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異世界勇者は速度と拳で無双する  作者: 山科碧葵
『古代龍討伐』編
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第三十七話「牙」

 古代龍討伐隊準前線組隊長である大賢者クリーフは、空間に半透明なウィンドウを出現させ、最前線組の戦闘状況を実況させていた。

 コンピューターを操作するよう華麗に画面を分け、まるで監視カメラのように、四方八方から状況を送り込んでいる。

 クリーフの送受信魔術(メールサーバー)は画像データや音声データ、そしてテキストや動画再生などを表示可能なものであり、一種のノートパソコンのような物である。

 ただハードディスクがあるわけでは無く、記憶媒体が存在しないため。記録は全てクリーフ自身が行う。


 画面に映された映像情報にフィルタをかけることも可能だが、現在は使用していない。

 数十名の魔術師や異世界人である代々木萌がその画面をじっくりと眺め、最前線組が古代龍と激突を繰り返すたびに感嘆の声をあげたりしている。


 そしてクリーフはその映像を後衛まで送信させ、遥か後方で構える転移魔術師に必要物資を調達させていた。

 中堅組は先程から、最前線組とは逆方向で魔力矢を打ち込んだり、威力の低い遠距離魔弾を撃ち込んでいるようだったが。

 実を言うと、あまり戦力になっていなかった。

 クリーフが出現させた画面に中堅の戦績も映されていたのだが、撃ち込まれた矢も魔弾も、古代龍の壁面に弾かれてかすり傷一つ付けられていないのである。

 リーゼアリスが部隊を組んだときにこうなる事を予想していたのかは分からないが、仮にもし予測していたのであれば、彼女は真性のドSなのだろうと、クリーフは画面に映される映像を眺めながら思った。



「魔石追加頼みます」


 クリーフは画面右端の『送信ボタン』をタッチして、遥か彼方に位置する後衛へと情報を伝達させる。

 カラフルな魔弾を撃ち込む、リーゼアリスの魔力量が激減していることを危惧してのことだったが、クリーフ自身の魔力もかなり使用している。

 メールサーバーを開いて複数窓にリアルタイムで動画を再生させ、時折レータスから送られる物品依頼のテキストデータも読み込む――となると、悍ましいほどの膨大なメモリを食う。

 そしてこの場合使われるのは充電では無くクリーフ自身の体内魔力であり。節約のために画面の明るさを調節してしまうと、砂漠の照り返しで画面が暗くなってしまい、不特定多数の閲覧者から苦情が来る。

