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第四十八話「予期せぬ二人」

 予期せぬ再開とはこのことだろうか。

 神保と萌は、このキツネ耳を知っている。いや。この微笑みと、黄土色に輝くモフモフした尻尾を知っている。


 邪気を感じさせない笑顔を崩さず。キツネ耳エルフメシュは、普段通り頬に手を添えたポーズのまま「あらあら」と首を傾ける。

 予想だにしない状況に愕然とする二人だったが。神保はこの次に起こることで、もう一度驚愕の渦に叩き込まれた。


「おお。元気かぇ?」


 その姿を見て神保は、あんぐりと口を開けたまま閉められなくなった。

 喉の奥まで丸見えなほどにポッカリと開けた口は、何もかもを吸い込むブラックホールのようでもあった。

 神保をここまで驚かせた客人。それは、モーラン街の温泉で極魔石オリハルコンをくれた張本人であり。

 亀○人そっくりな、麦わら帽子のおじさんである。


「おじさん!」

「はっはっは。一応ワシにもゴクウという名前があるんじゃがの」

「亀○人なのにか?」

「誰が亀○人か! ワシはあんなスケベったらしじゃ無い」

「あらあら。どの口がそんなこと言うのかしら」


 ゴクウと名乗るおじさんは、突然苦痛に顔を歪めてバタリと倒れ込んだ。

 右腕がありえない方向へと曲がっていたので、何かしらの肉体的圧力をかけられて黙らされたのだろう。

 メシュは泡を吹いて気絶したゴクウを一瞥し、「あらあら」とだけ呟くと、頬に片手を添えたままゆっくりと神保へと歩み寄る。

 自身の身体が動かない時に近寄られるというのは、普通あまり良い気持ちはしない。

 だが何故か、メシュの微笑みはその感情を消滅させる。

 笑顔を絶やさず神保の隣まで近寄ると、突然艶めかしい指使いで神保の頬を舐めるように優しく撫でた。

 くすぐったい。産毛を一本一本突っつかれるような感覚に、神保は思わず頬が緩む。

 メシュの手が頬を包み込んだ辺りで、今まで静かに傍観していた萌が、とうとう怒りと嫉妬心に耐え切れずその場から立ち上がった。


「ちょっと! 突然現れて何神保のこと、」

「すみません。ちょっと黙っててください」


 嫉妬心から来る妬みの言葉をぴしゃりと叩きのめす。

 表情にさえ現れていないが、メシュは真剣だった。

 右手は自身の手に添えたまま、左手は神保の頬を艶かしくくすぐる。この行動が何を意味するのか。その場で傍観する誰にも分からないことであったが。メシュ本人と、行われている神保のみは、今現在何が起こっているのかを理解することができた。


