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第七話「サキュバスだけど魔王です」

 ロキス国中心街を抜けると。草原や森林、山などが並び、空気の美味しい景色が広がる。

 まばゆい日差しを受け、地上に広がる草原が煌びやかな輝きを放つ。

 開放感溢れる緑色の絨毯は、人間を含め生物の精神を癒す。まさに憩いの場だ。


 遥か昔、血なまぐさい戦闘を繰り広げた戦士たちも。ロキスの雄大な土地を眺め、ドス黒く血塗られた心を浄化しに訪れたという。

 今でも地方の冒険者たちは時折訪足を運び、鮮血に塗り固められた精神を暖かい日差しに当てたり。

 時には小鳥たちのさえずりを子守唄にして。

 優雅な時間を過ごすことのできる、素晴らしい土地だった。

 


 観光地として、数多くの人気を持つ有名な散策エリアなのだが。その中にも邪悪は潜んでいる。

 平和に見えるロキス国中心街。

 だが一歩でもその領域を踏み外すと、この上ない、まさに地獄絵図のような世界が広がるのだ。





 森の奥に美しい悪魔がいる。

 若干ツリ目で、常時小悪魔笑顔を見せて男を誘惑する。

 先程も、支部ギルドに登録した男性勇者にちょちょっと乗っかり、精力を根こそぎ奪い取ったところだった。


「ごちそうさま~」


 ヒラヒラと茂みに手を振りながら艶かしく唇を舐める。

 彼女こそこの森に生息する魔王であり、種類は淫魔であった。

 尖った黒い尻尾を艶っぽく揺らしながら「チュパチュパ」と指を舐めながら歩く。

 ド○ンジョ様も仰天の露出度。

 淫魔である魔王は身体に何も身につけず。光沢のある艶やかな素肌は、妖艶な色気を甘ったるく放つ。


 二次元の美少女でもひれ伏すような完璧なエロエロボディを見せつけるように森の中を歩き、次の獲物を探す。

 火照った身体を冷ますためにツヤツヤした身体を広げ、静かに溜息をついた。


「ああ……もっと若い男の子と遊びたいな」


 魔王が出会う冒険者は九割がたがおっさんである。

 淫魔だって一応欲求はあるのだ。

 どうせなら、まだ純粋で可愛い男の子を可愛がりたい。

 たくましい男性はもう飽きた。

 もっとこう……彼女自身の姿を見ただけで顔を赤くして鼻血を垂らすような――


「妄想か……」


 そんなウブで純情な男の子が実在するならとっくに会っているはず。

 毎度のようにパンツに飛び込み、その度に真っ赤になる可愛らしい男の子。

 彼女だって理解している……あれは漫画の世界にしか存在しない人。

 確かに魔王である彼女はデビ○ーク星人に似ている。

 主に尻尾とスタイルの話だが。男の子に対して積極的なところも、遠からず似ている部分ではあるが。






「加速加速加速ゥ!」


 神保は森をグルグル回りながら魔力をかき集めていた。

 ビーム加速に使用する魔力より、回収する魔力の方が格段に多いのだ。

 彼の貧乏性のせいもあって、奪えるものは何でも奪う精神で森中の魔力を吸収する。


 彼を数日間放っておけば、この世界の魔力は直ちに枯渇するだろう。

 神保が普通に手に入れている魔石とは、大昔の魔術師が死ぬときに自身の魔力を閉じ込めたまさに未来への遺産。

 日本で言う石油や石炭以上に価値のあるものである。


 さらに言うと通常、魔石は砕かないのだ。

 魔石とは膨大な魔力を溜め込んでも、そのエネルギーに耐えられるという貴重な石であり。石そのものが貴重な自然の産物である。

 その為魔石を使用する場合は魔力を吸い取るだけで、魔力の無くなった魔石はギルドに預けられる。


 ギルドでは死亡した魔物の残留魔力や、壊れかけた魔石の修復も行う。

 神保が拳で破壊した魔石は修復不可能であり、未来へ託すことができなくなる。

 ペットボトルを焼却炉に投げ込むようなもの。

 遠まわしな環境破壊である。


「この森にいなかったら今日は諦めるかな……」


 魔力が回復されると言っても、休みなく魔力の放出を続けていると身体に疲れが出てしまう。

 実を言うと神保はもう戦う気は無かった。

 ただ合法的に魔力を回収するために適当な依頼を受けただけで、魔王討伐など心底どうでもよかったのだ。