 パッとしない魔術だが、それなりに彼も苦労しているのだ。







 最前線組は一撃離脱を繰り返し、古代龍エンペラーへの追撃を行っている。

 コンクリート壁に小石をぶつけている程度の戦績だが、その攻撃は全くの無駄では無かった。

 神保の魔剣が表面に切り傷を作り。アックスが斧でその傷を広げ。レータスの大槍が薄くなった肉片をえぐり取る。

 三人の物理攻撃により、極小ではあるが確かにダメージは入っているのだ。


「全力全開!」


 そして戦績を上げているのは物理組だけでは無い。

 リーゼアリスの手から発射される魔弾は、天地が裂けるような轟音とともに空を切り、爆撃を撒き散らしながら着弾する。

 後衛から送られた魔石により若干の余裕が出来たリーゼアリスは、拡散魔弾なる、着弾地点から爆撃を連鎖させるという超攻撃的な魔弾を撃ち込み始めた。


「ティ○・フィナーレ!」


 エーリンもまた魔弾の種類を変えている。

 着弾後の爆撃威力が低下する代わりに、着弾してから魔弾が鋭く回転し、硬質化された体表に魔弾をめり込ませる。

 火力は母親に任せる――だが、神保たち物理組が攻撃を行う“肉質が柔らかい部分”をできるだけ増やすのだ。

 めり込んだ部分は多少なりとも表面壁が削られる。

 その功績がどの程度物理組の攻撃に価値を与えるか。彼女には分からないことだったが、確実に無意味では無いことは分かる。

 感じるのだ。

 神保たちが追撃を繰り返す箇所。それはエーリンの魔弾がめり込んだ部分かそこに近い場所である。

 そして。これは気のせいかもしれないが、離脱時の神保たちの表情から険しさが多少減少しているようにも見えた。


 この行動は無意味では無い。


 そう思うだけでも、精神的な戦意を掻き立てる。

 チーム戦では一人一人に戦意は何よりも大切なものなのだ。



「――っ!?」


 リーゼアリスの表情が険しくなった。

 エンペラーの行動が若干変化したのだ。今までは、こちらの離脱後に合わせて空間に体当たりを食らわせたり。

 誰もいない地面に向かって、長く鋭いキバをなぎ払ったりしていた。

 リーゼアリスは古代龍を軽く見ていた。

 攻撃行動に限りがあり、そして視覚的能力はそこまで高くない。

 エンペラーの視界から離脱してしまえば、自身の攻撃範囲を適当に暴れるだけで、こちらへの被害は全く無いのだ。

 だが今回は違う。

 普段なら横殴りに全身を泳がせるか。(こうべ)を垂れ、砂上をそのキバでワイパーのようになぎさらう。このどちらかだ。

 稀に背中からクジラのように天へと砂を撒き散らしたが、それ以外に警戒する行動は無かった。

 身体能力は高いが、流石の巨体である。

 あの身体でできる行動はかなり限られるだろう。

 そして地面はサラサラな砂漠地帯であり。こちらに向かって高い速度での突進は不可能だ。


 前回の古代龍討伐もそうだ。

 暴風を撒き散らすだけで、こちらに危害を加える行動はしなかった。

 彼らはただ単に“移動”をしているだけであり、攻撃の意思を持って出現することが無いからである。


 だが今回はどうか――


 リーゼアリスの仮説に、ピタリと破片(ピース)がはまった。


「魔剣……」


 魔剣である。今回古代龍エンペラーが出現したのは、無限迷宮内に封印されていた魔剣を何者かが引きずり出したからだった。

 通常外界へと姿を現さないはずのエンペラーが出現する。それは天地がひっくり返るほどに、エンペラーにとって異常な問題が発生したから。

 地底内の秩序が崩壊した。

 今回古代龍が現れたのには理由が存在する。

 今までのように『住処を移動するために外に出た』などと呑気な理由では無く、盗られた魔剣を取り戻しに来たのならば。


「まさか、」


 古代龍に攻撃の意思がある。


 それしか考えられない。



「ウォォォォォン」


 聞いたことの無い音質を持つ咆哮。

 数千匹の犬たちが一斉に遠吠えしたような爆音により、攻撃範囲外まで離脱したはずの最前線組を地上ごと一斉に揺るがす。


「何事だ!」

「行動が変化している!」


 アックスとレータスは己の武器を構え防御体勢に入ったが、二人より若干後方へと退いていたリーゼアリスは、喉が削り落ちそうなほどの大声を出し、退避命令を提示する。


「防御じゃダメ! 逃げ――」


 リーゼアリスの言葉が言い終わるより先。突如エンペラーは、その巨体を地上へと押し付ける。

 どこにそのような筋力が隠されているのか。その反動を利用してエンペラーはカエルが飛び跳ねるように、その豪華客船をも凌駕する巨体を立ち幅跳びの原理で前方へと投げ飛ばした。