「治癒魔術……?」

「いえ。正確に言うと蘇生魔術の一種です」


 神保の独り言のような呟きに答えたのは、右手首がへし折られたおじさんゴクウである。

 ゴクウは右手首を風鈴のようにプラプラと揺らしながら、真剣とは酷くかけ離れた表情で語りだす。


「メシュは異世界人なんですよ。妙な魔術師に召喚されて、魔力を与えられた。あなたたちと同じで」


 その言葉に真っ先に反応した萌は、手に持っていたおかゆを器ごと床に取り落としてしまい。それを見たメリロットが、落ち着いた動作で綺麗に片付ける。

 明らかな驚愕を表情に浮かべている萌を見やり、ゴクウは重々しく口を開く。


「メシュは『鑑定魔術』『蘇生魔術』『全属性魔術』……その他モロモロの魔術を使用できる。まさにブッ壊れた(チート)女だった」


 しみじみと語っているように見えるが、ゴクウは悪寒でも感じているかのように全身をゾクゾクと戦慄させていた。

 どうやらメシュとゴクウは長い付き合いのようだが。思い出すだけで身の毛もよだつような、散々な目に遭ってきたようである。

 ゴクウの頬を一筋の光が走ったが。感慨深い思い出に涙したのでは無く、今までの人生を後悔して悲観しているようである。

 涙を流すゴクウの心情を知ってか知らずか。萌は普段通り明るい声でゴクウへと問いかける。


「それで、メシュさんとあなたは神保に何の用があって来たの?」

「ああ。それなんですがね、」


「神保さんを帝王にするために、ちょっとした冒険に連れ出そうとしたんですよ」


 蘇生魔術を終了させたメシュは、花のように輝かしい笑顔と片頬に添えられた手を見せ『うふふ』と微笑む。

 邪気を感じさせない笑顔で、飛んでもないことを言い。萌は一瞬の間を空けてから、ダンとテーブルに両手を着いてメシュを睨みつける。


「だから! 神保はまだ身体が、」

「萌、何だろう。全身に溜まっていた疲労感がみるみるうちに取れていく」


 先程までご飯を口に含むことも苦労していた愛しの幼馴染は、まるで何事も無かったかのように身体を起こし。

 唖然とした様子で見つめる萌の目の前で、両腕をブンブンと振り回した。


「重かった身体が。凄く軽い! このまま窓から空を飛べそうだ」

「そ、それは何より……」


 バタバタと鳥の真似をする神保から目を逸らし。萌は、微笑みを絶やさないメシュの前に立ち、自身が感じる疑問を口にする。


「神保を、どこに連れて行くの?」

「そうですね。ロキス国だけで無く、この世界に広がる大都市を巡ります。秋葉神保という名前を世界中に広め、彼が帝王になるために必要なものを集めます。例えばまず“知名度”ですね。資金や行動力、そして数人の方々から愛される神保さんなら、ロキス国内でこれ以上の行動は必要ありません。ですが、他国では神保さんの知名度は皆無に等しいです。なので、神保さんの名前を知らない方のいる場所に、」


 壁の一部が破裂した。

 その言葉を遮るように。俯いた萌は、自身の鉄拳魔術で部屋の壁に拳を放ったのだ。

 床を見つめる萌の表情は、垂れ下がった髪の毛に隠れて見えないが。ポツリポツリと降り注ぐ水滴が、萌の心情を全て物語っていた。


「嫌だ。そんなに長く、神保と離れたくない。神保が迷宮に潜った時だって、私、凄く寂しかった。もう嫌だよ。メシュさんを信用して無いわけじゃないけど、そんなの絶対おかしいよ!」


 聞いている方まで悲しくなるような嗚咽を漏らし、萌は部屋から飛び出していった。

 メシュは相変わらずの笑顔で「あらあら」とだけ呟き。手首がひん曲がったゴクウは、鼻から溜息をつき。メリロットは心配そうに、開け放されたドアから階下の方を眺めていた。