 何か胸騒ぎがする。

 魔王が感じた「何か」とは二種類の空気。

 一つは自身の根城である森の魔力が徐々に減っている感覚であり。

 二つ目の胸騒ぎは、膨大な魔力を持った何かがこちらに向かって――


「てっぺ~ん!」


 魔王が神経を研ぎ澄ませている間にその“何か”が現れた。

 それは少年の姿をしており、いかにも大人しそうな雰囲気を醸し出す。

 前髪を目にかかるほど伸ばしている男の子……。

 確実にチェリーさんだろう。

 淫魔にとって最高の獲物は、性に関して敏感でありまだそういう事に未経験な男の子である。

 簡単に引っかかる上にその後のロマンスに期待して緩む表情。

 これ以上に淫魔のやる気を掻き立てる生物は無い。


「獲物が決まったわ」

「獲物? うぉっ……」


 全裸の淫魔を目の当たりにして、みるみる紅潮していく神保の顔。

 五人のオタ家族の教育により、神保は女の子のあられもない姿を見ると興奮よりも先に恥ずかしさが出てしまう。

 さらに神保を襲うのは申し訳なさの感情であり、見てしまったことによる罪悪感が心の中に深々と積もっていった。


「す……すみません、お着替え中に!」


 今にも沸騰しそうな顔を後ろに向けて神保は両目を手で隠す。

 これではどちらが裸を見られたのか一瞬間違えそうである。

 堂々と仁王立ちする淫魔と真っ赤な冒険者。


 だが、それがいい。


 淫魔の率直な感想だ。

 彼女自身の身体を見てあんなに照れる男の子が実在するのか。


「私……何かワクワクしてきただ」


 淫魔を襲うゾクゾクっとした快感。

 何のことなのか深くは説明しないが、彼女の心の中では『三度はいけるかも』などと考えていた。

 艶かしく自身の腕や唇を舐める淫魔。

 後は話術と色仕掛けでこのウブな少年を丸め込み、精力とともに魔力も全ていただいてしまおう。


 舐めることによって普段以上にツヤツヤした腕で、淫魔は少年を背後から抱きしめる。

 ほんのり漂う甘い香り。

 淫魔の唾液には男性をその気にさせる香りがあるのだ。

 悪魔でも人間でも、とりあえず生物学的に男性に含まれる生物ならこれだけでコロリと落ちる。

 良い香りで誘いだして騙す。

 これは悪女ですか? いいえ、Gホイ○イです。



「これは……」


 少年がボーっとしている間に湿った腕を少年の口に密着させる。

 これを舐めると男女問わずトロトロに気持ちよく眠ってしまう。

 寝ている間に下準備を整える。

 意外と淫魔は計画性抜群で頭が良い種族なのだ。

 スヤスヤと眠る少年、神保。

 淫魔はそのうちに全身を舐めて甘い香りを放たせておく。

 ついでに神保の頬も舐める。

 起きてすぐにこの匂いを嗅げば絶対に淫魔のトリコだ。


 もはや主人公スキルなどは全くもって意味が無い。

 生理的欲求を凌駕することは不可能である。

 いくら神保が時と雰囲気に流されない硬派(違うね)な男でも不可能。

 言い方は悪いが、去勢でもしていない限りこの欲求に抵抗するのは無理である。


「いただきま~す」


 幸せそうに神保の顔を覗き込み、艶っぽく唇をもう一舐め。

 淫魔のヒンヤリとした手が神保の衣服をまさぐったその時――


「にへ……」


 突然神保の前髪が薄くなり笑顔が炸裂した。

 どうやら寝たまま笑ったらしい。


 ――器用な少年だ。


「んえぇぇ?」


 さっきとは違うゾクゾク感が淫魔の全身を襲う。

 性的な意味のそれでは無く、こう……心から湧き上がるような高揚感。

 神保のニコポ発動である。

 にしても眠りながら発動させるとは、神保恐るべし。

 さらに寝顔アタックがクリーンヒットした。

 寝顔プラス笑顔は破壊力抜群である。

 いわゆる『1+1=3』の理論と同じことだ。


「やだ……うそでしょ?」


 淫魔は自身の頬を両手で包み込み赤面する。

 男性を堕とすことこそ生きがいであり生活だった淫魔にとって、自分が惚れるという体験は斬新すぎた。


 彼女はこの歳で初めて、人を好きになるという感情を体験した。

 今までは相手にあの手この手で惚れさせることを主に生きてきたが、恋をするというのはなんと素晴らしいことなのか!

