、嫣然と微笑みお風呂場からそそくさと立ち去った。

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