 神保はベッドから身体を起こし、萌を追いかけようとしたところで、その行動をメシュに片手で遮られた。


「あの娘なら大丈夫だと思います。とりあえず、今は私とお話をしてくれませんか?」








 気がついたら外まで走っていた。走っている間は気にも留めなかったが。我に帰った途端、両足にこの上無い重量感を感じた。

 萌は夕暮れの宿屋街を、走り疲れたマラソンランナーのように重い足取りでヨタヨタと歩いている。

 帝王を目指すことに賛成したのは自分もだし。それで神保ハーレムに自分を入れてもらうことこそが、この世界での萌が目指すべく夢だった。

 だけど、それは神保の手助けをしたかったからだ。自分だけ置いて一人で行っちゃうなんて、最初に危惧した展開通りではないか。

 萌の頬を涙が駆け抜ける。とめどなく溢れる心の水滴は、不安や悲しみを浄化しようと、流れを止めようとしない。


「本当、自分で自分の気持ちが分からない」


 萌にはこの先どうすれば良いか分からなかった。このまま普段通りの笑顔を作り、戻ったとしても。神保がいなくなる現実は変わらない。

 でも。このまま戻らないわけにはいかない。ロキス国は治安が良くないと、王宮から帰還した神保たちが言っていた。

 自分で言うのも何だが。ピチピチの女子高生が暗い夜道を一人で歩いていれば、語るも悍ましい悲劇が待ち構えているに違いない。


 黄金色の夕日が、徐々に傾き始める。

 この世界には太陽も月もあるようだ。日本の天文学と同等な惑星的並びがあるか、などの専門的な事情は知らないが。

 萌からしてみれば、昇って沈む電灯のようなものだ。どんな理屈や説明を並べようと、一般市民である萌からすれば他に意味など無い。

 時間や日付を知らせてくれるだけの、大切な輝き。


「戻ろう」


 ここで萌が戻らなければ、神保が安心して冒険に出かけられない。長くなるようだったら、ここはもう幼馴染特典を使って泣き落としてみようかな。


 腰の辺りにへばりついて『一緒に行くー!』って、ハハハ……。余計に神保を心配させちゃうよ。

 萌は沈み掛けの太陽を一瞥し、回れ右をして今来た道を戻る。


「『あの太陽まで競争だ』じゃ無くて、あの太陽が沈むまでに帰らなくちゃね」








 ジャスミンの淹れたお茶は格別である。

 どこかの誰かみたいに、雑草の絞り汁を飲ませるなんてことは無く。甘く妖艶な香りを振りまき、優雅なティータイムを嗜んでいた。

 メシュはティーカップを持つときだけ、やっと頬から手を離した。住人全員が興味深そうに頬を眺めたが。アザがあったりとか潰れたニキビがあったりなど、そのようなことは一切無く。透き通るように真っ白な肌がツヤリと顔を覗かせていた。

 メシュはその視線に気づいたのか、お茶を飲み終え甘い溜息をついた後で『頬を押さえるのはクセですよ』と、心躍るようなお姉さんボイスでニッコリと微笑んだ。

 それを聞いてゴクウが『全く外面がよろしいことで』などとため息混じりに呟いたためか、ゴクウはまた悶絶して倒れ込んだ。

 今度は左腕が股の下から突き出るという、語るも悲惨な状況になっていた。


 メシュはティーカップを置くと、珍しく正座した膝の上に両手を置き。花のような笑顔を振りまきながら、ここの住人の顔を順々に眺める。

 残念ながら萌はいない。そのためこの場にいるのは、アキハ、エーリン、リーゼアリス、ジャスミン、メリロット。それと神保、メシュ、ゴクウのみである。

 メシュは華々しさ溢れる五人の女の子を眺めたあと、邪気を感じさせない笑顔を神保に向け、朝の挨拶をするように爽やかな口調で問いかけた。


「この中で、神保さんと恋仲なのは誰かしら?」

「ぶふっ……!」


 神保は思わずカップ内にお茶を吹き出す。今回は未遂では無く盛大に吹き出してしまった。

 思わず咳き込む神保に、五人の女性陣から何とも言えない視線を送られる。

 器官に入ったお茶を吐き出そうと、神保は必死に胸を叩くが。漫画やアニメじゃあるまいし、そんな行動は全く意味を成さない。


「ほらほら。神保、焦っちゃダメだよ」

「ご主人様。もっと落ち着いてくださいね。大丈夫ですから」


 アキハとジャスミンに双方からちやほやされる。アキハは神保の背中を優しくさすり、ジャスミンは純白のハンカチで神保の口を丁寧に拭う。

 はっきり言って最高のご奉仕だ。エーリンとリーゼアリスは、何か思うことがあるのか。今回は何もせず、ただただ傍観するだけであった。


 メシュはその様子を眺め、さっきまで膝に置いていた片手を頬に宛てがい。溜息でもつくように口を開く。


「神保さんを一人で冒険させるのは流石に申し訳無いと思う。突然来て、拒否不可能な誘拐をするようなものだもんね」


 誰であろうと誘拐は拒否不可能であろう。と神保は思ったが、口には出さない。


 しばしの沈黙の後、メシュは少しだけ眉毛を下げる。ここにいる、神保とリーゼアリス以外全ての住人が、初めて見るメシュの表情変化だった。


「元々、ゴクウと私と神保さんで旅をしようと思ったのだけれど。そうなると、神保さんも男の子的な“何か”が溜まっちゃうでしょうし。それを受け止めてくれるような、女の子が一人欲しいかなって」

「ゴク……」


 確実に聞こえた。

 神保を取り囲む二人の女の子。確実に今喉から、唾を飲み込む音が聞こえた。

 先ほどと違い、熱っぽい視線がジンジンと向けられ。神保は耳までどんどん真っ赤になっていくのが感覚的に分かる。

 メシュはその様子を見て、普通なら聞き流しそうに平凡な口調で。


「あとさっき。耳の奥に張ってあった『難聴壁』。破っておきましたから」

「あー。それはどうも――」


 半瞬間、その言葉の意味を認識できなかった。

 一瞬遅れてその事を理解した途端、神保はこの世の終焉を見たかのように驚愕する。

 信じられないような事実に、神保はその場で彫刻のように固まってしまった。

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