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第五話「加速魔術」

 ロキス国。


 世界最大の領域を誇る雄大な土地を持つ。南方には砂漠。北方には鉱山が広がる、生物も資源も大量に存在する帝国である。


 アキハの住むエッジウェアは、ロキス国遥か南東という辺境のような地方であるが。中心街と呼ばれる、ロキス国中心部ルーデル街は活気溢れる最大の貿易街でもあった。

 全方位を他の街村に囲まれているため海が無く。魚などの海産物が採れないことが、強いて言えば難点だろうか。

 宿屋も多く。観光地としても有名な、至って平和な街である。





 近頃この辺りでちょっとした話題があった。

 主にギルド関係者が対面する災害のようなものなのだが。まるで竜巻でも通ったかのように草原の草がなぎ倒され、森林中の木々がズタズタにされている。


 身体に穴を開けられ死亡している魔物も大量に発見され、中心街から若干南東に位置する森林は、ここしばらく侵入禁止令が敷かれることとなった。


 どう見ても人間業とは思えないこの惨状に、近隣のギルドから数人のギルド案内人が派遣され、事件の発端を調査している。




「まただわ……」


 受付嬢兼ギルド案内人のメシュは、ズタズタに伐採された森を見て、溜息のように呟く。


「最近多いのよね。とりあえず死んじゃった魔物とか傷ついた魔石から、魔力を回収しておいてね」

「それが変なのよ……」


 メシュは一緒に魔力回収しに来た案内人に、地面に転がっていた魔物の死骸を見せる。

 巨大化したネズミのような見た目の魔物――ラットは、あまり攻撃的で無いことで知られ、魔物間での争いはまず無いとされる生物だ。

 だが明らかに生物が行ったと思われる傷――身体に拳大の穴が、あざ笑うハロウィンカボチャのようにボッカリと空いている。

 肉体が綺麗にくり抜かれており、その傷から文字通り向こう側が見えていた。


 もう一人の案内人はそれをじっくりと眺めて首を傾げる。


「魔力が全然残って無い……」

「魔石もそうなの。この森にあった魔力関係の物が全部消え去ってるのよ」

「魔力を吸収する……。古代龍でも通ったんじゃ無いでしょうね」

「まさか……、だったら誰かから発見通知と依頼状が届くはずよ」

「それもそうよね……」


 誰も見ないうちに森中の魔力を奪いながら消える謎の事件。

 魔物に襲われるという被害が減った分、村の一般人からは良い知らせとして広まっているが。

 ギルド関係者には、仕事が無くなる厄介な災害として注意の知らせが伝えられた。





 ――二日前の事。


 萌とアキハの提案に渋々承諾した神保は、家中の魔力を吸収して出発準備を整えた。


「これで平気?」

「ちょっと待って。これだけ持っていきたいから……」


 アキハはブックカバー付きの書籍を数冊ポケットに突っ込む。

 魔術の力でポケットの中は異次元になっており、何でも詰め込めるという便利なポケットらしいが。

 片付けの出来ないアキハがそれを使うとなると、ご存知通り魔窟となる。


「アキハ! 思い立ったらすぐ行動って言ったのはあなたでしょ」

「うるさいわね! 女の子っていうのはいろいろと準備が必要なのよ」

「私も女だけど、とっくに準備は終わってるわ」


 最高の説得力。

 アキハは何も言えなくなり、俯いたまま神保の身体に抱きつく。

 同じくして、萌もしっかりと神保を抱きしめる。


 ――別に出発前によからぬ事を行おうとしているのでは無く、ここからの出発方法がやや強引なだけである。


「しっかり捕まったか?」


 神保の最後の確認。

 二人のヒロインはしっかりと神保と密着する。

 多分この情景を他人が見れば、棍棒でも持って追いかけてくるであろう幸せな展開だ。

 だがここにいる三人は一人としてその表情を緩めない。むしろ顔を強ばらせ歯を食いしばっている。

 まるで、ジェットコースターが急降下する直前の乗客のような表情をして。これから起こる惨状を無事切り抜けられるよう心から祈っているようだ。


「じゃあ……行くぞ?」


 神保の背中から強烈な光が放たれる。糸のように繊細で、真っ直ぐな閃光が絡み合う。

 膨大なエネルギーを放出しているらしいその光景は、神保を前方から見れば、後光が差しているようにも見える。

 それほどまでに白く輝かしい光に包まれ、突風に煽られたかのように背後の森林がユサユサと揺れる。


「全力全開!」


 刹那。落雷のような爆撃音。そして、空間を歪曲させるほどの暴風が巻き上がった。


 ――と、次の瞬間。


 三人の姿はその場から跡形も無く消えていた。




 ◇




 魔術は妄想力だとはよく言ったものだ。

 何も治癒魔術や転移魔術。念写だとか属性攻撃魔術など、使う人間がその光景をどの程度妄想できるかで使える魔術の種類が増える。そう言った。


 だが実際。ありふれた魔術のみに触れ、妄想力を鍛えただけでは、どんなに努力しても作成者を超えることはできない。

 その後の同等魔術は全て猿真似だ。始祖を超越することは不可能である。


 魔術は発想力だ。

 今までに誰も思いつかない魔術――もしくはこの世界に存在しないものから想像し、創造する。

 仮に似た魔術でも『誰かの真似をするだけ』と『一から考えてやってみた』では、経験も思考時間も全く違う。


 大切なのは“知ること”だ。

 同じ治癒魔術を使うにしても、表面の傷を治す妄想しかできない者はそれまでだが、身体の解剖を行ったことがあれば、体内の完全修復も可能である。


