表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/93

第五十六話「冒険の始まり」

 フローズン街グランツ工房。


 空間が歪曲しそうな熱量を放出する作業場にて、技師タイラーは、魂を込めて最高の武具を精製している。

 熱したトマトソースのようにグツグツと煮えたぎる鉄液に素材を通し、まるで粘土のように軟化した鉄素材を加工して、適切な角度の曲線を作り上げる。

 いわゆる、女性的曲線美を出すための工程であり、硬質化された鎧や、破壊を目的としただけの無垢で攻撃的な武器を主に精製するタイラーにとって、この手順は実に初めての試みであった。


 身を守ることを優先にするのでは無く、動きやすく機敏性を求める防具。

 軽く柔らかい素材を使用して作成することも考えたが、獣系の素材で精製する防具となると、破れやすく戦闘などに非常に向いていない。

 繊維を絡め、丈夫にしようとも考えたが。いつほつれるか分からないような武具を客に出すわけにはいかない。

 そうなると、やはり基本的な素材である鉱石や鉄片から作り上げることとなる。

 だが重い。

 重量を減らすには、軽い金属を使うか。いや、それでは獣や繊維と大して変わらない。

 ……長い試行錯誤の結果。タイラーは鉄素材や鉱石を極限まで平たく伸ばし、密度が高く、硬度も高い鉱石液を何重にも浸し、やっと念願の武具を作ることができたのだ。

 実際薄く軽くなった分、耐久性や質量はかなり減っているのだが。


 タイラーは精製した武具を作業室から出すと、陳列棚の“予約品”と書かれた棚に丁寧に並べていく。

 男性用防具と女性用防具一つずつ。

 キツネ耳が良く似合う玲瓏な女性は、『自分の分は必要無い』と言っていたので、前回のように国を揺るがす緊急事態が起こるというわけでは無いようである。

 武器も必要無いとのことだったので、きっとあの二人は魔術師かそれに近い力を持っているのだろう。

 いくら筋力や腕力が無くとも、戦闘に参加するのであれば武器は必要不可欠な物である。

 中には格闘者(ファイター)などもいるにはいるが。わざわざグランツ工房に防具を注文に来るというのに、己の拳だけで闘うなどといったことはありえないだろう。

 一応拳やすねを護る武具はセットで精製したが、タイラーとしては保険のようなものであり、ほぼサービス品である。

 一応小型ナイフも付けておいたが、これもまたサービスだった。



「ふぅ……」


 タイラーは陳列室の隅に腰を下ろし、独特な甘い香りを放ちながら仕事後の一服を楽しむことにした。

 最近請けた注文は多少遅れても問題無いものばかりなので、休める時に休んでおかなければ身体を壊してしまう。

 こんな非生産的な考え。数ヶ月前のタイラーなら、まず考えることも無かったであろうが。


「リーゼアリスと出会って、俺も色々変わったなぁ……」


 遠い目をしながら口から紫煙を吐き出す。

 舞い上がった煙は空気に混ざり、徐々に消え去っていく。

 モヤのように広がった煙が全て消滅した辺りで、陳列室の扉を外側から叩く音がした。

 乱暴さを感じさせない。細く美麗な指を丸め、小さな拳で精一杯音を出そうとしているような――。


「入れ、少年」

「あ、やっぱおじさんこっちにいた」


 なまっ白い肌をシャツから覗かせた小さな少年は、錆だらけの青銅剣を机に置き、隣に粉々になった魔石を幾数個かバラまくと、輝かしいほど純粋な笑顔を向けて子供らしい声音で遠慮無く発す。