 彼女は神保の寝顔から目が離せない。

 このまま永遠に眺めていたい、このままずっと彼のそばにいたい……。


 魔王である淫魔はその日、生まれて初めて男を堕とすため以外の理由でキスをした。

 温かく……心から幸せに感じ、一生忘れられない素晴らしい体験だったという。





「ん~……?」


 淫魔の睡眠魔術の効き目が切れ、神保は目が覚めた。

 目を開けると、目の前に頬を淡いピンクに染めた可愛らしい淫魔の姿が――


「うわぁぁ!?」


 神保は飛び起きて淫魔に向かって拳を突き出す。

 当たり前だ。

 突然目が覚めたら人外生物が顔を覗き込んでいる。

 どう考えても敵以外の何者でも無い。


「待って! 私は別に怪しいものでは――」

「ビーム!」


 神保は淫魔の説明も聞かずに身体中の毛穴という毛穴からビームを繰り出した。


「きゃぁぁぁぁ!」


 天を裂くような叫び声。

 神保の前進から放たれたビームの嵐は、辺りの生物の命を根こそぎ奪っていく。

 木々は倒れ、岩は真っ二つになり、暗かった森は光を遮断させる物が消え去り明るくなった。

 全方向へと伸びるビームの雨。

 まさにビームのハリネズミである。

 ハリネズミの針が全部ビームになったような状況に襲われ、半径数十メートル以内の物は綺麗に焼き消された。


「危ないわね!」


 淫魔は無事だった。

 全身黒コゲだが命に別状は無いらしい。

 だが長く綺麗だった銀色の髪は、残念ながら少々焼けてしまい、短くなってしまった。


「はぅ……ヒドいよぉ……」


 目の前で涙を浮かべる姿を見て神保はハッとする。


 ――何で俺はか弱い女の子に全力で攻撃しているんだ。


 神保の中に膨大な量の罪悪感がふつふつと湧き上がる。

 主人公が絶対にやってはいけないこと、それは何も悪く無い人に危害を加えることである。

 真の主人公とは、男女問わず絶対に仲間を大切にする。

 結城○トだって絶対に女の子に暴力を振るわないじゃ無いか。

 彼こそ全オタクが憧れる夢の主人公であり、神保が一番上の兄に目指せと言われた真の主人公である。


「それにしても……」


 神保は目の前にいる淫魔を目の当たりにして、思わず息を飲む。

 スタイル抜群な色っぽい少女。

 腰の辺りからピョコっと生えた悪魔的しっぽは、何となくデビ○ーク星人を思い起こす。

 神保ももちろん大好きだった。

 青少年に危うい夢を届けてくれる魔法のヒロインたち。

 兄三人も『作者は神だ!』とひれ伏し、連載当初から切り抜きが彼の家の神棚に飾ってあった。


 とりあえずこの状況を打開しようと、神保は今までの知識の中から『初対面の女子に言うべき言葉』を一瞬で探し出す。


「見かけねー顔だな」


 決まった。

 少なくとも神保の中では決まった。

 らしくねーじゃんとか言ってはいけない。

 全裸の美少女に向かってこれだけの事を言える神保は、まさに選ばれたオタクである。



「とりあえず……服を着てもらえませんか?」

「んぇ! あ……私ったらなんて格好を――」


 淫魔は急いでそばにあった葉っぱを三枚拾い、身体の危うい箇所に張り付けた。

 全くの裸体よりも妙に色っぽく、何故か先ほどよりもいかがわしい匂いを感じさせる。


「ごめんごめん。それでね」

「ちゃんと服を着ましょうよ!」


 神保にとっては服を着ることが一般常識であるが、この世界の淫魔はそもそも服を切るという概念が無かった。

 自身の溢れるような美貌を利用して生活しているわけで、身体を隠す意味が無いのである。


「そんな事言っても……」


 淫魔は困ってしまい、両手を広げて肩をすくめる。

 このポーズを全裸でやられるとは何ともシュールな光景だ。


「えーと……そういえば自己紹介がまだでしたね。俺は秋葉神保、転生者です」

「私はエーリンと言います。職業は魔王で種族は淫魔、よろしくお願いします」


 一瞬の間。

 神保は一気に森林内の空気を、まるで深呼吸でもするかのように、たっぷりと深く吸い込んだ。


「まんま敵じゃ無いですかぁぁぁ!」

「違います!」


 魔王と名乗っておきながら敵であることを否定する。

 しかも淫魔だと?

 神保の顔が真っ青になる。


「まさか……!」


 神保はズボンをするりと下ろしパンツを広げて中を見た。


「おほぉぉぉ!?」


 エーリンのはしたない声。

 突然脱ぎだした神保の行動に淫魔は興奮を隠せない。


 ――そういう種族なのである。


「ねぇねぇ……」


 中身を確認してホッとする神保にエーリンが擦り寄る。

 それと同時に、神保は逃げるように淫魔王エーリンから離れる。


「俺のそばに近寄るなぁぁぁ!」

「ち……違うから! 別にあなたを襲おうとしたわけでは無いの! ちゃんとお互いの気持ちが一緒になってから、ゆっくりと……」

「意味分かりませんって!」


 淫魔の言葉の半分以上が理解できなかったが、神保は何となくこの人は悪い人では無いと思った。

 頭はあまりよろしく無いようであるが。


「とりあえず、何か衣服を身につけてもらえませんか?」

「服かぁ……。こう、締め付けられないような服って無いですか?」


 淫魔は全身をペタペタ触りながら、まるで締め付けられているようなジェスチャーをする。

 とりあえず紺色のアレは嫌なようだ。


「それと……淫魔は体温が高いので、なるべくヒラヒラした布地の少ない薄い服が良いです」


 注文の多い淫魔である。

 神保は大体の服装を頭に描き、魔術で淫魔の全身を包み込んだ。強いて名称を付けるとすれば『服飾魔術』とでも言うべきか。


 光り輝く魔力が淫魔の身体を覆い、ゆっくりと魔力が消えていく。

 そして現れた淫魔は――


「いいわねこれ」

「気に入ってもらえて良かったです」


 黒いマントにビキニそしてヒラヒラしたスカート、という世の男性の目を引きそうな格好ではあったが、全裸で街を歩くよりはマシだろう。


 ちなみに簡単に言うと踊り子のような格好であり、豊満かつキュッとした身体はかなり際立っていた。

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