「ウォォォォォン」


 突如世界が暗転する。古代龍の巨体により砂漠を照らす日光が塞がれたのだ。

 この距離ではリーゼアリスも危険に晒される。

 前方には防御大勢に入り、その場から全く動こうとしない二人の戦士の姿が見える。

 だが助けに行くことは許されない。チーム戦で行ってはいけない事の一つ。他人の危険を身を挺してかばってはいけない。

 巻き込まれるからだ。

 仲間の危険状況で、助けに飛び込んで二人とも助かるなんてシチュエーションは、フィクションの世界でしかありえない。

 大抵巻き込まれて被害が増えるだけであり、複数人数での戦闘では他の仲間を思って行動してはいけないのだ。

 ましてや彼女はこの部隊の責任者。

 最後の一人になっても戦い続けなければいけないのである。


「すまない、が」


 リーゼアリスはマントを飜えし、背中から翼を出すと地面を蹴り飛ばした。

 古代龍によって作られた影から早く脱出しなければならない。そしてとっくに退避したエーリンや神保の元まで戻って体勢を調え直さねば。


 滑空――と言うよりは疾走という言葉が的確であろう。リーゼアリスは風よりも速く砂漠地帯を駆け抜ける。

 深紅のマントが風を帯び、ビュウビュウと音を立てて身体にまとわりつく。

 気持ち悪いとか言っている場合では無い。布が身体にペッタリと張り付くのは何以上の不快感であったが、ここで速度を落とせば最悪死ぬ。


「エーリン、神保!」

「リーゼアリスさん、危ない!」


 刹那。背後から悲鳴のような絶叫が響く。

 振り返る余裕は無いが想像するに、アックスとレータスの防御体勢が崩されたのだろう。

 常人を超えた筋力を以てしても、船のように重たい古代龍を押さえ込むことは不可能だ。


 リーゼアリスの後頭部に不快感を伴うほどの日光が当たる。

 古代龍の落下地域からは脱出できたらしい。良かった。これでもう一度古代龍殲滅の体勢を調えられ――

 衝撃。

 背骨が砕け散りそうなほどの重々しい衝撃が、彼女の身体に襲いかかった。

 何が起こったのか。認識も理解もすることができない。

 分かっていることは、自身が吐血していることだけ。そう――彼女は血を吐いていた。

 背中に激突した“何か”のため、内蔵に傷がついたのだ。


 技師タイラーが精魂込めて作り上げた深紅のマント。誰もが認める耐久力を以てしても防ぎきれない衝撃だった。

 背中に生えた翼はバキバキと音をたててへし折れ、骨にかわら割を食らわせられたような激痛が走る。

 妖艶な滑空はこの場に存在しない。目は虚ろで、口からは煮詰めたトマトソースのように真っ赤な液体をドロドロと垂れ流す。

 翼が折れたためか、右半身が下に傾きユラユラと揺れている。


 咄嗟の事で魔力壁を張れなかった。いや。張れても防げたかどうかは分からない。

 だが、深紅のマントが莫大な功績をあげたのはまた事実だ。

 もし彼女が普段通り全裸だったなら、今頃背中から内蔵が飛び出し、軽く身体を真っ二つに割られていただろう。


「リーゼアリスさん!」


 神保は加速魔術を使い、地上に落下したリーゼアリスを救出する。

 マントは赤いままだったが、大量の血液を吸い込み、ぐっしょりと濡れていた。


「エーリン!」

「まかせて。治癒魔術(ヒーリング)!」


 エーリンが魔力を込めた両手で触れると、リーゼアリスの背中の傷は徐々に回復し、口から流れ出る血液も止血される。

 まだ何が起こったのか分からないリーゼアリスは、動揺した表情でぐったりとした身体を必死に動かし、背後に飛びかかった古代龍エンペラーの方へと向ける。


 ――断頭台。


 真っ先にその言葉が浮かんだ。

 天を貫くように鋭いキバが二本、ヒゲクジラのように巨大な口から、真っ直ぐに伸びている。

 その一つ。左側に位置するキバの先に、ネバり気のある赤黒い血塊がベットリと張り付いているのだ。

 誰かに言わなくても分かる。リーゼアリスの血だ。