「錆取りお願いねー!」

「ちったぁ自分でも手入れしろや。それか銀剣とか鉄剣買えよ。今時こんな青銅剣なんて使ってるから、すぐ錆びやがるんだ」


 面倒くさそうにタイラーは言い放ったが、それは言葉だけであり。粉々で修復不可能な魔石を“努力料”として、嫌な顔一つせずにその場ですぐ錆取りを始める。

 実際こんな粉々になった魔石では、売買ところか魔力採取さえ不可能だ。

 大方ギルド脇か森の中で捨ててあったのを見つけてきたのだろう。


「だってー! お母さんが、危ないから青銅剣にしなさいって」


 実に子供らしい理由をつけられ、タイラーは錆を取りながら思わず口元を緩める。


「危なく無い剣なんて、武器にならないだろうが! とでも言ってやれ、な」


 椅子の上で脚をバタバタさせる少年を一瞥し、タイラーは錆が取れて新品のようになった青銅剣をしばし見据え。

 静かに小さく頷いた後、少年に向かって青銅剣を放り投げる。


「ほらよ、上がったぞ」

「ありがとう!」


 子供らしい無邪気な笑顔を浮かべ、大きく手を振りながら少年はグランツ工房から姿を消した。

 その様子をしばし見送ってから、タイラーは傍にある椅子にどっかりと腰を落とし。新しいタバコに手を伸ばそうとしたところで、突如来客の気配を感じた。


「あらあら。タイミング悪かったかしら?」

「悪きゃぁねぇな。あとちょっと遅ければ、俺は吸い始めたばかりのコレを無駄にするところだったよ」


 そう言ってタイラーはタバコをケース内に仕舞うと、重々しく身体を起こし、普段通り春色笑顔を振りまくメシュの前まで近寄り、中に入るように促す。


「入んな、注文の品はできてる」

「あらあら。お仕事が速い殿方は、それだけで評価に値いたしますわ」


 微妙に上から目線な言葉遣いに若干戸惑うが。タイラー自身も客対応として正しく無い言葉遣いを平気で使っているので、無駄なブーメランを投げるようなことはしなかった。


 タイラーは「フン」と鼻で笑うと、陳列棚から二着の武具を取り出し、部屋の中央に置かれた木製のテーブルへと綺麗に並べる。

 タイラーは神保と萌を一瞥すると、部屋の外で着替えるよう促し。微笑みを絶やさずに佇むメシュには「お前はここで待ってろ」とだけ伝え、タイラーはどっかりと椅子に座り直す。


