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異世界勇者は速度と拳で無双する  作者: 山科碧葵
『古代龍討伐』編
42/93

4章エピローグ「ルルシィの驚愕」

 中心街ギルド受付嬢ルルシィは、今日もまた、誰もいないギルドの受付であくびをするという日常を送っていた。

 ヒマなのだ。

 濁流のようにドッと押し寄せた勇者志願者たちは、適当に張り出しておいたくだらない依頼をこなしに出かけ。

 自称冒険者たちはハクレイ国よりもっと東方に位置する“カーマ・コン”まで旅に出て行ってしまい。

 人口密度が減少した中心街では、前みたいにルルシィと世間話をしに来るようなおっちゃんやお爺さんは、ギルドから足を遠のかせてしまったのだ。

 若者ギュウギュウのギルドにはいたく無い。などと言い、全員そばの碁会所で集会を開いているらしい。

 事実言うと、ルルシィもそこへ行きたかった。

 人生経験豊富な男性方の武勇伝を話半分に聞いたり、お茶を淹れながら楽しそうな笑い声を聞いたり。

 実際この仕事は楽しかったのだ。

 だがあの妙な異世界勇者のせいで、妙な依頼が殺到して立ち往生。

 挙げ句の果てには、ギルドに閑古鳥が鳴く状態まで衰退する。


「はぁ……。何かこう、ドカーンとしたイベント無いかしらねぇ」


 独り言とともに溜息をついたが、その言葉に反応するものは何も存在しない。

 他の受付嬢たちはサボり、どこかへと出かけてしまっているのだ。


 別にルルシィがハブられているのでは無く。単にジャンケンで負けただけなのだが。

 それがもう三回は続いている。

 不幸と言うか運に見放されていると言うか。ルルシィは今日、朝からずっと動かない扉を眺めるだけのお仕事をしていた。

 何も無い日常を送っていても、降り積もっていくものと言うのが“ストレス”というものであり。そのまま放置しておくことは、精神的にも良くない。

 ルルシィは自身の髪をいじりながら、誰もいないギルド内へと魂の叫びをぶちまける。


「誰か来いやぁぁぁぁぁ!」


 ――スっとする。

 大人しく作り笑顔を毎日続けているルルシィの、実に数年ぶりの絶叫だった。

 干し柿のように顔をしわくちゃにさせ、顔のセルフマッサージをしながら振り返ると――。


「あの、」

「きゃぁぁぁぁぁ!」


 いたのだ。

 先ほど脳内で悪態をついていた異世界勇者が、前髪を鼻のあたりまで垂らしながら受付に腕を置いている。

 気配を感じさせない。とはまさにこの事だろう。淑女の非常に情けない姿を、よりによって秋葉神保なる男性に見られた。

 もしかして、ルルシィを見守る神様は今頃昼寝でもしているのだろうか。


「えっと。すみません、モンスター討伐の素材や換金をしたいのですが」

「はい、どうぞ」


 接客業とは思えないほどにぶっきらぼうに答えたルルシィは、自身の羞恥を見られた悔しさと。腸が煮えくり返り、内蔵の中身が蒸発しそうなほどの怒りに覆い尽くされ、彼女は心の中で精一杯深呼吸をして落ち着かせる。


「リーゼアリスさん」

「今行く~」


 能天気な声とともに現れたその姿に、ルルシィが溜め込んでいた怒りと悔しさは一瞬で消し飛んだ。

 どのような感情だろうと一瞬で忘れてしまいそうな情景に、透き通るような双眸を思わずパチパチとまばたきさせる。


 ――裸マント!?