 “根源が同じ”というのがミソだな。

 体内魔力許容量がいわゆる魔術才能のようなもので、そこさえクリアしてしまえば、一人で“治癒魔術”と“召喚魔術”と“攻撃魔術”を使いこなせるのだ。


 妄想力などと言うので、神保が元の世界で読んだ『異世界転生系』の知識が全て無駄になるかと思ったが、アキハの説明が違うだけで同じようなものである。


 魔力さえあれば何でもできる。

 この世界に無いものから魔術を想像すれば、きっと全く新しい魔術を編み出すことだってできるはずだ。

 異世界人である特権を利用する。


 ――異世界人秋葉神保は、日本のジェット機をイメージして、新しい魔術を開発した。


 その名も――加速魔術。




 ◇




 加速加速加速加速……

 神保の背中から発射された加速魔術(ビーム)の衝撃波により。しがみつき合い一塊りになった三人は、辺りに豪風を撒き散らしながらさらに加速していく。

 ジェット機が地面を走っているような感覚。

 神保が通り抜けた場所には文字通り何も無くなっている。

 莫大なエネルギーからなる暴風により、立ちふさがるものを全て粉砕して進む。

 さらに、アキハの魔術により抵抗を受けずに加速できる。

 エッジウェア街から出る頃には、もう人間の目で捉える事が不可能な速度まで上昇していた。


「俺は加速する!」


 神保は魔力を溜めた拳を前に突き出しながら、尚もさらに加速する。

 一瞬で森を抜ける。

 途中何十体ものの魔物をその拳が貫いたが、神保が突き抜ける速度は弱まる気配が無かった。


 むしろ殴り抜けた拳に、殺害した魔物の魔力や拳に触れた魔石内の魔力が全て吸収されるのだ。

 魔力が溜まれば溜まるほど加速魔術(ビーム・エンジン)の威力は上昇し、神保の速度はさらに加速する。

 岩を突き抜ける。

 森の木々をズタズタになぎ倒す。

 魔石は粉々になり、詰められた魔力は全て神保の拳へと吸収される。

 どれだけ堅い物も、この速度の前では無意味となるのだ。


 猛烈な勢いで噴射された水で岩を斬ることが出来る。

 それと同じで魔力の溜まった拳に殴られた物は、問答無用で破壊されていく。



 アキハの家を出発してから数分の間に森を百個近く通り抜けた。

 後にこの辺りで災害扱いされることを、現在の神保たちは知る由も無かったのだが。

 神保は、とある草原の真ん中で突然加速をやめた。


「どうしたの? 神保」

「これって森林破壊になるんじゃ無いのか?」

「なるね。普通の人ならこの移動方法に気づいた瞬間、他人にかかる被害やら迷惑に気がつくからやらないんだと思うけど」


 萌がアキハの頬をグイ~っと両側に引っ張る。

 うぃー……。と妙な声が漏れながら、アキハの頬が真っ赤に腫れた。

 まさにリンゴのほっぺ。


「何でそんな危険なこと神保にやらせたのよ」

「だって中心街に早く行きたかったんだもん。長距離の転移(ワープ)とかは使用するのに許可証がいるし」


 面倒なことになりそうなのでアキハは二人に話していないが、勝手に魔力を奪うのもこの世界では犯罪である。


 魔物を倒すには近所のギルドに名前を登録し、依頼を受けてから戦地に行く。

 手に入れた魔力や魔石の半分はギルドに納める。

 この世界の常識だ。

 とりあえず今日だけで神保たちが犯した罪は、

 スピード違反。魔力強奪。無許可魔物殺害。森林伐採。地形破壊。魔石横領――

 数え切れない程だった。


 

 神保は自分の犯した罪から現実逃避するかのように「やれやれ」と溜息をつき、思い出したようにアキハの方へと振り返った。


「とりあえずちょっと休憩して飯にしよう」

「了解ー」


 アキハは嬉しそうにポケットの中を漁ったが、ご存知魔窟である。中々見つからない。


「あれ? 無いんだけど」

「アキハ……さっき妙な書籍入れたときにちゃんと確認したの?」

「ああ!」


 アキハはポケットを漁るのをやめて手のひらをポンと叩く。


「ごっめ~ん! 家に忘れてきちゃったっ! てへぺろ」


 神保と萌は顔を見合わせ、萌はアキハの頭をゴンと叩いた。





「俺は加速する!」


 戻った。

 盛大に戻った。

 行き以上の速度まで加速して家まで戻る。なんたる魔力の無駄遣いであろうか。

 中心街とエッジウェア街の辺境を直線でつなぐと、ちょうどド真ん中あたりで弁当を忘れたことに気がついたのだった。


「もう一度行く時は別の森を抜けていかないと魔力が持たないな……」


 神保は早くも犯罪を繰り返す気でいる。

 だが仕方無い。

 主人公たるもの、時には法を犯しても仕方が無い事だってあるのだ。

 神保の三番目の兄は絵を描くのに夢中になりすぎて、駅で女子高生のスカートの中を盗撮して捕まった事がある。

 その時に彼の兄が言った言葉。


『絵が描きたくてやった。(スカートの中身を見れたから)後悔はしていない』


 その後彼の家で伝説となったことは言うまでも無い。


 ――伝説と言っても、妄想の壁を突き破り行動に起こした兄への羨望とこれからの希望についてであるが。


『こいつはそんじょそこらのオタクとは違うかもしれん!』


 神保の父親が拍手をしながら言い放ったこの言葉を、彼は色々な意味で忘れる事が無かった。



 とりあえず、神保は折り返し分の魔力回収のため、来た道とは別の道を通ってアキハの家へと戻る。

 帰り道で新しい森を数十個潰したことは、もはや言うまでも無い。

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