 神保と萌が防具を持って、陳列室から退室すると。タイラーはメシュに座るよう合図すると、テーブルの上に、鮮やかな色をした極魔石オリハルコンを転がす。


「これが余った分のオリハルコンだ。通常の魔石程度しか魔力は残ってねぇが、とりあえずお返しする」

「あらあら。良いんですの?」


 差し出されたオリハルコンをメシュは受け取り、多少輝きが濁ったことを確認し、メシュは15度程度首を傾げる。


「まだ結構残ってますのね」

「ああ。思ったより安く済んだ。流石にそれ以上の魔力を受け取るわけにはいかねぇ」


 しばし極魔石(オリハルコン)をその双眸に映したメシュは、首の傾きを戻すと、静かにポケットの中へと仕舞い、姿勢を正して鈴の音のような声音を出して、


「ありがとうございます」


 と、心から感謝の辞を表した。





「なぁ。ちょっと良いか?」


 タイラーとメシュが陳列室で他愛も無い談笑を繰り広げていると。着替えが終了した神保が、入口のドアから顔だけを出して室内をキョロキョロと眺めている。

 頬を桜色に染め、鳶色の瞳が上下左右をウロウロと逃げ回り。

 時折自身の手で口元を撫で、視線を逸らす。


「あらあら。どうしたの?」

「注文が『帝王』だったからな。どうだ、似合ってると思うんだが」


 初めて制服を着込んだ中学生のように、神保はしばらく照れくさそうな表情を浮かべてはにかんでいたが。

 背後から突然背中を押され、半ば前のめりに転ぶような格好で、陳列室内に鎮座する二人の大人に、その姿をお披露目ということとなった。


「あらあら。似合ってるじゃない。格好いいわよ」

「ほぅ……。案外合うもんだな、もし似合わなかったらどうしようか。とか結構心配してたんだぞ」


 ニヤニヤと目を細める二人の視線を感じ、神保は照れくささか嬉しさか、恥ずかしがって俯いてしまったが。

 背後から神保を押し飛ばした張本人である萌が現れ、腰に手を当てた堂々としたポーズをとり、人差し指で自身の口元をゆっくりとなぞった。


「ヤバい。……超似合ってる。神保、凄く格好いいよ」

「うん。……あ、ありがとう」


 普段の神保であれば、萌に心からの笑顔を振りまいて、キュンキュン状態の萌が出来上がるシチュエーションなのだが。

 神保は顔を赤らめ、萌の方を凝視できない。

 萌は先程から、小動物を愛でるように幸せそうな表情で神保の頭を優しく撫で、神保はその度に顔を赤らめ、俯いたまま時折肩を戦慄させる。


「あっと……。萌とか言ったな。どうだ? 俺的には結構頑張ってみたんだが、期待通りの防具になっているかな?」


 萌はタイラーに向き直ると、真新しい武具に包まれたその総身をクルリと飜えし、「えへへ」と可愛らしい笑顔を作ってタイラーとメシュに見せた。


「うん! 締め付けられないし、女の子っぽくて可愛いし。でも汚らしいエロさは感じさせ無いし。超イケてる! あ、今の『サイコーに良い』って意味ね」


 初めての孫を抱っこしたお爺さんのような表情をしたタイラーは、実に幸福そうに頷き。メシュに視線を移すと、「どうですか?」と誇らしげに問いかける。

 メシュは頬に手を添えた普段通りの笑顔でしばし見つめていたが、微笑みを崩さず、玲瓏な微笑を浮かべたまま、透き通るような声音を発し。


「とても良いと思います。萌さんの艶やかな身体が、素晴らしく際立っておりますわ」

「ほら、神保! 神保が大好きな、へそ出し女剣士の格好だよ?」


 銀色の甲冑を肩に備え、身体運動を妨げるほどたわわなおっぱいをしっかりと固定させ。黄色っぽい上着と黒いマントが、胸の下辺りまでを妖艶に覆う。

 スラリと伸びた胴体は外気に晒され、股上股下共に短く黒っぽいショートパンツ状のズボンからは、足元に履かされたスニーカー素材の靴まで、惜しげもなくスラリとした太ももが顔を見せている。

 太過ぎもなく細過ぎもない美麗な脚は、実に健康的な雰囲気を醸し出しており。艶やかかつ長い脚を玲瓏に魅せながら、真っ直ぐに足元へと伸びている。

 はっきり言って、神保の好みド直球であり。性的な露出感も感じさせず、色っぽさより可愛らしさを求めたと見え、萌の魅力をこれでもかと引き立てる最高の衣服であった。

 事実。神保は萌のその姿を直視することができない。


「神保だってそれ、格好いいんだからさ。もっと堂々と見せようよ、ね?」


 神保の武具はこれまた“勇者”を絵に描いたような衣装であり。銀色に煌き、凛々しさを魅せる(アーマー)が上半身を覆い。赤紫色をした“いかにも高級そう”なズボンを履き、黒いスニーカーを足に備えている。

 そして極めつけは風を受けて翻る漆黒のマントであり。萌のとは比べ物にならないほど、広く豪快に舞い上がる。

 神保はその格好が、目立ちすぎて逆に恥ずかしいらしい。


「うんうん。神保さんも、それ似合ってるわよ」

「ああ、こっちは俺も力を込めて精製したからな。似合って当然だ」


 メシュとタイラーから向けられた笑顔。

 子供の運動会を観覧するような微笑ましさを感じさせるその笑顔を眺めていると、神保は若干照れくささが減少した気がする。

 恥ずかしさより、自分のために武具を作成してくれた。というその事実に感謝の辞を示すべきだと感じたのだ。


「ああ、ありがとう。メシュさん、タイラーのおっちゃん」


 神保は傭兵のようにピシッと姿勢を正すと、腰に差した魔剣がだらしなくぷらぷら揺れることを回避させ。腰から上をしっかりと曲げて、深々と頭を下げる。

 萌も並んで同じように感謝の込もった礼を言うと。笑顔を絶やさず二人を見つめるメシュと目を合わせ合い、その笑顔に向かって力強く頷き返す。


 ここからが冒険の始まりだ。

 未だ足を踏み入れたことの無い未知の土地へ、神保たちは今から歩み進む。

 帝王という。輝かしくも遠い、大きな夢のために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