 邪気の無い微笑を浮かべた魔族の女性は、深紅のマントに身を包み、モデルのような足取りでスマートに歩きながらギルドへと闖入してきた。

 艶めかしい脚が顔を覗かせており、ルルシィは思わず息を飲む。


「あの、そちらの方は……?」

「私のことはどうだって良いですわ。とりあえず素材を換金しに参りましたの」


 神保への疑問を横から一蹴され、あまり嬉しくは無かったが。

 眉がピクピク動くのを実感しながらも、ルルシィは精一杯の営業スマイルで二人を迎え入れた。


「ええと。それでは、ここに並べてください。魔物の素材価値程度なら、私でも分かりますので――」

「鑑定士を呼んでくださらない?」


 自信の存在価値をピシャリと否定される。

 まるで悪役お嬢様のような口ぶりに、ルルシィは笑顔を引きつらせながらも近場の鑑定士へと電話をかけた。




 ◇




「どうも。拙いところもあるかもしれませんが、代理で私が」


 メシュと名乗るキツネ耳のエルフは、ポケットから名刺を出してその場にいる三人に見せつける。


 ――鑑定代理人メシュ。


 顔写真も載っており、確実に彼女だということは証明できる。

 黄土色をしたキツネ尻尾をフリフリしながら、メシュはそばの丸椅子に腰掛け。

 頬に片手を当てながら「あらあら、うふふ」と花のような笑顔を見せた。

 ギルド内の人々がその微笑みに思わず見とれていると。

 リーゼアリスはおもむろに自身のマントを飜えし、何も身につけていない――すっぽんぽんな身体を何の躊躇も無く見せびらかした。


「きゃぁぁぁ!?」


 ルルシィは思わず目を覆い叫び声をあげたが。唯一の男性を含め、同じ女性である代理人メシュでさえ「あらあら」と春風のようなほほえみを見せており。

 通常の反応をしたはずのルルシィは、理不尽にも自身の行いが逆に恥ずかしくなってしまった。


「この中にしまってあるんだ。神保、手伝ってくれないか?」

「ん、」


 深紅のマントをまるで見せつけるように脱ぎ捨てると。神保とリーゼアリスは舐めまわすようにマントを漁りはじめ、内側の布地に縫い付けられた小さなポケットからポンポンと岩石のような素材を放り出した。

 ルルシィは見たことの無い素材に首を傾げる。

 こんな岩石のような堅殻は見たことが無い。確かに通常より堅い甲殻を持つ“変種”などは稀に見かけるが。

 本当に生物の物なのか疑わしいほどに強固な破片を、ギルドの床へと限りなく積み重ねていく。

 ルルシィは、その光景を見て思う。

 どれだけの数狩ったのか、と。


 やがてギルド中の床を埋め尽くしても、まだ出てくる破片に若干うんざりし始め。

 ルルシィはこれ以上ギルドを散らかすのを片手で制し、阻止した。


「も、もう良いです。……メシュさん、これはいったい何の素材なんでしょうか?」

「これは……」


 メシュはしばらく笑顔のまま首を傾げていたが、突然溜息をつくと、頭上のキツネ耳を忙しなくバタバタ動かし始めた。

 甘えるように自己主張していたキツネ耳の動きが突然パタリと止み、メシュは春風のように穏やかな笑顔を崩すこと無く。まるで溜息を着くかのように呟いた。


「鑑定の精霊ルミエラス様。世界の超越を叶え、緑石と赤石の加護を」


 妙な詠唱を唱え、線のように細い双眸を太陽のように開け放つ。

 虹彩異色(オッド・アイ)だ。ルビーとエメラルドのように透き通るような視線に、この場の者たちは全員釘付けになる。

 まるでコンピューターの画面に羅列された文字列を正確に読み取るように、メシュはその二色の瞳で素材一つ一つを真剣に鑑定する。

 視線が動いているのか動いていないのか。常人では分からないほどの速度で双眸を移動させる。

 手に持っては戻し、持っては戻し。八百屋で品定めをするオバチャンのように熱心に凝視して。


「…………」


 無言のまま欠片をルルシィの座る受付へと置くと、明かりを消したようにパチっと二色の瞳を閉じて淡々と答える。


「世界最大と言われる古代龍――。エンペラーと呼ばれるモンスターの堅殻です。まず討伐達成金が国から支給され、さらにこの欠片三つで中心街の宿屋を一つ買い取ることが出来ます。そして――」

「待って」


 常人の思考能力を超越した説明に、ルルシィは解説を一旦停止させる。

 理解できない。その人間の顔と同じくらいの大きさをした欠片が、宿屋一個分の値段ですって?