 血塊の付く鋭いキバは、まるで執行後の断頭台のようである。


 彼女は失念していた。

 あまりに巨大な身体のためか、顔先に付いたキバの存在をすっかり忘れていたのだ。


「あれに、やられたの……?」


 神保は苦痛の表情を浮かべてグッと拳を握り締める。


「はい。エンペラー落下の反動でキバがしなり、リーゼアリスさんの背中を直撃しました」

「そっか、」


 それ以上声が出ない。いや、言葉が思いつかないのだ。

 自身は何とか助けられた。だが二人の戦士はどうなのか、アックスとレータスの姿は見えないが、彼らは無事なのだろうか。


 思うことが多すぎて言葉にできない。


 エンペラーは悠然と全身を後退させた。

 トンボかロードローラーをかけたように地面の砂が平らになり、砂と岩石が擦れる嫌な音が耳に絡みつく。

 一通り後退すると、エンペラーはどっしりと身体を構え直し、悠々と砂の上を泳ぎ始める。


 このままではモーランの街が壊滅されてしまう。

 最前線組が束になってもロクに傷を負わせることさえ出来ない古代龍。あんな化け物が一般市民の住む街へ行くのは絶対に阻止しなければならない。

 傷を完全に回復したリーゼアリスは真っ先に駆け出した。

 向かい風を受けて深紅のマントが疾走の邪魔をする。


「邪魔!」


 リーゼアリスはマントを脱ぎ捨て、何も身につけていない状態で砂漠を駆ける。

 生身の身体に風が当たるが、心から心地よいと感じることはできない。

 涙がボロボロとこぼれる。一番しっかりしていなきゃならない自分が足を引っ張ってしまった。


 ここで――ここで借りを返さないと、私はみんなに合わせる顔が無い。


「リーゼアリスさん!」


 意地で走るリーゼアリスのすぐ後ろを、深紅のマントを抱えた神保がピッタリと付いていく。

 彼女は涙を流していることを悟られないよう、前を向いたままぶっきらぼうに問いかける。


「どうして付いてくるのよ」

「アックスとレータスは無事です。だから、自分だけが責任を取ろうとか考えないでください」


 リーゼアリスの足がピタリと止まり、すぐ後ろで神保は加速魔術を停止させた。

 リーゼアリスは前を向いたまま、艶めかしい身体を外気に晒しながら、涙のせいで震える声を出す。


「それ……本当なの?」

「はい。今エーリンが怪我を治癒しています。ここが砂漠だったことが功を奏したようです。砂が柔らかかったので、二人とも砂の中に全身が埋まっていました。気を失っているようでしたが、生命に別状はありません」


 淡々と告げる言葉だが、リーゼアリスの罪悪感は霞が晴れるようにスっと消える。

 感極まったか。今まで強い心を見せていたリーゼアリスは、膝から崩れ落ち、声も無く泣き出した。

 その姿を眺め、神保は思わず彼女の頭を撫でる。

 精神的不安に苛まれ冷え切った心に、温かい手は深くしみる。リーゼアリスは心の霧が晴れ、身体を起こすと天使のような笑顔を見せた。


「ありがとう。神保」

「いえ、俺は別に」


 突然放たれた魔性の笑顔に、神保は思わず動揺してしまう。

 可愛らしくも妖艶な、大人の女性が持つ艶やかな笑顔。流石の神保もこれには耐性が無かった。

 動揺している内に腕を絡みつけられ、豊満かつ柔らかい膨らみに身体をくすぐられる。

 そしてグッと引き寄せられ、神保の目の前にはリーゼアリスの切れ長で美しい目が――。


「んぐ?」


 神保の唇を奪う艶めかしいキス。だがそれは淫魔的要素を持ったものでは無い。

 愛欲や恋愛感情とは別。上手なキスではあるが、実に事務的かつ冷淡的なキスであった。


 リーゼアリスの甘ったるい舌が口腔内に侵入し、動揺した神保はされるがままになり。

 熱を持った唇から、“何か”がみなぎる感覚を覚えた。

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