 バカバカしいにもほどがある。そんな戯言、信じられるわけが無いじゃない。

 ルルシィはメシュをキッと睨みつけ、床中に散らばった破片を一瞥する。

 このメシュとか言う方は、確か“代理”だった。きっとまだ知識が足りてないんだわ。

 見たことも無い素材だったんで、適当な事並べてごまかそうとしてるんじゃないかしら。


 ルルシィの心を知ってか知らずか。メシュは頬に片手を添えながら「うふふ」と笑顔を見せたまま、春風のように爽やかな声で語りかける。


「ですよね。お二人さん」

「ええ、そうよ」


 そう言うとリーゼアリスは、はち切れんばかりに膨らんだ胸の谷間に手を突っ込み、中から一枚の写真を取り出した。


「クリーフさんの映像を萌が念写(コピー)した物だから、信憑性は無いかもしれないけど」


 ルルシィはその写真をひったくり、レントゲンから腫瘍を探す医師のようにじっくりと見つめる。

 確かに写ってはいるが。所詮魔術で作り上げたただのデータ(紙切れ)だ。

 信憑性は全く無い。

 念写魔術で撮られた写真をいちいち信じていたら、疑心暗鬼になってこの世で暮らしていけないだろう。


「どっちみち、私の一存では決められないわ。また後でお越しくださ――」

「ルルシィー!」


 ギルドの裏口が開く音とともに、聞きなれた声がギルド内へと響く。

 どうやらギルド関係者たちが戻ってきたらしい。その中には受付嬢勤務が長く、素材の鑑定などに長けている人もいたはずだ。

 その人に鑑定してもらえば、これが真実なのかはっきりする。

 ルルシィは営業スマイルを崩さずに「ニヤリ」と真っ黒な笑顔を作り、メシュに向かって勝ち誇ったような表情を向けた。


 ――勝った。


 ルルシィがメシュの笑顔を見つめていると、背後からトンと肩を叩かれる。


「お疲れっ。どうしたの?」

「あ、ニーナさん。素材鑑定ってお得意ですよね」


 ニーナと呼ばれた――はっきり言っていいオバチャンな女性は、怪訝そうな顔でコクンと頷いた。


「ええ。一応できるけど……、何なの? この大量の岩石」

「これが古代龍の破片だって言うんですよ~。もぅ、困っちゃいますよね」


 ムカつくほどのドヤ顔を披露し、ルルシィは「やれやれ」とでも言うように肩をすくめる。

 別にメシュとか言う鑑定代理人に恨みは無いのだが。この破片を持って来た秋葉神保にはちょっぴりだが、ある。


 うらみはらさでおくべきか。


 ルルシィが神保に向かって念を送っている間に、ニーナは真剣に破片の一つ一つと真剣ににらめっこをする。自身の研究所で顕微鏡を覗く、研究熱心な助教授のように欠片を吟味し。ニーナは五つ目を拾い上げたところで、全てを理解したような表情をして小さく頷く。


「古代龍エンペラーの堅殻だわ。この破片全部あれば、普通にこの国を買い占めることもできる」


 冷ややかな視線。

 実際は違うのだろう。別にルルシィは自身の思いを口に出してはいない。

 だが彼女にとって、今自分に向けられる視線は全て、凍えそうなほど冷たいものだった。

 メシュや神保たちの顔もまともに見ることができない。

 文字通り穴があったら入りたい。と、そんな気分である。


 そんなルルシィの心情を知らないニーナは、熟練した営業スマイルを凌駕するほどに嬉しそうな笑顔でもてなし、メシュには精一杯の感謝を込めて何度も頭を下げ。腰を曲げながら、二人とも盛大に握手を交わしていた。





 そんな状況にいたたまれなくなったルルシィは、その後。

 ギルドの裏庭に穴を掘り、数時間その中でじっと体育座りをしていたという。

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